第9話
――死神?
その一言を最後に、少女はその場に崩れ落ちた。
「っ!!」
(危ない、危ない……)
崩れ落ちた少女を抱き止め、仮面越しに見下ろしながら俺は小さく息を吐く。
(間違いない……)
頭の中で、記憶が噛み合う。
(帝国国境沿いの深い森の中……、“世に出せない王族”を隔離する塔……)
薄い水色髪に長いまつ毛、儚い雰囲気にとても可愛らしい顔立ち――
――リリス・バビロン
(またか……、隠しヒロインたちと、イベント前に遭遇することが多くないか? 嬉しいけど!!)
俺は魔力でマントを生成し、リリスを優しく包み込む。
(軽すぎる……。まるで、存在そのものが希薄みたいだ……)
実際に抱き上げた軽さと、ゲーム知識として知っていた過去を重ね、怒りを覚える。リリスが壊れないように、優しくギュっと抱きしめる。
「クソっ!!」
ブオッッッ!!
魔力の暴圧が俺を中心に吹き荒れる。
周りの木々が全てなぎ倒され、地面が抉れて根がむき出しになる。
(やば! 落ち着け〜俺。久しぶりに魔力が乱れたぜ……、まだまだだな……)
「さて、確かこっちだよな」
身体強化を最低限に抑え、森を駆ける。
枝を避け、気配を消し、音を殺す。
――やがて、視界の奥に“塔”が見えた。
◇ ◇ ◇
「……何者だ!?」
塔の前、警備兵が槍を構える。
俺はリリスをそっと地面に下ろした。
「帝国の馬車が襲われていた。彼女だけは生きていた」
それだけ告げる。
兵士たちの視線が、少女に集まる。
「……確認する」
数秒後。
「……確かに、我々が預かる」
俺は頷き、踵を返す。
(今はまだ、何もしてあげられない……)
背を向けた、その瞬間――
「……っ」
微かな気配。
意識が、戻りかけている。
俺は立ち止まり、振り返らずに呟いた。
「時が来たら――」
一呼吸。
「君は、俺が救う」
それだけ言って、森へ消えた。
◇ ◇ ◇
《リリス視点》
(……ゆめ……?)
ぼんやりとした意識の中で聞いた言葉――
知らない誰かの声。
低く、静かで、でも優しい声……。
(……す、く……う?)
絶望しかなかったわたしの世界に――細く、でも確かな希望の光が差し込む。
窮地を救ってくれた人。
漆黒の死神が残してくれた言葉。
わたしは再び落ちていく意識の中で、その希望を胸に刻んだのだった――
◇ ◇ ◇
《ケイ視点》
リリスを送り届け、俺は学園都市に向かって深い森の中を駆け抜けていた。
(……本当に置いてきて良かったのか――)
”塔”での生活はきっと良いものではないだろう。ゲームでの設定を知っている俺は分かっていたはずだ。でも――
「――きっと今は救えない……」
ゲームでも選択を一つ間違うだけで、本当にそれだけで救えなくなる細い道だったのだ。安易に試すなんてことは、俺にはできなかった……。
(……だから俺は”今は救えない”なんて逃げの思考なのか?……しかし、必ず救いたいからこそ……)
俺の答えは出ないまま、時間が過ぎていった……。
ただ一つ確定していることは――
「――必ず救ってみせる」
この覚悟だけは確かだった。
◇ ◇ ◇
そして、時は流れて入学式――
【エイユウ学園】
エルドラド王国の王都内にある、英雄育成の最高学府。
(……懐かしいな)
正門をくぐりながら、俺は転生前の記憶を思い出す。
(試験の時も来たけど……、この入学式の当日の正門の景色――)
それこそ何度も何度もやり直したゲームの、必ず見ることになる景色……。
正直、嫌な思い出だけど実際にこの場に立つと――
「――やっぱり感動の景色ってやつだよな……」
こういう時に俺は、本当にあのゲームが好きだったんだと思えた。
あのヒロインたちに出会えたこのゲームが――
俺は、一般入試での筆記、実技、魔力測定を問題なく通って入学できた。敢えてギリギリラインを狙って入った。
(まあ、目立つわけにはいかないからな……)
会場のざわめきの中、懐かしい気配。
「おっ、アイン!」
「ケイ!!」
振り向き俺を見つけた瞬間、全力で手を振ってくる幼馴染。
(可愛いやつめ!)
はしゃぐアインにホッコリする。久しぶりのアインをよく見ると……。
(すごいキラキラして、前よりイケメン具合が上がってるな?)
そして、アインの周りにはたくさんの女子がいた――
(……あれ?……ん!?)
金髪のナイスボディ巨乳美女令嬢。
神聖な雰囲気の巨乳美少女。
知的そうなメガネ巨乳の美女。
低身長のロリ巨乳の美少女。
おっとりした雰囲気の超巨乳エルフ。
闇深そうなケモ耳巨乳美少女。
(“正ヒロイン”全員揃っているぅ!!)
「おいおい、まだ入学式が始まる前だぜ……」
俺は思わず呟いてしまった……。
そんな俺の呆れた様な視線を察したのか、アインは少し照れたように笑う。
「えっと……、道中でいろいろあってさ」
(最速でフラグ回収したな、こいつ……)
爆速のアインと呼んでやるかな?……呼ばんけど……。
「本当に久しぶりだね、ケイ」
「ああ。約束通り、ここまで来たぜ」
短く握手してお互い笑いあう。
(アインのやつ強くなったな。これならメインルートは任せられそうだ)
『ケイって男だったの!?』
(ん? ラフィが俺をガン見してブツブツ言ってるけど……、会ったことないよな?)
その時、学園の時間を告げる鐘がなった。
「あ、そろそろ入学式だ」
「行こうか」
「後でちゃんと皆を紹介するよ!」
「ああ」
俺たちは二人並んで会場へ向かった。
◇ ◇ ◇
入学式が始まり、壇上に立つ学生会長――
「新入生の皆さん、ようこそ――」
凛とした声、誇り高く立つ少女、素晴らしい挨拶。
学生会長――ステラ・ツクヨミ。
(姉さん……、更に綺麗になって……。弟としてはいろいろと心配だよ……)
エイユウ学園はギャルゲーの舞台だけあって、みんな指定制服を着ている。
男女共にブレザーの制服で、学年でバッジの色が違ったりする。
もちろん、戦闘に使えるように特殊加工もしてあるらしい。
(紺色のブレザーに赤色のネクタイっ! チェック柄のスカート!! 姉さんに似合い過ぎて怖いんだが!?)
姉さんの素晴らしい姿に、会場が静まり返り挨拶に聞き入っていた。
『続いて――新入生代表、アイン・アマテ』
壇上に立ち、まっすぐ前を見て、アインが挨拶を始める。
光を背負うような立ち姿――
(……始まったな)
ゲームのプロローグ場面が――そこには在った。
(ここからが本番。ゲームの世界だけど、リセットなんかできないリアルの世界)
メインストーリーでは敵役として出てきて、倒され、殺されてしまう存在――
世界にとっては死ぬべき運命の存在――
絶望の中で消えていく存在――
そんなあの子たちを救うために、俺はここまで来たぞ!!
世界を救うのはアインの役目だ。
だから俺は自分が救いたい人たちを救う――
シルファ。
リリス。
アゼル。
アインの挨拶を聞きながら、俺は決意を固め直していた。




