アルマ・バルベリーニの手記(3-3)
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わたくしは、断崖とも思える火口の岩壁に足をかけ、上り、飛んで竜の背に乗って斬りつける。当然、竜とて大人しく斬られる訳も無く、激しく暴れていた。
わたくしが振り落とされると、側面をフィリスが三叉の矛で襲う。
凄まじい速さで繰り出される刺突は、竜の腹を抉り、悲鳴を上げさせていた。
これならば、わたくしが神を降臨させるまでもないであろう。
他方では、トオル殿が見事な指揮で、ヤッファ、サラス、ウルフィスの三人を操り竜人を撃退している。
「ふっ! アズナブイとやら、覚悟せよ!」
わたくしは、再び地上に降りると、両手で剣を構え、全身の魔力を指先に集めた。
フィリスが穿った竜の腹に、わたくしの最大奥義を打ち込むのだ。
「光輪円舞鷲撃斬!」
わたくしの掛け声と共に、光の刃が四つ現われて、アズナブイをめがけ、飛んでゆく。
その後ろから、わたくしは、光の刃を追うように飛翔した。
長剣も光を帯びて、輝きを放っている。
わたくしの目の前で竜の傷が、猛烈な速度で再生していた。
だが__一つ、二つと光の刃を腹の傷口にぶつけ、再生を食い止める。
ついで、三つ、四つ、と全ての刃を竜に撃ち込むと、わたくしは体ごと剣をアズナブイに突き刺した。
魔力を足に込めて飛び上がったのだ。
深く突き刺さったわたくしの剣は、アズナブイの身体を食い破る様に進む。
一瞬の出来事であった。
わたくしの身体はアズナブイの身体を突き抜け、見上げれば、晴れ渡る空が見えた。
「グウオオオオオオオオオ!」
下方から、アズナブイの絶叫が聞こえる。
アズナブイの魔力が、四方に漏れ出している事は間違いない。
ヤッファ達と戦っていた竜人達も、状況の変化に慄き、空を見上げ、アズナブイを見守っている。
もっとも、ヤッファ、サラス、ウルフィスが茫然と佇む敵を見逃すはずも無く、次々に打ち倒してゆくので、形勢は完全に此方のものだ。
唯一トオル殿は、なぜか右手を咥えておろおろと周囲を歩き回り、小石や妙なものを拾い集めているが、あれは一体、何を探しているのだろうか?
何かを拾うたびに、ふわりと身体を輝かせているのが、少しおかしい。
とにかく、わたくし達は、竜に勝ったのだ。
上昇を止めたわたくしの側に現われたのは、空を飛ぶフィリスであった。
彼女は、手早くわたくしに「飛翔魔法」をかけてくれた。
なんとフィリスは、自身が飛ぶだけではなく、他の者にも「飛翔魔法」を掛ける事が出来るとは。まさに、神の御業という他はない。
それにしても、フィリスは脇に、アズナブイの眼球を大事そうに抱えている。これも、今夜の食材なのだろうか? 少し気持ちが悪い。
「アルマさま、ご油断めさるな!」
しかし、フィリスの表情は、未だ勝利に緩んではいなかった。
「油断、とは?」
「まだ、アズナブイが滅んでおらぬ、ということです」
フィリスの緑色の目は、下方で苦しむ竜を見据え、身体は矛を構えて、いつでも撃ち込める体勢を維持している。
「ククク! 小娘ども! 中々やるようだが、我にはやはり及ばぬ。
我を、この姿にさせるとは、それだけでも褒めるに値するが……しかし! こうなってしまっては、もはや手加減は出来ぬぞ! クァーハハハハハ!」
アズナブイは発光し、辺りは爆風に飲み込まれた。
わたくしは絶対防御のお陰で被害はないが、ウルフィスが岩壁に身体を打ち付けていた。
ヤッファやサラスは、竜人を盾として被害を逃れ、フィリスは三叉の矛で爆風を切り裂いている。
トオル殿は……爆風で取れた頭蓋骨を追い回していた。相変わらず、なんと惚けた御仁であろうか。このような事態なのだから、真面目にやって欲しい。
「ククク。弱き者共よ。喰らってやろう」
光が消え、爆風が収まると、炎を纏った竜人と思しき者が現われた。
その体は紅玉の様に輝き、竜の象徴たる角は、白磁の様に白い。瞳は知性を称えたブルーサファイヤの様で……正直、わたくしの目から見れば、天上の神が降臨されたかの様に見えたのである。
アズナブイは身体こそ小さくなっているが、威圧感は遥かに増していたのだ。
「あ、あなたは一体?」
「赤いフ〇ーザ!」
頭蓋を元に戻したトオル殿が、アズナブイを見るなり何事かを叫んでいたが、もはや無視しよう。
それよりも、わたくしは、問わずにいられなかった。この竜は、唯の竜ではない。かつて神々にも匹敵すると言わしめた竜がいたという。そして、帰ってきた答えは、最悪のものであった。まさに、アズナブイこそが、その竜であったのだから。
「我は、火を司る竜アズナブイ。精霊達の王なり」
「それがどうした? 私は破壊神トオルさまが第一の僕、大神官フィリスなり! 王如きが頭に乗るなぁあああ!」
けれど、何一つ気にしないフィリスが、宙を蹴ってアズナブイに突撃をした。
アズナブイは、その身体を空中で回転させると、難なくフィリスの矛をかわす。それもそうだろう、今までとは、体の大きさが違うのだ。
今ではフィリスと同程度の大きさ。いかにフィリスが素早くとも、あれほどの大振りでは当たるはずも無い。
わたくしも、剣を構え、アズナブイに突進した。
しかし、馴れない空での戦闘は、わたくしの突進力を弱め、思う速度に至らない。軽くアズナブイに捻られ、背中に一撃を喰らってしまった。
衝撃が、わたくしの体全体に走る。絶対防御を貫く攻撃力を、アズナブイは持っているようである。
これでは、バルバロッサ戦の二の舞になる。
地上に叩き落されたわたくしは、創造神を降臨させる決意をした。
上空を見上げれば、フィリスさえ苦戦している様子なのだ。
片足を失い、左腕を吹き飛ばされたフィリスが、咆えていた。
「私のコラーゲンが吹き飛ばされたああああ! アレは、手足なんぞと違って生えてこんのだぞおおお!」
ああ、フィリスの手足は生えるんだ。怒っている理由は、大きな眼球を吹きとばされたことか……でも、それは元々アズナブイの目ではないか。
ともかく、フィリスはまだ戦えるのだな、と思い、安心した時、わたくしの右肩に激痛が走った。
ウルフィスの防衛線を突破した竜人が、わたくしの前まで走りこんでいたのだ。
絶対防御は、アズナブイに破られたことで、既に解けていた。
「ぐっ……」
はからずも、わたくしの口から呻き声が漏れた。同時に、吐血もした。どうやら、肺を傷つけられたらしい。
「あ、アルマあああああ!」
遠のいてゆくわたくしの意識に、トオル殿の絶叫が響いた。
「俺のアルマに、何しやがる!」
トオル殿が、わたくしを攻撃した竜人の顔面を、素手で握りつぶしていた。
それにしても、わたくしは、いつからトオル殿のモノになったのであろうか?
不平を言いたかったが、わたくしの身体はもはや動かず、瞼も、その重さに耐え切れず、落ちてしまった。そのような有様であったから、当然、口を動かす事も叶わなかったのである。




