シーズン開幕
「また……」
三浦社長がつぶやいた。ロケッツが十四点目を奪われたのだ。
「え? 十四失点?」と驚かれたかもしれない。そう、間違いなく、野球というスポーツにおいて、なくはないけれども珍しい部類に入る、十四という大きな数の、得点ではなくて失点である。
それは世間の注目がとんでもないくらいに集まるペナントレースの開幕ゲームで、僕は藤野オーナーと三浦社長との三人で観戦した。
「おいおい、これじゃあ去年までとまったく変わらねえじゃねえか」
オーナーが呆れた顔つきで言った。
「いえ、もっとひどいんじゃないですか?」
社長が続けて言葉を発した。
「そんなことないですよ。一点取ったじゃないですか」
僕は冷静な態度で反論を試みた。
「向こうのピッチャーは、タイトルを何度も獲っている、アローズの大エースですから」
状況を説明すると、ロケッツの開幕カードの対戦チームは、毎年上位で、昨年も二位だった、強豪の東京アローズ。そして、今、僕が口にした、相手の先発ピッチャーは、前の年は十三勝をあげた、右投げの本格派の鷲本亘一投手で、過去に最多勝と最多奪三振を一回ずつと最優秀防御率を二回獲得している、すごいプレイヤーなのだ。その彼から、エラーなどではなく、きちんと打っての得点であって、決して言い逃れではない。
「しかし、こんなに点差を広げられてるってのに、ずいぶん余裕だな。優勝を狙えると言ったが、お前がペテン師じゃないことを願うぜ」
オーナーが笑みを浮かべながらそう口にした。僕も社長同様に「お前」と呼ばれるようになった。そっちのほうが親しみを感じるし、全然嫌ではない。
「その心配には及びません。だって、見てください。大野監督も高岡ヘッドコーチも、少しも焦ったりしていませんよ」
「まあ、確かにな」
藤野オーナーは首を上下に動かした。
「でも、焦る気持ちもわかないほどどうしようもないからかもしれねえけどな。ま、何にしろ、今日はもう駄目だろ。俺、忙しいから、帰るわ」
そして、腰を上げた。
「では、私、お供いたします」
三浦社長がそう声をかけると、オーナーは「いいよ、お前は」と返したけれども、社長は「私もこれ以上は観ていても時間の無駄ですから」と続けた。
「本当に大丈夫なんだろうな? しっかりやってくれよ」
三浦社長が僕に向かって一瞬だけ怖い表情を見せ、二人は去っていった。
この開幕戦は、さらに二点を失い、一対十六というスコアで負けたのだった。
もちろん喜ばしくはない。ただ、この初戦の大敗で、他のチームはどこも「今年もロケッツは敵ではない」と一層油断してくれるだろう。ある意味ツイている。
アローズとの開幕三連戦は、二戦目も敗北を喫し、三戦目で今シーズンの初勝利を手にした。大野監督にとっては生涯における最初の白星だ。プロ野球史においての女性監督としても初で、記録に刻まれ、このときばかりは新聞もテレビも大々的かつ好意的に報じた。
次の三連戦は、またも一戦目を落とし、二戦目は勝ち、三戦目は負けた。計二勝四敗である。
その次は、一戦目はこのときも敗れ、二戦目と三戦目はものにした。通算は四勝五敗。
そのまた次は、やっと一戦目を取り、二戦目は負けて、三戦目は勝利した。六勝六敗の勝率五割で、順位がもう一チームと並んでの三位に上がったことで、マスメディアが少し騒いだ状態になった。「春の珍事? ロケッツ快進撃」などと。何年も最下位だったために、首位でも二位でもないのにだ。
さらに、その次の三連戦も二勝一敗と勝ち越し、全球団と一回り対戦を終えて八勝七敗と通算でも勝ちが負けを上回った結果、元はプレイヤーの評論家たちも注目し始めた。とはいえ——。
「別に、これといって、どこかがすごく良くなったりはしてないんですけどね」
「たまたまといいましょうか。そのうち落ちてくるでしょう」
そういったコメントがほとんどだったのである。
しかし、今までのやりとりから、きちんとした裏付けのある好成績だとオーナーはわかっているので、僕に「どういうことか、時間をつくるから、直接説明しろ」と連絡をしてきた。
忙しいはずなのに、わざわざそれを聞くためだけに会ってくれるの? と最初は思ったが、プロの球団を所有するくらいだから、やっぱり野球が好きなんだなと納得した。
「選手だった連中も、揃って現在のロケッツの状態を運がいいだけみたいな見方をしているが、違うんだよな?」
顔を合わせた藤野オーナーは、興味津々といった表情で問いかけた。
「はい」
僕はうなずいた。
「では、僕と監督やコーチたちが、チームを強くするためにどのようなことを行ったのか、詳しくお話しさせていただきます」




