日本一の行方
最終となる第七戦、僕が先発のマウンドに送ったのは、町田投手ではなく、佐藤投手だった。
そもそも普通なら一戦目で投げるに決まっている町田投手の初登板が第三戦だったのだから、彼のコンディションに問題があることは誰しもがわかっていた。とはいえ、その第三戦での好投もあって、大一番の最終戦は町田投手でくると思っていた人がかなりを占めていたのだろう、アナウンスで佐藤投手の名前が呼ばれるとどよめきが起こった。
佐藤投手だって、うちのローテーションの五、六番目のピッチャーではあるものの、プレーオフで好投したように、力はある。
ただ、この一大決戦のプレッシャーは当然のこと、まだ若く、プロでの経験の少なさも影響したのか、初回にいきなり五点を奪われてしまった。
「あー……」
球場のロケッツファンからそんなため息交じりの声が聞こえてくるようだった。
しかし、選手たちは諦めなかった。ピッチャー陣は、プレーオフから中継ぎに回っている飯塚投手が二回からの三イニングをパーフェクトに切って取ると、関根とメンデスの両投手は二回ずつを、クローザーの石本投手も一イニングを、失点ゼロに封じた。
打線も、四回に馬場選手、七回は安永選手のタイムリーでそれぞれ一点を取り、八回には茂木選手のバックスクリーンへのツーランホームランで、ついに一点差まで詰め寄った。
だが——。
九回は、まず打席が回った二人が抑えられ、最後の馬場選手もサードゴロによるアウトで、ゲームセット。
昨年に続いて神戸スピアーズに屈し、彼らは四年連続の日本一に輝いたのだった。
頂点に立てなかったこともだけれども、ホームで一勝もできなかったのが、ロケッツファンに対して何より申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「皆さん、私の力不足です。申し訳ございませんでした」
試合直後のベンチ裏で、選手やコーチたちに、僕はそう言って頭を下げた。
「何を言ってるんですか。シーズン途中からの就任で大変ななか、よくやってくれましたよ」
「最大限のサポートをしてくださった監督を勝たせてあげられなかったのであって、謝るのは我々のほうです」
「ロケッツをここまでのチームにしていただいて、ありがとうございました」
町田選手も、僕の謝罪の後で、最後に投げさせてもらえなかった不満をわずかも見せず、反対にこう言ってくれた。
「僕のケガや起用のことで悩ませてしまって申し訳ありませんでした。次回の日本シリーズでは、必ずチームの役に立つピッチングをしてみせます」
今回だって、チームの窮地を救う最高の投球をしてくれたというのに。
素晴らしいメンバーたちのもとで、僕なんかが監督を務められて、自分は本当に幸せ者だ。
その後、僕は藤野オーナーと顔を合わせた。
「すみません、お話が」
「ん?」
「来季なのですが——」




