監督選び
選手としてはまったく駄目だった実績はゼロな僕が、大好きな野球に、それも最高峰のプロの世界で携われて、しかもゼネラルマネージャーという大役だなんて、母さんに言ったけれども、本当に夢のような出来事だ。
とはいえ、今回の件は父である桜井弘満のネームバリューがなければあり得なかったわけで、コネとほとんど変わりなく、夢が現実になったと口にして許されるのは結果を残したときだろう。
父さんは現役時代に一度も所属チームが頂点に立てなかったし、ロケッツを日本一にさせることができたならば、僕ら親子の夢が叶ったと思えるに違いない。
しかし、それはもちろん簡単な話ではない。とりわけ現在のロケッツには山のように高いハードルだ。成績が低迷しているのはすでに述べたが、直近の順位を正確に表すと、三年前が五位、一昨年と去年は最下位で、中盤戦に入った今年も、五位に七ゲームもの差をつけられて、最下位に沈んでいるのである。
「きみの最初の仕事は、来シーズンから指揮を執る、新監督を決めることだ」
藤野オーナーから、そう指示を受けた。球団社長の三浦さんを「社長」と呼ぶので、藤野社長は「藤野オーナー」になった。
まず取り組むことが監督選びとは、これは目標であるチームを優勝させられるかどうかを左右する最も大事な項目と言ってよく、しょっぱなとしては重すぎる任務だ。
だけど、この監督に関しては、僕には迷うことなく「この人しかいない」と、ぱっと思い浮かぶ人物がいた。
「でもなー。実際にこの人にしたら、いろいろ大変なことになるだろうな……」
そういう点からためらう気持ちがあったものの、オーナーからは就任直後にこう言われたし。
もうGMはきみなんだから、周りに気兼ねしたりせず、自分が納得できる選択をして、堂々と振る舞えよ——。
「よし。やっぱりこの人だ」
僕は意を決して、目当ての方に電話をかけた。
「あっ?」
「えっ!」
顔を合わせ、監督の件を報告すると、オーナーも社長も、予想通り、びっくり仰天という状態になった。
「駄目でしょうか?」
堂々としろと言われたけれどもオドオドした態度になってしまいながら、僕は尋ねた。
「ほんとだったんだな」
オーナーがつぶやいた。
「は、はい?」
「いや、きみが変わり者だっていうのがさ」
「はあ……やっぱりおかしいですよね?」
僕がロケッツの次期監督に選んだのは、僕の小学校の高学年のときの担任の教師で、その後に定年退職したので現在は無職の、しかも過去にプロ野球で一人もその役職になったことはない、女性だったのだ。
「本人に連絡を取って話をして、初めは断られましたが説得を行って、承諾していただきました」
「ほ~」
オーナーはそう口にすると、破顔した。
「やってくれるじゃねえか。俺だって、野球経験が乏しいきみをGMにしても、監督にするという発想までは浮かばなかったってのに、完全な素人で、しかも女性とはな。そりゃ、おもしれえ。当然ふざけてるわけじゃなく、ちゃんと考えがあっての判断なんだろ?」
「はい。もちろんです」
「じゃあ、OKだ。言ったように、好きにやれ。どうなるか楽しみにしてるからよ」
「い、いいんですか? 本当に」
三浦社長が、オーナーは平然としているので抑制しつつ、内心はすごく慌てている様子で、問いかけた。
「ああ、いいに決まってんだろ。お前、何かあったときはちゃんとフォローしてやれよ。じゃ、俺は仕事があっから、後はよろしく」
そして藤野オーナーは席を立っていった。
「それじゃあ、私も」
社長も腰を上げた。
「きみがやることに口出しはしないが、そのぶん、何があっても自分で処理してくれよ」
それだけ言い残し、続けて僕のもとから去っていった。
あの三浦社長は、ずっと普通に接してくれはするものの、なんか冷たいというか、僕に良い感情を持っていないように感じる。今の最後のも、言い方は突き放したといった印象ではなかったが、言葉の通りで、困っても一切助けてくれないんじゃないだろうか。
あー、どうしよう。やっぱり自分の担任の先生だった人をプロ野球の監督に選ぶだなんて、するべきじゃなかったかな。さすがにそれが異常なことくらいは、変わり者とよく言われる僕でも十分に理解できる。
……いや、これでいいんだ。ロケッツを強くして日本一にさせるんだから、体裁を気にしている場合じゃない。父さん、僕に力をください。
いやいや、父さんに頼るのも違う。今まで桜井弘満の息子で苦労もあったけれど、反面、経済的に困った経験はないなど、助けられた部分も少なくなかったはずだ。もう僕は社会人。これからはただの桜井道尋として、困難に立ち向かっていくんだ。
頑張るので、その様子を天国から見ていてください、父さん。




