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夕食の約束②

 事故現場を離れてしばらくすると、ユウは人通りの多い通りへ戻っていた。


 さっきまでの騒ぎが嘘のように、通りには再び商人たちの呼び声や、行き交う人々の話し声が響いている。ユウも特に急ぐ理由はなく、そのまま人の流れに紛れるように歩いていた。


(……そろそろ戻ってくる頃か)


 仕事が終わったら迎えに来ると言っていたし、もう昼時も近い。そんなことを考えながら歩いていると、背後から聞き覚えのある声が飛んできた。


「ユウ!」


 振り返ると、人混みの向こうからシルフィがこちらへ歩いてくる。仕事を終えたばかりなのか、少し急いできたらしく、息を弾ませていた。


「もう、探したんだから! 仕事が終わったから迎えに来たのに、どこに行ってたの?」


「少し町を見て回ってた。さっき、荷車の事故に遭遇したくらいだ」


「荷車の事故って……大丈夫だったの?」


「ああ。俺は平気だ。それに、巻き込まれそうになってた子供も無事だ」


「そっか……よかった」


 シルフィはほっと息を吐いたものの、すぐにユウの服へ目を向けた。砂埃で汚れた服と、腕に残った擦り傷が目に入ったのだろう。


「でも、結構汚れてるよ。本当に大丈夫?」


「子供を助けるときに少し転がっただけだ。これくらいなら問題ない」


「子供を助けたの?」


「ああ。目の前にいたからな」


 ユウがあまりにも当然のことのように答えたため、シルフィは思わず目を丸くした。


「……それ、そんなに簡単なことじゃないと思うけど」


「何がだ?」


「ううん。なんでもない」


 シルフィは小さく笑うと、それ以上は追及せず、気を取り直すように手を叩いた。


「それより、今日はちゃんとお昼食べようよ。昨日は食べ損ねたし、今日は約束したでしょ?」


「ああ。覚えてる」


「じゃあ、行こう!」


 シルフィは嬉しそうに笑う。


「私も仕事してたらお腹空いちゃったし、早く行こう。おすすめの店、ちゃんと考えてあるんだから」


「そこまで準備してたのか」


「もちろん。せっかく一緒に食べるんだから、変な店には連れていけないでしょ?」


「別に、俺はどこでもいいが」


「だから、それが一番困るんだって」


 シルフィは苦笑しながら、ユウの袖を軽く引いた。


「ほら、行こ!」


「分かったから引っ張るな」


「だって、早くしないとお昼の時間なくなっちゃうよ!」


 そう言って先を歩き出すシルフィの後を、ユウも仕方なく追いかける。やがて隣に並ぶと、シルフィは満足そうに笑い、店の場所やおすすめの料理について楽しそうに話しながら、人通りの多い通りを進んでいった。


 シルフィに連れられて入ったのは、商人街の一角にある小さな食堂「ふわり亭」だった。大通りに面しているものの店内はそれほど広くなく、昼時ということもあって、商人や荷運びの男たちで賑わっている。


「ここ、私のお気に入りなんだ。値段も手頃だし、量も多いんだよ。それに料理が出てくるのも早いから、仕事の合間に食べるにはちょうどいいの」


 シルフィは慣れた様子で店の奥へ進み、空いている席を見つけるとユウを向かい側へ座らせた。すると、奥から一人の少女が駆けてくる。


「いらっしゃいませー! ……あっ、シルフィちゃん!」


「こんにちは。今日も混んでるね」


「うん、お昼はいつもこんな感じ。……あれ?」


 看板娘はシルフィの隣に立つユウへ目を向けた。シルフィよりも頭一つ以上小さい少年を見て、少しだけ首を傾げる。


「今日は一緒なんだ?」


「うん。今日はこの子とお昼を食べに来たの」


「へえ。シルフィちゃんが誰か連れてくるなんて珍しいね」


「もう、そんな言い方しないでよ」


「だって、いつも一人で来てるじゃん」


「今日はたまたまだってば」


「ふふっ、分かった分かった」


 看板娘は楽しそうに笑い、それ以上はからかわずにユウへ視線を向けた。


「それで、坊やは何にする?」


「……おすすめで」


 「坊や」と呼ばれたことが少し引っかかったのか、ユウは何か言いたげな顔で看板娘を見上げた。けれど、自分が実際に八歳の少年の姿をしていることを思い出し、結局は何も言わずに口を閉じる。


「あら、しっかりしてるね。じゃあ、今日の日替わりがおすすめだよ」


「じゃあ、それで」


「シルフィちゃんも同じでいい?」


「うん、お願い!」


「はーい。二人とも日替わりね!」


 少女は元気よく返事をすると、注文を伝えるために厨房へ戻っていった。

 その背中を見送ったシルフィは、向かいに座るユウへ嬉しそうに笑いかける。


「日替わり、結構おいしいから期待しててね。肉も入ってるし、ここの煮込みは特におすすめなんだ」


「そうなのか」


「うん。たぶん、ユウも気に入ると思うよ」


「ふふっ。期待しすぎて、がっかりしないでね?」


「……なら、期待しておく」


 何気なく返したユウに、シルフィは一瞬だけ目を丸くした。それから、少し嬉しそうに笑う。


「……絶対気に入るよ」


 シルフィは満足そうに頷いたが、ふと店内へ目を向けると、その表情がわずかに曇った。


 昼時の食堂は多くの客で賑わっているものの、聞こえてくる話題の多くは町の封鎖や騎士たちの動きについてだった。商人や荷運びの男たちも落ち着かない様子で話しており、いつもと変わらないように見える店内にも、どこか張り詰めた空気が漂っている。


「……早く騒ぎが収まるといいんだけどね」


 小さく呟いたシルフィにつられるように、ユウも周囲へ目を向けた。


「そうだな」


「私も仕入れが止まると困るし、ユウも村に帰れないんでしょ?」


「ああ。だから今日は暇つぶしだ」


「じゃあ、せっかく暇なんだし、町のおいしいものを覚えて帰ろうよ」


「おいしいもの?」


「そう。焼きたてのパンが美味しい店とか、果物を使った甘い菓子を出す店とか、まだまだおすすめがあるんだから」


「……甘いものか」


 ユウがわずかに反応すると、シルフィはすぐに気づいたように笑った。


「気になる?」


「別に」


「今、ちょっと気になった顔してたよ」


「してない」


「してたって」


 シルフィが楽しそうに笑っていると、先ほどの看板娘が料理を運んできた。


「お待たせしましたー! 日替わり二つです!」


「ありがとう!」


 看板娘が二人の前に料理を並べる。今日の日替わりは、鶏肉の香草焼きに野菜の煮込み、焼きたてのパンとスープがついた定食で、香草の香りと湯気が食欲をそそる。


「今日の日替わりは、コッコ鳥の香草焼きと野菜の煮込み、焼きたてパンにスープだよ。ゆっくり食べていってね」


「うん!」


 シルフィは目の前に並んだ料理を見て嬉しそうに笑い、ユウも料理へ視線を落とした。


「美味しそう!」


「坊やも、熱いから気をつけてね」


「……分かった」


「それじゃ、ごゆっくりー」


 看板娘はそう言うと、別の客の注文を聞くため店の奥へ戻っていった。


「……おいしそうだな」


「でしょ?」


 シルフィが嬉しそうに笑う。ユウも料理を眺めてから、二人で揃って手を合わせた。


「「いただきます」」


 ユウはまずコッコ鳥の香草焼きを一口食べた。香草の香りと肉の旨味が口に広がり、思っていた以上の美味さに、思わず目をわずかに見開く。


「どう? 美味しいでしょ?」


「……うまい」


「でしょ?」


 シルフィも嬉しそうに笑いながら料理を口に運ぶ。ユウも続けて野菜の煮込みを一口食べ、柔らかく煮込まれた具材としっかりした味付けを確かめるように頷いた。


「……こっちもうまい」


「気に入った?」


「ああ」


「よかった」


 シルフィは満足そうに頷き、それから二人は食事を続けた。しばらくすると、ユウの皿からコッコ鳥が消え、煮込みもどんどん減っていき、焼きたてだったパンまであっという間になくなっていく。


「……そんなに気に入った?」


「うん。かなりうまい」


「ふふっ。連れてきた甲斐があったよ」


「こういう店、他にも知ってるのか?」


「もちろん。商人街にはまだまだ美味しい店があるよ」


「なら、また来たいな」


「うん。じゃあ、今度は別の店にも連れていってあげる」


 シルフィが嬉しそうに笑うと、ユウも小さく頷いた。


「ああ」


 最後に残ったパンを口へ運んだユウは、食べ終わった皿を見つめる。


「……パン、もう一個頼む?」


「……いいのか?」


「もちろん。そんな顔してるし」


「どんな顔だよ」


「お腹いっぱいになるまで食べたいって顔」


「……してない」


「してるよ」


 シルフィは楽しそうに笑いながら看板娘へ声をかける。


「すみませーん! パン、もう一つお願い!」


「はーい!」


 厨房から元気な返事が返ってくると、ユウは少し気まずそうに視線を逸らした。


「……別に、そこまで腹減ってないからな」


「はいはい」


 シルフィは笑いながらスープを一口飲み、ユウも黙って料理へ手を伸ばす。店内には客たちの話し声や食器の触れ合う音が響き、町が封鎖されていることを忘れそうになるほど穏やかな時間が流れていた。


 ――そのとき、店の入口から慌ただしい足音が響き、勢いよく扉が開いた。


「すみません! 誰か、薬師を知りませんか!」


 店内にいた客たちが一斉に入口へ振り向く。駆け込んできたのは若い荷運びの男で、息を切らしながら店内を見回していた。


「倉庫で荷物が崩れて、仲間が下敷きになったんです! 足を挟まれて、出血もひどくて……!」


「倉庫って、どこのだ?」


 近くにいた客が尋ねる。


「商人街の北側です! 誰か、治療できる人はいませんか!」


 男の必死な声に、店内がざわついた。


「冒険者協会なら、治癒術士がいるだろ」


「協会に頼めば、すぐ来てもらえるんじゃないか?」


 飛び交う声を聞いていたシルフィが、顔を上げる。


「……商人街の北側?」


「はい!」


 男が頷くと、シルフィは少し考えてから尋ねた。


「もしかして、グリードホーン商会の倉庫じゃない?」


「え?」


 男が目を見開く。


「た、たぶん……そうです。入口にグリードホーン商会の看板がありました」


「……やっぱり」


 シルフィはすぐに立ち上がった。


「それなら、私も行くよ。うちの倉庫だから」


 出口へ向かおうとしたシルフィを、男が慌てて呼び止める。


「で、でも、治療できる人を呼ばないと……!」


 シルフィは男へ向き直り、すぐに指示を出した。


「あなたは冒険者協会へ行って、治癒術士を呼んできて。場所は商人街の北側、グリードホーン商会の倉庫だよ」


「分かりました!」


 男は勢いよく頷くと、すぐに店の外へ駆け出した。


「私たちは倉庫へ向かうね!」


 シルフィがそう言って出口へ向かうと、少し離れた場所に控えていた二人の護衛も立ち上がり、彼女の後に続こうとする。


 だが、シルフィはそこでふとユウを振り返った。


「ユウ、ごめん。せっかくのお昼だったのに……」


「俺も行く」


「え?」


「怪我人がいるんだろ。手伝う」


 ユウはそう言って立ち上がると、残っていたパンを手に取った。


「ちょっと、ユウ。何してるの?」


「まだ食べ終わってない」


「いや、今は急いだほうが……」


 シルフィが止めるより早く、ユウはパンを口へ運んだ。だが、急いで飲み込もうとしたせいか、すぐにむせ返る。


「ごほっ、ごほっ!」


「もう、だから急がなくていいって!」


 シルフィは慌ててユウの背中をさする。


「……大丈夫」


「全然大丈夫そうに見えないよ」


 ユウは涙目になりながらも、何とかパンを飲み込み、口元を拭った。


「そこまでして食べなくてもいいのに……」


「残すのはもったいないだろ」


「もう……分かったよ。じゃあ、行こう」


「ああ」


 シルフィ、ユウ、そして二人の護衛は、慌ただしく店を飛び出した。荷運びの男が向かった冒険者協会とは別の道を進み、商人街の北側にある倉庫へ向かって駆け出す。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


■ ショートストーリー 『護衛だって腹が減る』


 シルフィお嬢様と少年が「ふわり亭」へ入っていくと、その少し後ろから二人の護衛も続いて店内へ入り、周囲を軽く見回してから、お嬢様たちの席が視界に入る少し離れた場所へ腰を下ろした。


「……ここなら問題なさそうだな」


「ああ。お嬢様の姿もちゃんと見える」


 二人は周囲へさりげなく目を配りながら、向かいの席で楽しそうに話しているシルフィと少年へ目を向ける。


「……あの少年、昨日武器屋にいた子ですよね」


「ああ。昨日もお嬢様が声をかけていたな」


「今日も一緒にいるってことは、ずいぶん気に入られたみたいですね」


「お嬢様のほうから近づいているんだ。少なくとも、警戒するような相手ではなさそうだな」


「まあ、そうですね」


 二人は改めて少年の様子を窺うが、まだ幼く、危険な人物にはとても見えない。それでも護衛としての警戒は怠らず、周囲の客や出入口にも目を配っていると、ふと店内に漂う料理の匂いが鼻をくすぐった。


「……なあ」


「なんだ?」


「せっかく店に入ったんだから、何か頼んだほうがいいですよね」


「まあ、何も頼まずに座っているのも店に悪いだろうな」


「じゃあ、俺は鹿肉の煮込みと焼きたてパン、それからマリンケーキを――」


「おい」


「はい?」


「何をそんなに頼んでんだよ。仕事中だぞ」


「いや、昼食を抜いたら仕事に支障が出ますよ」


「さっき食っただろ」


「……そうでしたっけ?」


「食ったよ」


「じゃあ、これは追加の栄養補給です」


「そんな理屈があるか。一品でいい、一品で」


「でも、鹿肉の煮込みくらいは……」


「駄目だ」


「じゃあパンは?」


「減ってねぇだろ」


「……マリンケーキは?」


「もっと駄目だ」


「甘いものは疲労回復に――」


「お前、絶対ただ食いたいだけだろ」


 護衛は渋々メニューを閉じたものの、しばらくすると何かを思い出したように再びメニューを開き、素早く注文を書き込んで店員へ渡した。


「……ハーブティーで」


「最初からそうしろ」


 そうして二人が周囲の警戒へ戻ってしばらくすると、店員が料理を運んできた。


「お待たせしました。ハーブティーお一つと、鹿肉の煮込み、焼きたてパン、マリンケーキですね」


「……」


「……」


 二人の護衛は、ゆっくりと顔を見合わせた。


「お前……」


「……なんでしょう?」


「さっきメニュー閉じたよな?」


「閉じましたね」


「じゃあ、なんで料理が来るんだよ」


「……さあ?」


「さあじゃねぇよ!」


 よく見ると、料理を頼んだ護衛の手元には、いつの間にか注文票が一枚残っていた。


「……お前、これ」


「あ」


「やっぱりお前が頼んだんじゃねぇか!」


「いや、ほら……」


「ほら、じゃねぇ!」


「でも、もう来ちゃいましたし」


「だからって食うのか?」


「せっかくですから」


「お前な……」


 もう一人の護衛は呆れたように額を押さえたが、目の前に並べられた料理から漂う香りには、さすがに食欲を刺激される。


「……まあ、いいか」


「ですよね」


「ただし、さっさと食べろ。お嬢様から目を離すなよ」


「もちろんです」


 二人は料理を食べながらも、時折シルフィたちへ視線を向ける。


 少し離れた席では、何も知らないシルフィが少年と楽しそうに話しており、その様子を見た護衛の一人が小さく息を吐いた。


「……お嬢様が楽しそうなら、それでいいか」


「ですね」


 そう答えた護衛は、嬉しそうに鹿肉を口へ運ぶ。


「……うまい」


「だから言っただろ」


「何がです?」


「食べたかったんだろ?」


「……否定はしません」


「最初から素直にそう言え」


 二人は小さく笑いながら料理を食べ続けた。

いつもお読みいただきありがとうございます!

このたび、『貧乏一家の長男に転生したので、固有能力《窮地適応》で生き抜く』のIF&番外短編集の投稿を始めました!

本編の改稿で削除したショートストーリーや、本編では描ききれなかった裏側のエピソード、キャラクターたちの日常などを、そちらにまとめていく予定です。

本編と合わせて、そちらも楽しんでいただけたら嬉しいです!

以下にあります!

https://ncode.syosetu.com/n7674mt/

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