球団オーナー 藤野将克の話
俺と桜井弘満は同い年である。
あれは、二十代前半の話だ。俺には付き合っている女がいて、そいつが、スター街道を歩み始めたといった時期の桜井弘満の、熱狂的なファンだった。当時俺は桜井をなんとも思っていなかったが、野球は好きだったから、よく一緒に試合を観にいった。
「キャー、弘満ー! 頑張ってー!」
彼女は俺と付き合っているんだから、桜井を思う気持ちは今で言うところの「推し」に過ぎないことはわかっていた。ゆえに、あいつに嫉妬などするはずがない。
「かっこいいー! 今日、ホームランを打ってー! お願ーい!」
しかし、その日は、女があまりにもというくらいの身の入れようなのと、疲れていたこともあって、妙にイライラしていたのだ。練習中に桜井が放った打球が彼女の近くを通ると、思いきり野次を飛ばした。
「お前、危ねえだろ! 女がケガをしたらどうすんだ!」
「ちょっと、やめてよ。恥ずかしい」
そう彼女が言ったのはもっともだし、だいいちそんなに安全でいたいなら外野席なんかで観りゃいいのだ。そのとき俺たちは、選手と間近の、グラウンドにせり出た状態になっているフィールドシートで観戦していたのである。客観的に考えると、タチが悪いにもほどがある。
ところが、ゲームが始まってしばらくが経過し、打球を処理してスリーアウトになった際にあいつは、そのボールを俺に向かって投げたのだ。
もし練習の出来事を危険な目に遭わせて悪かったと思ったのであれば、単純に彼女に手渡しすればよかったものを、俺がなんとか捕れるくらいの位置にわざと放りやがったのである。それを俺が彼女にやることでイメージアップになると計算した行為で間違いない。試合中、まして、まだ若手のプレイヤーだってのに。そして案の定、ボールを受け取った彼女は「ありがとう」と俺にえらく感謝した。
野次を飛ばした相手に……すげえな。
本当にかっこいい男ってのはどういうものかを、俺は桜井弘満から学んだと言っても過言じゃない。俺みたいな相当ひねくれた野郎から見ても、実に魅力的な人間だった。世間にはけっこういるようだけども、あいつをジェントルマンとしか捉えていないなら、見当違いもいいところだ。
道尋、お前も面白い奴だが、親父の域にはまだほど遠い。幼い頃に死んじまって、よくわからねえみたいだし、実際に目にし続けた俺が近づけたか判断して教えてやる。だから——
まだまだ、これからも頑張れよ。




