アルマ・バルベリーニの手記(2-1)
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ソーンロ山脈を越えて北へ、徒歩で三日程の距離にわたくし達はいる。
ここまでの道中、幾度か魔物に襲撃をされたが、数が少なく低級の相手でもあった為、我々に損害も少なかった。
その、少ない損害が何かといえば……
ここに至る途中、広い河を渡った際に船を使ったのだが、その船頭が魔物であったのだ。
いっそ、最初から船頭が魔物だと分かっていれば、そのような船に乗ることも無いのだが、見事に人に化けていたのだから、わたくしとしても、手の打ち様がない。
結局、河の中ほどで戦い、倒したものの、船を操れる者とて居らず、一旦は街道をはずれ、道に迷うという事態に陥ったのだ。
何しろ、戦っている最中に急流に飲まれたのだ。左右は断崖で船を寄せる事も出来ず、流れが穏やかな地点に出るまで、わたくしたちには、為す術も無かったという次第である。
そういう事情なので、ソーンロ山脈を越えて、徒歩で三日程の距離に居るのだが、実際のところ、六日程かかって、ようやく本来の街道に戻り、人里に出た、というところだった。
「今日は、あの村で宿をとろう」
日が傾きかけた時刻、一度だけ空を見上げ、ついで街道の先に点在する家々を指差して、ウルフィスが言った。
恐らく、北から迫る鉛色の雲を気にしての事であろう。もしもあの雲がこちらに向かってくれば、雨か雪は免れない。
野営中に雪なり雨なりが降れば、それだけでも体力が低下するのだから、わたくしとしても、ウルフィスの意見に賛成である。
「……や、ど?……」
しかし、エルフの少女達は聞きなれない言葉を聞いたという風に、二人とも首を傾げあっている。
彼女たちは、トオル殿と離れ離れになってから、あまりわたくしとも口を利かない。
もっとも、だからと言って不仲という訳ではなく、共に河で死線を乗り越えたのだから、信頼関係は強まっている。
だが、ヤッファやサラスは見た目からしてとても可愛いので、わたくしとしては、もっと話をしたい気持ちでいっぱいだ。
そんな事を思うわたくしを、わたくし自身がたまに変態ではないか? と疑ってしまう。これでは、あの変態髑髏と大差無いではないか。
何はともあれ、せっかく可愛いエルフとお話が出来る良い機会である。わたくしは、喜んで彼女達に「宿」について教える事にした。
「うむ、お金を支払うと、部屋を借りられるのだ。ポタリアのドワーフ城程に豪華ではなかろうが、ベッドで眠れるのだぞ、嬉しかろう?」
本当は、もっと砕けて楽しく会話をしたいのに、どうしてもヤッファやサラスを見ると、わたくしは年長者で、保護者であるかのように振舞ってしまう。
やはり、最初の印象が大きいのだろうか。まるで、彼女達が子供の頃から知っているかのような錯覚が、わたくしにはあるのだ。
「……ふうん……私……木があれば平気だけど……」
「ヤッファ、ベッドの方が暖かく眠れるよ! あーしはベッドも好きだよー!」
思わず、二人のやり取りにわたくしは笑みを零してしまう。
最初はヤッファの方が色々と優秀だと思ったものだが、実の所、本当にしっかりしているのは、サラスかもしれない。
「じゃあ、アルマ殿とエルフの嬢ちゃん達はここで待っててくれ。魔物に占領なんかされてたら、宿どころじゃないからな! ちょっと村の様子を見てくるぜ! 取れたら宿の予約も取っておく!」
「あー、まって! あーしも行くよっ!」
言うなり駆け出したウルフィスに、苦もなく追いつく俊足のサラス。
彼等はこの六日間、ほぼ口を利いていなかったと思うが、それでも仲良くなっているのだろう。
追いつかれたウルフィスが、一瞬、おどけた様によろめいたが、その腕を軽くサラスが叩いている姿が見えた。
「ふむ。それにしても、ドワーフは太いな」
「……うん……身長は同じくらいなのに、太さはサラスの三倍くらいあるね……」
北からの風に髪を靡かせて、咄嗟にローブの帽子を被るサラスは、彼等に追従するつもりはないらしい。
思えば、わたくしがヤッファと二人きりになるなど、始めての事である。
「焚き火でもして待つか」
わたくしは、街道から僅かに外れた辺りに落ち葉や枯れ枝等を集め、風の魔法で収束し、点火した。
見る間に焚き火の炎は広がり、灰色を増した大気に、赤々とした明かりを灯す。
そして、わたくしは焚き火の側の岩に腰を下ろし、横に来るようにとヤッファを手招きした。
「……あまり……良くない……」
「ん?」
「……木も、葉も……そのまま自然に還るのに……」
ヤッファは、わたくしの座る岩に腰を下ろすと、蒼い瞳に朱色の炎を映しながら、わたくしの行いを批判している様であった。
それでも暖を取るのだから、文句など言わないで欲しいと思うのだが、そう言った所でわたくしが大人気ないだけであろう。じっと我慢する。
「……でも……アルマなら……この程度は……許してもいい……」
じっと正面の炎を見つめながら、そう言ったヤッファ。
わたくしは、その瞬間、隣に座るエルフの少女がたまらなく愛しくなり、左腕を広げて抱き寄せた。少女の肩を、腕を、わたくしの純白のマントが覆えば、さらに暖かさも増すであろう。
しかし――
「アルマ……鎧が冷たい……」
思えば、わたくしは鎧を装備しているのだから、頬を胸甲に当てたヤッファが冷たがるのも通りである。
「……でも……暖かい……サラスじゃなくても……暖かい……ね?」
エルフの少女は、冷たい、と言いながらもわたくしのマントの外に出ようとはしない。
相変わらず炎を一心に見つめ、わたくしの顔を見ることはないが、今この瞬間、心を合わせる事が出来ているのなら、とても喜ばしく思う、そんな一時であった。
◆◆
一時間ほど経った頃だろうか、ウルフィスとサラスが互いに笑顔を浮かべて、わたくし達の下へと戻ってきた。
どうやら、あちらはあちらで交流があったらしく、エルフとドワーフの距離が出かける前よりも近い事が微笑ましい。
「村の方は問題ない。宿は……一応、三部屋取ったが、それで良かったか?」
「うむ。ヤッファ、サラスの部屋と、ウルフィスの部屋と、わたくしの部屋であろう?
……それ程わたくしに気を使わなくても構わぬが……」
戻るなり、焚き火に手を翳してウルフィスが言った。
日が落ちかけて、気温が一段と下がりつつある今、赤々と燃える焚き火は彼にとって、天の恵みにも等しいものであったのだろう。
サラスの方は、わたくしのマントに包まれて眠るヤッファに、驚きの視線を向けていた。
「はは……確かにー。ウルフィス、これなら二部屋でも問題なかったかも知れないよー」
頬を指で掻きながら、呆れた口調でサラスが言っていた。
「……でもなぁ。
宿の方も、最近は旅人も商人も減って、泊まってもらえると助かる、なんて言ってたし、三部屋とってくれるなら、夕食はサービスするって話だぞ? 今更変更するのも……それに……」
どうやら、ウルフィスは特に気を使った訳ではないらしい。どちらかと言えば、夕食のサービスに釣られたのであろう。結局ドワーフというのは、繊細でありながらも、食い気が最も強い種族なのだ。
とは言え、わたくしとしても、それで宿が助かり仲間が満足するのであれば、あえて節約する必要等は感じない。何しろ、国から与っている資金は、莫大なのだ。それこそ、国防費の三割程がわたくしの旅に当てられているのだから、三部屋どころか四部屋取っても何ら問題にはならないのである。
「別に、三部屋取ったのなら、そのままでも良かろう。今更変更しては、先方にも迷惑になるであろうからな」
そういって、わたくしはヤッファを起こして立ち上がると、皆に出発を告げた。
焚き火の方は、目を擦りながらもヤッファが水の精霊に頼み、すぐに消してくれたので、わたくしが殊更、魔術を行使する必要も無かったのである。
◆◆◆
わたくし達が古ぼけた木の柵で覆われた辺鄙とも言える村に辿り着いた頃、前方にあったはずの黒雲は頭上に訪れていた。
どうやら、互いに恋焦がれた訳でもないのに、望まない逢瀬を果たしてしまったようである。
空からはゆっくりと、小さな白い粒子が舞い降り始めていた。
恐らく夜半になる頃、乾いた薄茶色の地面は、白く染まってしまう事であろう。
周囲を見渡せば、家畜も既に小屋へと入り、外を出歩く村人の姿もまばらであった。
村は、或いは本来、宿場町でもあるのかもしれない。
柵の外には広々とした田畑が広がっていたが、中に入れば、牛や羊、馬や山羊、鶏等の家畜小屋はそれ程多くなく、どちらかと言えば、宿屋や食堂の方が目立つ。
だが、時勢が時勢だけに、どの店も繁盛しているとは言いがたい様であった。
それもそうだろう。
宿場町ならば、ここはブレインドとポタリアを行き交う隊商がいてこそ成り立つのだろう。
今や、魔軍の支配下にあるブレインドは、ポタリアとの交易を行っていない。ならば、この町が廃れるのも当然といえた。
もっとも、それでも自活出来るだけの田畑と家畜は持っているようなので、何とか人々は日々を暮らしているのであろう。
いや……だが、だとすると……魔軍は一般人に手を出さないということか? ここも魔軍の勢力圏のはずだが……
歩きながら、わたくしが、より深くに思考を進めようとした時の事である。
「ここだ! 『今日も一日お疲れ様亭』! 名前も良いが、中身も中々凝ってる店だ!」
ウルフィスが立ち止まり、木造二階建ての家屋を指差している。
木造、というか、丸太を組み合わせただけの建物ではあるのだが、いっそ村の中心に来るにしたがって石造りの建物が増えていただけに、異様に目立つ宿である。
趣味ではない、という程の事はないが、それにしても、石造りの宿が何軒か軒を連ねる中で、あえてこの宿を選択したウルフィスとヤッファは、やはり人間の感性とはかけ離れているのだろう。
わたくしは、ウルフィスに促されるまま、宿の中に入った。
ウルフィスによると、一階の手前が受付で、その奥に食堂とバーがあり、さらにその奥には素泊まり客用の部屋。二階は全てが客室という事だが、わたくし達は、二階でも最も豪華な特別室を、通常の値段で手配してもらえた、ということだ。
それは、ウルフィスがその身分を明かした、というのも原因の一つだが、何より客がわたくし達しかいない、という理由が大きいらしい。少しでも宿に良いイメージを持ってもらい、次に繋げたいという必死の想いであろう。
受付で使用人に来店を告げると、暫く待つように言われたので、わたくしはウルフィスから先ほどの説明を聞きつつ待っていたのである。
すると、ほどなく宿の責任者と思しき二人の人物が、わたくしの前に現われた。
「いやー、アルマさま! よくぞ当宿へ! ようこそおいでくださいました! 私が当宿の主人、エルシーでございます、以後、是非ともお見知りおきくださりますよう!」
慇懃に腰を折る男は、黒髪で端正な顔立ち。身長はわたくしと同程度だが、筋骨隆々とした体躯は、宿の主人と言うよりは、戦士であろう。何より特徴的なのは、僅かに先端の尖った耳で、エルフと言うよりは、どちらかと言えばドワーフのそれに近い。種族的に年齢は分からないが、青年と呼べる範囲内であろうか。
「私は、家内のシェリーです」
ナカーシック貴族の様に膝を折り、スカートの裾を持ち上げる仕草を見せた女性は、美しい黄金の髪。身長もわたくしの鼻程度まであり、女性としては申し分ない高さであろう。容姿も、小ぶりの輪郭に気の強そうな切れ長の目が特徴的だが、まず美しいといえる。こちらも、年齢は未だ三十を超えてはいないだろう。
服装こそ町人のそれだが、立ち居振る舞いは、まさにナカーシック貴族の令嬢の様であった。
巨漢のドワーフとナカーシック貴族が、何故この様な場所で? と思っていると、その疑念を吹き払うようにエルシーが再び口を開いた。
「いや、私、エルフとドワーフのハーフでして。なので、エルーフのエルシーと名乗っております」
「何言ってんの。皆からは、エルワーフとか言われてるじゃない!
……失礼しました。
私、元はナカーシック王国マイマー伯爵家の三女で……三年前まで冒険者をしておりましたの。もちろん、アルマ姫様の事は存じておりますわ」
わたくしは、ウルフィスとサラスが何故、この宿を選んだのかを理解した。
それは、エルフとドワーフの融和の象徴がいて、尚且つ我が王家にゆかりのある宿なのだから、我等の前途を思えば、ここ以上に相応しい宿など無い、そういう事なのだろう。
わたくしは、また一段と仲間達の事が好きになったのである。
骨が出なくてすみません。




