鬼ですか?
◆
「ゴブリーン、場所は大体わかったよ。転移するから俺に捉まって」
アルマ達一行が街道を北へ向かい、俺達は北西へと道無き道を進む……のも何だかだるくなった。だから俺は、ゴブリーンの記憶を頼りにゴブリン村へ飛ぶ事にした。もちろん、思念体さんサポートの賜物だ。
考えてみれば、もともと転移して飛んで行こうとしていたのに、何だって無駄に歩いてるんだって話。
「俺の前に道はない。俺の後に道は~」とか、ちょっと調子にのって考えていたけど、わざわざ道を作るのはメンドイって事に気がついたのだ。
フィリスに声をかけないのは、すでにコイツは俺にぴったりくっついて離れないからである。
確かに道なき道であり、間違いなく足場は悪い。
木々は生い茂り、足場は岩や木の根が絶え間なく凹凸を作って女子にはキツイ場所であろう。だが、フィリスの表情は緩みきっていた。
俺の左腕に右腕を絡め、終始「きゃあ」とか「あぁん」等といって、ワザと些細なモノに躓いているのだ。そして、あえて胸を俺に押し付けてくる。
フィリスの胸の感触は、正直、悪くない。
恐らく、ヤッファやサラスに対してならば、大きさにおいて負ける事はないだろう。ゴブリーンに対しても、だ。しかしそれも、所詮は僅差である。
わかるか、諸君。
大人の女性が、少女程度の胸なのだ。
いや、大人と言っても、フィリスはまだ十九歳だが……
とにかく成長しきってこの程度など、俺には片腹痛いのだ。三年程、寄せて上げて出直して来い! ってなもんである。
なので、そんな意味でも、転移していいかなって思ったのだ。
あ、眼窩はね……後でゴブリーンに聞いたら、俺、黄色く光っていたんだって。てへ。
◆◆
金色に輝く黄金骸骨と化した俺が、颯爽とゴブリーンの村に現われたのは、アルマ達と別れてから一時間も経たない頃の事だった。
亜空間ですら執拗にお姫様抱っこをねだるフィリスには、腹部にゴブリーンが強烈な肘撃を打ち込んだ。気絶でもさせなければ、それこそ亜空間に閉じ込められる所だったという危機だったのだ。
それはさておき、俺は周囲を見渡し、ゴブリーンの村を確認した。
常緑樹の森に囲まれた、薄汚い縦穴式住居が乱立している。
一部、煙の出ている家屋があることから、火を使える文化はあるのだろう。恐らく、縄文人程度の文明が、ゴブリン達にはあるらしい。
「ここで合っているか?」
俺の問いかけに、”こくり”と頷き、フィリスを左肩に担ぐゴブリーンは、何処までも凛々しい。
「ここがエフリース。私たちの村です……でも……」
ゴブリーンの黒い瞳は、村の囲いである木の柵が破られている部分で止まり、そこから崩れた家屋に移ってゆく。悲しげに揺れる彼女の水色の髪は、褐色の頬を撫でていた。
「魔物の仕業、か?」
「はい。魔物は、私達に食料を求めます。でも、それが無ければ生贄を求めて、村を荒らします」
ゴブリンの村を襲う魔物とは、一体なんだ?
俺は、根本的な疑問を抱いた。
よく考えたら、何に襲われているのかも聞いていなかったのだ。
しかし、柵が破られた所から倒壊した家屋までは一直線。よく見れば、焦げたような跡と、重機で抉られたような跡が地面にある。
なんだか、嫌な予感しかしないぞ……
「こ、これは……!」
俺が問うた訳でもないのに、ゴブリーンに担がれているフィリスが身体を伸ばし、声を発した。
すぐに「下ろせ! 下ろさぬかぁ!」と叫んでゴブリーンを困らせていたが、流石に大神官である。一目見ただけで、村の惨状が何によって齎されたのかを理解しているようだった。
「トオルさま、引き返しましょう! これは、相手が悪うございます!」
ゴブリーンの頭を殴りつけ、地上に降り立つと即座に俺の下に来るフィリス。
そして彼女は俺を見上げて、そう、のたまった。
声は凛として、表情は引き締まり清らかさを湛えた美貌でありながらも、言葉の内容は酷く弱気だ。
「何でだよ!」
意味の分からない俺は、とりあえずフィリスを睨みつける。
ここで引き返したら、ゴブリーンの村を救えないのだから、意味がないではないか。
「……では、行きましょう!」
睨まれたフィリスは、あっさりと意見を翻す。俺はまったく意味がわからず、フィリスに説明を求めた。
「どういう事なんだ?」
「いや、あれは間違いなく竜の爪あと、そして吐息に間違いありますまい。
竜種といえば、魔王にすら匹敵する魔物です。なれば敵とするのは如何かと思ったのですが……
されど、トオルさまは神! 思えば、竜如きに敗れるはずはござりませぬからな! はははは」
大口を開けて笑うフィリスは、杖を天に掲げて、本当に幸せそうだった。
◆◆◆
ゴブリーンに案内されて、俺たちは村で最も大きな縦穴式住居に辿り着いた。
辺りは、平伏するゴブリン達で満ちているが、僅かばかり敵意も感じる。
もちろん、敵意は大体フィリスに向いていて、俺とゴブリーンは尊敬の眼差し以外は受けていないのだが、それはゴブリンが魔物だからであろう。
「不死公サマ」
「ダークエルフサマ」
等の崇めるような声と共に、
「ウスギタナイニンゲンメ……」
という声も混ざっているのだから、解り易いものだ。
「ドノヨウナゴヨウデ……?」
大きな縦穴式住居から現われたゴブリンは、見事な白髪を蓄えた、威厳のある犬のようだった。
ペットにするならこれでも可、と俺が思った事は内緒だが、彼は、この村の村長だと名乗っていた。
暫くゴブリーンが村長と話し合い、意思の疎通が図られると、建物の中に案内されて、あまり綺麗とも言えない床に座らされた。
それから、お茶らしきモノが運ばれてきたが、俺は飲んでも良いのだろうか?
もちろん全部零す自信なら、ある。
それにしても、いくら大きな縦穴式住居といっても、所詮はゴブリンサイズである。俺の頭は天井に着かんばかりだし、比較的小さいフィリスやゴブリーンまでもが敷居に頭をぶつけそうになっていた。
座ってやっと丁度良いというのは、どうにも落ち着かないな。
その後、三十分程度をかけて村の状況を聞いた所、甚だ芳しくない事が分かった。
まず、最大の敵は竜である。
次に、ドラゴンは眷属を従えている。
さらに、鬼からも貢物を要求されている。
挙句に、鬼と竜は、どうやら不可侵同盟を結んでいる。
そして、ゴブリンは弱い。
どーしろっていうんだよ!
そんな風に俺がカラッポの頭を捻っていたら、丁度、外から叫び声が聞こえた。
「オーガダ! マタミツギモノヲヨコセト!」
「ムリダ! モウナイ!」
「ヒイイイ!」
「モキュウウ!」
「ニクキューー!」
ゴブリン達は、阿鼻叫喚だ。
とにかく、そういう事なら戦うしかないだろう。
「フィリス、ゴブリーン! やるぞ!」
とにかく、せっかく来たのだし、ゴブリーンの願いは村を救う事だ。
ならば、ここで鬼を叩けば、残るのは竜だけなのだから、丁度良い。
俺は、表に出ると逃げ惑うゴブリンたちを一瞥し、迫り来る鬼共を睥睨した。
でかくない? 鬼ってでかくない? 三メートル位ありません?
これは、菓子折り持ってご挨拶に伺った方が正解! などと後悔しても後の祭り。俺は意を決して銀の神錫を握る手に力を込めた。
もちろん、力が抜けた。
だって、属性反転していないんだもん。




