ヘッドコーチを決めたプロセス
「ヘッドコーチはどうやって選んだんだ?」
藤野オーナーが、僕に訊いた。
「まず思い浮かんだのは、よく『どれだけすごいバッターが揃っていても、ピッチャーが良ければそうそう点は取れない』と言われるように、野球は投手力が非常に大事で、特に交代のタイミングは重要かつ難しく、しかも監督は大野さんなので、ピッチャーかキャッチャー出身の方が好ましいのではないだろうか、でした。なかでも、本人もやっていたので投手たちの気持ちが最もわかる、ピッチャーだった人にお願いしようと考えたのですが、監督が大野さんですから通常のヘッドコーチ以上の大変さでありながら、素人の彼女の部下となるわけで、人間的に相当できた方でないと無理だろうということで、だいぶしぼられてしまう一方、おかげで探す手間はかなり省けました」
「フッ。なるほどな」
そうして決めた高岡さんは、僕の父の桜井弘満と同じく、人間性の素晴らしさがよく知られていて人気があったのだ。
ただ、たとえ人格者でも、今回の要請を受けてくれるかどうかは別だ。気持ちの問題に加えて、何らかの事情で不可能なケースだってあるし。
しかし、その心配は杞憂に終わった。しかも、お願いにいったら、承諾してくれるどころかという展開が待っていたのである。
「いいんですか? 本当に私で」
長谷さんも似た返答だったけれども、訳が違う。
「もちろんです」
僕はうなずいた。
高岡さんは通算で二百十七の勝ち星を積み上げた。分業が進んだ現代の野球において、二百勝するのはバッターで言えば二千五百安打くらいの重みがあり、大投手と評して間違いない。また、長谷さんとは異なり、温和で誰からも好かれるといった人柄でもあるのだから、どうして「自分なんかで良いのか?」との姿勢なのかと、疑問を呈されたこっちのほうが不思議だった。
なので、率直に尋ねてみたところ、過去の指導歴が選手時代に在籍していた東京アローズでのそれほど長い期間ではない投手コーチのみだからということだったのだが、実績からいったら監督の座を求められたってまったくおかしくはないし、くり返すけれども、ヘッドコーチとはいえ素人の大野監督より下の立場になるなどの恵まれているとは到底言えない条件だというのに。
人間性が秀でているのはわかっていたわけだが、あまりの謙虚さかげんに、僕は呆気に取られてしまったのだった。
「非常に限られた候補者ですから、断られると困るというのもありましたが、高岡さんが受けてくださって本当によかったです。なにしろ——」
そう僕がオーナーに対して口にしているときに、試合を中継しているテレビで、ワーッと歓声があがった。うちのチームの抑えの石本投手が相手のバッターを三振に切って取って、ロケッツがベアーズに勝利したのだ。三人のピッチャーによっての、失った点はわずかに一という、理想的な投手リレーだった。
「なにしろ、高岡さんに憧れているピッチャーは多いですから、彼らはキャンプ中、張りきってよく練習しましたし、高岡さんは長谷さんとは正反対で、イメージ通りの、今の選手たちにとりわけ合っている、優しくて言うことにしっかりと耳を傾けてくれる指導スタイルですので、メキメキ力をつけ、おかげで投手陣も昨年までとは比べものにならないほど良くなっていますから」
しかも、その素晴らしい人柄で、性別や野球経験の違いなどからどうしてもギクシャクしてしまうことがある大野監督と他のコーチたちとの良いクッション役になってくれているのだ。
今のところではあるが、コーチの人選は百点と言えるだろう。




