ジューシーですか?
◆
鬼達は、いとも簡単にゴブリン村の防衛線を突破している。
ていうか、そもそも村の外周としての柵は、竜に破壊されていて用を成さない。その上、ゴブリン達は最初から戦意など喪失して、皆、一様に項垂れているのだから、もはや鬼に立ちはだかるのは、俺とフィリスとゴブリーンだけでだった。
「……不死公、それにダークエルフ……人間? おかしな組み合わせダナ」
一際背の高い鬼が俺を見下ろして言う。
鬼と言っても、別に角がある訳ではないようだ。
ただ、その巨体に相応しい槌矛を担いでいる姿は、どちらかと言えば巨人と言った方が正しいだろう。けれど、これがこの世界の鬼。
武装は槌矛を覗けば、獣の毛皮を身に纏っている程度で、文化の程度はゴブリンよりも多少上といった程度だろうか。
「帰れ! さもなくば!」
俺は意を決して声を発した。
出来れば、戦いたくないというのが本音である。
何しろ、あんな槌矛で殴られたら、俺は砕けてしまう自信があるのだ。冗談じゃない。
「さもなくば、ナンダ?」
くっ。魔物として上位であるこの俺様に向かって、なんて口の聞き方だ!
「さもなくば! 我が僕共が貴様等を討つ!」
イラッとした俺は、背後に控えるフィリスとゴブリーンを肩越しに見る。
当然ながら彼女達は既に臨戦態勢。
フィリスは上位の破壊呪文を詠唱中だし、ゴブリーンも剣を抜き放ち、中腰になって身構えていた。準備は万端だ。
しいていうなら、俺が尻込みしているだけであろう。
なんで俺の武器は銀の神錫だけなんだ! 力が抜けて仕方がないぞ! 贅沢は言わない。もっと、なんかこう、剣とかが欲しい。カッコよくなりたいんだ!
【魔法戦闘において、剣は不要です。が、欲しければ差し上げましょうか?】
なんだか思念体さんに溜息をつかれた気がするが、まあ良いや。ていうか、剣があるなら最初からクレ!
瞬間、俺の身体は眩いばかりの光に包まれた。
ローブが裂け、俺の白皙の裸体が顕になり、回転する俺の体。蒼い鎧、篭手、脛あて等も身体を覆ってゆき、最後に銀の鞘も輝かしい長剣が、腰のベルトに装着されて完成だ。
まるで、魔法少女の変身のようだったが、出来上がったフォルムはきっと最高だろう。
「ファーハハハ! 無論、貴様の相手は俺がしよう!」
これだ! 俺は直感的に思っていた。淡い蒼い光を帯びた全身鎧! そして、白銀に輝く魔力を帯びた長剣。これこそが、勇者の姿! ついに俺の時代が来たのだ。
しかし、無常にも振り下ろされる敵の一撃が、俺の脳天を直撃した。
当然ながら、大海の如き鎧にも、冑にも罅一つ入らない。が、衝撃が俺の骨格に伝わり、足元から砕け散る。
「はうあっ!」
俺の叫びはゴブリン村エフリースに木霊し、フィリスの怒声が鳴り響いた。
瞬間、フィリスの頭上から灰色の矢が周囲に放たれ、五十人はいたかと思われる鬼達の半数近くを打ち倒す。
さらに、放たれた矢の様に、ゴブリーンが、俺を攻撃した巨大な鬼に斬り込んだ。
だが、ゴブリーンの攻撃は、巨大鬼の背後から現われた二人の鬼に阻まれた。
逆に左右から刃を浴びせられ、一旦飛び退くゴブリーン。対して、崩れかけの俺。
フィリスの攻撃に一瞬引き攣った表情を見せた巨大鬼も、自身を守った二人の鬼の活躍に気を良くしたのか、命令する声もどこか陽気である。
「人間の女を囲め! 近づけば敵ではナイ!」
そう言いながら、フィリスに近づく巨大鬼。
ゴブリーンも、巨大鬼の側近らしき鬼に囲まれて、フィリスの援護に回れない。
ふっ……
「属性反転!」
崩れかけた俺の身体は、一瞬にして再生し、黄金の輝きに満ちる。
蒼き鎧を纏う黄金の骸骨――それが、俺。
「貴様! 俺に一撃入れた事は賞賛に値する! 名を名乗る事を許そう!」
俺は、俺の横を走り去ろうとした大鬼に、大仰に問いかける。
面頬は上がっていて俺の髑髏は、大鬼にも良く見えるであろう。ヤツは、身体を捻り、俺を見つめて絶句している。
超絶的な俺の回復力と、圧倒的な黄金の威に怯んだのだろう。震える声で、問いに答えていた。
「ド、ドンベエ」
今度は俺が絶句した。
ドンベエ……だと? どん兵衛だと!? この世界には蕎麦もうどんも無い。なのに、ドンベエはあるのか……もしも俺に涙があったなら、滂沱の如き勢いで感涙に咽んでいたことだろう。
俺は大鬼に、親近感を覚えていた。
「い、今なら見逃してやらん事もない。退け……退いてくれ」
しかし、俺の親愛の情を含んだ声は、どん兵衛、いや、ドンベエには届かなかったようだ。ヤツは槌矛を振り上げて、俺に迫る。
当然ながら、先ほどの俺は油断していただけだ。
今回は冷静に剣を抜き放ち、手首を返して槌矛を弾き返す。
そして踏み込み、ドンベエの喉元に剣先を突きつけた。
造作も無い――所詮は戦闘力三〇〇〇のゴミ――
だが、こんなオイシイ名前のヤツ……魂を喰らって俺の配下にしなければ……
【個体、八坂徹のレベルを凌ぐ相手に、魂の支配は無効です。敵個体ドンベエのレベルは47です】
な、なんだと……?
俺は、思念体さんの言葉に愕然とした。
戦闘力とレベルはイコールじゃないのか。
【上位種族などは、たとえレベルが1でも下位種族の高レベルの戦闘力を遥かに上回ります。
個体、八坂徹のケースがこれにあたります。また、個体ヤッファ、サラス、ゴブリーンも同様です】
なんという事だ。
ということは、だ。たとえば俺がフィリスの魂を喰らうとか、出来るのかな?
【不可能です。フィリスのレベルは現時点でレベル80です。付け加えるならば、人間の種族限界がレベル100です】
ふぉおおお。
俺には、フィリスを大人しくさせる術がないということか!
俺の悩みが深まっている間にも、ゴブリーンは右の鬼の斧をかわし、左の鬼に踏み込んで剣を突き刺している。
フィリスはすでに次弾を装填したかのごとく、周囲の鬼達に狙いを定めていた。
俺は、未だ躊躇っている。
そのまま一気に剣で首を切り裂けば、大鬼は首と胴が分断されて、絶命する事は必死である。
しかし――
名前が、どん兵衛――ドンベエ――俺には斬れないっ! こんなジューシーな名前の鬼を斬ってはいけないんだ!
僅かの隙であった。
ドンベエは巨体を翻し、まさかと思える程の身ごなしでその場を立ち去った。
むろん、ヤツに付き従う鬼も同様に、次々と村を離脱してゆく。
しかも、フィリスの矢にやられた鬼も立ち上がり、去ってゆくのだ。なんという生命力だろうか。
同時に、ゴブリーンはその場に膝をつき、肩で息をし始め、フィリスまでもが玉の汗を浮かべていた。しかも意外な事に、フィリスは肩口に傷を負っている。
俺の逡巡が生んだ、無様な辛勝であった。
危なかった。仮にドンベエを倒しても、場合によってはフィリス、ゴブリーンが倒されていた可能性もある。
大鬼以外の他の個体も、見れば、戦闘力二五〇〇~二八〇〇と、粒揃いの鬼達であり、馬鹿には出来なかったようだ。
フィリス、ゴブリーンでも戦闘力ならば四〇〇〇程度。数が相手では苦戦するのも通り。
仮にゴブリンを援護要員として使っても、彼等は戦闘力五〇程度なのだから、焼け石に水もよいところだろう。
ならば、俺一人で攻めるべきか……いや、ダメだ。ぼっちは寂しい。
これは、早急に対策を講じなければならない。
◆◆
再びゴブリン村長宅に戻り、対策を協議する俺たち。
正直、初戦で鬼を倒し、すぐさま竜退治に出かけようと思っていたのだが、いきなり計算が狂った。
思念体さんが、【不可能です】と、言っていた事を思い出すと、僅かだが悔やまれる。その通りだった。
そういえば、俺としては腑に落ちない点がある。
竜と鬼は同盟を結んでいるというが、それは対等なのか? という点だ。
村の様子を見ると、先に竜に襲われていた形跡がある。
ついで、鬼が来た。
なぜか?
もしかしたら、鬼も竜に脅されているのかもしれない。
そう考える方が、辻褄が合う気がした。
「竜は、鬼と比べて、どのくらい強いんだ?」
気になった事を、俺は村長に尋ねる。
すると、村長は俺の強さにビビリまくっているのか、プルプルと白髭を震わせながら答えた。
「クラベモノニナリマセヌ! ドラゴン、コワイ! トオルサマモ、コワイ!」
なんで俺まで、とも思ったが、まあ良い。
【たしかに鬼族も、竜に貢物をしているようです。その為に、この村が襲われています】
なるほど、思念体さんが確認してくれたようだ。となれば、話は早い。倒すべきは竜だけなのだから。
とは言え、俺が竜を討伐に行っている間に、鬼に村を襲われたのではたまらない。その対策の方が大事だろうな。あと、俺は一人で竜退治は嫌だ。怖いよりも、寂しい。
そして、喧々諤々たる議論の後(主に俺と思念体さんの)、ついに結論は出たのである。
ゴブリン戦士二〇人をダークエルフに進化させ、村の防衛に当てる。
進化させる事で身動きが取れなくなるであろう俺を保護する為に、一週間程、村人も含め、全員で洞窟に避難する。一週間もあれば、俺が全快する計算だった。
次に、避難した洞窟はフィリスの結界で世界から隔離する。
俺が回復したら、俺とフィリスで竜を討伐する。
その間のオーガ対策は、ゴブリーンが指揮するダークエルフに任せる、と。
おい、なんで俺、身動き取れなくなる前提なんだよ……思念体さん……
ちなみに、思念体さんによると、ゴブリーンは虚数空間から脱出する為に、二段階ほど種族としてのレベルが上がっている。
つまり、上位ダークエルフと呼べる存在なのだそうだ。
だから、普通のゴブリンを普通のダークエルフにする程度ならば、二〇人でもイケる! と思念体さんから保障されたのである。
ただ、フィリスがやたら羨ましがって、
「わたしにも恩寵を!」
などと五月蝿かったので、仕方なく俺の魂を分け与えたら、けっこうごっそり持っていかれたので、結局、俺が復活するのに十日も要した事は、大変な誤算であった。
そのせいで、なんとフィリスが半神なった。なんか色々とヤバイ事になってるが、本人が気付いていないので、放っておこう。
まあ、そのお陰で俺も、レベルがかなり上がっていたんだけどね。
【個体名:八坂 徹
類:闇魔
種族:不死族
科目:不死公
信仰:破壊神ユリウス
称号:破壊神トオル
主装備:銀の神錫 副装備:聖剣星砕き 東海の鎧 西海の冑 北海の篭手 南海の脛あて
特性:不死 再生 闇属性無効 聖属性防御効果小 剣技強 格闘強 対物理攻撃防御中 対炎属性防御中 料理上手
特効:魔力無限 自家製味噌作り 酒醸造 燻製作り 野菜栽培 家畜飼育 思いやり 協調性
レベル:52】
【個体名:フィリス・デ・ラ・ロッソ
類:闇聖
種族:半神族
科目:破壊神の使途
信仰:破壊神トオル
称号:大神官
主装備:樫の魔法杖 聖者のローブ
特性:不死 再生 闇属性無効 聖属性無効 格闘強 対物理攻撃防御大 対魔法防御大 料理下手
特効:破壊神の魔力補助 自己犠牲 献身 自爆 思い込み
レベル:80】




