馬車ですか?
◆
俺達はアッシャー山を越えて、人間の村に来た。
アルマ達がオススメだという宿屋に到着すると、次々と歓声が沸き起こり、村人達がいそいそと祝宴の準備を始めた。
もっとも、ダークエルフのエフリースを見た村人達が一瞬身構えたが、それもアルマが直ぐに説明をしてくれて、事無きを得た。
エフリースの方も、
「我が眷属が、あなた達にかけた迷惑を詫びよう」
こう言って、素直に頭を下げていた。
いかにダークエルフとは言え、見た目は青髪黒目の美少女神官である。まともな人間ならば、こんな風に礼儀正しく言われては、そうそう険悪な対応が出来るものでも無いだろう。
それに、そんな事は関係ない、とばかりに騒ぎ喜ぶ村人も、多く居たのだ。
「良くやってくれた、良くやってくれた!」
ウルフィスの肩を何度も叩く、筋骨隆々とした男が、顔をくしゃくしゃにして喜んでいる。
一見するとイケメンだが、よく見るとそうでもないこの男は、なんでもエルフとドワーフのハーフでエルシー・マイマーと言うそうだ。
俺は事前に、青い鎧を身に着けていてくれ、とアルマから言われていたので、その通りにしているのだが、どういう訳か、俺の側に寄ってくる者は少ない。
そうは言っても、嫌悪感を含む眼差しはなく、遠目からこっそりと見られている感はあるので、不思議な感じであった。
「……トオルさまの分身体は、無口だったから……」
ヤッファが俺を見上げてこんな事を言っていたが、まあ、俺の分身体ってことは思念体さんが操っていたのだろうから、口数が多いはずもないだろう。
だが、村人達の中には、僅かだが、俺に労いの言葉をかけてくれる者もいた。
俺は、それに鷹揚に頷いて、骨である事があまり分からない様に振舞っていた。
「分かった。じゃあ、俺もおとなしくしてるよ」
俺は、冑越しにヤッファを見つめ、一つ頷いた。
珍しいことに、そんな俺を見て、ヤッファがぎこちない笑顔を浮かべている。
どうしたことだろう? 少し不思議に思って、暫くヤッファを見ていると、
「……アルマさまや、大神官さまに……負けたくない……」
淡いピンク色の唇から、年長者達に対するライバル心が発露していた。そして、ヤッファは、完全武装の俺にしがみ付く。
すぐさまフィリスが気付き、ヤッファの襟首を掴んで引き離したが、何とも、妙な戦いが勃発したものだ。
アルマの方は、エルシーの妻だという金髪碧眼の女と笑顔を交し合っていたが、徐に俺に向き直り、側に歩み寄ってきた。
「トオル殿。貴方を村人達に紹介したい。
結局のところ、最終的にアズナブイを倒したのはトオル殿だし、加えて、今、足元に侍るモノがアズナブイである以上、皆に知っておいて貰いたいのだ。どうか?」
昨日の夜とは打って変わった、溌剌としたアルマの表情は、いつもと同じく一片の曇りも無い。
そして、言っている事もまったく理に適っているので、俺としては、拒む理由も無かった。
「うん。だけど、流石に人間達に俺の姿は、心臓に悪いんじゃないかな?」
「なに、見慣れれば、どうという事はない。それに破壊神、という肩書きならば、その姿でも何ら問題ないだろう」
白い歯を見せて笑顔を浮かべるアルマは、どうやら俺という存在に関して、完全に吹っ切れたらしい。
もう、俺を骸骨だから、と、特別視していない様だ。
それはそれで構わないが、だとすると、今後フィリスやヤッファとの絡みも、少し危険かも知れないな。
「わかった」
「うむ。では、広場で宣言をしよう。竜の脅威は去った、と」
◆◆
小さな村ではあっても、広場は石畳が敷き詰められて、それなりに整えられた空間だった。
それは、ブレインドとポタリア間で交易が盛んだった頃、この場で市が開かれ、様々な品物が売られていたというのだから、納得だ。
数日前、ここに竜人がやってきて、人や家畜を寄越せと宣言し、さらに昨日、それを撤回していったというから、俺の命令は忠実に守られていたようである。
俺の足元で、巨大蜥蜴、もとい小さな竜が「ぐるる」と言いながら頷いていた。
「我の命令は、相変わらず我が眷属に対して絶対であるな。ハーッハッハッハ」
尊大なちび竜を蹴飛ばして転がすと、俺は面頬を上げて、集まった人々を見た。
「皆も既に竜人から聞いていようが、火竜アズナブイは、そこに居る破壊神トオルの足元にいる!
その強大な力は、破壊神の前に封印されたのだ。故に、今後、この地が竜の脅威に晒される事は無い!
さらにっ! 我等はこれからブレインドへと旅立つ! 魔王退治の為である!
だから、皆、安心して欲しい! 間もなく、世界に平和が訪れるのだっ!」
「おお! アルマさま! 世界に平和を! トオルさま! 世界をお救い下さい!」
アルマは広場の中央に立ち、大きな身振り手振りを交えて、群集に語っていた。
群集もまた、拳を振り上げ、歓声を発してアルマの声に答えている。
アルマの紹介の仕方が良かったのか、人々の俺に対する恐怖感は、微塵も無いようだった。
それとも、間近で俺の顔を見ていないから、いまいち骸骨感が伝わっていないのだろうか?
どちらにしても、アルマの弁舌が終わると、そのまま人の村もお祭り騒ぎに変わる。これは、ゴブリンの村と何ら変わるところが無いようだった。
「さて、用は済んだ。トオル殿、さっそく行こうか」
「へ?」
俺は、そのまま祭りになだれ込むつもり満々だったのだが、アルマはすでにブレインドへと向かうつもりの様だった。
「一日でも長く魔族に支配されれば、それだけ人の心も揺らぐ。
ブレインドの開放は、一刻も早く行いたいのだ」
アルマにそう言われてしまえば、俺としても納得せざるを得なかった。
食事だけを「今日も一日お疲れ様亭」で済ませると、俺達は北へ向かい、街道をひたすら進んだ。
◆◆◆
さっきの村人達が、せめてものお礼に、ということで、馬車を一つくれたのが有り難かった。
考えてみれば、ナカーシックを出る時に、なんで馬車くらいくれなかったのだろう? と思ったので、俺はアルマに聞いてみた。
「……わたくしが望まなかったのだ。
馬車を使えば、どこかで馬を犠牲にするやもしれぬ。馬は、騎士の友だ」
「でも、今は馬車を使っているでしょ」
「……今は、わたくしが馬を守りきれなくても、トオル殿がいるから、な」
豪華とは言いがたい、これは、乗り合い馬車だった。
俺は、右にフィリス、左にヤッファと二人の神官に挟まれて、正面にアルマを見る格好である。
だからだろうか、今のアルマの発言は、フィリスの眉を吊り上げさせて、ヤッファのジト目を険悪にさせた。
御車をしているウルフィスは口笛を吹き、サラスはそんなウルフィスを可笑しそうに見つめている。そして、エフリースは馬車の幌に上って周囲を警戒しているので、彼等は、この状況を知らなかった。
「わたくしも、嫌われたものだな」
”ふっ”っと溜息をついたアルマは、どこか寂しそうに呟いた。
「別に、嫌ってはおりませぬ。アルマさまのはっきりせぬお気持ちが、煩わしいのです!」
「……そう……心の奥に気持ちをしまうの……良くない……」
フィリスとヤッファの追求は、アルマの形の良い眉を顰めさせたが、答えを引き出すには至らなかった。
その後は”がたがた”と揺れる馬車の音が幌の中に響き、俺は居た溜まれずに、御者台に移ってウルフィスと歌を歌い始めたのだった。




