第57話 困惑と昏倒
リリスの登場で俺の思考は吹っ飛んでしまい、いつの間にか入学式は終わっていた。
入学式場にはもう誰も居なかった……。
(あああっ!? もっとじっくりと生リリスを見れば良かったっ!! エイユウ学園制服姿のリリスなんて、超レアじゃんっ!!!!)
俺、一生の不覚――
俺はその場で崩れ落ちた。
「…………」
(いやいやいやいや、そうじゃない。それは確かにそうだったけど、そこじゃないぞ俺!!)
俺は立ち上がり、式場を後にする。まずは、情報収集が必要だと考え、学生会室へ向かった。
(理由は分からないがリリスが入学してきた。彼女が何かを知っているとは思えないが、イレギュラーな以上は繋がりがありそうな所から――)
「失礼しますっ!」
俺は学生会室のドアを、勢いよく開けた。
「やあ、弟君。やっぱり学生会に入りたくて来たのかい?」
俺はリリスの姉――アイナ会長を訪ねた。
確認すると、室内にはアイナ会長しか居なかった。
「いいえ、別件で来ました」
「なんだい!じゃあ、用はないから帰りたまえ!」
「そんなっ!?」
「あたしは暇じゃないんでね!今は学生会に入る子以外の相手はできないのさっ!」
(くそっ! 朝の仕返しか!?)
「そんなこと言わずに、聞いてくれませんか?」
「聞いてくれませんっ!」
アイナ会長は、ニヤニヤしながらそっぽを向いてしまう。
(どうする!? 何か手は――)
その時、俺は閃いた。
「最近、姉さんが……」
アイナ会長がピクっと反応する。
「すごいお気に入りにしている、スイーツって知ってます?」
「…………え?」
アイナ会長はこちらを振り向いた。
「ああ、俺としたことが、意味のない言葉を放ってしまいましたね。それでは失礼いたします」
そう言って出口へ向かおうとすると。
「待ちたまえっ!!」
――掛かった。
俺はニヤリとした後に、表情を戻して振り返る。
「……なんでしょう?」
「くっ! 分かっているだろうに!!」
アイナ会長は悔しそうな顔で、俺を睨む。
「君の話を聞こう。代わりにそのスイーツを教えてくれ……」
「ありがとうございます。アイナ会長を信用して情報を先に提供させて頂きますね。姉さんのお気に入りスイーツは、学園都市の中央区にある“和菓子店あんこ屋“の、“あんクリームどら焼き“です」
「あんこ屋の、あんクリームどら焼きか。ありがとう、君の情報に感謝するよ」
アイナ会長は情報をメモした後に、俺に向き合ってくれる。
「ハァ、それで? 何が聞きたいんだい?」
(あれ?……勢いで来たものの、なんて理由つけて情報を聞こうかな?)
考えた結果、正直に聞いてみた。
「……新入生代表の子の、ことなんですが」
「お!? もしかして気になったのかい?」
「……はい」
「いいね、いいね!! そういうのなら、早く言いなよ!」
「いやだって……。まあ、いいです。それで彼女、リリスさんのことを聞きたくて。バビロンってことは、アイナ会長の妹さんですよね?皇家の……」
「すぐに分かるよね〜。あたしが第一皇女で、あの子が第三皇女ね。実はあたしも、あの子の存在知らなくてさ、入学前に来た本国からの手紙で初めて知ったわけ」
(やはり、リリス自体は皇族内でも一部の者以外には、秘匿されていたのか……。この点については差異は無しか……)
「だからね……。あの子の好みとか分からないの! ゴメンね?」
ゴメンポーズでウインクするアイナ会長に、ちょっとイラっとしたが堪える。
「でも~、学園に来た理由は知ってるよ?」
「本当ですかっ!? それを早く!!」
俺は身体を乗り出す。
「おおぅ、すごい食いつき。リリスが学園に入学した理由はね――」
◇ ◇ ◇
俺は学園寮の自室のベッドに座った。アイナ会長の答えを聞いてショックを受けた俺は、どうやってここに帰ってきたのかも記憶が曖昧だった。
リリスが入学した理由――
「――好きな人に会いに来たらしいよ」
“好きな人“
アイナ会長の放ったその言葉で、俺は――
「…………切り替えよう。彼女が幸せになれるなら、それで良いじゃないか」
俺は自身を納得させるために呟く。
「彼女が幸せになるなら……、違う男とだっ!!」
(あれ?……おかしいな。室内なのに、雨で前が見えないや……)
俺の目から降る雨は、
しばらく止むことはなかった――
◇ ◇ ◇
止まない雨はないと言う――
時間は掛かったけど、俺の雨も止んでくれた。
遅くなってしまったが、俺は今日も黒の死神本部へきていた。帰還してからの日課で、アゼルと毎日修行を行っているのだ。
「ケイ君っ!? どうしたのその目!?」
「ああ、大丈夫だよ。あとで話すけど、遅くなっちゃったし、先に修行しよう」
「……わかった。あとで教えてね?」
「ああ、約束するよ」
そう言ってお互いに武器を構える。
アゼルと行う修行は、基本的に実戦形式だ。
”剣聖”であるアゼルは、先日”暴風魔法”も取得しているので、暴風魔法×魔武術の修行中なのだ。
”黒の死神”の地下闘技場は、硬度や防音に力を入れており、幹部クラスが暴れても大丈夫なように作られていた。
「いくっ!」
「来いっ!」
アゼルは風魔法の上位互換である暴風魔法を纏うことで、以前以上の速度や威力で戦闘できるようになっているが――
「まだまだ制御が甘いよ! もっと収束させてっ! 魔力の流れが雑だよ!」
「くうううっ!!」
アゼルは魔武術を使えるのに、身体強化は未習得なアンバランスな天才だった。だから、魔力制御がみんなは十分って言うけどまだ甘く、上位魔法の暴風を制御出来てないのだ。
(これからの成長に、期待しかないな!!)
しばらく打ち合いながら、アドバイスをする修行を行った。アゼルの体力が限界にきたところで、今日の修行は終了となった。
「ハア、ハア……。ケイ君さ……、強すぎない?」
「アゼルならすぐに、このくらいになるよ! 才能あるし、言えばすぐ修正するしね。直近は、身体強化の会得が目標かな?」
「ぶ~。了解ですよ~」
疲れて座り込んでいるアゼルが、拗ねたようにジト目な上目遣いで見てくる。
そんなアゼルを見た俺は――
「ブフッ! ご、ごめん……」
あまりの可愛さで鼻から出血してしまい、慌てて手で抑えた……。
「え~~。……ねえねえ、これから一緒に生活するのに、支障が出るレベルじゃない? それ?」
「一緒に生活っ!!!? ブホっ!」
想像したら、更に出血して、俺は崩れ落ちた。
「えぇ~~…………」
そんな俺を見て、ドン引いている様子のアゼルだった。しかし、横を向いて頬を染めながら、俺を殺しにくる――
「まあ、それだけ、あたしのことを好きってことは……、嬉しいかも……」
それを聞いた俺は、自分の血だまりに倒れるしかなかった。
「っ!? ケイく~~ん!!」
◇ ◇ ◇
意識が戻ると、知っている天井だった。
(最近は年中、ここのお世話になるな……)
黒の死神の医務室、俺はそのベッドにいた。そして、アゼルが看てくれていたようだ。
「あっ! 意識が戻った。ケイ君、平気?」
「すまないな、アゼル……。君の可愛いところを見ると、止められなくてね……」
「っ!!~~~」
なぜかアゼルは真っ赤になってしまった。
そして、ジト目で。
「さっきの仕返しかな?」
「??」
「まあ、いいよ。ケイ君はそんな感じだもんね…。ハァ、あたしが慣れていくよっ!」
アゼルは思いのほか、ご機嫌なようで良かった。普段は凛としている彼女だが、俺に対してはフランクというか、甘えた感じというかの表情を見せてくれるのだ。
(本当にご褒美以外の何ものでもない! やばい、また鼻血が出そう……)
「そうそう、さっきの修行のあとに、話すってやつは?」
「ああ……、実は――」
俺が知っている未来ではあり得ない、リリスが学園に入学してきたことをアゼルに話した。
「そう……」
アゼルは考える仕草をした。
実はアゼルとは、幹部と同じく情報共有を行っていたのだ。エルフの里から帰還した時に、アゼルには俺が知っている可能性の未来、ゲーム知識を教えた。彼女自身が迎えたかもしれない未来も……。
その上でこれから起こるイベントや、魔王や敵勢力との戦い、そして救済したいヒロインたちの話も共有したのだ。
俺なりの、アゼルへの誠意のつもりだったのだが……。その時の反応は――
「ふ~ん。他にもお嫁さん、迎える予定なんだ…」
正直、そっちっ!?と思ったが、それはそうかも知れないと、今は思っている。こんなに転生して生きているのに、”推しヒロイン”である”アゼルたち”はどこか別に考えていたのかもしれない……。
――俺にとって、”特別過ぎる”ために……。
アゼルは考え終えて一言。
「とりあえず、ケイ君はリリスのことで、直接動かない方がいいよ」
「その心は?」
「あたしにもだけど……。たぶんケイ君は、リリスに関わるとポンコツになるから」
「…………」
心当たりしかなかった……。
「だから、リリスの調査はエンジュちゃん達に任せた方が良いよ。確かにケイ君の知る未来と乖離しすぎるのが気になるから、調査は必須だよね」
「そうだよな……。ありがとう、アゼル」
「どういたしましてっ! あたしはケイ君の絶対の味方なんだから、いつでも頼ってよねっ!」
可愛い笑顔でウインクをするアゼルを見て、俺は再び意識を失うのだった。
「ケイく~~~ん!!!!」




