アルマ・バルベリーニの手記(1)
◆
わたくしは、今、あの時を思い出すと、赤面する思いである。
突然に変化したバルバロッサを見た瞬間、閃光が迸ると、わたくしは吹き飛ばされて、地面に二度、三度と身体を打ち付けていた。
それでも何とか受身を取り、致命傷は防いだのだが、上空を見上げれば、禍々しいまでのバルバロッサが、人馬の魔将となってわたくしを見下ろしている。
恐怖で顔が引き攣った。
魔将程度でこれ程の力を持つとは、迂闊であった。
わたくしは、出来るだけ平静を装って周囲を見渡した。
平静を装わねばならない程に、わたくしの身体は悲鳴を上げていたが、今はそれに構っている場合ではないのだ。
ウルフィス――彼は善戦しているものの、あくまでも魔軍の雑兵を相手にしてのこと。
フィリスは、バルアロムの精神攻撃に耐えているのだろう。涎をたらしながら、だらしない笑顔を浮かべているとしても、あくまでも戦闘中のはずだ、信じよう。
だが、だとするならば、明らかに不利な状況である。
ヤッファは、バルバロイに懐柔でもされたのだろうか? 相変わらず無表情のままだが、優雅にお茶を楽しんでいるようだ。
その横で、悔しそうに土を握り締めるサラスが、いっそ哀れに見える。
こちらも、有利とはいえない状況だ。
トオル殿……。
思わず、わたくしの口を衝いて出た言葉は、異形の神の名であった。
たしかに、彼がこの場に居れば、何とかするに違いない。
だがそう思う事は、わたくしの甘え。
わたくしには、まだ残された手段があり、それこそが絶対無敵なのだから、自分を信じなくて、どうするというのだろう。
――わたくしは、創造神、光の勇者アルマ・バルベリーニ。誰に頼る訳にも、負ける訳にもいかない――
そう決意し、痛む鎖骨を押さえて、わたくしが立ち上がろうとした時のことである。
空間に穴が開き、轟音と共に、黄金に輝く骸骨と、それに付き従うダークエルフが現われたのだ。
わたくしは図らずも、
「助かった……」
と、呟いていた。
真実、わたくしはわたくしで居られる時間を、未だ保つ事が許されたのだから、心から安堵したものである。
無論、最後の手段を使えば、バルバロッサにも勝利しえたであろう。しかし、わたくしの”最後の手段”は、わたくしから、わたくしの意思を奪うかもしれないのだ。あくまでも諸刃の剣と言えた。
だから、この場でトオル殿が現われた事は、まさに神の思し召しかと思えた程である。
そして、トオル殿はいとも容易く魔軍を撃退してしまった。
神錫から迸る赤き稲妻の一撃で、敵の戦意を削いだのだ。
だが、可能ならば、敵は撃滅する方が望ましいのだ。なぜトオル殿は、敵に逃げる猶予を与えるような真似をしたのであろうか?
わたくしは、かつて、現在の魔将である三人を助けた者の事を思い出していた。
灰色のローブを纏い、漆黒の眼窩から蒼い焔を覗かせていた者。僅かに覗く手先は、輝ける黄金だったではないか。
そしてそれが、不死乃王ノーライフキング……。
考えたくない事ではあるが、やはり魔王とトオル殿の姿は酷似している。
だから、わたくしはトオル殿に、執拗に敵を追うように迫った。
トオル殿と敵が繋がっている、という可能性が怖かったのだ。
だが、トオル殿は追わなかった。
理由を聞けば簡単な事で、トオル殿の能力の問題であった。思えば、トオル殿の選択は間違ってなどいない。
……まったく、わたくしは、トオル殿を都合よく頼り、そして助けられたにも関わらず疑ってしまったのだから、なんとも破廉恥な女である。
◆◆
さて、件のダークエルフだが、我がパーティーのメンバーは、誰一人トオル殿に、彼女が何者かを問うていない。
無論、エルフ達にしてみればダークエルフは、易々と仲良く出来る種族ではないであろう。それはドワーフにしても同様のはず。ならば、聞くのも憚られるのであろう、事情はわかる。
フィリスの場合は、さも知っていたかの様に振舞っているだけに、皆の前で聞けぬだけの事であろう。
面倒だが、わたくしが聞くしかないようだ。
丁度、天幕に皆が揃って食事をするという事だ。その時に聞けば良かろう。
……そして、聞いた結果、何故かフィリスの独壇場になった。
「……ダークエルフとて、人の眷属。エルフもドワーフも似たようなものじゃ」
フィリスの、この発言には、流石にわたくしも驚いた。
他の種族に関して、何と無理解なことか。ある意味では、全てを平等に扱っているのだから正しくはあるが、暴論にも程があるというものだ。
その後、激した三人に対抗する為に、フィリスは卓を蹴り上げ場を荒し、最終的には説法で皆の心を掴んだのだから、さすがは大神官、と、褒めれば良いのだろうか?
しかし、トオル殿が椅子に座ったまま、眼窩の色を「赤」「青」「黄色」「桃色」など、様々に変化させていた事を思えば、神の本意ではなかったに違いない。
それでも、最終的にダークエルフとエルフ、ドワーフが和解出来たのだから、良かったと言えるのであろう。
それにしても、トオル殿の眼窩は、どのような時に何色で光るのであろうか……。
わたくしは桃色が好きなので、トオル殿には、いつでも桃色に光っていて頂きたく思う。
◆◆◆
食事も終わり、食卓の上には人数分の紅茶が乗っている。先ほどの混乱が嘘の様に、皆、穏やかな表情を浮かべている。
トオル殿の隣でダークエルフの少女が、紅茶を不思議そうな目で眺めていた。
トオル殿が師匠よろしく飲み方を教えているが、相変わらず腹部に袋を設置していないので、全て零している。まったく、そのお陰で師に倣い、ダークエルフの少女も全ての紅茶を零す。
「ああ、そうではない、ゴブリーン。飲むのだ。
トオル殿は舌も唇も無いのだから、ゴブリーンでは真似出来んぞ」
「む、むぅ」
わたくしがゴブリーンに紅茶の飲み方を教えると、何故か肩を落とすトオル殿。破壊神のわりに、心が弱いのであろうか?
「ところで、明日からはブレインドの街を目指したいのだが、皆、異存は無いだろうか?」
「ん? アルマ殿……移動は傷が治ってからにした方が良いのではないか? また、敵に出会うやもしれんぞ」
ドワーフの戦士が心配をしてくれるが、杞憂というものだった。
わたくしには、創造神の加護がある。骨など、治癒魔法と掛け合わせれば、一晩眠れば再生されるのだ。
「問題ない。一晩眠れば回復する」
だから、わたくしは紅茶を食卓に置くと、微笑みながらドワーフに答えたものである。
勇者であるわたくしが、皆の足を引っ張る訳にはいかないのだ。
しかし、次のトオル殿の発言には耳を疑った。
「事情はわからないけど、俺はこの子の村を助けに行きたい……!」
やっと、当初の目的地であるブレインドの街を五日以内の距離に収めたのだ。
「街を魔軍からの開放しよう」
と、本来この場では意気上がるところではないのか?
なんという無自覚なことを言う破壊神であろうか。
これでは「今後の方針を」等と食後に議題を提供したわたくしが愚か者ではないか。
少なくとも、わたくしの独断で一行を導くのは気が引けた故の配慮であったというのに。
思わず今度は、わたくしが食卓を蹴り倒しそうになった。
「良いかと思います!」
当然、一片のブレもなく賛意を表すのは、大神官フィリス。
トオル殿に褒められたくて、大変な笑顔の大神官である。わたくしは、この女の頭の中身も髪と同様、薄緑色のアメーバ状のモノが入っているのだろうと断言したい。
仕方なくフィリスを褒めるトオル殿の声も、どこか倦怠感に満ちている。恐らく、彼女に辟易しているのだろうが、尽くしてくれる手前、無下には出来ない、といった所だろう。少しは気づけ、バカ女め。
「……私は……トオルさま次第……行けというのなら……行く」
誇り高いエルフが、ダークエルフの為に動く等と、聞いた事も無い。
だがそれは、無表情のヤッファをして、僅かに口元を引き攣らせる決意であるようだった。本来は、ダークエルフ等と一緒にいたくないのであろう。
「あ、ねー。アルマ……さまは、どうするの? あーしは、ヤッファと同じ考えだけどー。アルマさまは、行きたい所があるんだよねー?」
サラス! 良いわ! サラス! この子は馬鹿に見えて空気が読めるらしい。
「うむ。わたくしとしては、ブレインドの街を開放する方が優先かと思えるが……?」
「ふむ……」
わたくしの言葉に、首をかしげ、顎に手をあてて考え込むトオル殿。わりとこの骸骨はバランス重視な所がある。こうなれば、わたくしの意見をまったく無視する、という事もないはずだ。
「わかった。じゃあ、二手に分けよう。
俺とフィリスがゴブリーンの村に行くよ。で、街の開放はアルマ……、ヤッファ、サラス、ウルフィスで」
「なっ! ブレインドにバルバロッサが居たら何とするっ!?」
わたくしは、不覚にも悲鳴を上げた。
これ程までにわたくしがトオル殿を頼りにしているとは、自分でも無自覚であった。だが、それよりも、トオル殿と同道するのが、わたくしではなくフィリス、という所に衝撃を受けたのかもしれない。
どちらにしても、勇者にあるまじき思いである。
「ふっ……アルマは、同じ敵に二度も負けるのかい?
だが、そうだな……万が一の場合は、俺を呼んでくれ」
しかし、わたくしのそんな思いに気付かないトオル殿の言葉は、あくまでも勇者を信じる優しさを滲ませていた。
それからトオル殿は、自身のローブの中に手を入れて、”パキリ”と、何か乾いた音をさせていた。そして立ち上がると、わたくしの側に歩み寄り、手の平に、一つの白い欠片を乗せてくれたのだ。
「俺の……一部だ。コレに念じてくれれば、俺といつでも連絡が取れる。そして、魔力を多少でも込めれば、俺の分身が生まれる。なっ、これなら良いだろっ!」
トオル殿は、またわたくしに、いつもの笑顔を見せてくれた。
それは、僅かに片方の頬骨が持ち上がる不自然な動作だ。奥歯が”ぎりっ”っと音を立てるので、歯軋りしているのと大差なくわたくしには見えるのだが、本人はイケメンスマイルだ、と言っている。
……今度、鏡をプレゼントして、色々と自覚してもらった方が良さそうだと、わたくしは思った……
「今、アルマ、俺に抱かれたい! って思っただろ?」
そして、いつものつまらない冗談をトオル殿は言って踵を返す。
わたくしは「抱けるものなら抱いてみろ、このタマナシ野郎!」と、心の中でいつもならば思うのだが、今夜だけは彼の好意を素直に受け取った。
白い彼の一部は、今、わたくしの手の中に収まっている。
これが世界を守るのかもしれないと思えば、僅かに愛おしく思えるのだから、不思議なものだった。
「ト、トオルさまぁ~。わ、私にもご遺骨を~~」
そういえば、わたくしが貰った骨が余程羨ましかったらしく、不死死骸の様にトオル殿に迫るフィリスは、確かに不死骸骨の様な神に使える大神官に相応しいのかもしれないな。
――それでは、明日も皆の幸運を祈って――
ナカーシック暦247年12月2日
ソーンロ山脈北側、ドワーフ達に借り受けた天幕にて――
――アルマ・バルベリーニ
実は、アルマは重要キャラでした。
え? 知ってました? すみません。




