第13話
夏休みが近づくにつれ、学園の空気が少しだけ浮わついてきていた。
学生たちは帰省や旅行、実家への顔見せ、あるいは迷宮遠征の計画に胸を躍らせる……。
だが、俺はとても深刻な不安を抱えていた。
(ドワーフ王国に行っている間に、学園都市のイベントキャラに何か起きたらどうしよう?)
メインルートのイベントは、アインが行けば問題だろう……。
(俺にとって大事なのは、期間限定でしか手に入れることができない“救済アイテム“の回収だ)
「だから俺に行かないって選択肢はない……」
この世界は――ゲームの世界だけど、現実の世界でもある。
(だから、イベント関連のキャラたちが無事に過ごしてるっていう保証がない……)
学園都市――
表向きは英雄育成機関を中心とした理想都市。
だが、ゲーム知識のある俺は知っていた。
この街の裏側――
スラム、非合法ギルド、闇商人、暗殺者、そして……、魔族の密偵。
(どうしても考えてしまう、イベントキャラに何かあったらと……)
「彼女たちを救うのに、欠けて良いピースなんてないんだ……。一つでも欠けたら終わりだ」
俺は講堂の窓から街を眺める。
「――それだけは、絶対に許容できない」
◇ ◇ ◇
深夜の学園都市――
全身漆黒で銀髪の男が、人通りの少ない路を走り抜けていた――“漆黒の死神”。
(今日も悪党を成敗する。俺の心の安寧のためにな!!)
エルドラド王国外縁で噂されていた奇人、漆黒の死神がこの学園都市の裏界隈で囁かれていた。
曰く、非合法ギルドを一夜で壊滅させた。
曰く、闇商人会合に押し入り皆殺しにした。
曰く、暗殺者が横一列に並ばされて説教された。
曰く、周囲の盗賊団や山賊たちがいなくなった。
曰く、人知れず魔族と戦っている。
嘘か誠か――
(ただ事実として……、俺は毎日コツコツと悪党を殲滅してるがな!!)
◇ ◇ ◇
《オルト視点》
学園都市南側にあるスラム街の廃倉庫の中。
「……全員、集まったな」
何ヶ所かあるスラムの中でも、一番大きい南スラム街のリーダーである俺、
“オルト・クローニン“が集まった他のスラムのリーダーに確認する。
今日のスラムリーダー会合の議題――
最近注目の“裏組織潰し“、“漆黒の死神”についての情報共有が目的だった。
「もしかしたら、俺たちも裏組織認定されるかもしれないから気をつけよう」
(スラムに住む大多数が、生きるためとはいえ窃盗などの軽犯罪を行なっているからな……)
俺たちは現状を脱するために、全スラム街を統合した組織を作ろうとしていたのだ。
「俺たちは悪さするために、組織作ろうとしてるわけじゃねーのに」
西のスラムリーダーの発言に、他のリーダーも「そうだ、そうだ」と頷く。
「だがよ、問題は“漆黒の死神”がどう思うかだろ?」
「そうだな……」
「「「「っ!?」」」」
全員が声のした方向――光が届かない闇を見る。
そこには、二つの紅く光った瞳があった――
「「「「ヒィ!?」」」」
(いつからだ!? 全然気付かなかった!! そこにいると分かっても、まだ気配が探れない!? 意味がわからないぞ!!)
「ほぅ……」
俺は身構え警戒したが、他のやつらは恐怖と動揺で硬直してしまった。
「安心しろ……。俺は、お前たちを殺しに来たわけではない……」
黒いやつの声は低く、更に恐怖を感じさせられる。
(……全然安心できねーよ……、こいつが噂の”漆黒の死神”か!?)
「ただし、お前とは話がしたい。良いだろうか?」
黒いやつは、俺を指さして言った。
(俺!? なぜ!?……、ちっ、ここまでかもな……)
「ッ!…………わかった。他の者は助けてくれ」
俺は他のやつらだけでもと、漆黒の死神に懇願した。
(死んだとしても……、俺たちの悲願を継いでくれるやつがいれば……)
「オルト!」「お前だけなんて」「そんな」
リーダーたちが悲痛な表情で叫ぶ……。
「早く行きやがれ!! こいつの気が変わらないうちに!!……後は、任せたぜ……」
俺は振り返らずに仲間へ伝えた……。
顔を見たら、こんな虚勢はすぐに剝がれちまいそうだったから――
俺の気持ちを察してか、仲間たちは一人また一人と帰っていった……。
廃倉庫の中で、漆黒の死神と俺の二人きりになった。
「……それで、話ってのは何ですか?」
「…………」
黙って見ている漆黒の死神……、そして――
「脅かして、すまなかったな」
急に弛緩する空気、さっきまでの恐怖心も消えて身体が軽くなった。
「なっ!?」
楽になって顔を上げると、そこには漆黒の死神がいなくて……。
そこに、いたのは――
「……エイユウ学園の学生?」
「そうだよ、でも秘密だぜ?」
学生は人差し指を口に当てておどける。
「も、もちろんさ……」
(わけが分からんが、言ったら殺される気がするぜ……)
「俺からの話は一つだ。あんたへの依頼……、いや、お願いかな?」
「お願い……」
(何だ?……俺は何をやらされるんだ……)
学生に変わったとしても中身はあの漆黒の死神だ。
一体どんな無理を言われるのかと俺は身構える――
「ああ。俺が秘密裏に作った組織の、ボスになってくれないか?」
「「…………」」
「…………え?」
「だから、俺が秘密裏に作った組織のボスになってくれないか?」
「いや聞こえてるよ!? そうじゃなくて! なんで俺!? 初対面だよな!?」
何が面白いんだか学生は笑って――
「ああ、お前が良いなと思ったからさ。信頼は時間じゃないのさ」
(意味が分からねーー!!!!)
◇ ◇ ◇
漆黒の死神であり、学生でもある彼は”ケイ”という名前らしい。
そして、漆黒の死神モードの時は“ダーク“と名乗るらしい。
(いやなんで!?と突っこんだら喜ばれた……、意味が分からない……)
ケイは”ある目的のため”、学園都市の治安を安定させて、市民の安全と安心を確保したいらしい。他にもいろいろとあるみたいだが、大まかにはそんな感じみたいだ。
(それに、スラムのやつらや孤児なんかも救済するってさ……)
それは俺たちがやりたかった目標で――
『――もしも腹が決まったら明日の夜にここまで来てくれ』
そう言って渡されたメモの屋敷の前に俺はいた。
(たしかここは、成金貴族の屋敷?……没落して売り出されていたやつか。学園都市外縁じゃあ一番広い屋敷だ……)
『――お前なら信用できるって思ったから、素顔も見せたんだぜ?』
(なぜ信頼してくれたのか分からねーがよ。漢だったら信頼には信頼で返すのが俺の流儀だよな!)
意を決して、門番の張り裂けそうな筋肉の大男に声を掛ける。屋敷の中に通されると、特殊なメイド服?を着た可愛い猫獣人に連れられて、奥へ下へと進み、執務室へ通された。
「ようこそ、オルト・クローニン君」
ケイはデスクに座ったまま笑顔で迎えてくれる。
「ここに来たということは、受けてくれるということかな?」
「……あぁ。元々、俺たちがやりたかったことだしな」
「では、これからよろしく頼むぜ」
「了解だ、ボス!」
「いや、オルトがボスな。そうだな、俺はオーナーと呼んでくれ」
「了解、オーナー。これからよろしく」
俺はケイとガッシリと握手をした。
近いうちに学園都市最大の裏組織になる“黒の死神“に俺が就職した瞬間だった――
◇ ◇ ◇
《ケイ視点》
ドワーフ王国への旅立ちの日――
学園都市の門の陰で俺は、アインたち『勇者パーティー』が旅立った後ろ姿を見守っていた。
(……やれることは、全部やれたかな)
学園都市内の不穏の排除。クリーンな都市づくり。後は残る組織の仲間に任せよう。
(裏組織は俺の”黒の死神”だけで良いのだ……)
「ドワーフ王国……」
アインが『勇者』として、表舞台で輝き始める最初の場所――
(アインに一緒に行こうと言われたけど……)
一人でないと自由に動けないしな……。
フードを深く被り、アインたちに気づかれないよう歩き出す。
「行くか」
俺も向かう、次なる舞台――ドワーフ王国へ――




