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骨の勇者は肉が欲しい  作者: 芳井食品(芳井暇人)
骨は敵ではありません!
1/59

勇者になりますか?

 ◆

 某飲食チェーンの中間管理職というのが、俺の仕事だった。

 地域マネージャーとして、近隣の八店舗程を俺が見ていた訳だが、これは別に出世したという程の事ではない。

 それどころか会社に残ってさえいれば、三〇歳になる前には誰でもなれるポジションだった。


 俺のいた会社は、入社して半年も経てば副店長になる。それから、およそ一年で店長になるのだ。

 もちろん、店長になる事によって残業代がなくなる。管理職だから、という理由でだ。

 それ故に、この時点で辞める者が多数いる。つまり、大半の者が、自分の働く会社がブラック企業である事に気付き、耐える自分が馬鹿馬鹿しくなるのだ。


 この激務に五年ほど耐え抜くと、いよいよ幹部社員と呼ばれる一人前の社畜の完成だ。


 彼等は、統括店長というありがたくも無い呼称と共に、複数店舗を任される。

 その上で、さらに担当する店舗が増えると、部下に店長を置く形で地域マネージャーというものになるのだ。


 言うまでもなく、このポジションも残業代等は、ない。

 更に言えば、業務成績に応じた年俸制というものに変わるのだ。これは、場合によっては店長時代よりも給料が下がる可能性があった。


 加えて、人が足りない時などはシフトにも入らなければならない。


 この職種は、今年三〇歳になる俺には、まったく過酷な労働であり、更に、給料も思った程にはならなかったのである。


 部下である若い店長が辞め、副店長も去り、アルバイトも言う事を聞かない。

 俺の忙しさもあいまって、八年付き合っていた彼女とも別れてしまった。

 多忙にも関わらず、給料の安い俺に愛想を尽かしたのだろう。

 

 俺は、諦観と共に彼女のことを忘れ、仕事に没頭した。

 いつしか、親や兄弟とも連絡を絶っていた。

 余裕を失っていたのだ。


 だが、俺の奮闘努力にも関わらず、各店舗の売上げは伸びなかった。

 景気は上昇傾向にあるというのに、俺の日々で上昇しているのは、上司から言われる皮肉の数とストレスだけだった。


「もう、駄目だ」


 俺がそう思うのに、それ程の時間はかからなかったと思う。


 ――俺は、死を決意した。


 だが、それは、そんなに悲愴なものではない。

 

 ただ、死ぬだけだ。元々が楽天的な俺は、これで楽になれるのだと思えば、むしろ嬉しくなっていた。


 俺はなるべく人目に付かない場所に、酒とツマミとテントとロープを持って出かけた。

 

 向かう場所は、まあ、ご多分に漏れず「樹海」だ。


 死ぬ事は管理している人に対して、甚だ迷惑な行為であることは自覚している。だから、なるべくなら本当に発見されない場所まで行きたかった。


 夜。


 深い森の中、一人ひっそりとテントを張った。

 昼間、幾度も会社から着信があったが、その全てを無視していた。それだけでも、俺の心は晴れやかになっていた。

 だが、もう、携帯電話を見ることも無い。

 俺は、携帯の電源を落とし、地中に埋めた。


 梟の鳴き声と虫の音が、妙に俺の心に沁み込んでくる。


 俺は、全てに対して解放された気分になっていた。

 もう、何もかもがどうでも良いのだ。

 自宅のPCだって、全てぬかりなく処理をした。

 学生の頃から溜めまくったエロ動画やエロ画像を処理するのはさすがに堪えたが、死ねば不要のモノと、腹を括ったのだ。


 俺は、この世の名残とばかりに酒を煽り、ビーフージャーキーを頬張った。


(駄目だ!)


「ん?」


 遠くから声が聞こえた気がした。


 もしも見つかってしまったのなら、ここでは死ねない。

 ほろ酔い気味になっていた俺は、目を凝らして遠くをみやる。

 だが、人と思しき影は、何処にも見当たらなかった。


 俺は、ほっと胸を撫で下ろして、頑丈そうな木の枝にロープを括りつける。


 これから死のうというのに、”ほっ”とするのもおかしな話だな、などと自嘲しつつ、俺は大きく息を吸い込んだ。


「ぐっ」


 痛みは、一瞬だった。

 後のことは、もう、覚えていない。


 俺、八坂 徹は、この夜、確かに死んだのである。

 そして、意識は深く沈み、やがて白濁とした光が現われるまで、俺はまどろみ続けていた。


 ◆◆


「我が声に答え、顕現せよ! 四界を圧せし勇者よ!」


 俺の周囲は、白濁としている。

 あの日から、どれ程の時間が経ったのだろう? 肉体を持たない俺には、測り知る事も出来ない。

 だけど、時間など俺には、もはや関係の無い事だ。

 何しろ俺は、もう、死んだのだから。


 そんな混濁した意識の中に、凛とした声が響いていた。


「勇者?」


 凄いな、俺も学生の頃はそんなモノに憧れたぞ。

 特に中学の頃は凄かった。

 異界に囚われ、魔物に襲われたC組の真里を、何度も助けた事がある。

 もちろん、脳内で、だ。


 死んでまで黒歴史を思い出して、俺は少し嫌な気分になった。


「なぜ、現れない? 魔方陣は完璧なはずっ!」


 白濁とした世界に、慌てたような声が響く。

 俺は、少し不思議な気分になっていた。

 俺は、死んでいる。その証拠として俺に視界はない。それどころか、感覚も無い。なのに声が聞こえるってどういうことだ?


【並列世界において、貴方という存在が呼ばれています。行きますか Y/N】


 はい? 今度は俺の内側から聞こえてくるよ?

 一体、何がどうなっているんだ?


【貴方は今、思念体となっています。故に、思念の集合体である私とリンクしています】


「勇者よ、勇者よーー!」


 外界から聞こえる声が、半狂乱になってきている。

 もしかして、俺を呼んでいるのか?

 まあ、ブラック企業で戦っていたんだから、ある意味で俺は勇者だった。

 ……けれど、自ら命を絶った敗者でもあるんだけど、いいのかな?


 だが、俺は妙な所で死ぬ前の自分を悔い始めていた。

 なにも、死ななくても良かったかもしれない……。

 YESを選択すれば、俺にはもう一度人生が与えられるのだろうか?


「ゆ、ゆ、勇者ぁぁああ!」


 一方で、外界からは絶叫が聞こえた。


【並列世界において、貴方という存在が呼ばれています。行きますか Y/N】


 俺は勇者ではない。けれど、思念体は俺が呼ばれているという。

 後悔が残った前の人生に、俺は本当の意味で終止符をうちたかった。

 ならば、新たに勇者として、生きてみるのも良いだろう。

 だから、俺はYESと念じてみることにした。


 白濁とした世界は一挙に収束し、俺の意識を中心として集まる。

 

――ガラガラ――


 乾いた音が、俺の周囲で響いた。

 

 俺は、慌てて周囲を見回す。しかし、辺りは暗闇に閉ざされていて、何も見えなかった。

 状態的には、こっちに来る前よりも悪化している。光も感じないのだ。

 けれど、おかしな事に体が動いている感覚は、ある。

 今、俺は床にうつ伏せになっている状態のようだ。痛みや不具合は無い様だった。


「よいしょ……」


 三十路にもなると、どうにも起き上がるのに掛け声がいるね……。


「ひ、ひいぃ! 不死骸骨スケルトン


 女性の声が酷く怯えている!

 それにしても、聞こえ方がどうもおかしい。全身に響く感じだ。

 いや、それよりも……そうか、この人はスケルトンに襲われていたから俺を呼んだのか!

 どこだ! スケルトンめ! くそう、目さえ見えれば何とかなるんだが……。

 いや、ここは俺の第二の人生の出発点。たとえ目が見えなくてもこの人を守ろう。

 それが、前世で自らの命を絶ってしまった自分自身への償いでもある。そう決意して、俺は言った。


「カタカタカタ、カチカチ!(安心してくれ! キミは俺が守る!)」


 くっ! 声も出ないのか!


【……転移した肉体は損壊が激しく、魔力により再構築致しました。起動確認……正常。

 ……世界移行完了しました】


 まて……思念体。正常じゃない。目が見えないし、声も出ないんだけど。


 まあいい、とにかく、スケルトンをなんとかしないと!

 

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