第67話 黒猫族の戦い方
《アーキ視点》
開けっ放しだった窓から日が差し込んで来て、あたしは目を覚ました。
(……よく、眠れた)
まだ復讐は済んでいない、まだ敵が誰かも分かっていない、けど……。
「……アイン」
昨日のことを思い出して、あたしの胸は温かくなって――気持ちも軽くなってしまった。
自分の頭と耳を、優しく触れてみる。
(大きな手だったな……、泣いちゃったけど……、いろいろ一緒に流せたみたい)
でも――
「心の重りは取れても、事実は変わらない……」
あたしは気を引き締めなおす。
家族や一族を失った事実は変わらないのだ、あたしの心が救われて終わりじゃない。
「今日、あたしは真実を掴むよ……、父さん、母さん、エンジュ」
あたしは準備を整えて、自室を出た――
◇ ◇ ◇
食堂に降りたが、まだ誰も起きてきていなかった。
(よく眠れたからな……、早く起きすぎた?)
従業員さんはいたので、朝食を用意してもらって食べた。ゆっくりと魔力の流れを確認しながら食べていると、アインが食堂に降りてくる姿が見えた。
「おはよ……、アーキは眠れたかい?」
「とても……、アインは……寝てないの?」
アインは明らかに寝不足で、目の下に隈を作っていた。
「アーキは大事な試合だからね……休めたなら良かったよ……」
「うん。アインはどうして?」
「う、う~ん。考えごと、かな?」
アインは横を向き頬を掻いている。顔を赤らめて……。
(あれ!? あたし頭を撫でてもらっただけだよね!?)
アインの反応を見て、自分の記憶に自信がなくなってきた。それ以上は、何もなかったはず?なぜかあたしも恥ずかしくなってきた……。
「……アイン、正直に答えて。……あたしは撫でられただけだよね?」
え?って顔になったアインは、すぐに慌てて弁明する。
「うんうん!撫でただけだよ!何もしてないよ!」
「じゃあなんで?……」
う~んと悩んだ後に、アインはこちらを向いて答える。
「……本当は、試合前のアーキに言うことじゃないと思うけど……」
「……けど?」
「アーキの寝顔が可愛くて……、耳のさわり心地も良かったから……」
「っ!!!!」
「思い出したら、眠れなくなっちゃったんだよね」
「っ!!〜〜〜」
今度はあたしが恥ずかしすぎて、アインを直視できなくなってしまった。顔がすごく熱い! きっと真っ赤だ。
「「…………」」
「……ごめん、アーキ」
「ううん、あたしが甘えたんだから……」
「僕はいつでも甘えてもらっていいよ。アーキを撫でるの、好きだし……」
「バカ、……でも、お願いする時もあるかも」
二人で視線を合わせて、にへらと笑ってしまう。
「逆にアインも、あたしの胸に抱かれたい時には言ってね?」
「え!?…………お願いします」
「うん、お願いされますっ」
「「…………」」
二人で机を挟んで見つめ合い、アインから目が離せない空気になってしまった瞬間――
「あ~、いいかしら?」
二人してビクッとなって声の方を向くと、勇者パーティーのみんなが居た……。
「おはよう、取り敢えずアインは寝なさい。目の隈がヤバいわよ……」
ラフィの指摘はもっともで……、ジト目も怖い。これが、やられる側の気持ち……。
ラフィが、強制的に寝かせるとアインを連れて行った。
(そんな水魔法があるのかな? さすが賢聖……)
「いやあれは、物理で寝かされるんじゃない?」
ウリエが教えてくれた。
みんなは、「アーキは試合に集中して」と送り出してくれた。試合までにはアインも起こして、一緒に行くからとも約束してくれた。
(みんな良い人。ラフィたち、本当はアインとあたしが接近するの、嫌だよね……)
でも聞いてみたら、「「「アインだしね」」」と笑っていた。彼女たちからすると、時間の問題だったと思っていたそうだ。その内、ミカエラとエルも”こっち”に来るからと言われた。
(複雑……。でも、みんな仲良くできるのは、良いかも……)
あたしには帰る場所がある――今は本当に、心からそう思えた。
◇ ◇ ◇
大歓声の中、決勝戦の舞台に立った――
「ニゲルの娘よ。よく、ここまで来たな」
「っ!!……知って、いたのか?」
「面影が……、ある」
「……ニゲル・ビーストの娘、アーキ」
「アーキ……、そうか」
ティグリス王はその場で頭を下げる。獣王が公衆の面前でだ……。
会場がざわつくが――
「皆の者っ!! 黙ってもらおうかっ!!」
一喝――会場は静まりかえる。
「獣王として……、アーキに謝罪する」
「…………」
「俺が就任する前の事だとは言わない。これは歴代獣王として君へ、いいや、君の一族へ謝罪すべきだから、させてもらう……」
頭を上げたティグリス王の顔は、本当に悲しい表情をしていて――
「……謝罪を、受け入れてもらえるか?」
そう言って胸に手を置き、紳士の礼をした。
「……あたしだけじゃない。一族のことなんだ」
あたしはティグリス王を真っ直ぐ見て。
「……あたしは新しい居場所を、見つけることができた。……だから謝罪は受け入れる。でも――」
ティグリス王を指さして言う。
「――みんなのためっ!! 真実を!! 本当のことを教えて下さい!」
ティグリス王は目を閉じ、ゆっくりと返事をする。
「……わかった。……その願い、獣王の名にかけて、俺の命が続く限り、遂行することを誓おう」
「お願い、します……」
あたしも深く、頭を下げた。そして、顔を上げるとティグリス王は優しい顔になっていて……。
「ニゲルの友人としても、一言いいか?」
「……はい」
「生きていてくれて、ありがとう……」
「っ!……はい」
あたしは単純なんだろうか?野生の勘とも言えるけど……、この王は敵じゃないと、そう思えた。
「では試合前に、両者握手をっ!」
審判に促され、ティグリス王と握手をする。
その時――
「敵の目星は付いている、まだ証拠が掴めないだけだ」
ティグリス王が囁いてきた。驚くあたしに視線を向けず、そのまま囁く。
「この試合の後に敵は動くだろう、油断するなよ」
そう言って握手を離し、元の場所へ戻って行った。
振り返りニヤリと笑うティグリス王。
「さあっ!! 禊は済んだっ!! これから始まるは今後十年の時を、獣王として治める強者を決める闘い!!」
ティグリス王の声が闘技場に響きわたる、両手を広げて叫ぶ――
「獣王!!決定戦だああああ!!!!」
ウオオオオオオ!!!!
会場中が熱狂に包まれた。
「試合は試合だ、全力で来い!! アーキ・ビースト!!」
「負けない!!」
熱狂の中、試合が始まった――
今回の遠征で一番勉強になったのは、きっとあたしだろう――
あたしは十年前に天涯孤独になってから、独学で闘い方を学んできた。崖から落ちて生きのびて、何とか入ったエルドラド王国南の辺境。あたしは辺鄙な村で助けてもらいつつ、拳聖の兆しで分かった技や身体の動かし方を何となくで行い、昇華させていったのだ。
(でも今回、ケイさんがあたしの闘い方を教えてくれた――)
教わったことは、大きく二つ――
あたしの飛び込みの速さに驚く獣王、回避が間に合わないと腕をクロスしての防御姿勢になる。あのキララ先輩の技も、片手で防いだ防御力……。
でも――
『虎人族に力で勝てるかよ!? 黒猫族の強みは素早さと――』
「獣鋭爪っ!!」
『――鋭い攻撃だろ?』
ザシュッ!! 血が舞った――
自身の防御に自信のあった獣王は驚き、腕を見る。そこには深くはないものの、確かに三本の傷ができていた。
獣王は歯を剥きだして笑う。
「おもしろいっ!!」
そして、金色の闘気を纏ってあたしに襲い掛かってくる。
「ハハハッ!! 蒙獣乱舞っ!!」
凶悪な暴力の嵐が降り注ぐ――でもっ!!
あたしは魔武術で脚を特に強化して躱す――他を犠牲にした脚特化による回避。
(一撃でも受けたら終わり、だから一緒っ!!)
「あああああ!!!!」
避けきった……。
そう、ケイさんに教わった素早さと鋭い攻撃のポイントは”集中”――今のように脚に集中することで速度を、爪や攻撃時の部位に集中することで鋭さを、これが本来の黒猫族の闘い方とのことだった。
(本当に感謝ですケイさん。あたしは七大聖王と闘えています!)
「やるなぁ!!」
「まだまだ行きますっ!!」
今度はジグザグに近づき、獣王の周りを旋回――そしてっ!!
「ハッ!!」
右足先に集中した回転蹴りで攻撃する。
「ちぃっ!!」 ザシュッ!!
避けきれない獣王の横腹を切り裂いた。そして、距離を取る。
「流石……、黒猫族だ」
獣王は、さらに嬉しそうに笑った。
(っ!?)
よく見ると、あたしが付けた傷は、どれもすでに塞がっていた……。
「ん? ああ。俺はちょっとした傷なら、筋肉ですぐに塞いじまうのさっ!」
「くっ!化物……」
「おいおい、酷いじゃ、ねーかっ!!」
そう言いつつ攻撃を仕掛けてくるが、あたしは避ける。
「素早い……。こいつはどうしたもんか?」
「……こちらこそです」
(使うしかないか……、もう一つの教わった……)
まだ全然実用レベルではないけど、獣王に通常の技は通じない……。
あたしは距離を取り、集中する――
『身体強化や無属性魔法って色が変えられるの知ってる? 黒猫族の奥義は――』
あたしは”黒い闘気”を纏う――
「その黒い闘気っ!! 赤く輝く目っ!! おいおいまさか!!」
「奥義、黒魔獣気――」
あたしは黒い閃光になった。
この状態は一瞬しか保てない。でも、その速度は通常の三倍、力も鋭さも三倍。これなら――
「……素晴らしい、だがっ! 甘いっ!!」
獣王の目が黄金に輝く、その闘気も黄金に……、そして――
あたしの右手が獣王を貫く瞬間――
「ハアッ!!!!」
獣王を中心にものすごい圧力が解き放たれる――
舞台は砕かれ塵となり、その波動は会場に展開されていた結界を破壊して会場の壁にヒビを入れる。その波動を至近距離で受けたあたしは……。
「……う、うぅ…」
意識は繋ぎ止めた、でも……、右腕があらぬ方へ向いている。身体中が痛くて動かないや……。会場も異様な静けさに包まれていた……。
「アーーキ!!」
アインやみんなが駆けつけて、治療を開始してくれる。
(本当にありがとう。あたし、全力でやったけど、負けちゃった……)
ティグリス王がこちらに歩いてくる。
「アーキよ、お前は強かった。俺があの奥義を使ったのは、ニゲル以来初めてだったぞ」
それだけ告げ、獣王は振り返り民へ告げる。
「俺の勝ちだっ!! これより十年、俺が獣王として皆を導こう!!」
ウオオオオオ!!!!
さっきの状況を見て静かになっていた会場が、再び熱狂に包まれた。
その時――
「その決定にっ!! 意義ありだっ!!」
「……来たか」
それは、貴賓席の一角――
宰相ムースが放った言葉だった。
(……じゃあ、あの人が敵?)
「強いだけじゃダメなのだ!! 弱くてもだめなのだ!! だから私が!!」
そう言って、手にしていた何かを口に放り込み、飲み込んだ……。
変化はすぐに現れた――
身体が膨張したかのように大きく膨らみ、耳から禍々しい角が生えてきて、眼球は黒くなり、口からは牙が伸びる、背中からはまるでドラゴンのような羽も生えて――あの姿はまるで……、悪魔?
「私がっ!この国を変えるうううう!!」
宰相だった何かが、あたしたちへ襲い掛かってきた――




