第3話:生ける屍たちの庭
フェリシアが断頭台の露と消えてから、三日の月日が流れた。
王宮は、何事もなかったかのように平穏で美しい朝を繰り返していた。
廊下ですれ違う貴族たちは、誰もが晴れやかな顔でルキウスに祝いの言葉を述べ、侍女たちはいつも通りに床を磨き、庭師は楽しげに鼻歌を歌いながら薔薇の剪定をしている。
悪が去り、正しい正義が満ちた完璧な世界。
だが、ルキウスの胸の奥にある黒い染みは、広がる一方だった。
「ルキウス様……」
朝の静かな回廊で声をかけてきた聖女ソレイユの姿を見て、ルキウスは息を呑んだ。
あの処刑の日から、彼女は目に見えて調子を崩していた。
かつて「太陽」と称された眩い笑顔は消え失せ、肌は白磁のように青白く、目の下には濃い陰が刻まれている。何より、彼女の瞳からは、あの「正しさ」への確信が完全に失われていた。
「顔色が悪いな、ソレイユ。まだ神聖術の反動が残っているのか」
「いいえ……体は、どこも悪くないのです。ただ、眠れないのです。目を閉じると、あの光景が……あの、透き通った光が、私の頭から離れなくて」
ソレイユは自身の細い指先を強く握りしめた。爪が皮膚に食い込み、白く色が変わる。
「私、確かめてみたのです。大聖堂の書庫にある、過去の『悪女』や『魔女』が浄化された時の記録を。……どれも、凄まじい瘴気が弾け、おぞましい叫びが響いたと書かれていました。怨嗟の念が、聖なる光を汚そうとするからだと」
「……ああ、それが普通だな。悪を滅ぼすとはそういうことだ」
「でも、フェリシア様は違いました。私の光は、何の手応えもなく彼女の魂を通り抜けた。まるで……最初から、そこには何も暴くべき罪など無かったかのように。ルキウス様、私たちが信じていた『証拠』は、本当に本物だったのでしょうか」
ソレイユの言葉は、ルキウスがこの三日間、ずっと頭の中で繰り返していた疑問そのものだった。
「……ソレイユ、それ以上は言うな。私が調べてみる」
ルキウスは彼女の肩を静かに押し、自室へ戻るよう促した。
そして自身もまた、何かに突き動かされるように、大股で回廊を歩き出した。
彼女をこれ以上この疑惑に巻き込むわけにはいかない。
同時に、自分自身の目で確かめなければ、頭が狂ってしまいそうだった。
ルキウスはまず、長年フェリシアに仕えていたという老侍女、マルタを呼び出した。
彼女なら、フェリシアが「悪女」へと変貌していく過程を、一番近くで見ていたはずだった。
「マルタ。フェリシアについて聞きたい」
豪奢な執務室の机を挟み、ルキウスは老侍女を見つめた。
マルタは、いつもと変わらない丁寧な一礼をし、無表情に口を開いた。
「はい、ルキウス様。フェリシアお嬢様は、聖女ソレイユ様に激しく嫉妬なさり、数々の嫌がらせを働いた卑劣な悪女でございます。断罪され、処刑されたのは当然の報いでございます」
澱みのない、流れるような言葉だった。
だが、ルキウスの背筋に、奇妙な違和感が走る。
「マルタ。お前は彼女が幼い頃から、我が子のように慈しんで育ててきたと聞いている。……彼女が死んで、悲しくはないのか?」
その問いに対して、マルタはぴくりとも表情を変えなかった。
その瞳は完全に虚ろで、ルキウスの顔を見ているようで、その実、何も映していない。
「はい。フェリシアお嬢様は聖女ソレイユ様に激しく嫉妬なさり、数々の嫌がらせを働いた卑劣な悪女でございます。王国の正義のために、処刑されたのは当然の報いでございます」
「待て。私は悲しいかと聞いているんだ」
「はい。フェリシアお嬢様は聖女ソレイユ様に激しく嫉妬なさり——」
「もういい! 下がれ!」
ルキウスは思わず机を叩いた。
マルタは機械的に頭を下げると、足音も立てずに部屋を出て行った。
恐怖が、ルキウスの心臓を冷たく掴んだ。
マルタの言葉には、感情が一切乗っていなかった。
それは人間が自分の頭で考えて喋る言葉ではない。
まるで、あらかじめ決められた台詞を、ただ再生させられているだけの木人形のようだった。
ルキウスは立ち上がり、王宮の廊下へ飛び出した。
次に、フェリシアを直接告発した若き貴族の元へ向かった。
しかし、彼もまた、マルタと全く同じ目で、全く同じトーンで答えた。
「フェリシア様は、聖女ソレイユ様に激しく嫉妬なさり、数々の嫌がらせを働いた卑劣な悪女でございます」
庭師も、衛兵も、宰相すらも。
出会う者誰もが、一文字の狂いもなく、同じ設定を口にする。
フェリシアが普段どんな本を読んでいたのか、どんな食べ物が好きだったのか、そんな「一人の少女としての生」に関する記憶を、彼らは一人残らず失っているかのようだった。
「なんなんだ、これは……」
ルキウスは、人気のない廊下で壁に背を預け、荒い息を吐いた。
世界が、不気味なほどに『乾いて』いる。
自分も含め、この世界の人間は全員、誰かが作った物語の通りに動くだけの、中身のない『死人』なのではないか。
そんな狂気に囚われそうになったとき、無意識に握りしめた王子のポケットの中で、カチリと硬い音が響いた。
あの日、没収した、フェリシアの古びたロケットペンダント。
世界中で、誰もが彼女を記号としてしか語らない中で、そのペンダントだけが、異物のように重く、冷たく、ルキウスの指先に存在を主張していた。
「フェリシア……お前の部屋なら、何かが残っているのか」
ルキウスは、今は誰も近づかなくなった、王宮の端に佇む公爵家の離宮へと足を向けた。
主を失い、静まり返ったその部屋の扉の前に、王子はたった一人で立っていた。
【制作メモ】
本作は、作者が考案したプロット、設定、言葉遊びをベースに、AI(人工知能)と二人三脚で本文の執筆・調整を行って完成させました。
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本作は全7話の短編小説です。
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