命の恩人
〜吉田 香織目線〜
私は東海林家で家事代行兼警備として働いている。
雇用主は東海林家ではなく家事代行サービスの企業で、その業界ではこの国で1番大きいところだ。
大企業ということもあって、国からの依頼斡旋も少なくない。
私が東海林家に務めているのも国がウチの会社を通して、私を指定し、依頼してきたからだ。
ウチの会社では社員にランクづけがあり、そのランクごとに業務内容や給与が変わってくる。
そのランクは資格の有無や個人の能力によって棲み分けがされている。
一般的な家事代行のみの業務をCランク。栄養士や調理師など資格を持っているものはBランク。
その他特殊な技能を持っているものはAランク。
Cランクでも顧客からの評価などが良い場合は資格がなくともランクが上がることがある。
ただ、Aランクになるのはとても難しい。
例えば、医師の資格を持っているもの、弁護士の資格を持っているものなどがいる。
私の場合は軍隊に所属していた経験があり、警護官としてのスキルが認められたためAランクになっている。
国からの依頼は必要な能力を持っているものに対して、名指しで依頼される。
そのため、必然的にAランクの者に声がかかる。
そして、国からの依頼の多くは男性のいる家庭での業務となる。
男性のいる家庭は多くのことを国に管理されているため、企業に直接の依頼ができず、国に依頼し、国が選定した人材を派遣するという流れになっている。
社員たちは男性のいる家庭で働くことを夢見て、Aランクを目指す。
もちろんかなりの狭き門なのだが。
男性のそばで働けるということで家事代行という職業の社会的地位は高い。
子供のなりたい職業ランキングでも上位になるほどだ。
男性のいる家庭で勤めていた社員が結婚したという実例もあるため、私含めAランクの同僚たちに多少の下心があるのは仕方のないことだと思う。
もちろん仕事なので男性側から言い寄られでもしない限りは何も起こらないわけだが。
実際、男性のそばにいられるだけで満足しているものがほとんどだ。
私も軍隊を辞めて、今の会社に勤めるようになったのは男性への憧れがあったから。
でも、東海林家で働き始めてからは、とても良くしてくれる人達だったので、純粋にこの家族を守りたいと思うようになった。
私は東海林家のみんなを家族のように思っている。
東海林家は引っ越しで家が広くなったので家事代行を依頼したようだった。
優くんが家で1人になってしまうことが多いため、警備もできる人材を探していたとのこと。
一般的には警備は警備会社に依頼するものだが、直さんは家族以外の複数人が家に出入りするのを嫌って、家事代行と警備を兼任できる人を国に依頼したらしい。
そして抜擢されたのが私。
私の東海林家での初めての業務は引っ越しを記念した家族写真の撮影。
優くんがふざけるので何枚も撮り直したが、どの写真も全員が笑顔で本当に素敵な家族だと思った。
この家族の家事代行で良かったと国に感謝した。
直さんは私を家族のように接してくれた。
南ちゃんはお友達。司ちゃんと優くんと明ちゃんは兄弟のように感じている。
私の業務は平日の9時から18時まで。
南ちゃんや司ちゃんが長期休暇になれば、私も休暇になる。
ワークライフバランスはかなり良い。
要は優くんが1人にならないタイミングできれば、その分私がお休みになる。
直さんは経営者ということもあり、私を家族のように接する反面、私の働き方にも気を遣ってくれている。同僚からは羨ましがられているし、私も自慢することがしばしば。
そういった働き方のため、必然的に優くんと2人で過ごす時間が多かった。
初めの頃は、手が空いたら、優くんと一緒にお絵描きやテレビを見て仲良く過ごしていた。
昼食も一緒にとっていた。
私は男性とは無縁の人生だったから、優くんにはメロメロだった。
綺麗な顔していて、無邪気で、少しヤンチャで元気がいっぱいの男の子。
少しお馬鹿さんなところはあるけど、そこがまた可愛かった。
東海林家で働き始めて、1年ぐらいが経ったある日。
私がお風呂の掃除を終えて、リビングに戻った時、司ちゃんが落ち込んでいるような様子だった。
優くんは学校から帰ってきていたはずだが、その姿はなかった。
「司ちゃんどうしたの?」
「・・・。なんでもない。」
なんでもないようには見えなかった。
でも私は雇われの身。それ以上踏み込むことはできなかった。
その日を境に、優くんは自室に引き篭もるようになった。
昼食はもういらないと言われた。
声がかかるとすれば、必要なものがあるときだけ。
それから私は、掃除をして、家族の帰りを待つだけの存在になっていた。
同僚に相談してみたが、男性はそんなものだと言われて納得した。
以前から、同僚が働いている家庭の様子は聞いていたし、一般的な男性が家でどのように過ごしているかは知っていたため、優くんも大人になり始めたと解釈していた。
いくら家族のように思っていても、私は家事代行兼警備の立場。それ以上でも以下でもない。
余計な詮索は許されないし、頼まれたことを全うする以外に存在意義はない。
そして、優くんが倒れた日。
私はいつも通り黙々と日々の仕事をこなしていた。
直さんが帰ってきたが、リビングではなく優くんの部屋にまっすぐ向かった。
私はそれを不思議に思っていた。
「優!」
優くんの部屋から直さんの声が聞こえた。嫌な予感がした。
その声はいつも穏やかな直さんからは聞いたことのない声色だった。
急いで直さんの元に向かうと、その部屋には最悪の光景が広がっていた。
倒れている優くんと優くんを抱えて泣き叫んでいる直さんの姿があった。
直さんは何度も優くんの名前を叫んでいた。
私は何をやっていたのだろう。なんのためにこの家にいたのか。
自己嫌悪に陥った。
でも、そんなことをしている場合ではないと自分を奮い立たせた。
救急車を呼び、その間に応急処置をした。
飲んだ薬を確認し、迅速に救急隊員に引き継げるように行動した。
直さんと優くんが救急車に乗る頃に、南ちゃんと司ちゃんが帰ってきた。
私は何が起こったのかを2人に説明した。
2人ともかなり動揺していた。特に司ちゃんは過呼吸のようになっていた。
南ちゃんは優くんたちがすぐに戻らないことを察して、私に「司をお願い。」と言って、明ちゃんのお迎えに行った。冷静に、自分のやるべきことをやっていた。
南ちゃんが明ちゃんを連れて家に戻ってきた。
優くんと直さんがいないリビングの空気はかなり重たかった。
私は、自分の不甲斐なさをみんなに謝罪した。
「申し訳ありません。私が家にいながら、何も気がつきませんでした。」
「・・・。いや、香織ちゃんは何も悪くないよ。優が部屋から出てこないのはいつものことだから。それに応急処置も適切にしてくれたじゃない。香織ちゃんには感謝しかないよ。」
南ちゃんは私に落ち度はないという。そんなことがあるだろうか。
否、私は優くんを守るためにこの家にいたのだ。
もちろん警備は外部からの悪意から守る仕事であるのは理解している。
でも、この家族の変化には気づいていたのだ。
気づいていながら、立場を言い訳にしていた。
優くんは家にしばらく戻れないだろうと、連絡があるまでは休みだと言われた。
もし、優くんが生きていてもこの仕事を辞めようと思った。
数日後南ちゃんから連絡が入った。
「病院から優が目覚めたと連絡があったわ。月曜日からまたお願いします。」
「いえ。私はもう東海林家にお世話になるわけにはいきません。」
「ダメよ。前にも言ったけど、香織ちゃんがいなきゃ優は死んでいたかもしれないの。感謝しているの。もう香織ちゃん以外には任せたくないのは家族の総意よ。お願い。」
返す言葉もない。私はとても救われた。
優くんが生きていたのはもちろん、東海林家が私以外には任せたくないと言ってくれたのだ。
そこまで言わせておいて、報いないわけにはいかない。
私は今後、立場に関係なく、後悔のない選択を取ろうと心に誓った。
そして迎えた月曜日。
いつものように支度をして東海林家に向かう。
でも緊張感はいつもとは違った。
玄関を開けると南ちゃんが立っていた。
「香織ちゃん!なんだか久しぶりな気がするね〜。」
いつもより表情がとても明るい。私は安心感を覚えた。
「優が今リビングにいるんだけど、その前に話さなきゃいけないことがあって・・・。実は優が記憶喪失になってしまったの。」
優くんがリビングに?記憶喪失?なんで南ちゃんは明るいの?
私の安心は困惑に変わった。
なんだかニヤニヤしているし、訳がわからなかった。笑っている場合なのだろうか?
「・・・・。南ちゃん、それって大丈夫なの?」
「まあ、とりあえず入って!」
南ちゃんもおかしくなってしまったのだろうか?
記憶喪失の優くんにとりあえず会えと言われても・・・・。
本当に大丈夫なのだろうか。
脳の処理が追いつかない。
私は南ちゃんの後にリビングに入り、驚愕の光景を目にした。
まずは、ものすごく穏やかそうな優くん。以前より好青年に見える。
私の姿に驚いているようで、昔初めて会った時と同じようなリアクションだ。
次に、南ちゃんが優くんに挨拶をしろといった。
え。そんなこと言って大丈夫なの?
いくら記憶がなくなっているとはいえ、難しい年頃の男の子なのに。
「は、初めまして。優です。記憶はないんですけど、助けてもらったと聞いています。その節はありがとうございました。」
????
わからない。情報が多すぎる。
え?なんて?・・・ありがとう?
誰に対して?何に対して?・・・ん?夢?
なんか笑い声が聞こえてきた。南ちゃんか?
「あ、あの、吉田さん?ウチの姉がすみません。記憶がなくなって、今の俺はこんな感じなんです・・・。」
こんな感じ?・・・え?・・なんて?うちの姉が・・?え?なんて?
私はしばらく思考が停止したまま放心状態になった。
無⚪︎空処だ。領域を展開されている。おそらく目の前にいるのは五⚪︎ 悟だ。
もうやめてくれ。これ以上情報を与えないでくれ。
おそらく5分くらい停止していたと思う。
しばらくするとようやく状況が飲み込めてきた。
記憶喪失になった優くんは以前と違って、普通に会話ができるし、南ちゃんがイタズラをしても怒らない。
南ちゃんが明るい表情だったのが腑に落ちた。
私は久しぶりに会話をする優くんをなんと呼んだらいいかわからなかった。
私の知っている優くんからは想像もできない変貌だったから。
南ちゃんが学校に行って、2人になってからも優くんは部屋には戻らずリビングに居座っている。
まるで昔に戻ったようだったけど、優くんは成長していたので妙にドキドキする。
優くんもこちらをチラチラ見てくる。お互いが距離感を計りかねている状態。
思い切って声をかけてみる。
すると、優くんから一緒にお昼ご飯を食べようと提案してくれた。
すごく嬉しい。また、こんな日がくるなんて。
私は得意のオムライスを作った。
昔の優くんはオムライスが大好きだったから、自然と上達していた。
優くんは目を輝かせて、美味しいと言ってくれる。
成長した優くんは、あの頃の可愛い男の子ではなく、素敵な男性に見える。
仕事なのは理解しているけど、できることなら、かつてのように気さくに接してほしい。
「よ、よろしければ、わ、私のことは香織と呼んでいただけませんか?昔はカオちゃんと呼んでくれていたので・・・。」
「か、香織さんでもいいですか?」
優くんは顔を真っ赤にしながら、下の名前で呼んでくれた。
な、な、なんだこの可愛い生き物は。
昔は感じなかったむず痒さを感じる一方で、ものすごく心が満たされたのを感じる。
っく!まずい!仕事に支障が出る殺傷能力だ!
これ以上の会話は殺されかねないので、私は無言になってしまう。
気を遣った優くんが質問をしてくれる。
私は動揺を顔に出さぬようにその質問に答える。
でも、外出をできるかと問われた時は驚いた。
記憶喪失でこの世界の常識すら認識していないようだ。
そして、次の質問は答えづらいものだった。
それに、食事中に話すには不適切な内容だ。
でも、もうすぐ15歳になる優くんには教えてあげるべきだ。
家族からは話しづらいだろうし、私から教えてあげよう。
食事を終え、食器を片す。
その後、再び優くんとダイニングテーブルで向かい合う。
最後まで読んでくださりありがとうございます。
ブックマークやリアクション、評価が励みになっています。
最近はより多くの方に反応を頂けて嬉しいです。
今後ともよろしくお願いいたします。
前話は書きたい描写が多く、まとまりがなかったかなと反省しています。
特に作者的には時間経過が分かりずらいなと。
初めての投稿ですのであまり深く考えず、暖かく見守ってください。
それではまた。




