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8.迷路のような暗闇


小学生の悠は、田舎に住むおじいちゃんが大好きだ。しかし、おじいちゃんは癌で死んでしまう。周りに愛され、周りから愛されたおじいちゃん。家族の愛を感じる、そんな涙が止まらなくなる物語。




翌日からも、母さんは毎日1時間かけて病院にお見舞いに行っていた。桜の幼稚園バスに間に合うように帰って来ていた母さんは、僕と葵が帰る頃にはもう、普段通り夕食の準備をしていた。


「段々と寝ている時間が長くなってきてるから、悠たちはもうお見舞いはやめとこうね」


そう言われたから、土日も父さんと留守番してた。


そして、ついにその日は唐突にやって来た。

まさに、次の日から夏休みが始まる。そんなタイミングだった。1学期の最終日、僕と葵が小学校から帰ると、母さんは僕達の帰宅に合わせて早めに病院から帰っていた。急いで昼ご飯を済ますと、母さんは個人面談のため、足早に学校へ出かけて行った。


「ちゃんと宿題やっとってよ! 桜、勝手に外出たらいけんけぇーね! 郵便屋さん来ても、出ちゃダメよ! 」


色々言って出て行った割には、あっという間に帰って来たから、こっそりゲームする計画は失敗に終わった。帰ってくるとすぐに1人ずつリビングの椅子に座るように言われる。


「授業中の私語が多い」

「忘れ物が多い」


とか、そんな先生の注意を、伝言ゲームのように伝え聞く。

それが終わると、僕達は明日の準備をした。次の日は、初めて達ちゃん家に遊びに行く事になっていたからだ。達ちゃん家で遊んでいる間に、母さんは病院に行く予定になっていた。


おじいちゃんに会いたい気持ちにもなったけど、どんどん弱って行くおじいちゃんを見ているのは辛かったし、なんだかすごく怖かったんだ。だから、僕は病院に行かずに、その間陽菜ちゃんと蒼くんと遊べるって聞いて、楽しみだし気が楽だった。


リュックの中には、夏休みの宿題、一緒に遊べるおもちゃなんかを詰め込んだ。母さんは、大きな紙袋に、ジュースやいつもは買ってくれないような、おいしそうなお菓子をいっぱい詰め込んで玄関に置いていた。


夜の9時頃、ちょうど母さんが和室に布団を敷いている最中に電話が鳴った。知らせの内容にふさわしくない、子供アニメの主題歌の着信音だ。


「うん、うん……。すぐ行くけぇ、大丈夫じゃけぇ。慎路も一緒なんよね? うん、わかった」


母さんは、電話を切るとすぐに言った。


「今からすぐ病院へ行くけぇ。すぐ準備してくれる? 」


「え??? 」


「じじ、死んじゃったんだって…… 」


1番近くにいた、桜を抱きしめながら言った。母さんの声は、泣くのをこらえるように震えていたけど、すぐに僕らに指示を出す。


「悠と葵は、すぐにこれに着替えて! 桜も着替えさせて! それから、リュックに夏休みの宿題多めに入れて! 何日かお泊りになるけぇ、居るもの準備して……。 とりあえず、すぐ出るけぇーね」


母さんは、慌ただしそうに言いながら、ハンガーにかかった洋服を差し出した。ハンガーの色は、僕が青色、葵が黄色、桜は僕の服と一緒にかかっていた。

黒のパンツに、上は普段着ない白の無地Tシャツ。不思議だったんだ。毎朝、制服を着る時に、隣にかかっているこの組み合わせは何のために準備してあるんだろうって。最近ずっと気になっていたことの、謎が解けた気がした。


「悠、桜のおしっこ連れてっとってくれる? 」


「う、うん」


僕は、まだ状況を理解しきれていない桜を、妙に優しい口調でトイレへ連れて行った。


「桜、お兄ちゃんとトイレできるかな~? 」


その間も、母さんは布団をしまったり、荷物を車に積んだり動き回っている。もしこんな時に、桜がじれ始めたら大変だから、僕は最新の注意をはらって桜に接した。でも桜は、いつもの桜とは思えないほど、聞き訳もよく素直だった。まだ4歳の桜でさえも、異様なこの雰囲気を察していたんだと思う。


「母さん、他に何か手伝おうか? 」


僕は、キッチンに居る忙しそうな母さんに勇気を出して声をかけた。


「ううん、もう大丈夫。エンジンかけるけぇ、自分の荷物持って、乗っといてくれる? 」


それから母さんは、洗いたてでまだ乾いていない僕と葵の制服を車の後ろに引っ掛けた。反対側には、父さんと母さんの黒い服がかかり、旅行バックが2つ、他にも色々な物が積まれた車は、まるでこれからキャンプにでも行くかのような大荷物になった。


「大丈夫、冷静に、冷静に…… 。落ち着て、落ち着いて…… 」


母さんは、慣れない真っ暗な夜の運転中、呪文のように何度もこう言っていた。僕は、黙って車の外を眺めていたけど、何度もまぶしく照らす明かりが邪魔だった。それは、道路工事の明かりで、僕達が寝てる間に、こんなにいっぱいの工事をしてるんだなぁって、何気なくそう思っていた。


20分くらい走っただろうか、病院に付く前に母さんはゆっくり話しだす。それは桜にも分かるような、優しい口調だった。


「じじ、最近調子悪かったでしょ? 癌って言う悪いのが、また体の中で悪さして、体を弱らせてたんだって。今日の朝会った時は、まだ返事してる気がしてたんじゃけどね。ババと慎くんがおる時に、心臓が動かんなったんだって。今から病院で、じじを家に連れて帰ってあげる準備するけぇ、大声出したり、騒いだりしちゃダメよ 」


母さんの後ろから、助手席に座った桜の頭を撫でてるのが見えた。


「お泊りするん? 」


葵が聞いた。


「病院にお泊りはせんけど、じじとババの家にはお泊りする事になるかな」


「達ちゃん家には行かんのん? 」


「ん~、とりあえずまた今度じゃね。ってか、陽菜と蒼も来ると思うよ」


「…… 」


葵と桜が、行きたいって騒ぐかなって思ったけど、2人が何も言わなかったから、僕も何も言えなかった。


「今日病院行った時ね、じじに言ったんよ。悠と葵夏休みに入るけぇ、いっぱいババに会いに行くよって。夏休みじゃけぇ、お泊りも出来るし、ババの事は何も心配ないよって。寂しくないように、いっぱい会いにいけるけぇって。そしたら、少し返事してくれたんよ。きっと、2人が夏休み入るまで、頑張ってたんやね。ババ1人残したら、ババ寂しいもんね。悠、おじいちゃんに、ちゃんとお別れいってあげようね 」


母さんは震える声で、後部座席で黙り込んでいる僕を気にかけた。


「う、うっ、うっ 」


ついに、僕は泣き声が我慢できなくなり、車の中に響き渡る。隣に座ている葵はキョロキョロとこちらを気にし、母さんは慌ててなだめるように言った。


「大丈夫じゃけぇ。大丈夫……」


病院に付くと、警備員の怖いおじさんの前を通って、おじいちゃんの病室に向かった。

エレベーターを7階で降りると、病院の中は薄暗くて、僕は母さんにピッタリとくっついて歩いた。病室の前には、先に来ていた達ちゃん家族がいて、蒼くんは澪ちゃんにおんぶされていた。


母さんは、すぐにおばあちゃんに駆け寄って、泣きながら話をしている様子だった。僕達子供は、達ちゃんと澪ちゃんに連れられて、待合室で待つことになった。しばらくして、母さんが真っ赤な目をして呼びに来た。 


「じじ、今きれいにしてもらいよるんじゃけど、少し顔見れるみたいじゃけぇ、会いに行こうか? 」


母さんと病室に入ると、寝ているおじいちゃんの周りで、看護師さんが機械を片付けていた。


「いい顔しとるね。あんまり辛そうな顔じゃなくてよかった 」


母さんは泣きながらそう言ったけど、正直僕にはただ寝ているようにしか見えなかった。でも、もう死んでるんだと思うと、顔を近づけて見るのが怖くてできなかった。


それから僕はとにかく怖くて、なるべく下を向いていたから、その後の事はあまり記憶にない。

ただ、病院の迷路みたいな地下通路を、おじいちゃんが寝てるベットと一緒に進んだ。まるで迷宮にでも迷い込んでしまったみたいで、明かりは眩しいほどに照らしているのに、すごく暗くて怖い場所だと感じた。怖くてたまらない僕の背中や肩を、母さんはたまに葵と桜とつないだ手を放して、さすってくれた。


「この度は、ご愁傷様でございます」


ほどなくして、葬儀屋のおじさんが来て、おじいちゃんは車に乗せられた。そのままおじいちゃんが乗った車の後について、家へと向かう事になったけど、僕らだけは父さんの到着を病院の駐車場で待ってから、遅れて追いかけた。だけど、おじいちゃんの乗った車は、すごくゆっくり走るから、母さんはすぐにみんなの車が連なる列に追いついた。


おじいちゃんは家に帰ってくると、それから何日も動かないまま同じ格好で、仏壇の前の布団に寝ていた。大人たちは、葬儀屋さんと難しそうな話を始めたから、僕達子供は、別の部屋で布団を敷き詰めて雑魚寝した。


そして、7月22日、通夜。

23日、お葬式がおじいちゃんの自宅で行われた。


僕達は、あんなに大荷物で出発していたのに、結局自宅とおじいちゃん家を何度も行き来して、その日を迎えていた。


2日ともすごく暑くて、長い時間正座してなくちゃいけないし、めんどくさく感じた。それでも、集まった大人たちは、みんな悲しそうな顔で、汗と涙を一緒に流しながら、おじいちゃんの顔を覗き込んだ。いつの間にか、棺に入れられたおじいちゃんの体の上に、僕達は一生懸命折った折り紙を並べた。おじいちゃんは、


「花みたいな食べれんもの、棺桶には入れんでくれーの! 」


そう、生前おばあちゃんや母さんたちに伝えていたらしい。お花もいっぱい用意すれば、お金がかかるからという、おじいちゃんなりの気遣いの言葉だったのかもしれない。

そして、澪ちゃんが用意したコルクボードに、みんなの写真をいっぱい張り付けてから、達ちゃんがおじいちゃんの胸の上に乗せた。


母さんは、あのギリギリで渡した誕生日プレゼントのTシャツを、開ける事無くリボンの付いた袋のまま入れていた。慎くんは、用意していたおじいちゃんの大好きなタバコやお酒を顔のすぐそばに置いて、


「ずっと食べれんかったもんね。いっぱい食べてよ」


おばあちゃんはそう泣きながら、甘めの卵焼きやお刺身を、おじいちゃんのために入れた。僕ら家族のお別れが終わると、初めて見るおじさんやおばさん達が、次々に飾ってあった花を入れては、すすり泣く声が聞こえた。僕のおじいちゃんは、みんなにこんなに大事に思ってもらってたんだなって、僕は少し誇らしい気持ちになった。


「だって、僕のおじいちゃんだもん! 」


って、そう、誰かに言いたい気持ちになった。


「怖い? 大丈夫? 」


火葬場では、おじいちゃんのお骨を拾う時、もたもたしてる僕に、母さんは小声で声をかけた。


「大丈夫」


僕はそう答えたけど、初めて見る人間の最後の姿には、やっぱり恐怖を感じた。でも、どこか他人事と言うか、おじいちゃんがもういないっていう実感がなくて、目の前のソレがおじいちゃんだって思えなかった。だってなんだか、教科書で見たことあるまんまだったから。



少しでもお楽しみいただけましたでしょうか?

よろしければ、ページ下★★★★★

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