倉庫街にて
『貧乏一家の長男に転生したので、固有能力《窮地適応》で生き抜く』のIF&番外短編集の投稿を始めました!
本編の改稿で削除したショートストーリーや、本編では描ききれなかった裏側のエピソード、キャラクターたちの日常などを、そちらにまとめていく予定です。
本編と合わせて、そちらも楽しんでいただけたら嬉しいです!
男に案内されながら細い路地を抜けていくと、やがて商人街の外れにある大きな倉庫が見えてきた。倉庫の前には数人の男たちが集まっており、地面には崩れた木箱や荷物が散乱し、その奥では一人の男が倒れたまま、大きな木箱に太腿を挟まれている。
「こっちだ!」
先ほどの男が駆け寄ると、周囲にいた男たちが道を空けた。シルフィは倒れている男と、その太腿を押さえつけるようにしている木箱へ目を向ける。
「この箱、動かせないの?」
「無理だ。何人かで持ち上げようとしたんだが、びくともしない」
「でも、このままじゃ……」
「下手に動かせば、傷がひどくなるかもしれん。治癒術士が来るまで待つしかない」
ユウは負傷者へ目を向けた。顔色は悪く、太腿から流れ出た血が地面を赤く染めている。このまま出血が続けば、治癒術士が到着するまでに危険な状態になる可能性もあった。
「……先に止血した方がいい」
ユウが近づこうとすると、近くにいた男が慌てて腕を伸ばした。
「待て。治癒術士を呼びに行ってるんだ。勝手に触るな」
「でも、このままじゃ間に合わない」
「だからって、子供に任せられるか。何かあったらどうする」
周囲の男たちも不安そうにユウを見ている。シルフィも負傷者へ目を向けてから、ユウへ尋ねた。
「ユウ……治療できるの?」
「簡単な応急処置ならできる」
「本当に?」
「ああ。箱は動かさない。傷を押さえて、血を止めるだけだ」
「それで大丈夫なのか?」
「何もしないよりはいい」
ユウは負傷者から視線を離さず、淡々と続ける。
「治癒術士が来るまで待っていたら、その間も血は出続ける」
男は言葉を詰まらせ、倒れている仲間へ目を向けた。確かに、何もせず待っているわけにもいかない。
「……でも、俺たちは薬草のことなんて分からないぞ」
「これを使う」
ユウは懐から月影草を取り出した。
「……薬草?」
男が眉を寄せると、シルフィが葉を覗き込んだ。
「それ、月影草だよね?」
「ああ」
「止血に使えるの?」
「使える」
ユウは葉の状態を指先で確かめた。先ほど露店で買ったものだけに少し傷んではいるが、まだ使える。
「待て。まさか、それをそのまま傷に当てるつもりか?」
「そうする」
「いや、ちょっと待ってくれ! 傷が悪化したらどうするんだ?」
「何もしないでいる方が危ない」
「そういう問題じゃ――」
「待って」
シルフィが男を制した。
「ユウに任せよう」
「しかし……」
「このまま何もしないわけにもいかないでしょ?」
シルフィは負傷者へ目を向けると、静かに続けた。
「ユウは薬草のことも知ってるみたいだし、今は少しでも早く血を止めた方がいいと思う」
男はしばらく迷っていたが、やがてゆっくりと腕を下ろした。
「……分かった」
そして、ユウを真剣な表情で見つめる。
「だが、少しでもおかしいと思ったら、すぐにやめてくれ」
「ああ」
ユウは頷くと負傷者のそばへしゃがみ込み、月影草の葉を細かく裂きながら、誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。
「……《浄化》」
誰にも気づかれないよう能力をごく弱く発動させ、月影草と傷口の周囲へほんの一瞬だけ力をかける。
(……これで、少しはましかもしれない)
《浄化》が傷の処置にどこまで役立つのかはユウにも分からなかったが、少なくとも月影草や傷口についた汚れを取り除くことくらいはできるかもしれないと思った。
ユウは月影草を傷口へそっと当て、その上から布を重ねると、出血を抑えるようにしっかりと圧迫して固定していった。しばらくすると、勢いよく流れていた血が少しずつ弱まり、布に染みる血の量も目に見えて減っていく。
「……血が止まってきてる」
「本当だ。さっきまで、あんなに出てたのに……」
周囲の男たちは驚いたように傷口を見つめていたが、ユウは固定した布の状態を確認してから手を離した。
「しばらく、このまま押さえておいてくれ」
「ああ」
「ただ、これは応急処置だ。傷が治ったわけじゃない。治癒術士が来たら、ちゃんと診てもらってくれ」
「分かった。もちろんそうする」
男は傷口へ目を落とし、先ほどまで流れていた血が明らかに減っていることを確かめると、ようやく安堵したように息を吐いた。
「これなら、治癒術士が来るまで持ちそうだな」
「ああ。ひとまず安心だ」
張り詰めていた空気がようやく和らぐ中、シルフィはほっと息を吐き、それから改めてユウへ目を向けた。
「……ねえ、ユウって本当に何者なの?」
「ただの子供だ」
「いや、それは無理があるって」
シルフィが苦笑するが、ユウは気にした様子もなく負傷者へ目を向ける。
「まあ、今はいい。それより、早くこの箱をどかそう」
「ああ。そうだな」
二人の言葉を聞いた男たちは気を取り直し、太腿を挟んでいる木箱の周囲へ集まった。
「よし、今度こそ持ち上げるぞ!」
「無理に動かすなよ。足が抜けた瞬間に傷が開くかもしれない」
「分かってる。できるだけゆっくりやる」
「いくぞ! せーの!」
男たちが一斉に力を込めると、木箱はわずかに浮き上がったものの、すぐに重さに負けて元の位置へ戻ってしまった。
「くそっ、重すぎる!」
「これじゃ、何人いても動かせねぇぞ」
男たちは肩で息をしながら木箱を睨みつけていたが、その様子を見ていたユウは静かに歩み寄った。
「もう一度やろう」
「いや、お前は無理するな。さっきの処置は助かったが、これは大人でも動かせないんだ」
「大丈夫だ。やってみる」
「でもな……」
「無理だと思ったら、すぐにやめる」
ユウが木箱へ手を掛けると、男は困ったように頭を掻いた。
「……分かった。だが、本当に無茶はするなよ」
「ああ」
男たちも半信半疑ながら再び木箱を囲み、ユウと一緒に持ち上げる態勢を取る。
「よし、いくぞ!」
「せーの!」
全員が一斉に力を込めるが、木箱は先ほどと同じようにほとんど動かなかった。
(……このままじゃ無理か)
ユウは木箱へ手をついたまま意識を集中させ、身体の奥にある魔力を引き出して全身へ巡らせる。
(《身体強化》)
魔力が手足へ行き渡った瞬間、身体の奥から今までとは違う力が湧き上がってきた。
「……っ!」
ギギギッ――。
先ほどまでびくともしなかった木箱が、今度は確かな手応えとともにゆっくりと浮き上がる。
「……え?」
「お、おい……動いたぞ!」
「今だ! 早く抜け!」
ユウが声を上げると、すぐそばにいた男が負傷者へ駆け寄り、その身体を引き寄せるようにして木箱の下から足を抜いた。別の男も手を貸し、二人がかりで負傷者を安全な場所まで引きずり出す。
「抜けた!」
「よし!」
負傷者が無事に引き出されたのを確認すると、ユウはすぐに力を抜いた。支えを失った木箱が地面へ落ち、倉庫内に鈍い音が響く。
「……ふう」
ユウは負傷者のそばにしゃがみ込み、呼吸と傷の状態を確認した。
「呼吸はある。早く治療できる場所へ運んだ方がいい」
「ああ! 治癒術士はまだ来ないのか!?」
「まだだ!」
「くそっ……」
男たちは倉庫の入口へ目を向けたが、治癒術士が到着する気配はない。
「待ってられねぇ。誰か、冒険者協会まで案内できる奴はいないか!」
「私が分かるよ!」
シルフィがすぐに声を上げる。
「こっち! 私が案内する!」
「助かる!」
「急ごう!」
シルフィが先頭に立つと、負傷者を抱えた男たちがその後を追って倉庫を飛び出していった。
ユウもすぐに後を追おうとしたが、そのとき、先ほど木箱を持ち上げた拍子に崩れた荷物の隙間から、黒っぽい鉱石の欠片がいくつか転がり出ていることに気づいた。
(……黒鉄鉱か)
足元へ視線を向けた瞬間、《採取》が反応し、見慣れた表示が浮かび上がる。
―――
【黒鉄鉱】
・加工適性:中
・希少性:低
・硬度:高
・用途:武器・防具・工具の素材
・欠点:不純物が多く、そのままでは脆い
・特性:精錬することで強度が大きく向上する黒色鉱石
―――
ユウは足元に転がっていた欠片を一つ拾い上げ、指先で軽く確かめる。
(……黒鉄鉱か)
《採取》による識別結果を確認したユウは、拾った欠片へ目を落とす。
(この倉庫の荷物なら、勝手に持っていくわけにはいかないな)
そう考えながらも、せっかく見つけた鉱石をそのまま置いていくのも少し惜しい。とはいえ、今は負傷者を運ぶことが先だ。
(……あとで聞けばいいか)
ユウは黒鉄鉱の欠片を一度懐へしまうと、すぐに倉庫を出ていったシルフィたちの後を追って走り出した。
こうして見るといままで後半にショート入れてたのかなり冗長でしたね、、、すみませんでした。




