尾てい骨ですか?
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俺の意識を分身体と接続だって?
俺は思念体さんに言われた事が、あまりよく理解出来なかった。
でも、分身体というからには、それは俺の体の分身だろう。
ならば、この状況で「Y/N」なんて問われれば、YES以外の選択はない。なぜなら、俺は男だからだ。
なにしろ、俺の我が侭でフィリスを犠牲にしているのだ。ここで逃げたら、フィリスの死が意味の無いものになってしまう。
たとえウザくてもキモくても、フィリスは美人だった。
__愛してやるべきだったのだ。
俺はフィリスの頭を吹き飛ばすようなアズナブイを、絶対に許さない、と決めていた。
気がつくと俺は、先ほどの場所から僅かに離れた所にいた。
一瞬、視点の変更に戸惑ったが、竜が住む火口に通じる洞窟の一つに、俺はいる様だった。
丁度、竜の咆哮が聞こえたので、そちらに向かって俺は駆けた。
すると、なんとフィリスが光り輝き、肉体の復活を果たしているではないか。
しかも、一瞬、ほんの一瞬だけ、裸になっていた。
俺は、当然嬉しかった。
そういえば、フィリスは半神。確か再生機能付きのスグレモノだったはず。だから、あの程度では、死なないということなのだろう。しかも、破れた衣服の替わりに身に着けた物は、黄金の鎧と、三叉の矛である。
そして、フィリスは咆えていた。
「爬虫類如きが、トオルさまに何をしたあああああ! 貴様、もはや許さぬ! 生まれてきた事を呪いたくなる程の苦痛を与え、殺してやるぞっ! 覚悟するのじゃああ!」
だが、なんだ、なんだ、どうした? と、俺の頭が混乱したとして、それは止むを得ないことだろう。
あれは、フィリスの戦闘形態だ。なんて出鱈目な進化をしやがったんだ、アイツは! と思ったのだから。
とはいえ、俺にとって、そんなことは瑣末な問題である。
本当の問題は、これだ。
なぜ、フィリスの裸を見逃したのか……?
これに尽きる。
戦闘形態に移行する際、フィリスの服は間違いなく消え去った。
光の中で、フィリスは裸だったのだ!
全ての知覚を駆使し、見るべきモノを、俺は見なかった。男として、恥ずべき事だ。一世一代のチャンスを逃すなど、あってはならないことなのだ。
ああ! なんかもう、俺、一気にやる気なくしたわ!
溶岩から吹き上がる煙が充満し、再び視界が激しく悪くなると、俺は、一人膝を折り、両手を大地について項垂れた。
輝く光の中で見えたフィリスの身体は、確かに胸こそ無いが、くびれた腰と、滑らかなヒップラインを持った、まさに神。
神の細部までを見る事が叶わなかった俺に残されたものは、そこはかとない虚無感だけだった。
◆◆
俺の隣で、アルマも膝を折っていた。
取り落とした剣は流石に拾っていたが、アルマにとってもフィリスの変化は衝撃だったのだろう。
「アルマ、見たか?」
「あ、ああ」
な、なんだと。アルマは見ただと! 俺は、興奮で頬骨が上気する思いがした。羨ましすぎる!
俺は、幾度となくゴツゴツとした地面を拳で打ちつけた。
岩と骨のぶつかる音が、竜の咆哮に混じって酷く不気味に響いていた。
「トオル殿。何がそんなに悔しいのかは知らんが、その音は不吉過ぎるから止めてくれ」
そして、アルマに怒られた。
「……トオルさま」
ヤッファが、俺を背中から抱きしめてくれた。
俺が悔しそうにしている姿を見たからだろう。
もしかしたら、アルマに怒られた俺を、可哀想だと思ったのかもしれない。どちらにしても、とても良い子だ。
しかし、ヤッファの胸は、まだまだ発展途上。さすがの俺とて、欲情しない。あと二年待とう。待つことは、嫌いではない。
「トールさま! 呆けてないでー! 大神官さまが危ないよ!」
「へ?」
サラスの珍しく緊張感を持った声に、俺は中空を見上げた。
フィリスとアズナブイが激しく空中で戦っているが、確かに、フィリスがアズナブイの攻撃を防いでいるだけの様に見える。
__いや、違うな。
フィリスはここを守りながら戦っているから、全力で攻撃が出来ないだけだ。
「フィリス! 俺は大丈夫だ! 全力で脱__やれ!」
俺は、フィリスに声をかけた。ちょっと言葉を間違えたが、それは俺の願望の発露であって、嘘ではない。
とにかくフィリスがさっき怒っていたのは、俺がやられたと思ったからだ。俺が無事だと安心させてやれば、問題ないし、全力戦闘に移るだろう。
「脱__? はいっ! トオルさま、ご無事で何よりでございます! 今夜は竜のステーキにしましょうぞっ!」
フィリスの返事は頼もしかった。緑髪を振り乱し、大きく矛を振り上げて、不敵な笑みを浮かべる様は、まさに戦乙女。向かう敵は、今夜の食材、火竜アズナブイである。
まあ、竜人よりは竜の方がおいしそうに見えるから、良いだろう。
ちょっと、お腹も減った気がしてきたな。もちろん、気のせいだが。
「アルマ! フィリスを援護できるか?」
「むろんだ! 援護ではなく、わたくしがアズナブイを倒すっ!」
流石アルマ。すでに剣を構え、中腰になってアズナブイに飛び掛る構えだ。そして、いつも以上にやる気と気品に満ちている。
彼女の銀髪が竜の吐息で靡き、背中に流れている様は、まさに美の化身。
高温の大気を剣で一閃、そして切り裂くなど、まさに最強勇者の所業。
熱い大気に紛れて流れてくるアルマの爽やかな香りが、俺の鼻骨格をくすぐり悶えさせる。
その時、周囲から怒号が響いた。
「アズナブイさま! アズナブイさま! 如何なされましたか?」
竜人達が、この場所に駆けつけたのである。
幾つもの横穴から現われた、赤い鱗のニクいやつら。やつらは翼にモノをいわせ、俺たちを目掛けて一斉に飛び掛ってきた。
「ヤッファ! サラス!」
「……薄汚いケモノ……排除する……」
「へっへー、トールさま、任せて!」
俺の呼びかけに、二人のエルフは弾かれたように飛び出した。
すぐさま純白の神官衣を脱ぎ捨て、動き易い、いつもの短衣姿になった二人。彼女達は走りながら短剣を構え、飛び上がると、竜人の背中に乗って、翼に刃を付きたて地上に落とす。
一連の動作を目にも止まらぬ速さでやるのだから、流石、出来る子達は違うね!
「ウルフィスっ!」
「おうっ!」
「足手まといになるからじっとしていろ!」
「おおおういっ?」
ウルフィスは、駆け始めた足を縺れさせて、こけた。
しかし、仕方がないのだ。この中で、ウルフィスだけが段違いで弱い。俺だって骨ではあるが、鬼ではない。むさ苦しいからといって、ウルフィスをむざむざ死地に追いやる趣味はないのだ。
「おいおい。俺が足でまといだって? いくらトオルさまでもそりゃないなぁ。
確かに、空を飛びまわる奴等に対しては、ちと厳しいかもしれませんがね。地面に足をつけてる相手なら。……ま、見てて下さい」
大きな斧を肩に担ぎなおし、口元を歪めて笑うと、一気に駆け出したウルフィスである。
目指す先は、ヤッファやサラスに落とされた竜人だった。
ウルフィス自慢の金戦斧は、竜人を相手にすると、その刃先が敵に触れた瞬間、輝きを増して相手を爆砕する。
「な、なんだあの機能……」
俺の歯が、カチカチと鳴った。むろん、怯えているからだ。
爆弾付きなんて、聞いてないんだけど……恐ろしい、恐ろしいよっ! 俺、あの斧で叩かれなくて良かったよ!
そっと、俺は怒らせてはいけない人リストに、ウルフィスを加える事にした。
見れば、アルマもそこかしこにある岩場を利用して高く上り、竜に対して斬り込んでいる。
悔しいが、純粋に剣士としての能力は、アルマの方が俺よりも上のようだ。
ともかく、これで体勢が整った。
俺も、属性を反転させて、一気に勝負をつけてやる!
「属性反転! 覚悟しろ! アズナブイ!」
【再度の属性反転までにかかる所要時間は、約三〇〇秒です。また、現在、個体、八坂徹は『尾てい骨』分の戦闘力であり、早急に破砕した肉体、及び武装の回収を推奨します。
尚、破砕された肉体は、粒子サイズのものであれば、特殊な磁場を形成し、肉体に取り込めます。大きなものは、空間認知で探す事を推奨します】
な、なんですって? 思念体さん! 今、俺、弱くなっているだと!
でも、ま、皆が強いから、俺、戦わなくてもいいんじゃないか?
何しろフィリスが火竜アズナブイを刺しまくって、切り裂いて、目玉を抉り出して「ヒャッハー」って言ってる位だし。
アルマだって、見ていて危なげないし。
「絶対防御!」
こんな事を叫んだと思ったら、髪も逆立って、アズナブイの爪も吐息も全部弾いているアルマなのだ。
こんな技があるなら、バルバロッサの時につかっとけよ、って話だ、まったく。
【使っていましたよ? それで変身前のバルバロッサを圧倒しました】
俺の疑問に思念体さんが答えてくれたが、まあ、そんなのも、どうでもいいよ。
そんな事より、ヤッファとサラスも、何だ、あれ?
もう、素手で竜人の翼を毟っちゃってるよ。
ウルフィスだけ荒い息をしてるけど、別に苦戦してるって訳でも無さそうだしな。
「……はぁーあ。また、俺だけのけものか。もう、先に帰っちゃおうかなぁ」
俺は首をぐるりと回し”ぱきぽき”と音を立ててから、自分の骨を探し始めたのであった。
帰るにしても、自分の身体は全て集めておかないとね、と思ったからである。




