裸エプロンは好きですか?
◆
フィリス・デ・ラ・ロッソは、緑の瞳でまじまじと俺を眺め、溜息をついた。きっと、俺の見事な白さに見惚れているのだろう。カルシウム万歳、だ。
しかし、金の骸骨だと怪しいし、白い骸骨だと、ホントにまんまだな、俺。
「……しかし、不気味じゃのう。そうだ。ちょっとまっておれ……」
不気味だったようだ。
フィリスは、青ざめた顔で部屋の外に出て行ってしまった。
そういえば、ここはどこなのだろう。
白を基調にして作られた柱が何本も立ち並び、ギリシャかどこかの神殿のようだ。
あ、神殿か。フィリスは神官だと言っていたし。
だとすると、彼女の神殿、なのだろうか?
「退屈だな」
フィリスが戻るまで、俺は自分を改めて観察してみることにした。
手足はまさにカルシウムの塊だ。
人の骨ってこうなってるんだなぁ、と、俺はしみじみ思っていた。
その辺のロボットよりも複雑だよ。
それにしても、鏡があれば、顔も見れるのに。
しかし、俺のイケメンマスクが全て失われている事を思えば、あまり見たく無いかもしれない。
俺は、本当に目が無いのか確認する為に、ちょっとだけ眼窩に指を入れてみた。
うん、空洞、節穴だ。
そこで俺は”はっ”っとした。
手を、頭蓋の頂上に当てて、左右に動かしてみる。
良かった……髪の毛はないようだ。
もしも髪の毛があったら、うっかり「ソウル〇ング」と被る所だった。
「ソウルキ〇グ」か……。
まあ、学生時代バンドをやっていた事もあって、楽器ならば弾けない事も無い。歌う事にも自信はある。
暇だし、歌ってみるか……。
「らーらーららー。まーまー! わたしの~おは〇の~ま~えで~なっ、なかっ、ガタガタ!」
「何を不気味なことをしておる!」
俺が眼窩に指を入れたり、頭を”こりこり”したり、歌を歌ったりしていると、フィリスが服やマントを抱えて現れた。
「これを着ろ。そうすれば人に見えるやも知れぬ」
俺は、服を言われるがままに着てみた。
服は、灰色のローブである。一応は神官衣らしいが、灰色なので、なんとも怪しげになっている気がする。
「フードを被って手足を隠せば、何とか……」
「そう?」
やっぱり、何か魔法を使いそうな、不死の魔物になった気分だ。フィリス、わざとじゃないのか?
「……ふむ、邪悪だのう。ずっと金色ではいられないのか?」
「……」
俺は、思念体に聞いてみる。確かに、白骨でいるよりは金色の方が、どうにか人に受け入れてもらえそうだ。
【個体、八坂徹の現在のレベルでは、属性反転は一回につき六六六秒となります。再反転が可能になる為には、五〇〇秒の時間が必要です】
うむ。
反転する回数に制限は無いようだが、多少の縛りがあるようだった。
それにしても、俺のレベルってなんだろう。敵と戦えば、経験値でも獲得して上がってゆくものなのだろうか?
【レベルとは、個体による習得技能の総合値です。個体:八坂徹は転移したばかりの為、レベル1となります。ただし、転移前の記憶を継いでいる為、レベル27までの上昇速度が早まります】
「……ずっと金色でいるのは、無理かな」
俺は思念体の回答を、ざっくりとフェリスに伝えた。
「うむ……困ったのう。では、人前に出るときはフードで顔を隠せ。いや、出来ればあまり人前に出ないでくれるとありがたいが……」
フィリスが、酷く浮かない顔をしている。
まあ、気持ちは分からなくも無い。彼女の望んでいたのは、人間の勇者なのだろう。それなのに現れたのは意味不明の骨だ、可哀想に。
しかし、同情はしないぞ。真なる被害者はこの俺なのだから。
◆◆
あの日から、一年が過ぎた。
フィリスの神殿は、小高い丘の上にある。
その丘には他に十の神殿があり、それぞれが護国の為に、勇者召喚の儀式を行っているという。
十の神殿には、十の神が祭られており、フィリスが神官を務める神も当然そのうちの一柱である。
それは、破壊神ユリウスという名の神であった。
破壊神ゆえに人々からは人気が無く、為にフィリスの神殿には、フィリス以外の神官がいなかったのだ。
それが、俺には幸いだったのかもしれない。何しろ、大っぴらに人に見られる機会が、この一年間というもの、訪れなかったのだから。
だが、何故か破壊神の神殿には邪神が住んでいる。などと言う根も葉もない噂が、街では広がっているらしい。フィリスは、最近、随分とその件について悩んでいるようだった。
空が茜色に染まり、今日も一日が終わろうとしていた。
この時刻、フィリスは夕の祈りの為に神殿の最深部にいて、俺は、キッチンに立つ。それが、ここ数ヶ月に渡る暗黙の了解であった。俺の神聖さは、一体何処へ消えたのだろう?
まあいい。今年の初めに仕込んだ味噌も、出来上がっている頃だ。
今日は、俺特製味噌汁をフィリスに振舞おう。和食だ。間違いなく、驚くだろう。
俺は、昆布と魚の骨で出汁ををとった鍋に、自家製味噌を投入して味を見る。
ちなみに昆布は、夏に俺が海で泳いでいたら、絡み付いてきたものを乾燥させた。
あの時は、人に見られてとても焦ったものだ。
「白骨死体があがったぞー!」
などと言われても、あながち間違っていないのだから、始末が悪い。
転がって逃げたのは、今となっては良い思い出だ。
おっと、味見をしたら、肋骨の間から汁が床にこぼれてしまった。
だが、歯と歯の間を通る暖かな味噌汁が、魔力感知を通して俺の意識に伝わると、それが紛れもなく美味いものだと確信できる。
床など、跡で拭けばいいのだ。
俺は、味を感じるこの瞬間が好きなのだ。
俺は今、裸にエプロンだ。
窓から差し込む夕日を正面に浴びて、俺の影は、”ゆらり”とキッチンを伸びてゆく。
――生きているって、素晴らしい――
俺は、この一年、そんな事を実感していた。
「ぎゃあああ! 邪神だああああ! 黄金仮面! 助けてええええ!」
「ん?」
俺が窓を見ると、子供が二人、顔を覗かせていた。
ふっ、裸エプロンを見たい気持ちは分かるが、覗きは良くないぜ、ボーイ。そして黄金仮面は、この俺だ。
俺はニヒルに微笑むと、手にした「おたま」を少年に翳した。
まあ、唇はない。
人間には、”カタ”という音が聞こえた程度のものであろう。気持ちが伝わればオーケーなのだ。
「に、逃げろおおおお! ごめんなさいいいいい!」
ふっ。他愛も無い……。
俺は、逃げてゆく子供たちに一瞥をくれて、本日のメインディッシュの作成に取り掛かる。
今日は、羊肉が安かったのだ。ソテーにしようと思う。
フィリスには、あまり街を出歩くなと言われているが、日々の買い物位は仕方あるまい。それに、俺が買い物に行かないと、フィリスが飢える事になる。
何しろ、彼女は一人でこの巨大な神殿を運営し、数多の人々の陳情、苦情も受け付けているのだから。
もっとも、俺は街で多少の人助けをしてしまう事ならば、あった。
先ほどの少年達も、実は俺が暴漢から助けたのだ。感謝の気持ちで、後でもつけて来たのだろう。困ったものだ。お陰で俺のセクシーな姿も見られてしまった。
それにしても、破壊神ユリウスというのは、破壊神というだけあって戒律は酷く緩い。
まず、食べてはいけないものなど、無い。どころか、何でも食べる者に加護が与えられる。
最も、与えられる加護は、基本的に「破壊力」なので、善良な人はあまり望まない様だ。
それだけに神殿に訪れる者の大半は犯罪者か、その予備軍。そうでなければ被害者であったり、無力な弱者である。だから必然的に信仰する者は少なく、質も低く悪いのだ。となれば当然に、神官のなり手などいない状況であったのだ。
「フィリス、夕食ができたぞ」
俺は、神殿の最深部で神に祈りを捧げる美しい女神官に声をかけた。
「ああ、すぐに行く」
「先に食べているぞ……」
「……お前はこぼすだけだから食うなと、何度言ったら分かるんだああああ!」
まったく、フィリスときたら、俺が味を楽しめている事を未だに理解していないらしい。こめかみに青筋まで浮かべて、美人が台無しだ。
ふっ、と鼻でわらい、白亜の神殿にエプロンを投げる俺。
いつにもましてハードボイルドだが、その理由は決まっている。
「今日は、俺とお前が出会って一年の記念日だ……だから、腕によりをかけたんだぜ……」
「だったら、せめて食わずに待ってろおおお!」
どうやら、フィリスは照れているようだ。
それもそうだろう、俺はこの一年で成長した。
レベルも32になり、破壊神の加護を受け、もはや、そんじょそこらの骨じゃない。乙女が恋焦がれても、仕方が無いことだ……と、思いたい、三十一歳の不死骸骨な俺だった。
【個体名:八坂 徹
類:闇魔
種族:不死族
科目:不死骸骨
信仰:破壊神ユリウス
称号:食卓の守り手
主装備:包丁 鍋
特性:不死 再生 闇属性無効 聖属性防御効果小 剣技強 格闘強 物理攻撃防御中 炎属性防御中 料理上手
特効:魔力無限 自家製味噌作り 酒醸造 燻製作り 野菜栽培 家畜飼育
レベル:32】
俺は、思念体に頼んで自分のステータスを確認した。
間違いなく、良い主夫になれると思うんだ……。




