師匠
「確かに食事中に話すべきじゃない話でしたね・・・。」
「そうですね。しかし、男性にしかできない尊い仕事ですから、知っておくべきことです。」
香織さんは、はじめは話しづらそうなものだったが、いざ話し始めると無表情に淡々と説明してくれた。
その表情を見る限り、この世界の常識であることが伝わってきた。
俺には微塵も尊さを感じない。おそらく俺に理解できる日は来ない。
もっとやりようはなかったのかとは思うが、この世界で子孫繁栄は死活問題であるのも確かか。
「なんとなく今の社会のあり方は理解はできるんですけど、女性側としては男性を奴隷化しちゃった方が幸せなんじゃないですか?」
俺としてはそうはなって欲しくはないが、女性が中心に回っている社会においては自然な選択肢に思えた。
男性の20倍もの数がいる女性が男性を淘汰することは簡単だと思う。
男性を家畜のように飼い慣らしてしまえば、8割の人類が幸福なのではないだろうか。
「・・・一昔前に外国で男性の奴隷化が行われました。結果的には女性に対する恐怖心などによって、男性の生殖能力が低下して、人口が著しく減りました。」
なるほど。男性のメンタル的な問題もあるのか。
しかし、奴隷化は実施されたことがあるとは。そりゃそうか。
俺が思いつくくらいだし、男性に飢えている女性が考えつかないわけない。
確かに男性の生殖能力を最大限活かすためには、今の社会制度が子孫繁栄において効率的なのだろう。
「記憶を失った俺としては衝撃でした。家族はなんというかわかりませんが、個人的には就職する人生を選択したいですね〜。」
「しゅ、就職ですか!?・・・てっきり精子提供の方向かと思っていました。」
「そのために春から高校にも通うんです。」
「・・・そうですか。では、前と同じで年に30日は学校に行かれるんですね。」
「いえ。平日は毎日行きますよ。」
「ま、毎日!?毎日通うんですか!?・・・それって、私クビじゃないですか?」
「ん〜。家事代行は必要だと思うので、そんなことないんじゃないんですか?」
「・・・。直さんに確認してみます。」
そうか。香織さんは警備としての仕事もあるんだった。
俺が家で1人にならないとなると警備も兼任している香織さんである必要性がなくなってしまう。
それは悪いことをした。俺からも母さんを説得しよう。
とはいえ、うちの家族とも仲が良いみたいだし、問題はないと思う。
そういえば、香織さんから暇つぶしの方法を聞いたつもりが、信じられない現実を聞くことに終わった。
もう、これは趣味を新たに見つけるしかない。
絵を描けるようにはなったが、前世は運動部だったこともあり、どうも今の俺には性に合わない。
テレビでスポーツ観戦しようにも、女子スポーツばかり。
女性が中心の社会といえど、身体能力は前世の男性には見劣りする。
この世界では人気なのだろうが、前世の記憶を持つ俺としては物足りないのが正直な感想だった。
アニメや映画も、前世の常識が染み付いている俺には内容的に刺さらなかった。
困った。
「テレビや絵を描く以外に良い趣味はないですかね?正直にいうと外出したいです。家でじっとしてるのは性に合わないんですよね。」
「外出は無理ですね。ん〜。・・・マンション内のジムなら行っても大丈夫かもしれないですね。」
「おおお!素晴らしい!その手がありましたか!あり!めっちゃいい!」
これは妙案である。
この世界の男は勉強もできなければ、運動もできない人がほとんどのはずだ。
家から出て来ずに私欲を満たしている奴らなんて、デブに決まっている。(偏見)
そうはなりたくない。今世の男は俺にとっての反面教師である。
とびきり優秀な男になってやりたいものだ。
そして、高嶺の花にでもなってやろうじゃないか。
うむ。自分の将来が楽しみだ。
ムキムキで賢いイケメンとして第2の人生を謳歌するのだ。わはは。
「さ、早速行ってきます!どこ!?マンションのどこですか!?」
「・・・直さんに確認してからですよ?」
「・・・・。ぶーぶー!」
「ぶーぶー言ってもだめです。私が決めていいことではないので。」
クソが!マンション内ですら母さんに確認しないといけないのか。
まあ、香織さんを困らせるのも良くないか。
しかし、香織さんを味方につければ母さんの説得に力を貸してくれるかも。
「香織さん。俺とジムデートしましょう(キュルルン)。」
「デ、デデ、デート!?あの!?・・いいい、いいんですか!?」
「はい。デートしましょう。」
「そ、そんな・・。まさか・・・。私が・・デート・・・。でへへh」
「母さんを説得しましょうね?デートのために。」
「っがは!・・・はぃぃ。」
効果は抜群だ。伝家の宝刀のデートである。
さながら、大谷 ⚪︎平のスイーパーや中村 ⚪︎介のフリーキック。
香織さんは目を伏せながら顔を真っ赤にして湯気を出している。
この世界の仕組みを理解した俺は、もう手段は選ばないのだ。
ぶっちゃけ俺にはジムの使い方の知識はないし、有識者と一緒の方が安心だ。
「ちなみに家事の方は大丈夫ですか?俺のせいで滞ったりはしないですか?」
「だだだ、大丈夫です!デデ、デートのためなら、倍速で終わらせて見せます!もちろん完璧に!」
おお、焚き付けたのは俺だが、香織さんも乗り気になってくれている。
でも、俺ってすげえ悪い奴な気がしてきた。女性を弄ぶ魔性の男とでもいうべきだろうか。
しかし、家の中に居続けるのは絶対に嫌だ。
きちんと香織さんには報いるので許していただきたい。
絶対にクビになんかさせません。
よし。母さんが帰ってきたら相談しよう。
香織さんは自分の仕事に戻り、俺はソファで寝転がりながら観たくもないテレビを観て過ごす。
あ、そういえば配信で稼いでる男がいると聞いたな。
どんな感じなんだろう。見てみるか。
寝転がりながら買ったばかりのスマホで動画サイトを開いてみる。
・・・・・死ぬほど面白くない。
VTuberのような人がぶりっ子してゲームをしていたり、顔を隠してエロ系で投げ銭を稼いでる男達ばかり。
内向的な人がやるらしいので顔を出している人はほとんどいない。
何が悲しくて、男のぶりっ子や鍛えられていない胸板を見なければならないのだろうか。
今の俺にはあまりにも痛々しい映像である。鳥肌が収まらない。
こんなものを見るくらいなら砂場の砂の数を数えていた方がマシだ。
実に不毛な時間であった。もう二度と見ない。
「ただいま〜!」
母さんが帰ってきた。早い。まだ15時だぞ?
普通は会社の定時って17、18時くらいじゃないか?
「おかえり〜。早くない?まだ15時だよ?」
「直さんおかえりなさい。確かにいつもより早いですね。」
「あったりまえじゃない!早く帰るって言ったでしょ?優くんが家で待っててくれてるなら、仕事なんて一瞬で片付けるわ!」
「母さんが会社の人に迷惑かけてないならいいんだけどさ〜。大丈夫なの?」
「やっぱり優くんは優しいのね〜!全然大丈夫よ!あ、香織ちゃん久しぶりね!」
母さんはとびきりの笑顔である。
こんなに喜んでくれるならいつでもお出迎えいたしますよ。
でも、仕事はちゃんとしてきて欲しい。些か不安である。
まあ、母さんはやり手の社長みたいだし、俺が心配するのも余計なお世話なのだろうが。
「直さん。優くんから高校に毎日通うと聞きました。私はどうなるのでしょうか?」
「あ、そうだったわね。あなた以外の家事代行なんて考えられないわ。これからもお願いしたいわ。」
「あ、ありがとうございます。嬉しいです。これからはより一層頑張ります。」
良かった。香織さんのクビは余計な心配だったな。
この誠実さが香織さんの良いところであり、うちの家族が信用している要因なのだろう。
俺の伝家の宝刀を前にしても、母さんに確認を取ろうともしていたし。
この世界の女性なら、母さんに黙ってデートを強行していてもおかしくはない。
俺としても、今日1日香織さんと過ごして、好ましい性格だと思っている。
「母さん。俺さ、学校始まるまで暇だから、マンションのジムに行きたいんだけどいいかな。」
「え!どうして!?マンション内とはいえ、他の住人達も使うのよ?危ないじゃない!」
「そこはさ、香織さんが手が空いている時一緒に行こうと思って。」
「香織ちゃんが一緒ね・・・。でも・・・。」
「直さん。学校に毎日通うなら外出が増えるということですし、自衛できるだけの手段を覚える必要があると思います。私が教えられれば緊急時に役立つかと。」
おおお!香織さんって天才か!?
俺としては体を鍛えようくらいなものだったが、格闘技を教えてもらえるとなると俄然燃える。
強い男になれるのは大変魅力的だ。
かっこいいよね強い男。ムキムキで賢くて強いイケメン。最高やん。
目指すべき目標が決まったぜ!
「・・・。確かにそう言われれば、そうね。襲われてからじゃ遅いものね。」
「もちろん家事はいつも通り滞りの無いようにします。」
「そう。わかったわ。じゃあ、香織ちゃんお願いね?」
「母さんありがとう!」
先に香織さんに相談していて良かった。
俺だけでは説得できなかっただろう。
こんなにもスムーズに話が進むとは思わなかった。
「香織ちゃん。少し話したいことがあるんだけどいいかしら?」
「?はい。なんでしょう。」
母さんは真剣な顔になり香織さんとダイニングテーブルで向かい合った。
俺がいても問題なさそうだったので、俺はソファで聞き耳を立てる。
「優くんが倒れた時のことは本当にありがとう。香織ちゃんがいてくれたおかげよ。・・・それでね、もしよければなんだけど、今の会社を辞めて、私が個人的に香織ちゃんを雇うというのはどうかしら。」
「そ、それは、今まで通りだと何か問題があるということでしょうか?」
「いや、そうではないんだけど。私としては香織ちゃん以外の人が常態的に家に出入りするのは許容できないの。そして、これからは警備が減って、家事代行兼自衛手段の指南を務めるという雇用形態に変わるわよね?その場合、香織ちゃんの労働条件を変更しようにも逐一国を通さないといけないし、もし承認を得られなければ、新しい人員を増やす必要が出てきたりする。だったら、私たちが個人的に雇用関係を結んで、いろいろ融通が効かせられるようにしておく方がお互いのためになると思うの。」
「な、なるほど・・・。確かにそうですね・・・。」
「もちろん香織ちゃんが務める会社は大企業だし、いきなり辞めるのは不安なところもあると思うから無理にとは言わないけど。でも、悪いようにはしないわ。給与も今までよりも良くするわ。労働条件は話し合いましょう。」
「私としても東海林家でずっと働きたいと思っています。正直嬉しいお話です。・・・ただ、優くんが欲しいものを調達する際には会社がサポートしていたのも確かです。私が個人で雇用されるとなると、優くんが1人になってしまう可能性があるのと思うのですが・・・。」
「今の優くんは前と違って欲しいものがあっても、私やみなちゃんが帰ってくるまで待てるわ。非常識なところはあるんだけど、人を困らせるようなことはしないわ。ね〜?優くん?」
俺としても母さんの言い分に賛成だ。
香織さんも俺のことを考えて母さんに意見しているのがわかるし、本当に頼もしいと感じている。
そして、香織さん以外ありえないと家族が判断している以上、お互い過ごしやすいように融通がきくに越したことはない。
「待てるけども!俺は欲しいものができたら自分で買いに行きたい!」
「ちょっと!バカなこと言わないで!そういうところが非常識と言っているのよ。」
「香織さんが一緒ならいいんじゃないの?」
「・・・・。それはまた今度話しましょう。勝手に外に出ようとはしないで!」
「へ〜い。」
たしなめられたわ。別にいいじゃん。香織さん強いらしいし。
「香織ちゃん。どうかしら?」
「・・・よ、よろしくお願いします。嬉しいです。できればもっと東海林家のお役に立ちたいと思ってました。ボディガードでもなんでもやります。」
「良かった。じゃあ、詳しい話を詰めましょう。」
結果的に香織さんは東海林家と個人的な雇用関係を結ぶことになった。
香織さんは休みはいらないと言い始めたが、流石に却下された。
融通を効かせるために毎月の予定に合わせて出勤する日時を決めるとのこと。
必要に応じて泊まり込みなども可能になった。
家事代行から家政婦の変わったというのがわかりやすい。
頼もしい限りである。これからは俺の師匠でもある。
これにて吉田 香織さんは東海林家とより密接な関係になりましたとさ。
めでたしめでたし。
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今後ともよろしくお願いいたします。




