初めて見る治癒魔法
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黒鉄鉱の欠片を懐へしまうと、ユウはすでに倉庫を出ていったシルフィたちの後を追った。
負傷者を抱えた男たちはシルフィの案内に従って足早に通りを進み、ユウも遅れないよう後を追う。幸い、倉庫から冒険者協会まではそれほど離れておらず、しばらく走ると、やがて大きな建物が見えてきた。
「こっち!」
先頭を走っていたシルフィが声を上げ、負傷者を抱えた男たちはそのまま冒険者協会へ駆け込んだ。受付にいた職員も騒ぎに気づき、すぐに立ち上がる。
「どうしました!?」
「倉庫で事故があった! 木箱の下敷きになって、足を大怪我してる!」
「分かりました! こちらへ運んでください。すぐに治癒術士を呼びます!」
職員が奥へ声をかけると、ほどなくして一人の治癒術士が駆けてきた。
現れたのは、白を基調とした長い術衣を身にまとった若い女性だった。肩まで伸びた淡い茶色の髪を後ろでまとめ、胸元には治癒術士の証である緑色のクローバーをかたどった徽章がつけられている。
「こちらへ! その台に寝かせてください!」
男たちは指示に従い、負傷者を簡易治療用の台へ寝かせた。
「足を見せてください」
治癒術士はすぐに傷口を確認したが、出血の状態を見るとわずかに表情を変えた。
「……出血がかなり抑えられていますね。誰か、応急処置をしたんですか?」
その言葉に、男たちの視線が一斉にユウへ向く。
「この子だ。薬草を使って止血してくれた」
「この子が?」
治癒術士は意外そうにユウを見ると、傷口に当てられている月影草を確認して小さく頷いた。
「なるほど……適切な処置です。これなら問題ありません。ただ、骨や筋を痛めている可能性がありますので、ここからは私に任せてください」
そう言うと、治癒術士は負傷者の足へ手をかざし、静かに目を閉じた。
「癒しの光よ、傷つきし者の傷を癒し、その身を健やかなる状態へ導け――《治癒》」
詠唱が終わった瞬間、手のひらから淡い光が溢れ出し、負傷者の足を柔らかく包み込む。流れていた血が止まり、腫れも少しずつ引いていくと、裂けた皮膚までゆっくりと塞がっていった。
(これが……回復魔法ってやつか。すごいな)
ユウは目の前で起きている光景を、じっと見つめていた。
「……これで大丈夫でしょう。完全に元通りというわけではありませんが、歩くことはできるはずです。ただ、今日は無理をせず、明日までは安静にしてください」
「本当か……?」
負傷者は恐る恐る足を動かした。先ほどまで感じていた痛みがほとんど消えていることに気づくと、驚いたように目を見開く。
「……痛くない」
「よかった……!」
周囲にいた男たちからも安堵の声が漏れる。負傷者は治癒術士へ向き直ると、深く頭を下げた。
「……ありがとうございます。本当に助かりました」
「礼はいいですよ。それより、今日は一人にしないでくださいね。まだ無理は禁物ですから」
「はい。気をつけます」
男が頷くと、治癒術士は小さく微笑んだ。その様子を見届けた男たちは、ようやく張り詰めていた空気を解くことができた。
やがて礼を言い終えると、先ほどユウを止めようとした男が今度はユウへ向き直った。
「お前にも礼を言わせてくれ。最初は子供に何ができるんだって思って、止めようとして悪かったな」
「いえ、気にしないでください。俺が逆の立場でも、たぶん止めると思います」
「はは……そう言われると、何も言えないな」
男は苦笑しながら頭を掻いた。
「それでも、あの応急処置には助けられた。本当にありがとう」
「無事だったなら、それでよかったです」
「……そうか」
男は小さく頷くと、何かを思い出したように顔を上げた。
「そういえば、お前に渡せそうなものがあったな」
「俺にですか?」
「ああ。さっき黒鉄鉱を拾ってただろ?」
その言葉に、ユウはわずかに目を細める。
「……見ていたんですか?」
「木箱を動かしたときに、いくつか転がり出ただろ。お前が拾ってるのも見えてた」
「……そういうことでしたか」
「傷がついてるし、あれじゃ売り物にはならない。欲しいなら持って帰っていいぞ。どうせ処分するつもりだったからな」
「いいんですか?」
「ああ。助けてもらった礼だと思ってくれ」
ユウは少し考えてから、素直に頷いた。
「それなら、ありがたくいただきます」
「おう。好きに使ってくれ」
「ありがとうございます」
「こっちこそ助かったよ」
男が笑って頷くと、ユウも小さく頭を下げた。
「……あ」
「ん?」
男は何かに気づいたように、ユウの腰へ目を向けた。
「薬草を持ってるんだよな?」
「はい」
「だったら、袋があったほうがいいんじゃないか?」
「袋ですか?」
「ああ。腰につけられる採取用の袋だ。商業組合に出入りしてる革職人に頼めば、作ってもらえると思う」
ユウは少し考えてから、頷いた。
「……それなら、欲しいです」
「どんなものがいい?」
「薬草を入れるためのものなので、いくつかに分けられるようになっていると助かります。種類の違う薬草を一緒に入れたくないので」
「なるほど。仕切りをつけるわけか」
「はい」
「分かった。それなら明日までに作れるか、職人に聞いてみるよ」
「本当ですか?」
「ああ。これも今回の礼ってことでな」
「……ありがとうございます」
「気にするな。助けてもらったんだから、これくらいはさせてくれ」
男は笑いながらそう言うと、ユウの肩を軽く叩いた。
黒鉄鉱に加えて、採取用のポーチまで手に入ることになった。思わぬところで、これから役に立ちそうなものが増えたようだ。
負傷者の容体が落ち着いたことで、男たちはそのまま冒険者協会に残ることになった。ユウとシルフィは男たちに別れを告げ、並んで町の通りへ歩き出す。
「じゃあ、私たちも行こうか」
「ああ」
二人が歩き出した町には、昼を少し過ぎても相変わらず騎士たちの姿が目立っていた。道のあちこちで足を止めて話し込む人や、騎士に何かを尋ねる人の姿も見える。
そんな町の様子を眺めながら、ユウは小さく息を吐いた。
(昼飯を食べるだけのつもりだったんだが……ずいぶん慌ただしい一日になったな)
「今日は大変だったね」
隣を歩くシルフィが苦笑すると、ユウも小さく頷いた。
「そうだな。飯を食べるだけのつもりだったんだが」
「まさか怪我人まで助けることになるなんてね」
「俺も予想してなかった」
「でも、ご飯もちゃんと食べられたし、怪我人も無事だったし……結果的には悪くなかったんじゃない?」
「そうかもな」
「でしょ?」
シルフィは少し得意げに笑う。
「それに、私が選んだ店も美味しかったしね」
「ああ。あの店はまた行きたい」
「本当? じゃあ、今度は別の店にも連れていってあげるよ」
「甘いものがある店か?」
「……ちゃんと覚えてたんだ」
「興味はあるからな」
「ふふっ。じゃあ、今度は甘いものが美味しい店を探しておくね」
シルフィは楽しそうに笑っていたが、しばらく歩いたところで、ふと思い出したようにユウへ目を向けた。
「そういえば、ユウはこのあとどうするの?」
「宿へ戻る。少し休んだら、さっき買った月影草で薬を作ってみるつもりだ」
「薬を? ユウって薬も作れるの?」
「ああ。薬の作り方を少し教わってるからな。せっかくだし、試してみようと思ってる」
「へえ……薬まで作るんだ。ユウって、本当にいろいろできるんだね」
「できるかどうかは、まだ分からない。作るのは初めてだからな」
「そっか」
シルフィは少し感心したように頷く。
「じゃあ、頑張ってね」
「ああ」
やがて二人は、宿へ戻る道と商人街の奥へ続く道が分かれる場所までやって来た。シルフィは足を止め、商人街へ続く道を指差す。
「私はこっち。グリードホーン商会に戻らないと、まだ仕事が残ってるんだ」
「グリードホーン商会って、さっき言ってたところか?」
「うん。私の家の商会。この先にあるんだよ」
「そうなのか。じゃあ、俺は宿へ戻る」
「うん。薬作り、頑張ってね」
「ああ。そっちも仕事頑張れよ」
「ありがとう。あ、それと――」
シルフィは少し考えるように首を傾げてから、笑った。
「この辺で何か用事があったら、グリードホーン商会に来てね。私、だいたいそこにいるから」
「分かった」
「じゃあ、またね。ユウ」
「ああ。またな」
「うん!」
シルフィは嬉しそうに手を振ると、商会のある通りへ駆けていった。ユウはその背中をしばらく見送ってから宿へ向かって歩き始め、懐に入れた月影草と、倉庫でもらった黒鉄鉱の感触を確かめる。
(……今日は、いろいろ手に入ったな)
薬草に鉱石、それに町で知り合ったシルフィ。当初はただ町の封鎖が解けるのを待つだけのつもりだったが、気づけば予想もしなかった出来事ばかりだった。
(薬作りか)
まずは月影草を使って、手帳に書いてある方法で薬を作ってみる。そのあとで黒鉄鉱についても少し調べてみればいい。
やることを頭の中で整理しながら、ユウは宿へ続く道を歩いていった。
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■ショートストーリー 『初めての薬作り』
宿へ戻ったユウは、部屋へ入るなり荷物を机の上へ置き、懐から今日買った月影草と手帳を取り出した。残っている月影草は三枚だけで、薬を作るための道具は何も持っていない。
「……さて」
ユウは手帳を開き、薬の作り方が書かれているページを探した。
――――――――――
【簡易止血薬】
素材:月影草3枚、薬草水1瓶
調合:陰干しした月影草を刻み、薬草水と混ぜる。半日ほど寝かせれば完成。
効果:軽度の止血、痛みの緩和
備考:月光を浴びた月影草で薬効向上。保存期間7日。
――――――――――
「……薬草水は、どこで手に入るんだ?」
必要な材料を確認したユウは、部屋を出て宿の主人に薬草水を売っている店を聞いた。
教えてもらった店は宿からそれほど離れておらず、ユウはそのまま店へ向かった。薬草水は安価なものだったため、銅貨を数枚払うだけで小さな瓶を手に入れることができた。
部屋へ戻ると、今度は調合に使えそうな道具を探したが、当然そんなものは用意していない。そこでユウは宿の食事で使っていた木の皿を借り、刻むための小さな包丁も宿の主人から借りると、月影草を皿の上へ並べた。
「まずは陰干し……か」
手帳を確認したユウは、月影草三枚を日の当たらない部屋の隅へ並べ、そのまましばらく置いておくことにした。
葉が十分に乾いたところで、ユウは月影草を木の皿へ戻して細かく刻み始めた。初めて扱う薬草ということもあり、手帳に書かれた手順を何度も確認しながら慎重に作業を進め、やがて細かく刻み終えると、薬草水の瓶を開けて葉を中へ入れていく。
淡い緑色の葉が水へ沈むにつれて、薬草の香りが瓶の中からふわりと漂った。
「……これで、あとは半日か」
ユウは完成した薬を手帳と見比べながらしばらく眺めたが、見た目だけでは成功しているのか分からない。それでも手順は間違えていないはずだった。
(ちゃんと薬になってるといいけどな)
そう考えながら瓶を机の上へ置き、明日になれば結果も分かるだろうと、今日一日の出来事を思い返す。シルフィと昼飯を食べ、倉庫の事故に巻き込まれ、怪我人の応急処置をして、その帰りには黒鉄鉱まで譲ってもらった。
(今日は、いろいろあったな)
明日は町の封鎖が解けるかもしれない。そうなれば、村へ戻ることになるだろう。そんなことを考えながら、ユウはベッドへ腰を下ろした。
「……今日はもう休むか」
初めて作った薬の出来を確かめるのは、明日になってからだ。ユウはそのままベッドへ横になると、しばらく天井を眺めたあと、静かに目を閉じた。
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翌朝、目を覚ましたユウは、まず机の上に置いていた小瓶へ目を向けた。半日以上寝かせた薬草水は淡い緑色に変わっており、蓋を開けてみると、昨日よりも濃い薬草の香りが漂ってくる。
「……完成したのか?」
手帳に書かれた内容と見比べてみても、見た目だけでは成功しているのか分からない。それでも、手順通りに作った以上、試してみるしかなかった。
ユウは小瓶を手に取ると、しばらく考えたあと、調合に使った小さな包丁を机の上へ置いた。
(……効果を確かめるなら、実際に傷へ使ってみるのが一番か)
そう思いながら刃先を眺めていたユウは、指先をほんの少しだけ刃に触れさせた。
「……っ」
鋭い痛みが走り、指先に赤い血が滲む。
「……ふぅ」
思ったよりも傷は小さかったが、血はじわじわと流れ続けている。ユウは小瓶の蓋を開け、手帳に書かれていた通り、薬を少量だけ傷口へ垂らした。
「……どうだ?」
しばらく様子を見ていると、傷口から流れていた血が少しずつ止まり、痛みも次第に和らいでいく。
「……止まった」
ユウは指先を動かしながら、傷の状態を確かめる。完全に傷が消えたわけではないが、出血も痛みも明らかに軽くなっていた。
「……ちゃんと薬になってるな」
初めて作った薬が、きちんと効果を発揮したことに、ユウはわずかに満足そうな表情を浮かべる。
小瓶を手に取って中身を確認すると、まだ十分な量が残っている。保存期間は七日間。今後、ちょっとした怪我をしたときにも使えるだろう。
「……作れるもんなんだな」
そう呟いて、ユウは小瓶を大切に荷物へしまった。
初めての薬作りは、どうにか成功したようだった。
IF&番外短編集にショートストーリー 「商人の目には隠せない」を投稿しています。




