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骨の勇者は肉が欲しい  作者: 芳井食品(芳井暇人)
神様多忙につき……!
22/59

連峰ですか?

 ◆


 何だかんだいって、二〇人のゴブリンをダークエルフにするのはきつかった。

 フィリスを半神デミゴッドにするのは、もっときつかった。


 俺が皆に魂を与える儀式は、大事をとって隠れ家になった洞窟内で行ったのだが、本当にそうしておいて良かったと思う。何しろ、全員に魂を分け与えた頃、魂がすっからかんのガス欠状態になった俺は、その場に倒れ伏してしまったのだから。


 じめっとした薄暗い洞窟で、乾いた音を響かせて倒れた俺は、なんだか色んな意味でホラーだったと思う。

 何しろ、俺の意識レベルが下がったことで魔力の供給さえ出来なくなり、鎧も剣も消えて骨だけになって倒れたのだから。


 その後、洞窟の最深部にある岩に鎮座させられた俺。やっぱりお供え物とかがあった。

 しかし、左右で燈る松明たいまつに照らされて、岩に腰掛けた状態の俺は、さぞや不気味だったことだろう。幾度、俺を見て泣き叫ぶゴブリンの子供を見たか、数え切れない程である。

 もっとも、その恐怖を克服して俺の頭蓋に触れた子供達は、もれなく勝利の笑みを浮かべたのだが。


 ……ていうか、ゴブガキどもめ。

 俺の居場所を肝試し的に使うとは。回復したら、長老に苦情を言おう。そうしよう。


 十日程して俺が全回復すると、ゴブリン村の一同が揃って俺に傅き、平伏した。

 子供たちは相変わらず、奥歯をガチガチと鳴らしながら怯えていたが、一週間前の、俺の頭蓋に触ったらガッツポーズ、的な勢いは消えていた。これはもう、ガチ怯えってやつだ。

 理由は、すぐに分かった。

 後光すらさすフィリスが俺の祭られる祭壇の前に立ち、ダークエルフやゴブリン達を睥睨して、こう宣言したからだろう。


「今、神が魂の旅路より戻られた……皆、崇めよ、そして称えよ。トオルさまこそが、我等が尊うべき唯一の神、破壊神なり……そして、そなたらの救世主じゃ。

 ……もしも、異論ある者は名乗り出よ。そのような不浄の魂を持つ者ならば、私が真なる信仰の下、無に帰してやろうほどに……」

 

 俺に背を向けて立ち、両腕を大きく開き、天を仰ぐ様に言葉を紡いだフィリスは、相変わらずぶっ飛んでいた。

 最前列で跪くゴブリーンも、何故か白い神官服を着て禍々しいオーラを放っている。


 ん、ゴブリーン? まさか、まさかの、まさかなのか?


 類稀なるフィリスの説法力! 大神官のフルパワーは、上位ダークエルフさえも破壊神に帰依させてしまったというのだろうか? それどころか、他の魔物さえ帰依させたのか? 

 いや、そうなのだろう。

 今、緑色の髪を背中で束ね、長い睫毛に憂いを帯びたフィリスの一挙手一投足は、ゴブリーンやダークエルフはおろか、ゴブリン達の注目さえ集めて離さない。

 さすが、半神デミゴッドだ。皆に見事な精神支配を施したとみえる。俺はそんなこと、まったく頼んでいないのに。


「ド、ドオルざば~~おがえりなざいばぜ~~」


 しかし振り返って俺の姿を直視したフィリスは、先程までの神々しさをあっさりと放棄して、顔中から水分を垂れ流しつつ、俺に縋りつく。


「き、汚い。フィリス、汚いよ……」


 俺は両腕で何とかフィリスを引き剥がすと、ふと、記憶の糸を手繰り寄せてみた。なにか、大切な事があった気がしたのだ。


 そういえば、昨日か一昨日位に、アルマから連絡があったような気がした。

 あの時の俺は、意識が混濁していたから返事が出来なかった。

 何かがあったのだろうか? 大丈夫だろうか、アルマは。

 もしや……寂しくて、俺が恋しくなって連絡してきたのだろうか?

 きっと、そうに違いない……! 


 フフ、フハハ、ファーハハハ。いいぞ! めくるめく、恋の予感がするぞ!


「トオルさま?」


 緑の瞳を真っ赤に染めて、丁寧に俺の頭蓋を磨くフィリスである。引き剥がしても、仕事だとばかりに何かしらで俺に触れてくるのだ。

 しかし、今の彼女は何かに気付いたらしく、怪訝そうに俺の眼窩を覗き込み、片眉を”ぴくり”と動かしていた。


 ちっ……女の勘ってヤツぁ……危険だな。


 ◆◆


 とにかくも、洞窟を抜け出し村へと帰還した俺達。

 途中、裸はちょっと恥ずかしいので、俺は、お気に入りの蒼い鎧を思念体さんに出してもらった。

 だが、当然とでも言うべきだろうか? 村はドラゴンに荒らされ放題、オーガにもやられ放題、といった有様だった。

 もちろん、家畜の類は一緒に避難していたので問題ないが、そういえば、農作物は大丈夫なのだろうか?


「どうなさいました?」


 俺が辺りの土を触りながら悲歎にくれていると、背後から遠慮がちな声が聞こえた。声の主は、新たにダークエルフとなった、元ゴブリンの戦士である。

 衣服は相変わらず黒いボロ布の様なものを着ているが、すらりと伸びた手足は均整の取れた筋肉が付き、肩まで伸びた銀髪は滑らかでしなやか。ダークエルフ達は皆、一様に男か女かイマイチ判り難い容姿だが、今、俺の側に居る者は、やや声が低いから、きっと男だろう。


「うん。畑が荒されてしまったかな、と思って」


 俺は立ち上がり、振り向いて、ダークエルフの声に答えた。

 僅かに相手を見下ろす形になるが、それはあくまでも俺の身長が高いからである。

 ふっ、ダークエルフにも負けない俺の長身、そして、透き通る白磁の様な美貌。我ながら惚れ惚れする……と考えて、骨である現実から暫し逃げ出した。


 思念体さん、俺に肉をくれ……肌をくれ、イケメンになりたい。

 ……実際、ゴブリンからダークエルフになるよりも、白骨から人間になる方が楽そうなんだが。


【……提案は却下されました。

 個体、八坂徹は並列世界において、既に死亡しています。しかし、何らかの方法で幽体アストラルボディが肉体に留まっていた為、こちらの世界における『召喚』に応じる事が出来ました。

 しかしながら、個体、八坂徹には死体を動かす術が無い為、思念体とリンクし、動作の補助が必要な状態です。もしも思念体の魔力をもって肉体を再構築し、実体を手に入れた場合、個体、八坂徹の本質である幽体アストラルボディの損壊を招く恐れがあります。

 却下された理由の概念としては、このようなモノですが、詳しく説明を聞きますか?】


 あーあーあー、キコエナイ、モウイイ。意味が分からないから、肉体はもう望まない。ゴメンナサイ。

 俺の不用意な一言が、思念体さんの逆鱗に触れたらしい。一刀両断に却下された挙句、なんだか説教臭くブツブツ言われたので、俺はダークエルフとの会話に専念することにした。

 固まっていた俺が動き出すのを、まるで待っていたかのように、ダークエルフが質問をぶつけてきたからだ。


「ハタケ……とは?」


 俺の眼前で、銀髪のイケメンダークエルフが小首を傾げている。なんと絵になる存在だ。しかし、畑を知らないらしい。つまり、ゴブリンには農耕の文化が無かったということだろう。

 とりあえず俺は「畑」というものの概念を大雑把ではあるが、目の前のダークエルフに伝えた。


「なるほど。季節によって穀物や野菜などを上手く栽培すれば、我等は一年中飢えずに済むのですな!」


 赤い瞳を輝かせて俺の眼窩を見つめるその顔は、まるで無敵の未来を見ているかの如し。

 けれど虚ろな俺の双眸には、何一つ映っていないのだけれど。


 喜び勇んで長老の下に戻ったダークエルフ戦士は、すぐにも村の未来に向けて動き出すつもりなのだろう。


「良いなぁ、未来があるって」


 俺は、荒れた村の土を踏みしめて、一人、自分の未来に想いを馳せてみた。


「ぐすん」


 涙は無いけど、泣けてくる。

 強く無くても良い。金に輝かなくても良い。

 肉があった頃が、懐かしかった。

 自殺なんか、するんじゃなかったなぁ……


 俺は、眼窩が変に輝くのを気にして、冑の面頬を下ろし、曇天を見上げた。

 決して、流れない涙を堪える為ではない。気は、しっかり取り直していた。俺は勇者志望だ、当然だろう。いつまでもメソメソなんかしていない。男の子だからな!

 それに、肉なんか無くても、アルマは俺にメロメロだ! フィリスだって、いや、あれは放っとこう……

 それよりも、俺が空を見上げた理由は、ドラゴンの咆哮が聞こえた気がしたからだ。

 村へ戻る道すがら、ドラゴンが住まうという山の場所は聞いていた。


 アッシャー山。


【アッシャーに住まう竜は、アズナブイ。急な勢力の拡張は、魔王に対抗しようと考えての事でしょう】


 思念体さんはそう前置きをして、俺に、この地に関する説明をしてくれた。


 アッシャー山の標高は六七〇〇メートル、南北に三つずつの山を従えた連峰であり、そこを隔てて東西で気候さえ変わるという。何故なら、北東側から吹き込む寒気と雲を全て、アッシャー山が飲み込むからだ。そして西側には、火竜に毒された温い魔素の雨が降る。

 だから、西側には毒を持った植物が多く、人が住むには適さない。動物は概して凶暴になり、魔物となる種さえ多くいるのだ、と。

 

 そういうこと、か。


 思念体さんの説明を聞き終えた俺に、もはや心の迷いは無かった。

 俺は、皆の未来を守る勇者なんだ。

 だから、どれ程強くとも、俺はドラゴンを倒す。

 倒さなければ、ゴブリン達に農耕文化を伝える事さえ出来ないのだから。


 ◆◆◆


 当然、ゴブリンたちは荒れ果てた家屋や土地を眺め、愕然としていた。ドラゴンを倒さなければ、この悲劇は永遠に続くのだ。そう思えば、彼等の絶望はどれ程であろうか。

 だから、まずは希望を持って貰おうと、俺はダークエルフやゴブリン達を広場に集め、ある事を提案する事にした。


「皆、聞いてくれ!」


 粗雑な、土を踏み固めただけの広場で、俺は、長老とゴブリーン、そしてダークエルフの戦士達を前に言葉を発した。


 そう……提案とは……


 長老も名前が無い。

 ダークエルフの戦士達も、当然名前がない。

 挙句に、残留部隊の指揮を執るのは、上位ダークエルフのゴブリーン。


【名前が無いのは、ダメですね……それに、半神デミゴッドにも等しい上位ダークエルフにゴブリーンはないでしょう?】


 俺は、思念体さんにダメ出しをされていた。


「皆に名前を付けよう! 村を発展させる為に、だ!」

 

 俺の言葉に、崩れた縦穴式住居を眺めて、絶望に打ちひしがれていたダークエルフ達の生気が蘇る。

 ゴブリン程度だと、名前という固有名詞の意味があまり分からないらしく、首を傾げている者が多いのは、ご愛嬌だ。


「まず、ゴブリーン! お前は今日から村の守護神となる! だから、エフリースの村からとって、エフリースと名乗れ!」


「はっ!」


 俺の宣言に、片膝を付き頭を垂れるゴブリーン改めエフリース。純白の神官服に泥が付くのも構わず、なんと従順なのだろう。相変わらず可愛いヤツだ。


「長老! キミはバロンと名乗れ! バロンとは、結構偉いという意味だ! 良いな! そして、バロンよ! 後の者は、キミが名付け親となるがよい!」


 実は、長老もダークエルフになっている。別に戦闘力が特別高かった訳ではないのだが、彼が最初に身を持って進化を見せると言い出したのだ。つまり、他の者にとっての実験台であったといえよう。いくらエフリースがいるとは言え、はい、そうですか、と言ってあっさり信じて身を任せる程、ゴブリン達の知能は低くなかったのである。


 という事で、俺はあっさりと全員の名前をつける事を放棄した。

 何故なら俺が命名すると、太郎とか花子とか、適当な名前をつけちゃいそうだからだ。そうなる位なら、もう、バロンに任せた方が良い気がした。

 こうして、一通り名付けが終わると、漸く俺は皆に、ドラゴン討伐へ赴く旨を告げた。

 ゴブリーン改めエフリースは瞳に涙を溜めながら、無事を祈ってくれた。

 バロンも、俺の両手をとって、感謝の言葉をひたすら並べていた。


 さあ、後は俺が勝つだけだ。


 こうして俺はフィリスを伴い、火竜アズナブイが住むアッシャー山へと向かったのである。

 

「るんるんるん! トオルさまとふったりきり~~」


 だが、完全に目がハートになっているフィリスは、自分がこれから一体何と戦うのか、本当に分かっているのだろうか。

 俺は、アッシャー山が近づくに連れて、謎の不安がどんどんと募ってゆくのであった。 

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