第80話 ナミエの婚約者
「……ありがと、ケイ君」
「お、おう」
ナミエが落ち着いたので、俺はそっと彼女から離れる。ナミエは耳まで赤くなっていて、俯いたままお礼を言ってきた。俺も今更ながら恥ずかしくなって、顔が少し熱くなってしまった。
「……ケイ君も顔が赤いよ?」
「っ!……ナミエなんか真っ赤だぞ?」
「うみゅぅ……」
(ヤバい、ナミエがすげー可愛く見えてしまう!)
「「…………」」
俺はフワフワした気持ちを抑え、ナミエに聞いてみる。
「ナミエ、辛いかもしれないが、話してくれるか?」
「……うん。聞いて、ケイ君。あーしと、この島の話を――」
真珠という希少かつ神聖な宝珠の独占によって栄えたシーサー家は、この島ではまるで王家のような扱いで、誰も逆らえない名家になってしまったそうだ。
「裏海獣迷宮の独占のために、聖域って言って近づける人間を絞って、更に迷宮自体に入れるのは“霊媒師“のジョブを持つ本家の人間と、その配偶者か婚約者ってルールにしたの……」
「じゃあナミエの父親は?」
「父さんは、配偶者側。元はシーサー家、分家の前衛職だよ」
「え? じゃあ何で当主に?」
「父さんには八人も妻がいるの。“元正妻“が本家の霊媒師で……、母さんの姉だった人」
「…………」
ナミエは悲痛な表情になって俯く。
「もう亡くなってしまったさぁ。霊媒師ジョブの子を産めなかったことで、心を病んでしまって……」
「また、ジョブかよ……」
(本当にこの世界は、ジョブ、ジョブとうるさい世界なんだよ!!)
「……父さんもさ、あんなになったのは、叔母さんが死んでからだったさぁ」
「そっ!? だからって!?」
「ごめん、ケイ君。……あれでも昔はね……」
(――だからって!? ナミエにあんな態度はないだろ!!)
俺の心のモヤモヤが分かったのか、ナミエは俺の手を握り上目遣いで言う。
「ごめん、そしてありがとう。あーしのために怒ってくれて嬉しい。不謹慎だけどね?」
「っ!……怒るのは当然だろ? 俺の可愛い弟子なんだからな!」
「ぶ~、弟子なんさ?」
「可愛い弟子だ!」
なんだよ~って横を向いてしまうナミエ。
「それで?」
「ああ、うん。それで八人も妻がいて、霊媒師のジョブを持って産まれたのは、あーし一人なんだ――」
叔母の死で壊れた当主のコウヨウは、やっと産まれた霊媒師ジョブのナミエを、道具のように扱うようになった。霊媒師というワードに、アレルギーのように反応するようになったそうだ。
「母さんもさ、妻の中で序列が最底辺だったんだけど、あーしが霊媒師って分かった時から序列が上がってね……。あーしというか、霊媒師のあーしという存在に、依存するようになったさね……」
きっと、叔母が好きすぎたコウヨウ。
辛かった不遇時代に戻りたくないメイサさん。
確かに、それぞれ辛かったんだろう。
でも――
(――だからってっ!! ナミエにあの態度をする理由にはならない!!)
「それに、あーしはケイ君に会うまで、本当に落ちこぼれだったさね?」
その時――扉が勢いよく開かれる。
「ナミエ! 庭に出ろ!!」
コウヨウが俺たちを見下ろして言った――
庭には心配そうに見ているメイサさん。他にも女性がいるが、他の妻だろうか?
そして、コウヨウと大柄な日焼けした中年男。
「よお、ナミエ。いい女になったみてーだな?」
「久しぶり、コウスケ叔父さん。そういう視線が、セクハラになるって知ってる?」
「ナミエ、当主命令だ。コウスケと婚約しろ」
「「…………」」
唐突な命令に、俺たちは一瞬フリーズした――
「え? 今なんて?」
「コウスケと結婚だナミエ。こいつが分家で一番強い」
「ちょ!まって!! 叔父さんはもう四十路だよ!?」
「年齢なんて関係ないさ~! 俺は大歓迎だぜぇ?」
ナミエは身震いして自身を抱く。
「本気で無理!!」
「わがまま言うなっ!! お前がちゃんと精霊召喚できんから! 早く次代が必要なんだろうが!?」
「っ!? もう召喚できるしっ!!」
ナミエは瞬時に巨大なシーサーを召喚する――
「「「「なっ!?」」」」
「あーしは強くなった!! この、ケイ君のおかげで!!」
そう言って俺の腕を抱えるナミエ。
(おおぅ!? ナミエさ~~ん!?)
「この人があーしの師匠で!!――」
俺を見つめてから頬を染め、やつらに向き合って。
「あーしのっ!!恋人です!!!!」
「「「「えええええ!?」」」」
思わず俺も一緒に叫んでしまって、ナミエに睨まれた……。
コウスケだけが納得しないといった顔で――
「御当主様、たしか俺を婚約者にって、今日俺を呼んだんですよね?」
「あ、ああ。まさかナミエが恋人を連れてくるなんてな……」
「だから何です? あんな余所者で良いんですか? 島の霊媒師様でしょ? ナミエは……」
「う……、むぅ……」
コウヨウは悩むように黙ってしまった。
(今、だよな? ざまあ、して良いよね?)
チラッとナミエを見ると――失笑しながら「どうぞお好きに」と呟いた。
(許可は――得たっ!!!!)
俺は一歩前へ出る。
(――俺を見ろ!!!!)
極々小の”魔殺気”を放つ――
バッ!!!!
全員の顔色が悪くなり、そして全員が俺を見た。
「余所者とか関係ないでしょう? 迷宮攻略に必要なのは強さだ。……違いますか?」
コウヨウが短く返答する。
「……その通りだ」
「そして、もう一つ大事なこと――」
チラリとナミエを見る。ナミエは、なに?って顔をする。
「――それは、ナミエを幸せにできるかどうかでしょ?」
「「「「…………」」」」
沈黙の中で一人、コウヨウだけが笑いだす。
「クク、ハハ、ハァ。……確かに、それは大事だな」
そう言ったコウヨウの目には、理性の輝きが残っているように見えた。
チラッと見ると、ナミエは真っ赤になって俯いていた。
「では、どちらが強いか、闘えばわかりますね?」
「ああん!? てめ~、俺に勝てるつもりか!?」
「……え? 当たり前じゃん?」
「っ!! 殺す!!」
「待て!? ナミエと一緒に来たお前!! 良いのか!?」
「ケイです。ケイ・ツクヨミ。問題ないですよ。初めてもいいですか?」
「え!? すげーやる気!? ああもう知らん! 始めろ!!」
かなり適当な感じだが、許可が出た瞬間に突っ込んでくるコウスケ。
「死ねやあああああ!!」
俺もムカついてるから、やり過ぎないように――
「――お前が!!死ね!!!!」
ドゴンッ!!
「「「「…………」」」」
コウスケは、首から上が地面にめり込んでいた。
「はっ!? ケイ君! 死んじゃう!」
「あ……」
コウスケの足を持って持ち上げる。うん、生きてはいるな。
俺はそのままポイっと投げ捨てる。
(……ここからが、本番――)
俺はビッとコウヨウを指差す。
「次はあなたです、コウヨウさん。あなたが、この島で一番強いのでしょう?」
「図に乗るなよ、若造が。俺は一人で聖域を守護しているんだぞ?」
俺はため息をつく。
「ナミエから聞きましたよ。この島の歴史や、あなた方の悲劇を――」
「だからなんだ!?」
「――だから思ったんですよ。あなたが守るべきは聖域じゃなかった」
「は?」
「あなたが守るべきは、亡くなった奥さんであるべきでしたよね?」
「っ!!!!」
コウヨウの纏う覇気が爆発する――
「貴様にいいい!! 何がわかるううう!!!!」
「俺にはお前の気持ちなんて分からねえええ!!」
俺に殴りかかってくるコウヨウ、その攻撃は苛烈であったが……。
さすがに島最強、だが――
(俺のっ! 敵じゃねえ!!)
一方的にボコボコにしていくが、コウヨウの目は死なない、これだけは否定される訳にはいかないと言わんがばかりに――
「俺は! 俺は! 俺だってえええええ!!!!」
「その気概で理不尽を覆せば良かったんじゃねーのかっ!!」
「出来なかったんだよおおお!! 俺はっ! あいつだけを愛したかったんだあああ!!」
その叫びに、見守っている妻たちは悲痛な表情になる。でもどこか、分かっていたような、そんな表情にも見えた。
「ちくしょおおおがあああああ!!」
ボコッ!!
コウヨウの一撃に俺の拳がカウンターで入り、やつは吹っ飛んで倒れた。
俺は倒れているコウヨウの側に行き、静かに告げる。
「そんな悔しい思いをしたならよ、子供たちに同じ業を継がせるなよ?」
「……島の……ためだ……」
「真珠が独占できれば、文句ねーだろ? 別に霊媒師やら、本家やらに拘らなくっていいんじゃねーの?」
「………ある程度の規制と、実力が必要なんだよ。迷宮が溢れないように調整も必要だ……」
「規制は任せる。攻略の実力と調整が永続的に可能だとしたら?」
「…そんな夢物語が……」
俺はため息を吐いて、アイテムボックスから”ある物”を出す。
(ディーは知ってて、これを秘密兵器って渡したのか??)
「こいつは……」
コウヨウは目を見開く。
「ゴーレムって知ってる?」
俺は”人造ゴーレム”の『ダーヨ君』と引き換えに、ナミエを頂いて行くことを約束させた――




