WBC編③ 苦戦
日本の地で行われる、日本代表を含むグループの一次ラウンドが開幕した。うちの一試合目の相手は中国だ。
中国はこのグループにおいて格下と言っていいチームだけれども、だからこそ絶対に負けるわけにはいかないのと、初戦ゆえ今後に弾みをつけるためにより良い内容での勝利を目指すといった理由でだろう、先発ピッチャーは、俺たちが所属する北信越ロケッツ、そして日本代表でもエースである、町田さんが指名された。
迎えた一回表。中国代表の上位打線を、三振、内野ゴロ、三振と、町田さんはまったく危なげなく三者凡退に切って取った。さすがだ。
その裏の日本の攻撃となり、トップバッターの安永さんが、ワンボールからの二球目を、綺麗にライト前に運んだ。
「よーし!」
ここまでいい流れで来て、ベンチ内が盛り上がると、続く二番の西園寺さんへの初球に、中国の投手はコントロールを乱し、デッドボールを与えた。
「ワーッ!」
ノーアウトでランナー二塁一塁というチャンス、しかも次の打者はスタープレイヤーの茂木である。球場の観客たちも一気に応援に熱が入った。
ところが茂木は、立場的にフリーで打てばいいものを、練習試合でのバッティングがいまひとつだったのもあるに違いない、ランナーを進める意識によって、やや強引に引っ張ったのが、セカンドの正面へ行ってしまったことで、ダブルプレーに倒れ、ツーアウト三塁となったのだ。
「あー……」
とはいえ、まだ得点の好機は継続している。ネクストバッターは四番の俺だ。が、ストレートのフォアボールで一塁に出ると、続く井原という男も四球で、満塁。
しかし、六番の海藤が良い当たりながらレフトライナーでアウトになり、結局点は入らなかった。
二回の表も町田さんがきっちり抑え、裏の我々の攻撃である。そこで、なんとまたしてもツーアウト満塁となって、打席に三番の茂木を迎えた。
茂木は、日本でもメジャーリーグでも、訪れる逆境をはねのけ、結果を残し続けてきた、すごい男だ。再びやってきたこのビッグチャンスに、すさまじい集中力を感じさせた。
そして中国のピッチャーの右腕から放たれたボールを真芯で捕らえた、けれどもセンター真正面のフライで、この回も得点はゼロに終わってしまったのだった。
「あー」
観客は大半が日本のファンゆえ、スタジアムじゅうからため息が漏れた。
試合は進んでいき、五回を終了しても両チームともに点を奪えず、〇対〇である。
町田さんの抜群のピッチングで、中国にはチャンスらしいチャンスはわずかもなかったが、球数制限があるために、その五回で降板となった。
優秀な日本代表の投手陣なので、後から出てくるピッチャーたちだってそう簡単に失点は許さないはずだ。けれど、何があるかわからない。もし先に点を取られでもしたならば、野手たちは焦って本来のバッティングができなくなってしまう心配もある。是が非でも先制点を手にしたいところだ。
中国の表の点はまたもなく、迎えた六回の裏。先頭の安永さんがレフトへのクリーンヒットを放つと、阿久津監督が動いた。安永さんも足は遅くないが、早くもとっておきの代走の田上と交代させたのである。
この田上という奴は、なんと大学生なのだ。WBCのメンバーは控えが少しの余裕がない人数しかチョイスできなくなっているので、いくら足の速い選手を入れておくにしても、普通なら打つほうでもある程度は計算できるプロのなかから選ぶところを、それでもなお桜井GMは田上にしたわけである。
田上はプロにいる誰よりも速く走れ、しかも、かなり神経が図太いので、期待は確かに持てるが、にしても桜井さんの決断は勇気がいって、見事と言える。また、この人選に阿久津監督もケチは一切つけなかったのだから、まるで事前にこうなるとわかっていたかのような目の前の場面を考えれば、ナイス連係プレーと評せるだろう。
すると、田上はやはり盗塁を仕掛けた。
しかも、相手バッテリーも俊足なのをわかって最大限に警戒しているというのに、簡単に二塁、立て続けに三塁まで、あっという間に陥れてしまったのだ。
「いいぞ! 田上」
「よくやった!」
沈滞ムードだった日本のベンチが久しぶりに活気づいた。
そして、続く西園寺さんがセンター前に運び、ようやく日本に一点が入ったのである。
ただ、その次の打者の茂木が、またもや併殺打となってしまったことで、緊迫したゲームの雰囲気が変わるところまではいかなかったのだった。
その後、日本はなんとか二点目のホームを踏み、二対〇で勝利した。結局、最後まで重苦しい展開となった。
とはいっても、勝つことが何にも増して重要であり、それができたのだから良しと捉えよう。
このゲームのMVPは田上で間違いない。加えて、彼を選んだ桜井GMと、あのタイミングで起用した阿久津監督の、首脳陣二人もだ。
ネットには桜井さんを絶賛する声があふれ、彼へのマスコミの批判は綺麗さっぱりなくなったのであった。




