封印ですか?
◆
俺は、ぐれていた。
皆が強すぎるから、ぐれていた。
ヤッファ、サラスの素早さに嫉妬し、ウルフィスの破壊力に嫉妬し、アルマの勇者力に萌え、フィリスの手に持つ食材に恐怖していた。
だから、こそこそと自分の身体を集めていたのだ。
別に、あせる事は無い。集めているうちに、戦いは終わるさ。と、思っていたのだ。
実際、フィリスとアルマの連携攻撃は、アズナブイを貫いて、戦いが終わったかに見えた。
__しかし。
突如、アズナブイのいた場所が光り始め、爆発したかと思ったら、フリー〇さまも真っ青な位、つるんとした生き物が現われたのである。
もちろん、赤いし、尻尾もある。竜人つるぴかバージョン、って感じだ。しかも、翼が無くても飛んでいた。
でも、ま、いっか。姿が変わったからって、小さくなってんじゃん。
そう思った俺は、体探しに集中した。
しかし、今思えば、それが良くなかった。
アルマが、落ちてきた。
そして、竜人に刺されていた。
「あ、アルマあああああ!」
そのまま、俺は、属性を反転させていた。
体のパーツは、最後の一つを丁度集め終わった所だった。フルパワーの属性反転であった。
俺は、容易くアルマを襲った竜人の顔面を、アイアンクローで潰してやった。
そして、アルマを抱きしめ、止血をする。
止血など、聖属性を持った俺ならば容易かった。けれど、アルマは目覚めない。俺の内面を、どす黒い怒りの波が襲った。
「アズナブイ、唯では殺さんぞ!」
中空を見上げた俺が知覚したものは、首を絞められるフィリスの姿であった。
ヤッファが必死に食らいつき、フィリスを助けようとしていたが、アズナブイの尻尾に阻まれて、近づくことすら出来ないようだ。
フィリスの目も、開いていなかった。
「おおおお……!」
俺の唸りに反応して、鎧が砕けた。そして、裏面を朱に染め上げた漆黒のローブが俺を覆う。手には、当然ながら銀の神錫だ。
「アズナブイ。その手を放せ」
俺の眼窩は何色だろう? ただ、アズナブイは俺を見た瞬間に、フィリスを手放した。
「ヤッファ!」
俺の声に反応したヤッファが、すぐさまフィリスを拾い上げる。
フィリスの体が徐々に再生してゆく所を見れば、息はあるようだった。
「き、貴様が不死乃王か?」
アズナブイの声が、震えていた。俺は、黄金に輝く右手を振り上げ、神錫を振った。
すると、一筋の雷光が迸り、アズナブイの角を打ち砕く。
「俺は、勇者トオルだ」
「ぐぐぅ……このように禍々しい勇者など、初めてみるわ……」
「破壊神と兼業なんでな! 気にするな!」
「破壊神? ああ、そういうカラクリか。なるほど、なれば我に挑みうるも道理」
言うなり、アズナブイの両手が光り、俺に向かって光の弾丸が迫る。
そして、問答は終わりだとばかりに、アズナブイの口元が歪んだ。
「消えうせろ」
俺の前には無数の光弾が迫り、今にも飲み込まれそうだ。とはいえ、避ければアルマやフィリスに被害が及ぶ。困った。
【防御方法、空間断裂を提案します Y/N】
むろん、イエスだ。
自動的に俺の腕は円運動をして、前面の空間を漆黒に変えた。
「ふっ、他愛も無い」
俺がそう思った瞬間である。
上空から、拳が降ってきた。
アズナブイが、光弾を隠れ蓑に、俺の頭上から迫っていたのだ。撃ちつける拳は全てが重く、完全体として属性反転をしている俺でさえ、防御するのが精一杯である。
ど、どうにかならないのか? 思念体さん?
【……アズナブイの戦闘力は五十六万です。対して個体、八坂徹の戦闘力が五十ニ万。撤退を推奨します】
ちょ、ちょっと! 俺が逃げたら、ゴブリンの村は? エフリース達は?
俺は、アズナブイの拳や尻尾をなんとか銀の錫杖で捌き、耐えながら考えていた。
確かに、この差はどうにもならないかもしれない。すでにアズナブイは角も再生しているし、俺の攻撃は、当たっても致命傷にならないようだ。
もっとも、アズナブイの攻撃も、俺に致命傷を与えることが出来ない。これは、別に戦闘力の問題ではなく、特性の問題だった。
アズナブイの攻撃は、すべてに火属性が上乗せされるのだ。それが、俺には有利に働いていただけである。なにしろ、俺に火は効きにくいのだ。
何か勝つ方法を考えてよ! 思念体さん!
【一つだけ、アズナブイを倒す方法があります。ですが、成功確率は三八パーセント。失敗した場合の生残確率は四パーセントとなります】
ああ、もう、やるよ! どっちみち逃げたら全滅なんだから。
確率、などと言われても俺にはピンと来ない。それに、ここで逃げたら勇者じゃないのだ。
【わかりました。肉体をお預かりします】
こうして、俺の肉体は、俺の意思とは無関係に動き出した。
飛び回り、逃げている感じだ。けれど、たまに地面に向かって神錫を振っている。時に反撃をするが、それは傷ついた味方を守る時だけだった。
体の操作を思念体さんに任せているからなのか、辺りの景色がはっきりと見える。
フィリスは体の再生をほぼ終えて、今はアルマの治療に専念しているようだ。アルマも、顔を顰めながら、俺とアズナブイの戦いを眺めている。
竜人とエルフ、ドワーフ連合の戦いは、どうやら連合の勝利に終わったらしい。アルマに頭を下げるウルフィスが、誇らしげな顔をしているのに、少し腹が立つ。
顔から流れる血を拭って、ウルフィスはやりきった顔をしていた。
ヤッファとサラスは再び神官服を身に纏い、跪き、俺を見守っている。何事か唱えているようだが、彼女達の言葉は俺への祈りであり、それは当然、俺の力へと変貌を遂げてゆく。
「ふむ。俺の戦闘力がまた上がったな。それでも、アズナブイには届かないか」
自分に意識を戻せば、俺の左腕が無くなっていた。
属性を反転させ、ヤッファ、サラスの支援を受けて、尚もダメージを負い、回復さえも追いつかないとは、アズナブイの力は凄まじかった。
そう思っていた瞬間、俺の体がピタリと止まった。
「アズナブイ。何か、言い残す事はありますか?」
俺の声が、俺ではない言葉を発していた。
「なん、だと?」
アズナブイが視線だけを俺に向けている。ゆらゆらと尻尾を揺らし、爬虫類独特の縦に長い瞳孔を向けられると、思念体さんはともかく、俺はゾクっとする。
ていうか、小型化したら瞳孔が出来るとは、不思議な生き物だな。
「アズナブイ、これで、貴方の力は封印されます。力に驕れば、その末路は惨めなもの……」
対して思念体さんの声は、何処までも冷静で冷酷。けれど、口調には仲間を思いやるような響きが、かすかに感じられた。
「封印、だと?」
中空で、俺に向かって突進するアズナブイに、巨大な五色の光が、地上から迫った。
俺は、身体を仰け反らせるように後ろへ飛ぶと、光から離れる。
地上には、それとわかる五芒星の魔法陣が浮かび上がっていた。
光が収束すると、アズナブイの身体は何処にも無かった。しかし、俺の、つまり思念体さんの言葉は止まらない。上下左右に激しく神錫を振ると、岩壁から新たな光が溢れる。
「朽ちた肉体を捨て新たな肉体に宿りたまえ、四界の王にして火を統べる者よ__されど盟約を結び我に敵することなく、我に従い、地を天を海を空を見守る存在とならん事を__」
俺の身体は、そこで黄金の輝きを失い、地上に落下した。
地上は、相変わらず、溶岩から立ち上る噴煙で辺りの視界が悪い。しかも、俺とアズナブイの戦いによって、火山が活性化したらしく、今にも噴火しそうな勢いだった。
「フィ、フィリス……抑えられるか?」
いつの間にか、身体の制御を思念体さんから返してもらった俺は、フィリスに火山の噴火を抑えるよう、頼んだ。
「む、むろんでございます」
フィリスがゆっくりと俺の側に歩み寄りつつ、周囲を見回すと、辺りの気温が一気に下がった。地底の溶岩を押さえ込んだのだろう。
フィリスでさえも、一部の自然を支配する程なのだ。アズナブイの強さといったら、相当なものだったのだと、俺は改めて知った。
「ク、クク、クハハハハ! 我が消えるわけがない! トオルとやら! 流石の我も、今の攻撃には驚かされたが、貴様も力を使い果たした様ではないか!
__今度は此方から行くぞ!」
倒れ伏した俺の眼窩の先に、真紅の竜がいた。
先ほどのつるんとした姿ではない。最初に出会った、如何にも竜といった、爬虫類然とした形である。
そして、サイズも爬虫類らしく小さく纏まっているのだが、どうやら本人は気付いていないようだった。
とことこと俺の前に歩み寄ると、口を大きく開き吐息を浴びせかけてきた。
すると、みるみる俺の失われた腕が再生した。
「お、おお、すまん、助かった」
「なっ! 我の獄炎の吐息で回復するだと? むう! 先ほどの呪文は、主を巨大化、そして強化する為のモノであったのか?」
「くっはははははは! トオル殿! アズナブイも、こうなってしまっては、どうにもならぬなぁ!
……しかし、フィリス、夕食が小さくなってしまったぞ。どうするかな?」
どうやら動けるようになったらしいアルマが俺の側に歩み寄り、アズナブイの翼をつまみ、持ち上げた。
愁眉を寄せるフィリスの顔を、恐れ慄き覗き込んだのは、火竜アズナブイの成れの果て、体長三〇センチの、可愛らしい竜であった。
「アズナブイ、説明するのは面倒だがな。さっきの技で、お前の強力だった肉体を滅した。けど、神にも等しいお前の魂は消せない。放っておけば再び強力な肉体を手に入れるだろう。だから、新たな肉体を用意して、お前の魂を入れた。
当然、その肉体には、俺の魂が込められているから、お前はもう、俺に害を為す事は出来ない。
__分かるか、アズナブイ。お前は、俺無しでは生きられない、という事だ」
俺は、思念体さんによる説明を、大雑把に噛み砕いて、アズナブイにしてやった。
俺が、ヤッファに肩をかりて上半身だけを起こすと、それだけでもアズナブイを見下ろす事になる。
そして、俺を見上げるアズナブイは、真紅の身体をガタガタと震わせて、呟いていた。
「あ、あ、あ、悪夢だ__」
【個体名:八坂 徹
類:闇魔
種族:不死神族
科目:不死乃王
信仰:ユグドラシルの思念体
称号:神王トオル《ユグドラシルの勇者見習い》
主装備:銀の神錫 副装備:魔剣星砕き 東海の鎧 西海の冑 北海の篭手 南海の脛あて
特性:不死 再生 全属性防御極大 料理上手
特効:魔力無限 自家製味噌作り 酒醸造 燻製作り 野菜栽培 家畜飼育 思いやり 協調性
レベル:91】
そして、俺はレベルが大幅に上がった。
どうやら、竜王アズナブイと魂の連結をしたことによって、俺も本当に神様になったようだ。
そして、念願の称号も手に入れた。
__勇者見習い__である。
それにしても、神王なのに勇者見習いって、どうなの? と思ったが、その件に関して思念体さんに聞いたところ、
【勇者になれるかどうかは、あくまでも勇気の分量ですから】
と、言っていた。
チキンハートを自認する俺としては、やっと見習いになれたと、喜ぶべき所なのだろう。




