ドラフト会議と不思議な出来事
レギュラーシーズンとプレーオフが終わり、日本シリーズが始まる前のタイミングに、ドラフト会議が行われる。
僕はGMを辞任する気持ちがあったけれどもそれは結果が悪くなった終盤だったし、ドラフトの準備には時間がかかるからいずれにしても、スカウトの方々と意見交換をしたり、指名する候補の選手の資料や映像をチェックしたりしていた。
そこで獲得するプレイヤーたちは、現在はアマチュアであって当然力は全体的に劣るし、入団とともに注目される度合いが飛躍的に増すなど環境に慣れる必要もあり、長い眼で見てチームの力になってくれるようにと考えるべき人材だ。
とはいえ、一年目から活躍してほしいのが本音でもある。とりわけ、現状のロケッツの戦力で、本気で来季こそ優勝をつかみ取るというのを踏まえれば。
それに、社会人や大学生のピッチャーであれば、どこのチームでも毎年一人くらいはすぐに一軍で結果を出している。バッターはまず木製のバットが初めてだったり、プロの投手のすごいボールに対応するのにも時間がかかるだろうけれども、ピッチャーというのは自分主導だし、対戦する相手が知らない者同士の場合は球の軌道がわからない打者よりも有利といった理由ではないかと思う。
また、以前も述べたが、野球は打線のレベルが高くても投手が良ければそうそう点は取れないもので、ピッチャーの力量が優勝できるかどうかの大きなウエイトを占める。
であるからして、投手の優先度が高い。ただ、どの球団もだいたい上位指名はピッチャーになるものだ。
我がチームの投手陣は、今年主力となり十一勝をあげた最上投手と二十一セーブを記録したクローザーの石本投手に、ずっと下位に低迷していた頃から頑張ってくれていて今シーズンも十勝だった中原投手といったところが、中心メンバーだ。先発でもう一人二桁勝利を計算できる、それから勝っている試合で任せられる柱的な存在の中継ぎが、最も欲しいポイントとして挙げられる。新人にそこまで求めるのは酷かもしれないが。
「え?」
そんなある日のことだった。僕のカバンに、こんなメモが入れられていたのだ。
〈真鋼流通の町田投手がプロ入りしないのは、メンタルに不安があるから〉
……これ、本当か? だったら、見過ごせない情報だけど。
この町田達也投手というのは、社会人ナンバーワンピッチャーで、去年には都市対抗野球で完全試合を成し遂げたほど力のある選手だ。僕は新人に対して野球の能力だけでなく人間性も重視しているのは再三述べているが、非常に真面目でその点でもスカウトの評価は高い。しかし、すでに注目株だった学生時代からプロ入りを望まず、もうプロのどこの球団も獲得するのは断念している状態にある。
日本で一番というくらい人気があって、常にすごく注目されるスポーツであるプロ野球において、本来の実力は申し分なくても、心が強くないために結果を残せなかった選手は少なくない。それをわかっているので初めからプロを選択しない人もいるけれども、町田投手はそういう気持ちが弱いタイプには見えないし、何かでプロを毛嫌いしているか、社会人野球に魅力を感じているかして、今の立場を貫いていると、おそらく球界関係者のみんなが思っているというのに、メンタルが理由ならばプロでやる気持ちもなくはないことを意味しており、誘いに乗ってくる余地はあるはずで、ビッグニュースだ。
多分メモをくれたのは僕に友好的な態度を示してくれているスカウトの誰かで、忙しくて話す時間がなかったりしたために、こんなことをしたのではないだろうか。何にせよ、一度本人にあたってみる価値はある。
ドラフトで指名される候補の選手とプロの球団側が接触することは禁じられているので、彼の所属している会社を通じて、書面でこちらの意思を伝えた。
まずはロケッツが町田投手にぜひ入団してもらいたいと思っていること。そして何より、うちのチームは大野監督や優秀なメンタルコーチたちといった気分よくプレーできる環境が整っている点を強くアピールし、心のケアには万全を期すと訴えた。
メンタルに不安を抱えているという情報が事実なら、本当にちゃんと支援するつもりだし、ロケッツは彼の獲得争いで優位に立てるはずだ。とはいっても、すべての球団が入ってくれるのを諦めているほどの状況にあるのだから、駄目元だった。
すると、「熟慮のすえ、指名されたらお受けします」という回答がもたらされたのだ。
「ほんとかよ……」
信じられなかった。僕が藤野オーナーからゼネラルマネージャーをやるように要請されたのと同じくらいの衝撃である。
しかも、この件の発端となったメモは、スカウトの誰もそんなものを僕によこしてなどいないという。とすると考えられるのは、プロでプレーしたいと、密かに思っていたか、そういう気持ちへと変化した町田投手を知る関係者が、プロの側はもう諦めてしまっていて、今のままでは指名してもらえないから、忍び込んだりしてやったということになろうか。
ならば、他球団にも同じ行為をしていて、ドラフトで取られてしまう可能性がある。だけど、心の負担軽減が期待できるロケッツだからプロ入りするのだとも思える。
メモの経緯はともかく、そこらへんをもう一度文書で訊いたところ、やはりメンタルの十分なケアが望めるロケッツゆえ受けるのであり、別のところなら指名されてもいかないとの返事だった。
「やったー!」
スカウトら球団のスタッフみんなで喜び合った。なんという幸運か。宝くじで一億円が当たったかのようだったし、実際にそれに近い気分だった。
これならば、情報が他に漏れても、単独指名は確実だ。とはいえ、礼儀じょう町田投手は一巡目で名前を呼ぶ。
「じゃあ、二巡目以降は……」
気が楽になって、関係者全員ノリノリといった精神状態で話し合った。
そして、即活躍が期待できる中継ぎ投手の他に、安永、コード、森崎各選手といった今年ブレイクの走力も悪くない中距離バッターは揃ってきているので、出てくるのは将来ということになるだろうがホームランを打てる野手、それからキャッチャー、といった現状弱いポジションを中心に選抜していったのだった。
しかし、今シーズンのペナントレース同様にここでも、思わぬ悪い展開が待ち構えていたのであった。




