第27話
《アイン視点》
ジパン辺境伯邸でお世話になり数日経った。
みんなに街を案内したり、”甲虫迷宮”を探索したり、辺境伯学園を紹介したりと充実した日々を過ごしていた。
今日はそれぞれ街中を散策するようで、僕は何をしようかと考えていたら――
「おはよ……、アイン」
ドアがノックされたので開くと、少し顔を赤くしながら髪をいじるラフィが立っていた。
「おはようラフィ、どうしたの?」
メガネの隙間から上目遣いで。
「今日よかったらさ、図書館に付き合ってくれない?」
「いいよ、行こう。でも図書館行って勉強かい? 僕、邪魔じゃないかな?」
ラフィは満面の笑顔になって答える。
「いいのよ! 邪魔じゃないわ。寧ろ私のために、しっかり働いてもらうわ!」
(ああ〜、僕は本を運ぶ係かな?)
僕は苦笑いしながら冗談で言う。
「じゃあ僕は今日一日、君の奴隷だね」
「っ!!!」
ラフィは顔を真っ赤にして、僕を叩いてくる。
「バカなこと言ってんじゃないわよ!!」
そう言って走って行ってしまった。
……かと思ったが、また戻ってきて。
「早く追いかけて来なさいよ!?」
「ご、ごめん」
ああ、また怒らせちゃったかな。
(昔からどういうわけか、ラフィを怒らせちゃうんだよなぁ?)
僕はラフィを追いかけて行った。
◇ ◇ ◇
僕たちは街の図書館に来た。
ラフィはすごい勉強家で、昔からよく図書館に来ていたと思う。
「今日は魔法制御理論について調べていくわ。合同迷宮探索でも思ったけど、強い人は魔法の使い方が根本から違う気がするのよね……」
驚きつつ、さすがラフィだと思う。
(秘匿事項で話せなかったけど、ケイやステラ姉さん、学生会の先輩方はそうだ。詠唱や短縮詠唱、無詠唱などは関係ないのだ。詠唱や形に拘っていては辿り着けない真理……)
「アインも基本的には違うわよね。最初は”光魔法だから”って思ったけど……、違う気がする……」
「…………」
ラフィは本に視線を向けたままで言った。
「まあね、聞き出そうなんて気はないわ。私は自分で導き出すからね」
(さすが、ラフィは強いなぁ)
「手伝うよ」
「当り前よ。一日奴隷なんでしょ?」
アハハと苦笑しつつ、ラフィの指示通りに本を運ぶ奴隷として働いた。
時間は流れ、夕日が城壁に沈もうとする頃――
僕は頼まれた本をやっとの思いで探し出し、戻って来た。
「ラフィ、これで合ってるかい……」
「すーすー」と小さな寝息が聞こえてくる。
見ると、開いた本の上で寝ているラフィがいた。
(朝からずっと調べてたもんな。疲れもするよな)
メガネをかけたまま寝てるので、痛いかと思いそっと外してあげる。
「……ん、うん……すーすー」
(危ない危ない、起こしてしまうとこだった)
ラフィの寝顔を見ていて、昔もこんなことがあったと思い出す――
◇ ◇ ◇
ラフィ・ジパンは『賢聖』だ。
しかし、ジョブとして授かり、初めから”賢者”であったわけではない。
僕が『光の守護者』を授かって辺境伯学園に来た時、上級生にステラ姉さんがいるからと、ただの村人だった僕がすぐこんな環境に適応できたわけではなかった。
周りとどう付き合っていけば良いか分からない僕に、いつも気を使ってくれたのがラフィだった。
辺境伯家令嬢という立場もあり、彼女を知らない者の方が少ない環境であり、僕たちの学年は彼女を中心に動いていた。
彼女は同級生みんなに優しくしたし、気も使っていて、よく纏めていた。
最初は僕も、彼女が『賢聖』であり、辺境伯家令嬢だから当然だと思っていた。同級生のみんなもそう見ていたと思う。
ある日、一日の講義が終わり、みんなが寮に帰っていく中で街の方へ行く彼女を見つけた。
みんなに聞くと「いつもだよ」「令嬢だから辺境伯邸に帰るんじゃない?」と言った。
僕は気になって跡をつけてみると、彼女は街の図書館に入って行った。
僕も図書館に入って彼女を探してみると……。
彼女は涙を眼に浮かべながら歯を食いしばって、必死な表情で勉強をしていた。
「っ!!!」
僕は驚いて本棚に隠れ、こっそりと図書館の入口付近まで戻った。
司書さんに聞くと。
「あの子はジョブを授かった日から毎日通っているわ。本当に毎日ね……」
司書さんは「あの子に優しくしてあげてね」と言っていたが、僕はさっきの彼女の表情が忘れられず、モヤモヤした気持ちで帰路についた。
翌日からも、日中の彼女は変わらず『賢聖』であり『辺境伯家令嬢』だった。
(よく見ると……、少し疲れが出ているような気がする?)
僕は今日も彼女を追いかけて図書館に来た。
そして彼女に、思い切って話しかけてみた。
「……あの、ラフィさん」
「!!!」
彼女は驚いた顔で僕を見て――急に余裕そうな顔をする。
「あら、アイン君。どうしたのこんな場所に? 講義で分からないことでもあったかしら? 私がおしえ――」
「毎日ここで勉強してるって知ったんだ!」
彼女は急に冷たい表情になり、僕を睨めつける。
「……誰に聞いたのかしら?」
豹変ぶりに驚いたが、僕は答えた。
「学園の人は知らないよ。僕がたまたま見かけて気づいたんだ」
少し剣呑な雰囲気は和らぐが、有無を言わせないという表情になり。
「……そう、アイン君は黙っていてくれるかしら?」
「誰かに言うつもりなんてないよ。……でも、なんであんなに必死に勉強をしてるのかは教えて欲しいな?」
彼女は少し驚いて、ため息をつく。
「ハァ。仕方がないか。本当に内緒にしてよね?」
僕は頷く。
「私は“賢聖“で、“辺境伯家令嬢“よ」
「うん」
「辺境伯家令嬢に関しては、生まれてからずっとだからコツコツと勉強してきたわ」
(小さい時から大変だったんだ……)
「でもね、賢聖になったからって、いきなり賢者になれるわけじゃないのよ」
(それはそうだ。僕だって一緒だよ)
「でも私は期待されるから……、賢者じゃないと、いけないのよ!」
彼女は目に涙を浮かべて立ち上がる。
「私は賢者なの!!」
(彼女は賢者であろうとして、こんなに磨り減って、折れそうになっているのか?)
「賢者じゃなくちゃ、私の価値がなくなっちゃうんだから!!」
(僕にはケイやステラ姉さんがいたけど、彼女……、いいや、ラフィは一人で……)
「ごめん忘れて。ちょっと頭に血が上ったみたい」
彼女は涙を堪えながら俯いてしまった。
(僕もラフィを、賢聖や辺境伯家令嬢としてしか見ていなかった……)
僕はラフィの心を救ってあげたい!!
僕が救ってもらったように!!
そう心から思った――
「……僕は”勇者”だ――」
え?って顔でラフィが僕を見る。
「僕のジョブは『光の守護者』、魔王を倒し平和な世界を取り戻す”勇者”だ!」
知ってるけどみたいな顔だ。
「僕は世界のみんなを救いたい! でもまずは、自分の仲間を救いたいと思っている!」
ラフィは黙って聞いてくれる。
「ラフィは賢聖。きっと僕と魔王を倒しに行く存在になるよ!」
ラフィは目を見開く。
「でも、今のラフィは危なっかしいよ! 頑張り過ぎてフラフラだ!」
「っ!? そんなことっ!」
「あるよ! 勇者の僕が言うんだ、間違いない!」
僕はラフィの言葉を遮る。
「パーティーリーダーは僕だよ! ラフィは頑張り過ぎ!」
「リーダーって!?」
かなり強引だけど――
「いいから! 大丈夫だから! もっとゆっくりでもラフィは立派な賢者になれる!」
「え?」
僕はラフィを椅子に座らせる。
「勇者が言うんだから絶対だよ!」
僕はラフィの頭を優しく撫でる。
「少し休んで大丈夫だから……、勇者の僕が認めてあげるから……」
ラフィは驚くが俯いたまま受け入れてくれた。
「…………」
しばらく撫でていると「すーすー」と小さな寝息が聞こえてきた。
(本当に張り詰めていたんだろうなぁ)
閉館時間が近づいた頃、ハッとラフィが起きる。
顔を真っ赤にしたラフィは、僕を突き飛ばして走って行ってしまった。
「……ええ~」
翌日からラフィは少し元気になった気がするが、僕に対して怒ることが多くなった気がする。
(どうして……)
◇ ◇ ◇
懐かしいなと思いながらラフィを見る。
(お互い成長して、あの時に目指していた勇者と賢者に近づけてるかな?)
魔導ランプが優しく照らすラフィの寝顔。
自然と、寝ているラフィのフワフワな青髪を撫でてしまう。
撫でていると幸せそうな表情になり、僕もドキッとしてしまう。
そんなラフィを見ていて、素直に言葉が出てしまった。
「あれからどんどん綺麗になって。今はもう可愛いって言ったら失礼なのかな?」
フワフワで撫で心地良いミディアムヘア。
長いまつ毛に、形の良い鼻。
唇も柔らかそうで……。
触れてみたいという衝動に駆られる。
(いやいやいや、寝ている女の子にそれは不味いよね!?)
でも……。
見ていてドキドキしてしまい、魔が差して僕は――
(ちょっとだけ……)
指先で少し触れてしまう。
(っ!?……すごくプニプニだ……)
――我に返る。
(やばいやばいやばい!ダメでしょ僕!!)
急に恥ずかしくなり、自分の上着をラフィに掛けてあげ、その場から立ち去った。
◇ ◇ ◇
《ラフィ視点》
私はアインに頭を撫でられ始めて意識が浮上したものの、撫でられるのが気持ちよくて微睡んでいた。
(すごく懐かしいな……。あの時もこうして撫でてくれたっけ……)
アインと出会った頃の私は『賢聖』に成りたてで、ちゃんと賢者にならなくてはと必死だった。
だけど辺境伯家令嬢である私は、他者へ頼ることも、他者へ弱みを見せることも、自分自身が許すことができなかった。
もう限界だと自覚し始めていた時に、アインに見つかった。
そしてアインは”僕は勇者”、”仲間の君は無理をするな”、”大丈夫、勇者が言うんだから間違いない”と、今思えば全然論理が通らない言葉だけど……。
(あの時の私は救われた。その後も優しく撫でて私を赦してくれて……)
――あの時から、私はアインのことが好きになったのよね。
(……あれ? なんで今……、撫でられているのかしら?)
だんだんと意識が覚醒してくる。
「あれからどんどん綺麗になって。今はもう可愛いって言ったら失礼なのかな?」
(んん!? ななななな、なんて!?)
私が混乱して目を開けるタイミングを無くし、寝たふりを続けていると……。
プニプニと唇を触られる。
(っ〜〜〜〜!!!!)
唇を触られ更に混乱していたら、アインは上着を私にかけて、どこかに行ってしまった。
(何、何、何、なんなの!? どういう意味なのあれは!?)
賢者の私にもアインの行動の意味が分からなかった。
◇ ◇ ◇
《アイン視点》
恥ずかしくなって、一旦図書館の外で涼んでいると、甲虫迷宮の方角から嫌な感じがした。
(なんだ!? このざわつく感じは!?)
次の瞬間――
ものすごい地響きと、甲虫迷宮から眩い光の柱が伸びるのを僕は見た。




