4.おじいちゃんの還暦祝い
小学生の悠は、田舎に住むおじいちゃんが大好きだ。しかし、おじいちゃんは癌で死んでしまう。周りに愛され、周りから愛されたおじいちゃん。家族の愛を感じる、そんな涙が止まらなくなる物語。
おじいちゃんの胃がんの手術から、4ヶ月が経とうとしていた。
この日は、おじいちゃんの60歳の誕生日パーティーで、前日から大忙し。学校から帰った僕らに見向きもせず、母さんは翌日のオードブルの仕込みをしていた。キッチンは荒れていたし、僕らの夕食は簡単なもので済まされた。
当日の朝になると、2階の僕の部屋まで揚げ物の油の匂いが漂ってきた。母さんは、おじいちゃんでも食べれるようにと、大好きな甘めの卵焼きを大量に焼いたり、そうめんを食べやすいように小さなカップに入れて飾っていた。
母さんが準備している間に、父さんと僕が予約していたテイクアウトのお寿司を取りに行ってから、おじいちゃんの家へ向かった。
おじいちゃんは、勝手口を出てすぐの椅子に座ってタバコを吸っている。この椅子は、おじいちゃんの定位置で、すぐ隣にはおじいちゃんが作った3人がけほどの古いベンチが2つ置いてあった。母さんも僕らも、よくそのベンチに座っておじいちゃんと話をした。
「おまたせ~ 」
母さんが、車を降りてすぐおじいちゃんに声をかけた。おじいちゃんは、体を悪くしてからも、タバコがやめられないらしい。
「父さんの好きな穴子も買って来たよ~! 今日は食べれそう? 」
「ん~、ちょっとなら食べれるかもしれん」
おじいちゃんは、母さんにそう答えていた。すぐに、達ちゃん家族も来て、おばあちゃんと母さん、澪ちゃんは家の中で準備をしていた。
僕ら子供たちは、広い庭で虫取りをしたり、父さんと柔らかいボールで野球をしたりした。
気が付くと、慎くんと達ちゃんも、おじいちゃんの隣のあのベンチでタバコを吸っていた。
「アハハ、当たらんの~。悠、しっかりボールみて打つんど! 」
僕が、空振りするたびに、おじいちゃんのか細い笑い声が聞こえる。
「もっとゆっくり投げてや~ 」
僕は、おじいちゃんとおばあちゃんの畑まで飛ばすほどの、特大ホームランを打ってみんなをビックリさせてやりたかった。
おばあちゃんに呼ばれて部屋に入ると、いつもの客間にはたくさんの料理が並べられている。今日は隣の部屋のテーブルがくっつけられているのに、それでもテーブルの上はいっぱいだった。僕たちが喜びそうな料理もあれば、おじいちゃんのための料理もある。
「もー おなかすいた。食べていい? 」
食いしん坊の葵が待ちきれずに、母さんに駄々をこね始めた。
「まだ、ダメ! 先にケーキでお祝いしようや! 」
「え? 先にケーキ食べるん? 」
「違う違う! 先にお祝いして写真撮っとかんと、グダグダになるじゃろ? 」
「じゃぁ、唐揚げだけなら食べてもいい? じじは、先食べていいって言いよったよ」
「も~、まだダメだって! 」
母さんは、焦ったように冷蔵庫からケーキを取り出すと、おじいちゃんの前にケーキを並べ始める。
「お姉さん、写真この辺からでいい? 」
澪ちゃんはスマホ片手に、全員で集合写真を撮るためにいい場所を捜している。
おじいちゃんの周りを家族みんなで取り囲み、ハッピーバーズデーの歌を歌うと、おじいちゃんの顔近くまで2種類のケーキを運び、おじいちゃんはロウソクの火を吹き消す。
父さんや母さんは、赤い座布団を取り出し、僕と葵、桜、陽菜ちゃん、蒼くんからは、大きなうちわに手紙を張ったり飾りつけをしたものをプレゼントした。マスクと帽子で、おじいちゃんの顔はよく見えなかったけど、きっと嬉しがってくれていたと思う。ただ、涙もろいおばあちゃんの目には、涙がキラキラしているのが見えた。この時撮った集合写真は、僕ら家族みんな揃って撮れた、最後の集合写真になった。
「こんなにせんでもよかったのに…… 」
「ありがとの~。じじ、早くよくなるけぇ、また来年もお祝いしての! 」
おじいちゃんは、そんな事を、少し照れくさそうに話していた記憶がある。その他にも、
「悠、じじにアナゴ取ってくれんか? 」
そう、僕に言ったのも覚えている。
「胃が無いのにお寿司なんて食べれるんだな」
って、僕はそれが不思議だった。
結局、おじいちゃんは、アナゴのお寿司を1貫、チーズケーキを1口だけ食べると、すぐに部屋に戻って横になって休んでいた。
「たくさん食べようとすると、どうしても吐きそうになっちゃうんだって。じゃけぇ、少しずつしか食べれんのんよ」
おばあちゃんが、みんなにそう教えてくれた。
「また、痩せたね…… 」
母さんが心配そうに言う。
「そうじゃねぇ。80キロもあったのに、もう65キロしかないけぇーね」
僕がまだ小さい時には、たくさん抱っこしてもらったり、遊んでもらったり。ガッチリでぽっちゃりしていたおじいちゃんも、胃が無くなってしまったせいで、益々痩せていってるのが分かる。
おじいちゃんが部屋に戻った後も、僕はお腹いっぱいになるまで食べてから、外で蒼くんとバッタや蝶を捕まえた。
何度か部屋の中へ戻ったけど、おじいちゃんの姿は見えなかった。
「そろそろかえるけぇ、じじに挨拶しといで! 」
母さんにそう言われて、僕と妹達はおじいちゃんの部屋にゆっくりと近づく。
「おじいちゃん、起きてる? 」
さっきまで、あれだけ大声で騒いでたのに、僕は急におとなしい声で言った。
「おぉ、起きとるよ。せっかく来てくれたのに、一緒に遊べんで、ごめんじゃったの~ 」
おじいちゃんは、右手を少し持ち上げると僕らに向けた。寝たままでも、手にタッチするバイバイの仕方は、おじいちゃんと最後に病室で別れる時も同じようにした別れの挨拶だった。
「じゃあ、またの~ 」
おじいちゃんは、いつものように僕の手に触れながら優しい声で言う。
「じじ、またくるね! 早く元気になってね! 」
妹達も、順番でおじいちゃんにタッチする。
「おじいちゃん、もう帰るけど、次はバナナのケーキ作ってくるけぇーね」
「おぉ、そーかぁ」
おじいちゃんは、小さく頷いてくれた。
外に出ると、広い庭でもらった野菜や料理の残りなんかを、母さんが車に詰め混んでいた。
僕達子供は、投げっぱなしだったおもちゃや虫取り網を片付けてから、車に乗りもんだ。すると、車の中から、いつもの勝手口から松葉杖をついて、おじいちゃんが出てくるのが見えた。
運転席に座っていた母さんが、すぐに気づいて駆け寄った。何を話してるかは聞こえなかったけど、母さんはすぐに戻って来て、達ちゃんの運転する車の後について出発した。窓を開けて、
「バイバーイ」
そう言いながら、手を振った。おじいちゃんは、動くのに時間がかかるし、痛みだってある。それなのにいつも僕らの見送りのために、庭まで出てきてくれたんだ。そして今日も、見送られながら、僕らはおじいちゃん家を後にする。
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