就任二年目の開幕が迫るなかでの不安
「すごい」
僕は思わずつぶやいた。
同じように思ったのが僕だけでないのは、周りにいるみんなの表情を見れば明らかだ。
何の話かというと、町田投手のピッチングである。僕がロケッツのGMとして本格的に迎える二年目のシーズンのキャンプで、彼の投げるストレートの威力や変化球のキレなど、どれを取っても一級品なのだ。素人でも他の投手たちとは比べものにならないレベルだと認識できる。
高岡さんや相川さんといった元一流ピッチャーたちも納得顔だ。
「すごいわねえ」
僕のそばにいる大野監督もそう声を漏らした。素人でもわかると述べたけれども、彼女の眼がこの一年で相当肥えたのもあるに違いない。
「ほんと、よく指名できたよね」
監督が僕に言った。
「ええ。実は、そのことに関してなんですけど……」
「ん?」
「あ、いえ。それで、彼のメンタルの状態はどうですか?」
「ああ、それね。どうなのかしら? 今のところ、見て通りでまったく問題はなさそうだし、そのことについて訊いてみても、大丈夫って返事だけなのよね」
「そうですか……」
問題ないならもちろん結構な話とはいえ、そこまで何もないと逆に不安になるというものだ。
とにかく、彼を獲得できたのは絶対に良かっただろう。優勝するには欠かせないピースで間違いない。
キャンプが終わって、二月の下旬に始まったオープン戦でも、町田投手の素晴らしい投球は続いた。失点はおろか、ヒットもろくに打たれず、プロで何年もやってきている猛者たちを軽くアウトに取っていく。さすがすべてのアマチュア選手のなかでナンバーワンと評価されていたピッチャーだっただけはある。
結果、開幕から先発のローテーションに入れると決まった。
「開幕カードの三戦目で投げてもらうことになったよ」
大野監督から、僕はそう報告を受けた。
開幕の試合は中原投手で、次の三連戦の頭に、去年うちで一番勝ち星をあげた最上投手を持っていくそうだ。そして、負担が少ない三戦目ながら、実力は申し分ないということで開幕カードのほうに、町田投手を任せるという。高岡さんや相川さんの意見を採用したのだろう、妥当な判断だと思う。
だけれども……。
「あの、町田投手は二カード目に投げさせたほうが、僕は良いのではないかと……」
監督とコーチが集まっている場で、僕はそう口にした。
みんな怪訝な顔つきになった。それはそうだ。そこまで決める権限は僕にはないし、昨年は一度も選手の起用に注文をつけたことはなかった。「どうしてそんな口出しを?」と思ったに違いない。
「しかし、開幕カードの相手は去年最下位だったドルフィンズで、勝ち越せる見込みは大きいですし、あわよくば三タテして、スタートダッシュをしたいんですよ。町田ならやってくれる確率は高く、彼自身も初登板で勝てば弾みがつく。やはり開幕の三連戦で投げさせたいのですが?」
相川さんが僕に言った。
「そう……ですよね。すみません、出過ぎた発言をしてしまいまして。おっしゃる通りで構いません。よろしくお願いいたします」
僕は深く頭を下げた。
開幕カードが去年最下位だったドルフィンズだからという話だったけれども、だからこそ避けたほうが賢明だと僕は考えたのだ。
それはなんといっても東城GMの存在である。
僕はあのドラフトの件について首脳陣にしゃべろうかと思いつつ、できなかった。どうも町田投手をうちにくれて、しかしそれをエサに向こうはこっちが指名したかった選手を大量に手に入れた、ようであるが、百パーセント確実な話ではないし、彼は不気味なものの手腕は未知数なのに、騒ぎ立てるのはどうなのかというのがあるのだ。監督もコーチもペナントレースに向けてやることや考えることがたくさんあるのに、中途半端な情報で心を乱すようなことはしたくないのである。
「はーあ」
そうして、僕は一人で悩んでいた。とにかく嫌な予感がずっとしている。
「やあ」
そんな僕の前に、またしても現れたのだ。
「こんにちは、桜井くん」
北九州ドルフィンズのゼネラルマネージャーである、東城周祐さんが。




