連峰ですか?
◆
何だかんだいって、二〇人のゴブリンをダークエルフにするのはきつかった。
フィリスを半神にするのは、もっときつかった。
俺が皆に魂を与える儀式は、大事をとって隠れ家になった洞窟内で行ったのだが、本当にそうしておいて良かったと思う。何しろ、全員に魂を分け与えた頃、魂がすっからかんのガス欠状態になった俺は、その場に倒れ伏してしまったのだから。
じめっとした薄暗い洞窟で、乾いた音を響かせて倒れた俺は、なんだか色んな意味でホラーだったと思う。
何しろ、俺の意識レベルが下がったことで魔力の供給さえ出来なくなり、鎧も剣も消えて骨だけになって倒れたのだから。
その後、洞窟の最深部にある岩に鎮座させられた俺。やっぱりお供え物とかがあった。
しかし、左右で燈る松明に照らされて、岩に腰掛けた状態の俺は、さぞや不気味だったことだろう。幾度、俺を見て泣き叫ぶゴブリンの子供を見たか、数え切れない程である。
もっとも、その恐怖を克服して俺の頭蓋に触れた子供達は、もれなく勝利の笑みを浮かべたのだが。
……ていうか、ゴブガキどもめ。
俺の居場所を肝試し的に使うとは。回復したら、長老に苦情を言おう。そうしよう。
十日程して俺が全回復すると、ゴブリン村の一同が揃って俺に傅き、平伏した。
子供たちは相変わらず、奥歯をガチガチと鳴らしながら怯えていたが、一週間前の、俺の頭蓋に触ったらガッツポーズ、的な勢いは消えていた。これはもう、ガチ怯えってやつだ。
理由は、すぐに分かった。
後光すらさすフィリスが俺の祭られる祭壇の前に立ち、ダークエルフやゴブリン達を睥睨して、こう宣言したからだろう。
「今、神が魂の旅路より戻られた……皆、崇めよ、そして称えよ。トオルさまこそが、我等が尊うべき唯一の神、破壊神なり……そして、そなたらの救世主じゃ。
……もしも、異論ある者は名乗り出よ。そのような不浄の魂を持つ者ならば、私が真なる信仰の下、無に帰してやろうほどに……」
俺に背を向けて立ち、両腕を大きく開き、天を仰ぐ様に言葉を紡いだフィリスは、相変わらずぶっ飛んでいた。
最前列で跪くゴブリーンも、何故か白い神官服を着て禍々しいオーラを放っている。
ん、ゴブリーン? まさか、まさかの、まさかなのか?
類稀なるフィリスの説法力! 大神官のフルパワーは、上位ダークエルフさえも破壊神に帰依させてしまったというのだろうか? それどころか、他の魔物さえ帰依させたのか?
いや、そうなのだろう。
今、緑色の髪を背中で束ね、長い睫毛に憂いを帯びたフィリスの一挙手一投足は、ゴブリーンやダークエルフはおろか、ゴブリン達の注目さえ集めて離さない。
さすが、半神だ。皆に見事な精神支配を施したとみえる。俺はそんなこと、まったく頼んでいないのに。
「ド、ドオルざば~~おがえりなざいばぜ~~」
しかし振り返って俺の姿を直視したフィリスは、先程までの神々しさをあっさりと放棄して、顔中から水分を垂れ流しつつ、俺に縋りつく。
「き、汚い。フィリス、汚いよ……」
俺は両腕で何とかフィリスを引き剥がすと、ふと、記憶の糸を手繰り寄せてみた。なにか、大切な事があった気がしたのだ。
そういえば、昨日か一昨日位に、アルマから連絡があったような気がした。
あの時の俺は、意識が混濁していたから返事が出来なかった。
何かがあったのだろうか? 大丈夫だろうか、アルマは。
もしや……寂しくて、俺が恋しくなって連絡してきたのだろうか?
きっと、そうに違いない……!
フフ、フハハ、ファーハハハ。いいぞ! めくるめく、恋の予感がするぞ!
「トオルさま?」
緑の瞳を真っ赤に染めて、丁寧に俺の頭蓋を磨くフィリスである。引き剥がしても、仕事だとばかりに何かしらで俺に触れてくるのだ。
しかし、今の彼女は何かに気付いたらしく、怪訝そうに俺の眼窩を覗き込み、片眉を”ぴくり”と動かしていた。
ちっ……女の勘ってヤツぁ……危険だな。
◆◆
とにかくも、洞窟を抜け出し村へと帰還した俺達。
途中、裸はちょっと恥ずかしいので、俺は、お気に入りの蒼い鎧を思念体さんに出してもらった。
だが、当然とでも言うべきだろうか? 村は竜に荒らされ放題、鬼にもやられ放題、といった有様だった。
もちろん、家畜の類は一緒に避難していたので問題ないが、そういえば、農作物は大丈夫なのだろうか?
「どうなさいました?」
俺が辺りの土を触りながら悲歎にくれていると、背後から遠慮がちな声が聞こえた。声の主は、新たにダークエルフとなった、元ゴブリンの戦士である。
衣服は相変わらず黒いボロ布の様なものを着ているが、すらりと伸びた手足は均整の取れた筋肉が付き、肩まで伸びた銀髪は滑らかでしなやか。ダークエルフ達は皆、一様に男か女かイマイチ判り難い容姿だが、今、俺の側に居る者は、やや声が低いから、きっと男だろう。
「うん。畑が荒されてしまったかな、と思って」
俺は立ち上がり、振り向いて、ダークエルフの声に答えた。
僅かに相手を見下ろす形になるが、それはあくまでも俺の身長が高いからである。
ふっ、ダークエルフにも負けない俺の長身、そして、透き通る白磁の様な美貌。我ながら惚れ惚れする……と考えて、骨である現実から暫し逃げ出した。
思念体さん、俺に肉をくれ……肌をくれ、イケメンになりたい。
……実際、ゴブリンからダークエルフになるよりも、白骨から人間になる方が楽そうなんだが。
【……提案は却下されました。
個体、八坂徹は並列世界において、既に死亡しています。しかし、何らかの方法で幽体が肉体に留まっていた為、こちらの世界における『召喚』に応じる事が出来ました。
しかしながら、個体、八坂徹には死体を動かす術が無い為、思念体とリンクし、動作の補助が必要な状態です。もしも思念体の魔力をもって肉体を再構築し、実体を手に入れた場合、個体、八坂徹の本質である幽体の損壊を招く恐れがあります。
却下された理由の概念としては、このようなモノですが、詳しく説明を聞きますか?】
あーあーあー、キコエナイ、モウイイ。意味が分からないから、肉体はもう望まない。ゴメンナサイ。
俺の不用意な一言が、思念体さんの逆鱗に触れたらしい。一刀両断に却下された挙句、なんだか説教臭くブツブツ言われたので、俺はダークエルフとの会話に専念することにした。
固まっていた俺が動き出すのを、まるで待っていたかのように、ダークエルフが質問をぶつけてきたからだ。
「ハタケ……とは?」
俺の眼前で、銀髪のイケメンダークエルフが小首を傾げている。なんと絵になる存在だ。しかし、畑を知らないらしい。つまり、ゴブリンには農耕の文化が無かったということだろう。
とりあえず俺は「畑」というものの概念を大雑把ではあるが、目の前のダークエルフに伝えた。
「なるほど。季節によって穀物や野菜などを上手く栽培すれば、我等は一年中飢えずに済むのですな!」
赤い瞳を輝かせて俺の眼窩を見つめるその顔は、まるで無敵の未来を見ているかの如し。
けれど虚ろな俺の双眸には、何一つ映っていないのだけれど。
喜び勇んで長老の下に戻ったダークエルフ戦士は、すぐにも村の未来に向けて動き出すつもりなのだろう。
「良いなぁ、未来があるって」
俺は、荒れた村の土を踏みしめて、一人、自分の未来に想いを馳せてみた。
「ぐすん」
涙は無いけど、泣けてくる。
強く無くても良い。金に輝かなくても良い。
肉があった頃が、懐かしかった。
自殺なんか、するんじゃなかったなぁ……
俺は、眼窩が変に輝くのを気にして、冑の面頬を下ろし、曇天を見上げた。
決して、流れない涙を堪える為ではない。気は、しっかり取り直していた。俺は勇者志望だ、当然だろう。いつまでもメソメソなんかしていない。男の子だからな!
それに、肉なんか無くても、アルマは俺にメロメロだ! フィリスだって、いや、あれは放っとこう……
それよりも、俺が空を見上げた理由は、竜の咆哮が聞こえた気がしたからだ。
村へ戻る道すがら、竜が住まうという山の場所は聞いていた。
アッシャー山。
【アッシャーに住まう竜は、アズナブイ。急な勢力の拡張は、魔王に対抗しようと考えての事でしょう】
思念体さんはそう前置きをして、俺に、この地に関する説明をしてくれた。
アッシャー山の標高は六七〇〇メートル、南北に三つずつの山を従えた連峰であり、そこを隔てて東西で気候さえ変わるという。何故なら、北東側から吹き込む寒気と雲を全て、アッシャー山が飲み込むからだ。そして西側には、火竜に毒された温い魔素の雨が降る。
だから、西側には毒を持った植物が多く、人が住むには適さない。動物は概して凶暴になり、魔物となる種さえ多くいるのだ、と。
そういうこと、か。
思念体さんの説明を聞き終えた俺に、もはや心の迷いは無かった。
俺は、皆の未来を守る勇者なんだ。
だから、どれ程強くとも、俺は竜を倒す。
倒さなければ、ゴブリン達に農耕文化を伝える事さえ出来ないのだから。
◆◆◆
当然、ゴブリンたちは荒れ果てた家屋や土地を眺め、愕然としていた。竜を倒さなければ、この悲劇は永遠に続くのだ。そう思えば、彼等の絶望はどれ程であろうか。
だから、まずは希望を持って貰おうと、俺はダークエルフやゴブリン達を広場に集め、ある事を提案する事にした。
「皆、聞いてくれ!」
粗雑な、土を踏み固めただけの広場で、俺は、長老とゴブリーン、そしてダークエルフの戦士達を前に言葉を発した。
そう……提案とは……
長老も名前が無い。
ダークエルフの戦士達も、当然名前がない。
挙句に、残留部隊の指揮を執るのは、上位ダークエルフのゴブリーン。
【名前が無いのは、ダメですね……それに、半神にも等しい上位ダークエルフにゴブリーンはないでしょう?】
俺は、思念体さんにダメ出しをされていた。
「皆に名前を付けよう! 村を発展させる為に、だ!」
俺の言葉に、崩れた縦穴式住居を眺めて、絶望に打ちひしがれていたダークエルフ達の生気が蘇る。
ゴブリン程度だと、名前という固有名詞の意味があまり分からないらしく、首を傾げている者が多いのは、ご愛嬌だ。
「まず、ゴブリーン! お前は今日から村の守護神となる! だから、エフリースの村からとって、エフリースと名乗れ!」
「はっ!」
俺の宣言に、片膝を付き頭を垂れるゴブリーン改めエフリース。純白の神官服に泥が付くのも構わず、なんと従順なのだろう。相変わらず可愛いヤツだ。
「長老! キミはバロンと名乗れ! バロンとは、結構偉いという意味だ! 良いな! そして、バロンよ! 後の者は、キミが名付け親となるがよい!」
実は、長老もダークエルフになっている。別に戦闘力が特別高かった訳ではないのだが、彼が最初に身を持って進化を見せると言い出したのだ。つまり、他の者にとっての実験台であったといえよう。いくらエフリースがいるとは言え、はい、そうですか、と言ってあっさり信じて身を任せる程、ゴブリン達の知能は低くなかったのである。
という事で、俺はあっさりと全員の名前をつける事を放棄した。
何故なら俺が命名すると、太郎とか花子とか、適当な名前をつけちゃいそうだからだ。そうなる位なら、もう、バロンに任せた方が良い気がした。
こうして、一通り名付けが終わると、漸く俺は皆に、竜討伐へ赴く旨を告げた。
ゴブリーン改めエフリースは瞳に涙を溜めながら、無事を祈ってくれた。
バロンも、俺の両手をとって、感謝の言葉をひたすら並べていた。
さあ、後は俺が勝つだけだ。
こうして俺はフィリスを伴い、火竜アズナブイが住むアッシャー山へと向かったのである。
「るんるんるん! トオルさまとふったりきり~~」
だが、完全に目がハートになっているフィリスは、自分がこれから一体何と戦うのか、本当に分かっているのだろうか。
俺は、アッシャー山が近づくに連れて、謎の不安がどんどんと募ってゆくのであった。




