監督 大野純子の話
ある日、私が教員時代に担当したクラスの生徒だった、桜井くんから話があると連絡を受けた。
え? 何かしら?
同窓会ではなく、詳しくは会ってからということで、どんな内容かまったく見当がつかず、不安になった。
彼はお父さんがとても有名なプロ野球の選手で、好奇の眼にさらされる立場にあったので、教えていた当時に受け持っているコのなかで気にかける比重は大きかった。所属していた少年野球チームを辞めてしまったと聞いた際には心配が膨らんだものだ。
訊くと、プレーが向いてないとのことで、悪口を言われて傷ついたからといった理由ではないと断言したため、少しほっとしたものの、繊細な印象があったので、担任である間はずっと変わらず注視していた。
私の感触では問題なく卒業までいけたけれども、生徒本人と教師から見えるものとでは相当な開きがあるだろうし、本当に大丈夫だったとしても、その後はつらい目に遭ったりしていないか気になっていた。だから、彼に話があると言われ、ネガティブな中身を連想して不安がわいたのである。
そして、顔を合わせて、彼の口から出てきたのが、今回の監督の要請だった。
桜井くんが、大学まで無事に進み、さらにプロ野球のゼネラルマネージャーという立派な仕事に就いたとわかって、まずは大喜びした。
ところが、彼がその重責を任されているチームである、北信越ロケッツの監督に私になってもらいたいと告げられて、いろいろな感情がうず巻いた。
とにかく単純な驚きが最初にあったし、私にそんな大役が務まるわけがないという当然の気持ちが訪れたが、自身の担任教師だった人間に依頼をした桜井くんに対して「どうしてなの?」とマイナスの感情もわき上がった。なので、すぐに断った。
しかし、彼から説明を聞き、決して私を頼りにしたのではなく、考え抜かれた選択だったことがわかった。ゆえに桜井くんへの心配は払拭できた。
ただ、自分にプロ野球の監督なんて無理だろうというのは、やはり簡単には消えない。
それでも、彼のプランは実にしっかりしていて、教え子の役に立ちたいし、教職から離れて生活に張り合いがなくなっていたのもある。教員の頃にずっと支えてくれた、信頼している夫が否定的な表情をまったく見せずに賛成したし、女性の地位向上に貢献もできるかと、勇気を振りしぼってやってみることにした。
それにしても、デリケートなイメージだった桜井くんがこんな大胆な行いをするなんて。やっぱり上の立場から見えるものと実際の本人には違いがある。その点も、これから監督を務めるうえで、肝に銘じる必要があるだろう。
とにかく、やると決めたからには必死に頑張らなきゃ。
だけど、ほんと人生って何があるかわからない。とはいえ、私にこれ以上のことはさすがに起きないだろうし、失敗しても年齢的にあとは棺桶に入るだけなのだから、せっかくだから楽しませてももらおう。
監督を始めて、少し慣れて、そう思えるようになってきた。




