仲良くしませんか?
◆
俺は、音を頼りに体を動かした。
悲鳴が聞こえる方に背中を向けて、正面から現われるであろう不死骸骨に備える。
だが、思えば勝算など、ない。
もしもここがファンタジーの世界で、敵が俺の思い描く不死骸骨ならば、少なくとも剣を持っているはずだ。
対して、俺は素手。
いや、まて。
転生といえば、チート能力などがあるかもしれない。
俺は、思念体を呼んだ。
俺に出来る事はないのか? せめて目が見えるようにはならないのか!?
【個体名:八坂 徹
類:闇魔
種族:不死族
科目:不死骸骨
特性:不死、再生、闇属性無効、聖属性防御効果小、剣技強、格闘強、物理攻撃防御中
特効:魔力無限】
ま、魔力無限……だと。
【世界と同義である思念体とリンクした状態である為、個体:八坂 徹は無限の魔力を有します。但し、リンクが切れた場合、肉体も同時に消失します】
どういうことだ。つまり、俺は世界と同一ということか?
って、まて。種族……不死……科目……スケルトン、だと?
どうやら俺は哺乳類を卒業して闇魔類に進み、不死の道へと歩んだようだ。
しかし、これならあの激務も耐えられるスペック……。って、ばかやろう!
そんな事を考えている間にも、半狂乱の悲鳴が俺の全身に届くのだ。
「ひいいいいあああああああああ」
”がこん””がこん”
む。頭に衝撃がある。
痛くは無いけど、全身が”ぶるぶる”する。
決して気持ちの良いものではないぞ。
せめて目が見えて、話が出来ればこの声の主に説明も出来るのに。
とはいえ、これじゃ第二の人生どころじゃないぞ。
勇者どころかモンスターじゃないか……。
【魔力で世界を感知してください。声は、魔力により骨を振るわせる事で代用可能です】
思念体め……。人事だと思って、問題なさそうなことを言う。
ええ、と。
意識、意識……魔力を意識して骨に……。
俺が骸骨だとして、音が聞こえるという事は、つまり骨に音波が伝わっているということだろう。なら、確かに逆の事も出来そうだ。
「カタカタ……お、おれ……カタカタ」
「ひっ、ひいいいいい!」
う、更に強く殴られ始めた。このままでは頭が欠けてしまう。
まあ、どうせ中身が入ってないんだし「再生」とかも特性にあるから、問題無いのかもしれないけど。
「カタ……まって……クレ。カタカタ……おれは……敵……カタカタ」
「ひぎゃあああああああああ」
やばい、おかしな所で言葉が止まっちまった!
「じゃなイ。俺はテキじゃナい!」
ふぅーー。なんとか言えた。
「へ?」
「だカら、俺ハキミのテキじゃない。召喚とか言ってたのは君だロウ? オレがユウ者ダ」
「えっ? えっ? ええええええ!?」
いや、驚きすぎだろう。なんて失礼な奴だ。会話に成功したものの、未だに目が見えない。どんな奴かも良くわからんのは、ちょっと嫌だな。
でも、声は甲高いから、子供か女、か。
”がいん””がいん”
うん、頭蓋に振動を感じる。確実にまた殴られてるな、俺。
会話が出来れば意思の疎通が出来るなら、そりゃあ人類社会は平和だろう。そうじゃないから戦争は起こるんだ。
とはいえ、無抵抗な俺を殴り続けるとは、こいつ、どんな神経をしていやがる。
……でも、怒りを抑えて今は見る事に集中だ。周囲の状態さえ解らないままでは、どうにも困る。
徐々に辺りが見えてきた。
ぼんやりと白い膜に包まれて見えるが、周囲は白煉瓦の壁面か。足元には、白大理石に描かれた真紅の魔方陣がある。正面には、剣を天に向けて捧げる一人の男が描かれた、タペストリーがあった。
俺は、頭蓋に衝撃を与える棒を掴み、振り返って微笑んだ。
……微笑んでも、唇がないから何も変わらないのが残念である。
「もう一度言う。俺は敵じゃない」
言葉も、流暢になっていた。
◆◆
白い神官服に身を包んだ緑髪の少女が、俺の目の前にいた。
年齢は十六、七歳といったところだろうか。俺をじっとりと見つめる眼は、どこまでも敵意に満ちている。
「わたしは勇者を召喚したのだ。断じて骨などではない」
「だから、俺が勇者だということだ」
「骨の勇者など、今まで唯の一度も見た事がないわ!」
「じゃあ、俺が先駆者になる」
「いらんわ! そんな先駆者! 地中へ帰れ!」
「俺の目を見ろ! 嘘を言っているように見えるか?」
「空洞だわ! 何処にも眼球など無いわっ!」
神官服を身に着けた少女が、持っていた錫杖を頭上に翳し、ぶつぶつと何事かを唱え始める。
銀色の錫上が乳白色の輝きを帯び始めると、俺の体がじんわりと熱くなった。
「滅せよ!」
少女の声と共に、俺の足元から湯気のようなものが立ち上り、見る間に膝までが溶けてしまう。
もしかして俺、今、神聖魔法を食らってます?
【はい。約十五秒程で存在が消失します。回避しますか Y/N】
お、おお。思念体さんの声だ。
って、十五秒とか、どうしろと!
とにかく、俺は慌ててYESと念じる。
すると、瞬間に俺の全身が黄金色の輝きを放つ。
溶け始めた足も、見る間に再生を始め、元の形を取り戻した。
「なっ、なっ!」
俺の目の前では、少女が口元に手を当て、慄いている。
【属性反転完了。聖属性攻撃無効、ダメージ破棄。個体Lv1:効果六〇八秒】
手足が黄金色に輝いている。きっと頭蓋骨もそうなんだろう。
うん、昭和初期、黄金の髑髏はヒーローだったんだ。自信を持て、俺。どうせ泣こうとしても、涙は出ないぞ、空洞だからな。
「ハーッハッハッハ! どうだ。神官の攻撃が通用しないんだから、魔物じゃないだろう?」
俺は、出来る限りのドヤ顔で、少女を見下ろした。ついでに、勇者っぽくセルフ演出で笑ってみた。
素っ裸だが、骨だけだから気にならない。
しかし、もしもこれが生身だったらと思うと、ぞっとする。金色に輝く三十男など、気恥ずかしいどころではすまない。場合によっては警察に捕まってしまう。
俺、やっぱり死んでいた方がマシだったのでは?
こんな事も脳裏(脳はない)を過ぎったが、今更言っても始まらない。
「た、確かに。その神々しいオーラ。それに、あふれ出す魔力は聖性を感じる。しかし、なんだ、その禍々しい姿は! それでは勇者とは呼べないだろうが!」
「じゃあ、隠すから服をくれ」
神官少女は、ついに俺の意見に折れた。
流石に、勇者を召喚しようとして不死骸骨を召喚してしまったなど、前代未聞の珍事なのだという。だから、断固として認めたくなかったらしい。
だが、どうやら俺が普通の不死骸骨では無いことも判ったようだ。
普通は属性反転など出来ないし、本来ならば、先ほどの「浄化魔法」で無に帰していたはずなのだ。
だから、神官少女は俺を、「聖なる髑髏」として扱う事にしたという。
「勇者じゃないのか」
俺は、茫然とした。
せっかく異世界で勇者として人生をやり直そうと思ったのに、骸骨として生きてゆかねばならないなど、あんまりと言えばあんまりだ。
「ま、まあ、悪い魔物ではないようだし、勇者もそのうち誰かが召喚するであろう。
わたしも召喚した責任がある。そなたの面倒は見るゆえ、許せ。
そうそう、わたしは、フィリス・デ・ラ・ロッソ。この国に十人いる大神官の一人じゃ」
「俺は八坂 徹。勇者になり損ねた黄金骸骨だ」
「そう言うな、よろしくの」
緑髪の少女は、暖かな笑顔を俺に向けて自己紹介をした。
元来が神官なのだから、柔和な笑顔の作り方などお手の物なのだろう。俺を見つめる緑色の眼差しも、どこか雄大な草原を思わせる。
広げた両手は俺の全てを受け止めてくれるような懐の深さを感じさせ、俺は、自らの卑小さを自覚した。
元々、一度死んだ身で何を贅沢言ってたんだろうな。勇者じゃなくても、骸骨でも、もう一度生きるチャンスがあるってことだ。
「フィリス、これからよろしく、な」
俺は、腰に左手を当てて、精一杯のハードボイルドを右手の親指に込めてフィリスの前に突き出した。
瞬間、黄金の輝きは消えて、元の白骨に戻ったのである。




