新しい家族①
新ママ回です。家族全員は出せませんでした。
先生が病室を出て小一時間経っただろうか。俺は自分でも驚くくらい落ち着いていた。多分、今の自分にできることが何もないことがわかっているからだ。先生が母に俺の状況を説明してくれている。うまく伝えてくれるといいのだけど。記憶喪失に上手くもクソもないか。どう足掻いても、家族は悲しむだろう。
俺が逆の立場だったら耐え難い。母や姉に、初めましてなんて言われた日には、それはもう絶望するだろう。全く、この体の俺は何をしているのだ!許せん!と言いたいところだが、俺も母を残してきているので人のことは責められまい。なんなら、生きているのであればこっちの俺のほうがマシだ。
そんなことを考えていると、ドアがノックされる。
「失礼するよ。優くん。」
長谷川先生が入室してきた。母の姿は見えない。
「母はどんな様子ですか?」
「うん・・。まあ、ショックはかなり受けたみたい。そればっかりはしょうがないわ。」
「そうですか・・・。受け入れられるものではないですよね。」
「でも、まもなくいらっしゃると思うわよ。さっきまで泣いていたから、お化粧直してからくると言っていたわ。」
化粧?なんで?息子と会うんだよね?という疑問が湧いたが、飲み込んだ。
もう割り切って初対面の程で会おうとしているのかな?それはそれで俺としては気楽でありがたい。
数分後、ドアがノックされる。
緊張する。
俺の新しい母親と対面するのだ。だが、今までも確かに家族だった人だ。できるだけ、こっちから歩み寄ろう。かつての優には戻れないが、今の優として受け入れてもらえるように努力しよう。
ドアが開かれた。
俺は驚いた。めちゃめちゃ綺麗な人だ。不適切なのは承知の上で言わせて欲しい。好みだ。素直に嬉しい。俺の守備範囲だ。ファインプレーの必要はない。真正面だ。ああ、わかっている。不適切だ。極めて。わかったから、何も言わないでくれたまえ。
見た目から年齢はわからない。20代?いやそれはないか。俺が14歳だし、姉もいると言っていた。逆算すると、40代くらいか?なんか無粋な気がしてきた。というか、普通に母親なんだから後で聞こう。
身長は160cm弱くらいで、ツヤツヤの黒髪のミディアムヘア。涙ぼくろのあるタレ目のお姉さん。ストライクだ。
おふざけはこれくらいにして。
緊張がなくなったわけではない。俺は自殺を図ったのだ。そしてそれを目の前の彼女が発見したのだ。
なんと声を掛ければいいかはわからない。声は出ない。
目が合うと彼女は涙を流しはじめた。綺麗な顔がぐしゃっと歪み、肩が震える。
「っっ・・!っわあぁぁん!っぐすっ!!ゆぅぐぅぅん!よがっだよぉ!」
そのまま俺に抱きついてくる。
「っちょ!お母様!」
長谷川先生はなぜか焦った様子。
まあ、でも今は関係ない。人目も気にせず号泣するその姿に俺も泣きそうだ。愛されていることを感じる。そうか。そんなに悲しませてしまったんだなと罪の意識を再認識する。
あなたは今までこの小さな背中で俺を必死に守ってきたのだろう。確かにこの温もりはかつて母から感じていたものと同じだ。本当にありがたい。
まずは謝罪すべきだろう。今俺を抱きしめてくれている彼女に。
「母さん。心配かけて本当にごめん。記憶もないまま謝罪するのは不誠実かもしれないけど。守ってくれてありがとう。」
そう言いながら母の背中に手を回し、グッと抱きしめ返す。
すると、なぜか、母さんはピタッと泣き止み、震えていた肩も止まる。
ちなみに長谷川先生も固まっている。
え?何?どうしました??時が止まった?俺なんかした?あれ?
あれマジで動かないんだけど。
「・・・母さん??」
「・・・・・・・・。」
「え?」
「・・・・。あ、あ、わ、私のこと?」
「え?それ以外に誰がいるの?」
ガバッと身を引いて、俺の顔を凝視する。
「か、母さん!?私が!?ババアじゃなく??おいとかお前でもなく?え、母さんって誰??」
母さんが混乱しているが、俺も混乱している。あれ、この人は母だよね??さっき温もりがなんたらって言ったよ。恥ずかしいよ。え。あってるよね?
「え。母さんじゃないの?」
「え”え”え”え”え”!そう!母さん!そう母さんよ!私が!そう!母さん!!!!!」
なんかもう、何が何だかわからん。ほら先生もびっくりしているよ。ちょっと状況を説明して欲しい。
「う、うん、良かった。そうだよね。母さんだよね。ほ、ほら、先生も驚いてるよ。少し落ち着いて話そ?」
また母の目がパッと見開く。何かに驚いているようだ。まあ、前の優がどんなだったのかわからない以上、今の俺にはどうしようもない。申し訳ないが、この変化を、受け入れてもらうしかない。
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〜東海林 直(優新母)目線〜
この三日間は食事も喉が通らなかった。目を瞑っても眠れなかった。私の世界は白黒になった。
優くんが自殺未遂をした。どこで手に入れたのだろう。大量の睡眠薬を飲んだようだった。普段、優くんの部屋を無断で開けることはない。怒鳴られるのは目に見えているから。思春期の男の子だし、多感な時期なんだと思っていた。
その日は、帰ってすぐ嫌な予感がした。ただいまといっても返事がないのはいつものこと。でも、この嫌な予感を放置はできなかった。本能的なものだったのかもしれない。急いで優くんの部屋に向かった。ドアノブに手をかけて、鍵がかかっていないのを確認すると、不安が確信に変わった。何か起きている。明らかにいつもと違う。思わず叫んだ。「優!!」
テーブルには睡眠薬の空き瓶が転がっていた。目の前が真っ暗になったように感じた。今まで感じたことのない絶望がそこにはあった。
あまりの衝撃に記憶は曖昧だ。とにかく必死だったことは覚えている。救急車がつくまで優くんの名前を呼び続けたが、返事は返ってこなかった。
私はいつから間違ったのかな。小さい頃はものすごく甘えん坊ですごく可愛い男の子だった。我が家で唯一の男の子だったから、私も甘やかしていた自覚はある。
優の雰囲気が変わったのは小学生の高学年になった頃。初めてババアと言われた日は泣いた。でも、しょうがないことだと思った。大人の男になると大体はそんなものだ。男が上で女が下。社会がそうできているし、誰も疑問には思っていない。私含め。男性は希少だから、守られる存在で、女の憧れで。
優くんが大人になるのか。なんて少し寂しかったが、そういうものだと思っていた。
病院に着いてから私は優くんから離れようとはしなかった。ただ、不眠で飲まず食わずにも限界があった。長谷川先生に目が覚めたらすぐに連絡をするからお家で休んで欲しいと言われた。私は断った。でも娘たちが迎えにきて、半ば強制的に連れ帰られた。でも、家に帰っても何も変わらない。スマホを握りしめて、リビングでずっと着信を待った。娘たちももちろん優くんを心配していた。そして私のことも心配してくれた。娘たちがいなければ、もう壊れてしまっていたと思う。私にとってこの3日間が人生で一番長い時間に感じた。
そして、私のスマホが鳴った。すぐにとった。
「東海林さん。優くんが目を覚ましましたよ!」
これほどほっとしたことはない。良かった。本当に。今すぐに会いたい。
「すぐ向かいます。会えるんですよね!?会わせてください!」
電話口の看護師さんは返答に困っていたが、返事は聞かなかった。電話をすぐに切って、急いで車を走らせた。
受付に着くと、お伝えすることがあると言われ、長谷川先生の待つ診察室に通された。
正直イライラした。なんでもいいから優くんに会わせて欲しい。話は後でいいからと。
その様子を察してか、長谷川先生は口を開いた。
「優くんと話をしたところ、まず、私の方から一度、お母様とお話しして欲しいとお願いされました。」
「・・・。わかりました。優くんは大丈夫なんですよね?先生とお話しできるくらい元気なんですよね?」
少し早口になった。私の苛立ちは伝わってしまっているだろう。隠す余裕なんて今はない。
「単刀直入に申し上げます。」
聞きたくない枕詞だ。胸の奥がざわつく。
「睡眠薬の影響だとは思いますが、現状、入院前の記憶の全てを失っています。受け答えはしっかりしていますし、精神状態も落ち着いています。」
先生は何を言っているの。私の頭が、先生の言葉を拒絶する。入院前?それは、いつからいつまで?私のことは?娘たちのことは?
ぐるぐると頭の中でいろんな疑問が湧く。それも答えの知りたくない疑問。私の勘はよく当たる。特に悪い予感の時に。優くんを発見できたのは、きっとそのおかげもある。でも、今はそれが憎らしい。
「現状、彼が認識できていることは、自分の名前と年齢だけです。」
言葉が出ない。ただただ、涙が溢れる。優くんは私たちのことを覚えていないらしい。なんでこんなことになったのか。この15年は優くんにとって忘れたいものだったのか。ああ、耐えられない。
ただ、先生の次の言葉でなんとか持ち堪える。
「優くんは、家族に会いたいと言っています。」
少しだけ救われた。記憶はないにしても、私を家族として受け入れようとしてくれていることに。
掠れた声を振り絞って、先生に伝える。
「会わせてください。」
覚悟を決める。今から記憶を失った優くんと初めて会う。もしかしたら、会えば思い出すかもしれない。だから、今のグチャグチャになった顔をなんとかして、いつも通りの私で会わないと。
化粧を直しながら、優くんになんと声をかけるか考える。考えはまとまらない。早く会いたい。とにかく会いたい。
考えはまとまっていないが、早足で優くんのいる病室に向かう。
扉を開ける。
優くんだ。間違いない。優くんと目が合う。
でも、いつも私に向けている視線とは違う。明らかに。
記憶がないのだと実感する。
ただ、優くんは生きている。目の前にいる。
優くんが生きている。嬉しい。もちろん悲しい気持ちもある。でも、生きている。それでいい。今はそれだけで。
一気に安堵する。目頭が熱くなってきた。張り詰めていたものが、風船のように割れた。
「っっ・・!っわあぁぁん!っぐすっ!!ゆぅぐぅぅん!よがっだよぉ!」
思わず抱きついてしまった。いつもなら振り払われる。でも、今の優くんは驚いているのか、振り払ったりしない。
ひとまず良かった。生きててくれればそれでいい。
「母さん。心配かけて本当にごめん。記憶もないまま謝罪するのは不誠実かもしれないけど。守ってくれてありがとう。」
?????ん?????なんて言ったの??
背中に手が回っている気がする。
わからない。何が起きているのか。パニック。私今、パニック。これは、あれかな?私のメンタルが壊れて、夢でも見ているのかな?
「・・・母さん??」
処理できない。カア・・サン?か・・あさん?家亜三?
わからない。母さん?えっ。母さんと言ったの?優くんが?
徐々に整理がつく。そうか記憶なかったんだよね。でも、私を母さんと認識しているのね。
え。嬉しい。おかしい。優くんが記憶を失ったのよ?それは、悲しいことなのよ。とっても。
でも、何。私すごく満たされてしまっている。喜んでいる。これは、現実よね?
「え。母さんじゃないの?」
無理だ。これで喜ばない母親はいない。そう。私が母さんです。優くんの。やばい。にやける。
だめよ。優くんは記憶を失ってきっと不安なはず。にやけてはいけないわ。あ、やっぱ無理。もう溢れちゃう。
「え”え”え”え”え”!そう!母さん!そう母さんよ!私が!そう!母さん!!!!!」
嬉しいものは嬉しいのだ。この3日間私はギリギリだった。ずっと不安だった。その跳ね返りがきてるの。だって、ずるいわよ。こんな弱ってる時に、抱き寄せて、母さんだなんて。そりゃ、少しはおかしくもなります。
「う、うん、良かった。そうだよね。母さんだよね。ほ、ほら、先生も驚いてるよ。少し落ち着いて話そ?」
柔らかい。明らかに印象が違う。今私が肩を掴んでいても、困った顔をしているだけだ。振り払ったり、手をあげたりしない。確かに優くんなのに、優くんではない。性格の変貌が大きすぎて、接し方がわからない。今まで通りで問題ないのかしら。いや、それは私が嫌。記憶を失ったけど、性格が劇的に良くなった。嬉しいような悲しいような。
私の勘はよく当たる。悪い予感は特に。でも、良い予感も結構当たる。
そして、この予感は当たると思う。
記憶を失った悲しみより大きい幸せが訪れると。
今回は新母を登場させました。貞操逆転ものっぽい描写をちょいちょい挟んでますが、まだまだ、転生したばかりで登場人物も少ないのでらしさは出てないですね。
キャラクター紹介
●東海林 直 転生後の母。身長は158cm。黒髪のミディアムヘア。涙ぼくろがチャームポイント。Hカップ。優とはあまり似ていない。仕事はめちゃめちゃできる。普通に金持ち。彼女を一言で言うなら『メロい』




