監督を巡って
「どうして私なんですか?」
あれ? なんかこの台詞、ゼネラルマネージャーになるようオーナーに要請されたときにも口にしたような……。
それはともかく。
「だって、そのほうが面白いじゃないか」
はあ?
「面白……い……」
「フフフ」
オーナーが笑った。
「そ、そんな。今は真面目な話をしているんですよ?」
僕は言った。
「もちろんわかっているさ」
三浦社長は真剣な顔で言葉を返した。
「それに、大野監督は辞めるにあたって、責任を感じて一層気持ちを暗くしてしまうおそれがあるが、きみが監督を引き継ぐと聞いたら、どうだ? 自分の教え子の、印象としては出世だ。今回の病気の件がなかったとしても、後任がきみであれば、喜んでその座を譲るんじゃないか?」
「あー、言えてるな」
オーナーが感心した様子でつぶやいた。
確かにそうかも、と僕も思ってしまった。
「し、しかし——」
「きみはコーチとも選手たちとも顔なじみだし、嫌われてなんかもいないんだろう? 何の問題もなく、スムーズに着任できるはずだ」
「で、ですが——」
「さっきから、でもだの、待てだの、うるさいな。もう決まりだぞ。これは球団社長として言い渡す、業務命令だ」
そ、そんな……。
大野監督と改めて話をし、一応後を継ぐのは僕であることを伝えると、社長の狙い通りに彼女は歓迎の態度を示した。
「だったら、お願い。それなら心置きなく辞められるわ。大変だろうけれど、よろしくね」
「休養という選択肢もありますが?」
「ううん。もう十分。去年プレーオフで勝って、胴上げまでしてもらって、最高の思い出ができたから」
「わかりました。完全な辞任ということで処理します。僕の無理な頼みを聞いてくださって、二年以上もの間、本当にありがとうございました。そして、お疲れさまでした」
「こっちこそありがとう。もちろん駄目だったらしょうがないけれど、今年優勝できるように頑張ってね。陰ながら応援してるから」
「……はい」
大野監督に関しては良かった。
だけどな。うーん……冗談じゃなく、僕がやるの? 監督を。
またオーナーと社長と一緒にいるときに、僕は言った。
「オーナー、おっしゃいましたよね? 私を目立たないようにしてくださると。監督になったら、どう考えても無理じゃないですか」
「だよなあ」
オーナーは、頭をかきながら、他人事のような軽い調子で返した。
「ですから……」
すると、ここでも社長が割って入ってきた。
「きみ、往生際が悪いぞ。教えたはずだ。悪事を働くわけじゃないんだから、桜井弘満さんの迷惑にはならないし、最下位が定位置だったロケッツを優勝争いができるまでにしたんであって、野球に関しての汚点にすらならない。うだうだ言ってないで、男なら覚悟を決めて勝負しろよ」
「……『男なら』とか言う時代では、もうないと思うのですが?」
「それは言葉の綾だ。性別の問題じゃなく、もう子どもじゃないんだからといった意味合いだよ」
社長、どういうつもりなんだろう? 僕をいじめたいのか? 何なんだ?
「……では、一つだけ条件をください。本来は高岡さんを昇格させるのが妥当なわけですし、本当に私がコーチや選手たちから受け入れられるのか疑問なので、確かめて無理そうだったら辞退させてください。もうシーズンは半分ほどが終わって、今から信頼関係を築くなんてことをやっているようでは、優勝など出来っこありませんから」
その僕の申し出に、オーナーが答えた。
「わかった。いいぞ、それで。しかしつまり、コーチや選手らが嫌な顔をしなかったら、もう確定だぜ。いいんだな?」
……。
「はい。仕方ありませんので」
そして、僕はコーチと選手たちにこれまでのいきさつを話したのだが……。
「あ、そうですか」
「途中からで大変でしょうけれど、頑張りましょうね」
みんな、僕が監督をやることを、違和感がないといった薄いリアクションで返したのだった。
普通は自分が担うことになる立場の高岡さんも——。
「よろしくお願いします」
「どうして私じゃないんですか?」と、言葉にしないどころか、そういった雰囲気をわずかも見せずに、頭まで下げた。やっぱりこの人は善い人すぎだ。
「決まりだな」
僕の隣で三浦社長がニヤリとした表情になって言った。
「……はい。わかりました」
もう、こうなった以上はしょうがない。やるしかない。
僕は、父さんに頼る気持ちを持つのはやめにしたが、このときばかりは「力を貸してほしい!」と心の中で叫んだのだった。




