第8話
エルドラド王国外縁の街道沿いの街や村で、奇妙な噂が囁かれ始めていた。
「また出たらしいぞ」
「黒い仮面のやつだろ? 全身真っ黒の」
「夜に見たやつは眼が赤く光ってたって聞いたぞ? 魔物の類いじゃねーのか?」
話はどれも曖昧で、だが共通点があった――
深い森の中や暗がりから急に現れて、魔物や山賊が根こそぎ倒され、死体だけが残る。
素顔を見た者はいない。
名乗ったこともない。
ふらりと現れて消えていく。
残虐非道とも思えるが、現れた地域の治安は安定するという謎の存在。
その正体は誰も知らない。
――ただ一人を除いては。
(……ちょっと派手にやりすぎたか?)
村の食堂で噂話に聞き耳を立てていた俺は小さくため息をついた。
黒仮面の正体は、もちろん俺である。
正体を隠して活動するための方法として、魔力で作った仮面や戦闘コスチュームを作成したのだ。創作魔法の万能っぷりがヤバくて最高である。
魔力の色も自在に変えられることが分かった俺は作成にとても拘った……。
まず仮面――
目と鼻を隠し、コウモリの様な形で色は漆黒! 眼の部分は紅く光る仕様だ!
(想像してほしい、闇夜で揺れる紅く輝く瞳―― カッコイイ!!)
そして、頭髪も銀色へチェンジ! 更にロングストレートに変える。
(漆黒に銀髪―― 良い!!)
戦闘コスチュームも全身漆黒で、更に漆黒のロングコートも羽織る。
背中には剣・魔力を象徴したような模様をプリントしてある。
(去り際の背中を是非観てほしい――)
「ヤバいな……、まじで良いよ。このコスチューム……」
(いろいろと拘ったけど、魔力を編み衣の形に固定した疑似装甲だから――軽く、柔らかく、しかし刃と衝撃には異様なほど強い……。最高ではないだろうか?)
武器の直剣も魔力で作成。必要とあらば瞬時に生成し、不要になれば消せる。
手ぶら……、最高である。
「ごちそうさま~」
俺は食堂を出て歩き出す。
旅を続けた結果、バビロン帝国との国境近くまできていた。
(もう十八歳になったし、約二か月後には受験だから、そろそろ王都を目指すかな?)
村を出てしばらく歩き、街道から外れて森に入る。
魔力による身体強化はすでに常態化しており、自然にギアチェンジが可能になっていた。地面を蹴った瞬間、景色が流れる。
――王都までのラストスパート、次の獲物はどこかな?
◇ ◇ ◇
《アイン視点》
最高学年になった僕の辺境伯領学園生活は平穏だった――
模擬戦場で剣を振るう僕の姿に、周囲の生徒たちが感嘆の声を上げる。
「さすがだね……」
「光の守護者だね……」
その評価に、僕は少しだけ困ったように笑った。
(ステラ姉さんが卒業してからは、まともな訓練ができてないな……)
「……最近は熟練度が上がらない」
誰にも聞かれないように、僕は焦燥感を呟いた。
(一年生の時は、すごく強くなったステラ姉さんとの全力戦闘訓練を行うことができた。正直、先生方よりステラ姉さんの方が強かった。今の僕との訓練について来れそうなのは……)
チラッと上を向くと――
模擬戦場が観えるテラスで、魔導書を読みながらチラチラとこちらを見ている子と目が合った……、逸らされた?
彼女はラフィ・ジパン。ジパン辺境伯の娘さんで『賢聖』の希少ジョブを授かった同級生だ。
(彼女くらいだよな……。でも、僕から声かけると怒ること多いんだよなぁ)
でも強くなるため!と意を決して声をかける。
「ラフィ! ちょっと訓練良いかな?」
ラフィはビクッとした後に、顔を赤くしてこっちを睨んでくる。
(うっ!? やっぱり怒らせた?)
「何!? 私がいないと訓練の一つもできないわけ?」
なぜか、ニヤニヤしながら言ってくる。
「あ、嫌なら……」
「嫌なんて言ってないでしょ! すぐに諦めないで頂戴!」
(難しい子だなぁ。でも助かる……)
「じゃあ、よろしくお願いします」
笑顔でお礼を言うと、また顔を真っ赤にして怒っていたけど、訓練には最後まで付き合ってくれた。なんだかんだで優しい子だ。
訓練を終えて一緒に休んでいると、ラフィが話しかけてきた。
「みんな遠巻きに私たちの訓練を観てるだけで、一緒にって気概の子がいないわね?」
「本当にそうだね。だから付き合ってくれるラフィには感謝してるよ」
笑顔で感謝を伝えたのに、あっちを向かれてしまった。
「ありがたく思いなさい」
「ああ」
ラフィがこっちへ向きなおして、ウインクをしながら教えてくれる。
「そういえば父様が、エイユウ学園への推薦をあなたと私の二人に決めたそうよ?」
「それ言っちゃっていいの?」
でも、嬉しくて口が綻んでしまった。
(ケイとステラ姉さんにまた会える!!)
「嬉しそう……、そんなにステラお姉さまに会えるのが嬉しいの?」
ラフィが複雑そうな顔で聞いてくる。
「もちろんさ! でもそれ以上に”ケイ”にも会えるのが楽しみなんだ!」
「……っ!?……、ケイって誰?」
ラフィがなぜか絶望的な表情で聞いてきたので、僕はイセ村でのケイとの思い出を多少誇張したかもしれないくらいに話した。
――満面の笑顔で。
その後、ラフィは魂の抜けたようにフラフラと帰っていった。
小声でラフィが『ケイ、ケイ、ケイ、ケイってどんな女子なの?』と言っていた気がするが、ケイは男だから別の人かな?
もうすぐ会えるんだね、二人に――
◇ ◇ ◇
《???視点》
わたしの家では、八歳で鑑定水晶による得意属性を確認するのが習わしだ。
その鑑定の結果、わたしは”死霊魔法”の適性があることがわかった。
その日以降、わたしは家族の顔を見たことがない――
十五歳の洗礼式も、神官様がわざわざ私のいた離れにきてくれて洗礼をしてくれた。
わたしが授かったジョブは『死霊使い』。
更に人前に出ることを強く禁じられたわたしは、離れから出ることを許されず、他者と話すこともなく、最低限の食事のみを許される、そんな日々を過ごしていた――
そして今、馬車に揺られて移動していた。
わたしはどこへ行くのだろう――
山道を進んでいた馬車が、突然停止した。
「――やめろ! この紋章が見えないのか!!」
「知るかそんなもの!!」
次の瞬間――
何人もの男たちが、獣のような叫び声を上げながら戦っている怒号が聞こえた。
次々と人が倒れていく音が聞こえる。
静寂――
(怖い怖い怖い怖い……、外はどうなったの?)
声も出せず震えていると――
「……っ!」
乱暴に開かれる扉――
返り血を浴びて恐ろしいほど邪悪な顔をした賊――
その男の後ろに見える、ここまで一緒に来てくれた人たちが血塗れで倒れて動かない姿――
(わたし……、ここで死ぬのね…………っ!死にたくない!)
目をギュッと瞑る、恐怖で歯がカチカチ鳴る、身体中が震えを止めようと自身を抱きしめるが震えは止まらない。
邪悪な男の穢れた手がもうすぐわたしの身体に――
(――来ない?)
勇気を出して片目を少し開けてみると……。
(ヒィッ!?)
目の前に来ていた男は、縦に真っ直ぐ切られて倒れていた。
誰も動くもののいない場所で一人、血だまりの中に立っている男性がいた。
眼が紅く輝いている全身漆黒の男性――
「……あなたは死神?」




