第79話 ナミエの家族
「「「「こんにちはっ!」」」」
「はい、こんにちは〜」
ニコニコと島の爺さまが、挨拶を返してくれる。
(……うん。みんな良い人っぽいじゃん)
俺たちはナミエの教え通り、神の島であるカダク島に着いてからは、道行く人にしっかりと挨拶をしていた。みんな穏やかそうな人たちで、島全体がゆったりとした雰囲気であるように思えた。
ナミエ以外は――
「なぁ、ナミエ……」
「――ケイ君、話し掛けないで、こっち見ないで、潜伏スキルが解けちゃう」
島に着いてからナミエは、俺の陰に隠れ、全力で潜伏をしつつ目的地への誘導をしていた。
(せっかくの帰省なのにな……、まさか、ナミエも事情持ちなのか?)
俺が知っているのは、ここが地元で、霊媒師ってジョブなのに落ちこぼれで周りを見返すために飛び出して来たことだけ……。
(そもそも、神の島の霊媒師って時点で何かありそうな雰囲気だな……)
考えてみたら、俺はまた事情がありそうな子を弟子にしたのかも知れないと思った。
チラッとナミエを見ると、だから見ないでって言ってるでしょ?というような目線を送ってくる。
「…………」
そのままナミエを見ながら歩いていると、頬を赤く染めてプイッと視線を逸らしながら、俺のシャツの裾を掴んで着いてくる。
(なんだこいつ?……可愛いな……)
俺は思ったより気安い距離感の子が、好きなのかもしれないな……。
そんなことを考えていると、ナミエに裾を引っ張られた。
「着いたさっ!」
ナミエは潜伏を解いて飛び出す、その先には集落から少し離れた場所にある、大きな屋敷があった。
「おばあ! ただいま〜!」
庭にいたお婆さんに抱きつくナミエ。
「あら〜ナミエ、久しぶりさね〜? 元気にしてたんかさぁ?」
「元気にしてたよ〜、おばあも元気だったさ?」
「もちろんだよ〜。ナミエが嫁に行くまでは、おばあは死ねんさね〜」
「いやだな〜、おばあは〜」
二人で楽しく談笑していた。俺たちは暖かい目で見守っていたのだが、急にナミエはハッとなって、こちらを見る。
みるみる彼女の顔は赤くなっていき――
「違うっ、違うよ? ちょっと久しぶりで嬉しくなっただけで! いつもはこんなに甘えないよ!」
俺たちは生暖かい視線を向けたまま、頷くのだった。
「本当さ〜〜〜!!」
ナミエの叫びが響き渡った……。
(お前は身を潜めてたんじゃなかったのか?)
◇ ◇ ◇
屋敷の中に通された俺たちはナミエのおばあ、トモミさんに歓迎してもらっていた。
「何もない所だけど、ゆっくりしてってね〜」
そう言って、お茶とお茶受けを出してくれる。
「おばあの黒糖ドーナッツは、島一番なんだよ〜」
(サーターアンダギーじゃん!?)
「たしかに美味いっす!」
「……最高」
他のみんなも美味しいと食べていて、俺も食べたけど、これはリピートしたいと思うくらい美味しかった。
「喜んでくれて、おばあも嬉しいさ〜。ところで、今日はこんな大人数で何か用さ?」
「あっ!? そうだった。ねぇ、おばあ? 島の迷宮に、こっそり入る方法ってないかな?」
「え!? ナミエ! そら他所のもんに言ってはダメなやつさー!?」
「あ〜ね。おばあ、あーしは話してないの。このケイ君が、最初から知ってたの。別名でね……」
「まさか……」
トモミさんが俺を凝視する。
「ええ。知っていましたよ。“裏海獣迷宮“をね」
「……どうやって」
「俺は世界の構造ってやつに詳しいんですよ。大丈夫です。迷宮の“完全攻略“はしませんから」
(ちゃんと迷宮崩壊させないアピールはしておこう。たぶん、ドロップアイテムの関係で秘匿しているんだろうしね……)
「…………」
「おばあ?」
「ああ、大丈夫さ〜」
不安そうに覗き込むナミエに微笑むトモミさん。
ため息を吐いて、俺に視線を戻す。
「どこまで知ってるさ?」
「真珠――で、通じますか?」
「っ!!……十分だよ」
(裏海獣迷宮も深度が低く5層だけだ。そして、この迷宮でしかドロップしないアイテムが真珠。この地の特産品で、最高級の宝珠な上に神事でも使用されるアイテムだ)
それの独占が出来るメリットは、絶大だろうなと思った。
「ナミエの頼みだから、聞いてあげたいけどね〜。あたしは引退した身だし、本家が黙ってないだろうしね〜」
う〜んと悩むトモミさん。
その時、屋敷の玄関からトモミさんを呼ぶ声が聞こえてくる――
「げっ!? あの声……」
「あらら〜、ナミエ誰かに見られたん?」
「ううん」
「さっき外で叫んだからじゃないか?」
俺が突っ込むと。
「「あ……」」
二人の声が重なった……。
どうやらナミエが会いたくなかった母親が、この屋敷に来てしまったようだ。あまり大人数で相対しても話が拗れると、トモミさんの提案で俺とナミエとトモミさんだけで玄関へ向かった。
「母さん!! ナミエいるんでしょ!? 出てきて下さい母さん!!」
「うるさい子だね! 何度も叫んだり叩いたりするんじゃないよ!!」
玄関を開けながら注意するトモミさん。
「ナミエっ!!」
注意なんか聞いてないかのように、一目散にナミエへ抱きつくナミエ母。名前はメイサさんと言うそうだ。
「ナミエ! 母さん心配したのよ? 急に居なくなるし連絡も無いしで! あなたが居なかったら、母さんおかしくなってしまうわ!!」
「…………」
メイサさんに抱きつかれるナミエは、正気の抜けた表情をしていて、されるがままに抱きつかれていた。
(目が死んでるなぁ。こんなナミエの表情見たことないぞ……)
「メイサ、ナミエが嫌がってるからやめなさいって」
「何を言うんですか母さん!? ナミエは嫌じゃないよね?」
「…………」
「ほら? 嫌じゃないって!」
(これは……、根が深そうだなぁ……)
トモミさんはため息を吐き、メイサさんに問う。
「それで、何の用なんだい?」
「ナミエを家に連れて来るように言われてるの。……あの人に――」
“あの人“という言葉に反応したナミエ。どことなく顔色が悪く感じた。
「あのバカが呼んでるのかい?」
「御当主様ですよ母さん。失礼でしょ?」
「あいつなぞバカで十分さっ。しょうがないから、あたしも行くかね〜」
「あ、母さんは出禁ですよ?」
「マジかい?」
「本当です。ここに手紙が……」
トモミさんは手紙を読み、「あのバカっ!」と手紙を破く。
「すまないさぁ、あたしは一緒に行ってやれない。すまないね〜ナミエ」
「なんくるないさ〜」
ナミエは笑顔で返し、俺の横へ来た。
「あーしには、ケイ君が着いてるからっ!」
(え!?)
トモミさんは安心した表情になって、「そっかぁ、そういうことさ〜?」と呟く。
(トモミさん、そういうことじゃ無いですよ……)
「ナミエ?……」
メイサさんには睨まれるし……。
こうして俺とナミエだけが、シーサー本家、ナミエの実家へ行くことになった――
◇ ◇ ◇
トモミさんの屋敷も大きいと思ったが、シーサー本家はその比ではない大きさだった。
(デッカいし、めっちゃ広いな!? まだ門につかない!?)
ここだと説明されてから、しばらく歩いてやっと門に着くほどの広さだった。
正門の左右には異形の獣の像が立っていた。
(なんか厳つい像だなぁ……)
俺が見ていると、メイサさんが説明してくれる。
「それは島の守り神様の像で、シーサー家の象徴でもあるんですよ」
「え!?」
(これがナミエがいつも出すシーサー!? 全然違くないか!?)
驚愕している俺を見て、ナミエが少し微笑む。
「あーしのは、これをデフォルメしたお土産用の可愛いやつさ〜」
「そっか、どうりで……」
「ね〜、可愛くないっしょ?」
「同意だね」
緊張気味だったナミエの雰囲気が、少し柔らかくなったので良かったと思った。
しかし、当主の前に行くとナミエの表情は冷たいものに戻ってしまった。
「オメェはさ、人に迷惑かけちゃダメって教わらなかったのか? 勝手に居なくなってよ。まあ、元々戦力として微妙だったとはいえな? 形式的に必要なわけよ、分かるか?」
当主のコウヨウは、開口一番で愚痴りだす。
「……父さん、来客も居ますので――」
「当主様と呼べや! オメェは覚えが本当に悪いよなぁナミエ。メイサっ! オメェの教育が悪いんじゃねーのか!?」
「違うんですっ! 私はしっかり教育してるんですけど、この子は本当に覚えが悪くって! ほらナミエ、御当主様に謝って?」
「…………」
ナミエは静かに頭を下げた。
「おいおい、おいおい、勝手に家出して迷惑かけて、それを俺がわざわざ教えてやってるのに、何の言葉もねーのかよ!? 信じられんよなぁ?」
「ナミエ!? 何してるの!? ちゃんと御当主様に謝罪をしなさい!! 私が叱られてしまうのよ!? そんなのナミエも嫌でしょ!?」
「……申し訳、ありませんでした……」
(……俺は何を、見せられているんだ……)
そこからも、コウヨウは一方的にナミエを罵り。そして、コウヨウにだけ気を使うメイサさん。ナミエは静かにそれを聞き入れる。このやり取りをずっと見せられる俺。
キレてもいいかな?と一度立ち上がろうとした時、ナミエに手で止められた。ナミエの目は、まだ今じゃないと言っているように感じた。
「とにかくオメェは自室に居ろ!! また呼ぶからな!! 勝手に居なくなるんじゃねーぞ!?」
「御当主様っ!」
一方的に言って出て行くコウヨウ。メイサさんも、それを追って行ってしまった。
「「…………」」
ナミエは俺の方に向き直りニヘラと笑う。
「なんかごめんさ〜、こうなるの分かってたから避けてたんだけどさっ! ごめんね〜」
「……ナミエ」
「嫌な思いをさせちゃったけど、聞いてくれる? あーしの話……」
「ああ、聞かせてくれ。ナミエの涙のわけをさ」
気づいてなかったのか、ハッとして顔に手をやるナミエ。彼女は引きつった笑顔のまま涙を流していた。
俺はそっとナミエを抱きしめ、彼女が話をできるくらい落ち着くまで、抱きしめ続けた――




