アルマ・バルベリーニの手記(2-2)
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わたくし達はそれぞれ二階の部屋で旅装を解き、再び一階に下りた。無論、夕食の為でもあったが、宿の主人達との会話も実は楽しみであったのだ。
サラスとウルフィスはエルシーの話を聞きたがったし、わたくしはシェリーの冒険譚に興味を覚えたのだ。
聞けば、エルシーとシェリーが出会ったのも旅先であったと言うし、話を聞けば聞く程、この宿に決めて良かったと思うのだから、ウルフィスとサラスには感謝せねばなるまい。
客が我々四人であったことも、彼等とこれ程までに話が出来る要因であった。
それは、宿の経営としては申し訳ない限りであるが、わたくしとしては、いくらでも話を聞いていたいので、僅かばかり嬉しい。
何しろ、わたくしも勇者等にならなければ――時代が平和であったならば、冒険者になりたかったのだから。
暫くすると、エルシーとシェリーは厨房に入り、わたくし達四人は食卓に取り残される形になった。
何となく、座る席順はわたくしとヤッファが隣り合い、ウルフィスとサラスが肩を並べるような形である。
別に、わたくしとしては何ら不満がある訳ではないが、どうにもウルフィスとサラスがエルシーに聞きたがる話を聞いていると、いつか、もう一人のドエルーフが生まれるのではないか? などと想像を掻き立てられてしまう。
「サラスは、ウルフィスが好きなのだな」
「なっ、なっ! あーしは別にっ! せっかく一緒に旅をしているんだし、仲良くしてやってもいーかなーって!」
顔を真っ赤にするサラスである。
”くりっ”とした瞳が忙しく動き回るあたり、嘘は苦手なのだろう。ヤッファとは違った形の可愛らしさだ。
「そうか? なら、仲良く頼む! サラス!」
横で白い歯を見せて笑うウルフィスは、サラスのほのかな恋心に気付いていないのだろう。
まったく、人間でもドワーフでも、何故に男共はこう鈍感なのであろうか。
「……アルマは、恋人……いないの?」
む……人の恋の話は楽しいが、自分の話となると困る。
まさか、わたくしがヤッファにこんな事を聞かれる事になるとは想像もしていなかったので、戸惑いを覚えた。
「……いないな。そもそも、魔王を討伐する前に勇者が恋人など持っては、おかしな話であろう」
「そう……トオルさまが好き……なんだね……でも、私……アルマにも……負けない……」
どうしてそうなるっ! そう、わたくしは叫びたかった。
あれは、誰がどう見ても死体だ。贔屓目に見ても、動く死体である。
わたくしは、死体を恋人に選ぶほどの高度な趣味など持ち合わせていない。さらに言えば……わたくしは、誰かを恋人にしたなら、その人物と結婚したい。となれば、結婚する前から未亡人になる気は、さらさらないのだ。
わたくしは、出来れば幸せな家庭を築きたい。伴侶の骨を見るなど、人生も終幕に差し掛かった頃が望ましいというものなのだ。
わたくしは、自己の信念に恥じることなく、ヤッファの瞳を真っ直ぐに見つめた。
「ヤッファ……」
「……ん?」
ヤッファのジト目は、狂おしいほどの可愛らしさを誇るが、それはまだ子供だからであろう。
トオル殿の真実を知らぬのだ。生ある者が、死者と結ばれ得るはずがない。いずれ彼女も、その事に気がつく時が来るはずだ。来なければ、わたくしがしっかりと、時間をかけて教えてやろう。それこそ、共に旅をした誼というものであろうから。
……だから今、わたくしが伝えるべき事は僅かで良いのだ。
「なんでもない、が……トオル殿を好くのは、辛い事ではないか? 彼には……未来も生命も無いのだぞ? ヤッファとは正反対であろう?」
「ううん……いつか……私も……なる、から……不死公に……そしたら、トオルさまと一緒……」
「ぶっ!」
わたくしは、供されていたお茶を噴出してしまった。
この子は、なんと真実に気付いていた。
本来なら、いじましい努力をしようという決意なのだが、こればっかりは断じて認められない。
なんとヤッファは真実を知り、自ら進んで美貌を手放し不死の世界へ足を踏み入れようというのだ。正直、狂っている。
わたくしは、たまらずヤッファの頭を抱きしめ、背中を擦る。
「アルマ……お互い……頑張ろう……でも……負けないから、ね?」
止まらないわたくしの涙をよそに、いつまでも勘違いを続けるヤッファは、もしかしたら誰よりも恋する乙女なのかも知れなかった。
◆◆
楽しい食事のひと時は過ぎ、わたくし達はそれぞれが部屋に戻った。
わたくしの部屋も、この宿では最上級との事だが、そもそもが王宮で暮らしていた身である。庶民の最上級は、わたくしにとって多少窮屈だった。
もちろん、そう思う事が、わたくし自身、とても心苦しい。
そんな思いだけでも、エルシーやシェリーの心を傷つけるのではないかと思えば、王族としての生まれを呪いたい程である。
部屋には、庶民としては大きいであろう寝台と、長椅子、それに多少の書き物が出来るであろう机がある。
どれも、樫材で出来ており、簡素ではあったが彫刻も施されていた。僅かばかり金があしらわれているが、いっそ金の装飾など無い方が、きっとわたくしは好ましく思っただろう。
わたくしは、ふとポケットにしまっていたトオル殿の骨を取り出し、机の上に置いた。
「……万が一の場合は、俺を呼んでくれ」
そう、トオル殿は言っていた。
そしてこの骨に念じれば、いつでも会話が出来る、とも言っていた。
わたくしは、指で白い石の様な骨を軽く突付いてみる。
反応は無かった。
別に、用事がある、という訳でもない。しかし何となく、わたくしはトオル殿に今日の事を伝えたくなったのだ。
だから、軽く右手で骨を握り、瞼を綴じでトオル殿を呼ぶ。
まるで睡魔が訪れたかのように、わたくしの意識が自身から引き離される感覚があった。しかし、その先に現われたものは、ただ、闇である。
わたくしは、恐怖に駆られて骨を再び机に置いた。
トオル殿に何かあったのだろうか?
わたくしは、背中に氷を当てられたかのような感覚に陥る。
自身が危地に陥る事は想像出来ていても、トオル殿が危地に陥る事は考えていなかったのだ。
なんと迂闊な事であろう。やはり潜在的に、わたくしはトオル殿に依存している。その辺りをヤッファは見抜いていればこそ、あの時の言葉があったのだろう。
わたくしは自身の卑小さに下唇を噛み、トオル殿の身を案じた。
その時である。
テーブルに戻したトオル殿の欠片が、カタカタと揺れ始めた。
「な、なんだ?」
骨の破片であったはずのそれは、形を変え始め、次第に大きくなる。
わたくしは、このままでは机が壊れるかもしれない、と考えて、トオル殿の欠片を床に置いた。それから、数秒であろうか? 静かに、しかもあっさりと、骨はわたくしよりもやや大きくなり、トオル殿と同様の形になったのだ。
「ト、トオル殿?」
「……?」
わたくしの声に反応するそれは、まさしく不死骸骨であり、トオル殿と瓜二つである。いや、瓜二つと言っても、骨だけで顔のつくりが判るほど、わたくしは骨の造形に関して理解がある訳ではないが。
ともかくも、トオル殿の欠片から生まれたのだから、トオル殿の分身には違いあるまい。
わたくしは、恐る恐る不死骸骨の正面に回り、もう一度声をかけた。
「トオル殿なのか? それとも?」
「私はトオルの代理です……ところでアルマ。何か、御用でしょうか?」
「うむ。用と言える程の事ではなくて。ただ、話をしたかっ……いや。
……トオル殿が無事かどうかを確認したかっただけなのだが?」
「なるほど。それでトオルに反応が無かった為に、驚いて骨に魔力を込めてしまったのですね」
トオル殿の代理とやらは、あのトオル殿の代理とは思えない程に理知的かつ紳士的である。それ故にこそ、わたくしの疑念と不安は深まるのだが、眼前に立つ不死骸骨は、そんな事を知る由もなく、指を顎に当てて首を捻っている。
「無事ですが大きく魂を消耗している状況で、現在は動けません……ですから、貴方が私を起動してくれたのは、実に好都合です。このまま、明日に備えましょう」
そう言うと不死骸骨は、白骨の体に蒼い光を帯びる。すると次の瞬間には、何処から持ってきたものか、青水晶で出来ているかのような全身鎧を纏い、腰に銀の鞘も輝かしい長剣をぶら下げた。ついでに蒼い冑の面頬を下ろすと、髑髏さえ隠れたので、一見すると上級騎士のいでたちである。
「なっ、なっ?」
わたくしの驚きをよそに骸骨騎士は部屋の扉の横に移動すると、以後、直立不動で微動だにしない。
「今は……安心して、眠りなさい」
眠れるか!
わたくしは、正直、そう言いたかった。
いくらトオル殿を見慣れて骸骨に耐性が出来たからといって、死体と一緒に眠れる程、わたくしの精神は太くない。それに、疑問もあるのだ。
目の前の骸骨騎士はトオル殿の一部から生まれ、同じ声を持っているにも拘らず、決してトオル殿ではない存在。だが、トオル殿を知り、状況も把握している存在である。
ならば――
「貴方は一体、誰なのだ?」
もはや骸骨騎士は、わたくしの問いに答えない。
けれど、冑の隙間から淡い赤色が見えたとき、わたくしは間違いなく骸骨の騎士にトオル殿の意思を見出し、安堵していた。
「ま、敵ではあるまい」
わたくしは、そう結論付けて大人しく眠る事にした。
――それでは、明日も皆の幸運を祈って――
ナカーシック暦247年12月8日
――ポタリアからブレインドへ向かう途上、「今日も一日お疲れ様亭」にて――
――アルマ・バルベリーニ
トオルの影が薄くなる……




