出番ですか?
◆
外では、アルマ率いる勇者パーティが魔将三人組を蹴散らして、ドワーフ戦士団が魔軍を押し返し始めていた。
「ぬおおおっ!」
バルバロッサがアルマに追い詰められながら、大声で叫んでいるのがいっそ哀れな程だ。
しかし、赤毛が逆立って、妙に黒いオーラが体から溢れてるけど……まあ、アルマなら何とかするよねっ!
――俺なんて、尾てい骨の欠けた骨だしさ、どうせ要らない子だよね――
崇められていても、それは所詮俺ではない。思念体さんなのだ。
そして、俺が助ける必要もない程に、彼等は強い。きっと、俺なんかがいなくても、やっていけるだろう。
それに、アルマのことを考えると、俺が信者を増やし続ける事が良い事とは思えない。
だが、俺が居なくなったら、フィリスは泣き叫ぶかも知れない。ヤッファやサラスも心配するだろう。ウルフィスも、俺に尽くすと言ってくれた。
だが、違うのだ。
俺は、人の役に立ちたくて、一度死んでいたにも関わらず、甦ったのだ。なのに、俺は守られるだけで、何の役にも立っていないじゃないか。
――みんな、元気でな――
俺は、目の前のゴブリンと、ローンソ山脈の麓で戦う仲間たちを見比べて、静かに決意をしていた。
俺は、俺の力でゴブリンの村を助けるのだ。そして自分に自信がついたなら、また仲間の所に戻れるかもしれない。
――だが、今はダメなのだ――
――出るタイミングを、完全に逸したのだから――
「あっはー。虚数空間に飲まれちゃったー。なんせ俺、魔物だから、てへぺろ!」
などといって再び皆と会えようか……? 断じて無理だ。俺の誇りがそれを許さない。何より、”ぺろ”ってやる舌がない!
という訳で、思念体さん、さっそくゴブちゃんの村に行きたいんだけど?
【個体、八坂徹は、魔力を高め空間に穴を穿ち、属性を反転させればすぐにも脱出、転移が可能です。しかし、ゴブリンは魔力値が低すぎますので、虚数空間破壊の衝撃に呑まれ、肉体が消失します】
なぬ? ゴブちゃんは死ぬというのか……。助ける手立てはないのだろうか?
【個体、八坂徹の魂を与えれば、魂の結合により生命体として進化が可能です】
でも、それをすると、前みたいに俺が死にそうになるのではないのかね?
【前回は二人分でした。一人であれば、問題ありません】
うむ。そういう事なら、思念体さんに任せてみよう。自己嫌悪。でも、そんな自分が愛しいぜ。
とにかく、俺はゴブちゃんに自らの魂を分け与える。
俺の口元から仄かな青い光が現われ、ゴブちゃんに吸い込まれてゆくと、またしてもヤッファやサラスに起こったと同じ様な変化が現われた。
手足が伸び、肌が滑らかになって、魔物、あるいは動物の様であった姿が、見る間に人の様になる。
その耳はエルフのように長く、眉目は秀麗になった。ただ、褐色の肌がゴブリンの名残としてあるが、それでも十分に美しかった。
可愛いゴブちゃんが、進化して美形になってしまった。
俺は、両手両膝を白亜の空間に打ち付け、項垂れる。
折角、ペットが出来たと思ったのに……!
いや、何よりも……ゴブちゃん! メスだったのかっ!
「大丈夫か?」
「はいっ! 我が主よ! 生まれ変わった心地ですっ! 凄いです! 身体から力が溢れてきます!」
一体どうしたんだ、これ? 何がおこったの?
【ゴブリンは、上位種族であるダークエルフへと魂の進化を果たしました】
なるほど、ダークエルフになったのか……。道理で美人になったもんだ。
流水のような薄い水色の髪と黒い瞳、小さく整った鼻は何処までも可憐で、確かにゴブリンとは言えない容姿をしているもんな。
服装はゴブリン兵のままだが、元々が長衣を着ていた様で、今は黒い短衣の様になっている。その上に、粗雑な皮の鎧を身に纏っているが、太さはそれ程変らなかったのだろう。ぴっちりしてはいても、窮屈そうには見えない。
それにしても魂を与えると、こんな事になっちゃうなんてびっくりだ! てことは、元々エルフだったヤッファとサラスは、一体何になってるんだ? もはや疑問が尽きないが、次は外に出て、ゴブリンの村を助けに行かなければならない。疑問に思ったり観察していたりする余裕は無いはずだな。
「凄いぞ。ダークエルフになったんだぞ!」
「えっ、えっ?」
俺の目の前で感涙に打ち震える、元ゴブリン。だが、すぐに輝く瞳を俺に向けて、言葉を続けた。
「あ、あの、我が主! お名前を教えて下さい! 御名もわからぬでは、お礼の申しようも御座いません!」
ああ、そうか、お互い名乗っていなかったな。
「うむ。八坂徹だ! トオルが名前だから、気楽にそう呼んでくれ!
ところで、ゴブリン。君の名前は?」
「はっ! と、トオルさま! 私如きに在り難き幸せ……!
……わ、私の名前はっ、その、私には名前が無いのです」
やはりゴブリンには、名前を持つという知能は無かったか。それとも、上位者以外、名前が無いのかな?
「ふむ、不便だなぁ。
……名前、付けても良いかな?」
「名、名を賜れるのですかっ? う、嬉しいですっ!」
俺の目の前で、妖艶なダークエルフが感涙に咽び泣く寸前だ。
ふふ……、俺は、こんな事もあろうかと、名前を考えていたのだよ。
「よし、今日から君は、ゴブリーン、と名乗りなさい」
「はっ! はいっ! あ、ありがたき、ありがたき幸せに御座いますっ!」
いよいよ激しく平伏するゴブリーン。俺としてはゴブちゃんに付けてあげようと思っていた名前なんだけど。ダークエルフになってしまったこの子に付けて良いのだろうか?
いや、とても有り難がっているから、これで良いのだろう。
さあ、これで旅立ちの準備は整ったのだ……。
さらば青春の日々よ……。
◆◆
――ドンッ――
ゴブリーンと共に、虚数空間を破ろうと俺が魔力を眼窩に込めた時の事である。
炸裂音とも爆音とも思える音が、外界から響いた。
意識を其方に向けると、先ほどまでとは様子の変わったバルバロッサの姿が、宙に浮かんでいるではないか。
長大な戦槍を構え、四対の黒い翼を持った赤髭の巨漢。しかし、その下半身は、馬である。
そして、槍からは雷が迸り、その姿はさながら雷神の如し。
簡単に言えば、足と羽が増えた赤髭の魔将から、青天の霹靂というやつだ。
バルバリアもヤッファとサラスを上回る速度でティータイムを行い、もはやテーブルと椅子も完備している。
ヤッファが差し出されたお茶を美味しそうに飲んでいるが、サラスは大慌て。
「……サラス、お砂糖とって……」
そして、ヤッファの言葉に、戦意を喪失して蹲るサラス。悔しそうに大地の土を握り締めるが、それは砂糖ではない。
フィリスは両手で頭を抱え込み、純白の神官衣が汚れるのも構わず地面に這いつくばっている。しかも、芋虫みたいにクネクネと動いているのだから、気持ち悪いぞ。
思念体さんが言うには、バルアロムからの精神攻撃を受けているそうだ。
「ト、トオルさま……、そんな女よりも私の方が絶対にっ……! む、胸など脂肪の塊ですっ! そのプリンは後で食べようとっ!」
一体、どんな精神攻撃を受けているのだろう……。フィリスの表情は、苦悶に歪んだり恍惚としたりと、やけに忙しい。
他の魔軍に対しては、ウルフィスがドワーフ軍を指揮してなんとか対処していたが、それでも徐々に劣勢になりつつある様だ。
「フ、フフフ、ファーハハハハハ!」
やっぱり来た! 俺の出番! 俺、要らない子なんかじゃなかった!
「フッ、ゴブリーンよ。お前の村を救う前に、俺には一つやらねばならぬ事がある。悪いが、少し時間をくれ……」
「はっ! 全ては我が主の思し召しのままにっ!」
思念体さん、やっておしまいなさいっ!
俺がそう念じると、まず、正方形の白い空間が消失し、ついで漆黒とも思える虚数空間に罅が入った。
その罅の外側には、確かにソーンロ山脈麓の景色が広がっている。
俺は、ついで属性を反転し、銀の神錫を頭上に翳して魔力を込め、放出した。
すると、虚数空間は俺に穿たれたひび割れから、強い魔力を受けて霧散する。そして眼前には、仲間がピンチの戦場が現われた。
「ファーッハッハッハッハ! 待たせたな!」
俺は、漆黒のローブを翻し、バルバロッサと同じ目線になるよう高さを調整しつつ上空に上がる。
ちなみに、ローブの裏地は真紅なのだ、格好良いだろう。
「なっ! 不死乃王……様! なぜ、このような場所へ?」
黄金に輝く俺を見たバルバロッサは、唇の片方を不自然に吊り上げて引き攣った表情だ。槍に帯電した雷も、ゆっくりとだが消えてゆく。
うむ。俺の威に抵抗は出来ないと悟ったか。苦しゅうないぞ。
しかし、コイツの戦闘力はいかほどのものだろう? ちょっと目を逸らしていたら、本気を出したアルマさえ、悠々と足元に這い蹲らせているのだから、ザーボ〇さんには及ばなくても、ドド〇アさん程度にはやるのでは?
俺は、眼窩を真紅に光らせた。
む、むむう! 戦闘力、六三〇〇だと!
俺は、うっかりドラゴン〇ール的解釈をして敵を量ってみたが、当然ながら、あの世界と、この世界の戦闘力がイコールの訳がない。
「ちっ、雑魚が。今回だけは見逃してやる、去れ。
……さもなくば……!」
しかし、俺はバルバロッサを雑魚と断じていた。所詮、戦闘力一〇〇〇〇以下など、お話にもなりませんね。
そして、俺は警告の為に、神錫を一振りして、魔力をバルバロッサの槍に投げつける。
それは、俺としては無造作に行った事ではあるが、魔将の戦意を奪うに十分な効果があったのである。
なにしろ、俺の魔力は真紅の雷となって大気を切り裂き、バルバロッサの槍を跡形も無く消し去ったのだから。
地上では、ヤッファがテーブルを蹴倒して、バルバリアに対して反撃に出ている。
「……お帰りなさいませ、トオルさま……」
どうやら、俺を待つつもりでお茶を飲んでいたようだ。ヤッファ、良い子じゃないか! ちゃんとピンチを作って待っていたんだね!
「ト、トオルさまっ! はぁ! あんっ! そんな肉よりもっ、私をっ!」
フィリスは、その身を捩って悶えている。なんだか頬を薔薇色に染めて、決して苦しんでいるようには見えないのだが、このままではちょっとウザい。
ていうか、俺が肉とフィリスを比べるというのか! 肉に失礼なっ! だが、仕方ないから助けてやろう。今回だけだぞ。
「ゴブリーン! あの子供魔将、なんとか出来る?」
「はっ! お任せをっ!」
一応、バルバロッサと対峙しているので俺は身動きが取れない。なので、地上で跪き、俺の様子を窺っていたゴブリーンに頼んでみる事にする。
要は、バルバロイの集中力が一瞬でも途切れればよいのだ。そうしたら、フィリスが自分でなんとかするだろう。
しかし、ゴブリーンは予想以上に素早かった。
バルバロイにボロボロの剣で斬りつけたかと思うと、右手にもった杖を弾き飛ばす。次に、瞬時に逆側面に回りこみ、傘を持った左腕を両断したのだ。
恐らくは、ゴブリーンの一撃を左手でガードせざるを得なかったのだろう。しかし、苦痛に歪む幼女の顔、そして飛び散る黒い血飛沫を見れば、肉弾戦では圧倒的にゴブリーンが有利な様だ。
すぐに飛び上がり、ゴブリーンの攻撃範囲外に逃れたバルバロイではあったが、ダメージは深刻な様で、上空での姿勢が上手く維持出来ていない。
「くっ! 引くぞっ!」
ゴブリーンが助走をつけて飛び上がり、バルバロイを迫撃しようかというところで、バルバロッサの声が響いた。
そして、魔将達は飛び去り、魔軍は隊列を乱して戦場から駆け去ったのである。
俺の足下では、ドワーフ達が大音声で勝ち鬨を上げ、アルマさえ、安堵の表情を浮かべていた。
「なにゆえ我等の面前に立たれますか? 不死乃王よ」
しかし去り際に、バルバロッサがポツリと言った一言が俺の脳裏に燻り続ける。
俺、そんな名前じゃないんだけど……。
そして、俺のレベルは二つ程上がっていた。




