第63話 僕の涙と彼女の過去
《アイン視点》
ティグリス王からの言葉――
『もしも思うことがあるなら、獣王決定戦に出場してくれ』
宿泊施設の職員に聞くと、今月末に十年に一度の獣王を決める闘い――獣王決定戦が開催されるそうだ。
(ティグリス王はアーキに出場させて、どうするつもりなんだろう?)
少ししか接していないけれど、人を罠に嵌めるようなことをする方とも思えない。
飛び出て行ったまま戻らないアーキを心配して、みんなは探しに出て行った。僕は戻ってくる可能性もあると思い、アーキの部屋の前で待っていた。
(普段は無口だけど、他人を気遣える優しいアーキ。ティグリス王も、彼女があそこまで忌避するような人物には見えないし……)
アーキのことを何も知れていなかった自分に腹が立ってきて、廊下を立ち尽くしながら拳を強く握りしめていると。
「「あっ」」
コソコソと帰ってきたアーキと、目が合った。
そして――
(あれ? どうしてこうなった?)
アーキの部屋のベッドの上で、二人して正座で向き合っていた。
「「…………」」
アーキの部屋の中にはベッドが一つあるだけで、椅子も無かったのだ。二人してベッドを譲り合った結果が今である。
(……何か言わないと、男の僕から――)
「「あのっ!」」
「「あ!どうぞどうぞ……」」
「ぷっ!アハハ」「フフフ」
タイミングがバッチリ合って可笑しかった僕らは、思わず笑ってしまった。気まずかった空気も弛緩して、僕も肩の力を抜いて話せそうだった。
(うん。僕は純粋にアーキの悩みを聞いてあげたいんだ――)
僕は真っ直ぐアーキを見る――
「アーキ。僕から話してもいいかい?」
「ごめんなさいアイン。あたしから話したい……だめかな?」
おおぅ、出鼻を挫かれるとはこのことだね。でも上目遣いで耳がピコピコ動いて可愛いから譲りましょう、けっして他意はない……。
「うん、いいよ」
「ありがと……。まずは――っごめんなさい!!」
そう言って、ガバッと頭をベッドに擦りつけるアーキ。
「獣王に向かって、あの態度……、勇者パーティーに、ううん……、学園に対して悪いことをしてしまいました……」
「……アーキ」
顔を上げたアーキはピンと耳を立て、強張って泣きそうな顔で――
「あたしをパーティーから追放して欲しい……、きっと迷惑かけちゃうから――」
「アーキっ」
「でもっ! あたしは止まれないの!! この復讐のために生きてっ!! きたんだから……」
そう言い終えると、アーキは涙を流し始めてしまった。それでも彼女は涙を拭くことなく、じっと僕を真剣な瞳で見つめて答えを待っていた。
「アーキ……。僕は、僕たちは君を見捨てない。これは絶対だっ!!」
僕が急に大声を出したので、アーキがビクッとしてしまう。
「僕にとって、もう君は家族なんだ。大事な家族にそんなこと言われたらさ、悲しいじゃないか。僕はまだ強い力を持ってはいないけど、君の力になりたいんだよ……」
「アインは、強い――」
「強くないさ……。いつも、大事な人たちをちゃんと守れないんだ、僕は……」
「そんな――」
「そんなことあるんだっ!!」
「「…………」」
(僕は何をやってるんだ!! アーキの話を聞くつもりがっ! 僕のうっぷんを、ぶつけてしまっているじゃないか!!)
「アーキっ、ごめ」「ごめんっ!アインっ!!」
僕の言葉に被せるように、アーキが大声で謝ってきた。さっきまでの涙は止まっていたが、とても悲しそうな表情に変わっていた。
「あたしばかり……、甘えていたね。アイン優しいから、みんなの気持ちを受け止めて……、そうやって一人で、抱えてくれていたんだね……」
(アーキ……、どうして急に?)
「だってアイン、泣いてるよ?」
(……え?)
指摘されて自分の頬を触ると、溢れだしていた涙で手が濡れた……。
(僕は勇者なのに、みんなに弱いところなんて、見せちゃいけないのに……)
「ありがとう……。アインの涙で、あたしの気持ちは救われたよ……」
アーキは僕の顔を胸に埋めて、優しく抱きしめてくれた。僕の涙は止まらず、しばらくの間そのままアーキの優しさに包まれていたのだった――
どうやら眠ってしまったようで、気づくとアーキのベッドで寝ていた。
(泣き疲れて寝てしまうとか……、しかも、女の子の、その、胸の中でって……)
急にもの凄く恥ずかしくなって、僕は飛び起きた。
「……おはよ。そんなに時間は経ってないから大丈夫だよ?」
「うん。その、ありがとう?」
「「…………」」
お互い恥ずかしくなって赤面して俯いてしまう。
「あの…ね? あたしの過去、聞いてくれる?」
「っうん、聞きたい。アーキのことを知りたいから」
「あぅ……。あたしもアインに知ってもらいたい。あたしの暗いところも全部……」
「聞きたい、アーキの全部。でも、どうして?」
「……涙。アインの感情、今まで見えなかったから……、でも、今日は甘えてくれた……、あたしを心から信用してくれてるんだって……、そう思えたから……」
その告白を聞き、僕は顔がとても熱くなってしまうのを感じた。アーキもそうだったみたいで、耳の先まで赤くしてプルプルと恥ずかしがっていた。
「うぅ、恥ずかしいな……」
「ううん、アインは可愛かった!」
「ゴフッ」
「アインっ!?」
僕は羞恥が限界突破して吐血してしまったが、アーキの心を開くことができたようで、良かったと思うしかなかった……。
そんな時に――
「アーキが戻ってるって!?」
勢いよくドアを開けて、みんなが帰ってきた。
ベッドの上で向かい合う僕らを見て、約三名が僕を部屋から連れ出したのは、自然な流れかもしれないね。
しばらくの後、部屋では狭いだろうと施設の会議室を借りて、僕たちは向かい合っていた。
「大丈夫?アイン……」
アーキは心配してくれるが、僕の顔が腫れあがっていることに触れてはくれないでもらいたい。
「大丈夫さ、それよりもみんなに話そう」
「うん」
僕を外に連れ出した三人がジト目でこちらを見て、ヒソヒソと話していた。
「やっぱり距離感が違いますぅ、目で通じ合ってるしぃ」
「またなの?やっぱりまたなの?」
「アインは遠征すると女子を落とすよね」
これから真剣な話をするので黙っていてほしい……、言わないけど。そして、アーキも頬を赤くして俯いてはダメだと思う……、可愛いけど。
「アーキ」
「あっ、うん」
アーキは真っ直ぐにみんなの方を向いた。
「みんな、ごめんなさいっ!」
まずは謝罪から。
「許されるなら、あたしがあんな事をした理由を、聞いて欲しいの……」
不安そうにするアーキの手を、みんなから見えないように机の下で握る。アーキはピクッと反応した後に、握り返してくれた。
「これからもみんなと一緒に旅をしたいから……、聞いてください、あたしの過去を――」
◇ ◇ ◇
《アーキ視点》
その日は、あたし達姉妹の誕生日だった――
黒猫族は少数部族だったから結束も固くて、部族の子供の誕生日は、村全体で祝ってくれる風習だった。だからその日も、みんなで盛大に祝ってくれた……。
あたし達が部族長の娘で、双子だったのもあってか、いつもよりも大人たちは張り切っていて、わざわざ外の商人から高級なお酒を買ったって、誰かが自慢したのを聞いた気がする……。
黒猫族の村は隠れ里で、基本的に獣人の中でも獣王や他の部族長などの、一部の者しか里の位置を知らなかった。理由は簡単で、黒猫族は獣王国の暗部を担っていたから。
だから誰も疑わなかった……、この里が襲撃されることなんてあるわけがないと――
(思い返せば、変な点はあったんだ……)
いつもより村が静かだった。
(普段は酔っぱらっても、みんなすぐには寝ないのに……)
村中に少し甘い匂いがしていた。
(その匂いを嗅ぐと、なんかボーっとしてきた気がした……)
襲撃は静かに始まった ――最初に狙われたのは、あたしの父さんだった。
父さんは十年前の獣王決定戦に出場予定で、優勝候補の一角だった。
(その父さんも、寝込みを襲われて……)
でも、父さんは死の間際で相手を瞬殺して相打ちに持っていき、あたし達家族を救ってくれたらしい。
次に母さんが目覚めて、あたし達を起こし、新手の襲撃者に対応しながら、あたし達姉妹を逃がしてくれた。
その時には村中が、火の海になっていて――
「ううぅ……」
「アーキっ!」
辛かった情景を思い出しながら説明していたら、気分が悪くなってしまう。
そんなあたしを見て、アインが肩を支えてくれる。
(……アイン、ありがと……)
「……大丈夫、続ける……」
あたしは深呼吸をして、気持ちを整える。
(アイン、少し寄りかからせてね……)
アインの手を、もう一度強く握らせてもらう。
村は絶望的だった。
村の強者はリスト化されていたみたいで、襲撃者が打ち取ったぞと叫んでいたのが聞こえた。
あたし達は、何とか村の外れまで母さんや生き残った大人と辿り着いたのだけど、村の入口には別動隊が居て……、母さんやみんなで活路を開いてくれて……、あたし達姉妹を逃がしてくれた……。
「でも、あたしは妹を……。母さんやみんなが必死に守ってくれた片割れを……、守れなかったの」
当時ジョブは得ていなかったけど、『拳聖』としての片鱗を見せていたあたしは、追手に迫られた時に妹のエンジュを庇って戦った。でも、力の差は圧倒的で、あたしは崖に落とされた……、エンジュはきっともう……。
あたしは、可能なかぎり思い出せる詳細をみんなに話した。
「崖から落ちた時に上手く木に引っかかって、あたしは助かった……」
「……そんなことが……」
アインが握ってくれている手から、彼の優しい気持ちが流れてきている気がした。
「だからね……。当時、あたしの村の場所を知っていた人物は限られる。……そして、優勝候補だった父さんが死んで一番得をしたのは? あれだけ強力な襲撃者集団を、雇えるだけの財力があるのは?……そう考えた結果、あたしの仇は現獣王ティグリス・ビーストだと思ってる!」
あたしの心に、復讐の炎が再燃する――
チラッと横を見ると、優しい顔であたしを見るアインが居て――また、少し冷静になれる。
「これがあたしの過去と……、復讐の理由なんだけど……」
「「「「…………」」」」
みんな真剣に聞いてくれたし、何か一生懸命考えてくれていて。
(あぁ、本当にいい仲間に巡り合えた――)
「一つ、いいかしら?」
「あ、うん」
ラフィが手を挙げて聞いてきてくれる。
賢聖である彼女なら、何か気づいたのかな?
「冷静に聞いてね? 今のところ状況証拠だけで、獣王犯人説は憶測の域を出てないわよ?」
「え? でも、他には……」
「今の話を聞く限り、隠れ里を知っているのは結構な人数よ」
「え、まぁ……そうだけど……」
「アーキが考えたのは、目先にあった獣王決定戦での得ということ……、敵がそこも狙っていたらどうする?」
「それって?」
「ティグリス王を犯人って思わせるのが目的だとしたら?」
「っ!?」
(そんなっ!! だとしたら、あたしは?……じゃあ誰が!?)
「その表情は、可能性に気づいたのかしら?」
ラフィが仕方ない子ね、みたいな顔で見てくる。
(あたしは……何をしていたんだろう……)
「うん、ラフィの指摘で真犯人の幅は広がった。……アーキはどうする?」
アインがあたしを見て聞いてくる。
「あたしは……」
「アイン、今じゃないの? ティグリス王からの伝言を伝えるの」
「あ、そうだねっ!」
(……ティグリス王からの伝言?)
アインは真っ直ぐこちらを見て伝えてくれる。
「ティグリス王はね、アーキにこう伝えてくれって。『もしも思うことがあるなら、獣王決定戦に出場してくれ』ってね」
「……獣王決定戦」
「きっと、ティグリス王は何かを知っているか、掴んでいるか……。いづれにしても、向き合うしかないんじゃない?」
「アーキの拳で、答えを取って来なよ!」
「きっと、悪いようにはならない気がしますぅ」
「王ってのは、いろいろ抱えているもんさっ」
「神はきっと、あなたに乗り越えられない試練は課しませんよ」
「みんな……」
「アーキ、出場しよう! 僕たちは、君を全力で支えるからさ!」
みんなの視線を受けたあたしは――
「うん。あたし、やる。……獣王に挑戦する!」
あたしは獣王決定戦に出場して、ティグリス王と向き合うと決めた――




