夕食の約束①
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
申し訳ありませんが、しばらく忙しくなるため、投稿をお休みするかもしれません。
落ち着き次第、また投稿を再開する予定ですので、気長にお待ちいただけると嬉しいです。
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それからしばらくして、ユウはいつの間にか商人たちが集まる区画へ入り込んでいた。
大きな店や倉庫が立ち並び、通りのあちこちを荷車が行き交っている。冒険者協会や鍛冶屋が並ぶ通りとは違い、商人たちは商品の確認や荷物の受け渡しに追われ、忙しそうに動き回っていた。
そんな通りを歩いていると、少し先から言い争うような声が聞こえてきた。
「だから、その値段じゃ高すぎるってば!」
聞き覚えのある声にユウが足を止め、声のした方へ目を向けると、店先で数人の商人を相手に言い合っている金髪の少女の姿があった。
(……あの子、たしか……シルフィ、だったか?)
昨日、武器屋で出会った少女だ。
どうやら旅用品を仕入れているらしく、店先には水袋や背負い袋、雨よけの外套、革紐などが並び、その脇には同じ商品をまとめた箱まで積まれている。
「嬢ちゃん、これでも十分に安くしてるんだぞ。こっちだって仕入れに金がかかってるんだ」
「分かってるよ。でも、これだけまとめて買うんだから、もう少し下げられるでしょ?」
「こっちもかなり勉強してるんだ。金貨三枚でどうだ?」
「三枚は高いよ」
シルフィは店先の商品へ目を向け、並んでいる数をざっと確認する。
「水袋が三十個、背負い袋が二十個、外套が十着。それだけまとめて買うなら、金貨二枚と銀貨八枚にして」
「おいおい、いきなりそこまで下げるのか?」
「だって、これだけ買うんだよ? それに、この前より革の仕入れ値も下がってるでしょ?」
「材料が安くなったからって、職人の手間まで安くなるわけじゃないぞ」
「それも分かってる。でも、こっちだって利益が出るように買わなきゃいけないからね」
シルフィは少しも引く様子を見せず、店先の商品を指差した。
「この数を一度に買ってくれる客なんて、そうそういないでしょ? そっちもまとめて売れて、こっちも安く仕入れられる。悪い話じゃないと思うけど?」
「……嬢ちゃん、相変わらず細かいな」
「仕入れで数や値段を間違えたら、あとで困るのはこっちだからね」
シルフィはそう言って、並べられた商品をもう一度確認する。
「それで、どうする? 金貨二枚と銀貨八枚なら、今すぐ払うよ」
商人は腕を組んでしばらく考え込むと、やがて小さく息を吐いた。
「……分かった。二枚と八枚でいい」
「ほんと?」
「ああ。ただし、次も同じ値段で売るとは限らんぞ」
「もちろん分かってるよ。仕入れ値なんて、そのとき次第だもん」
シルフィは嬉しそうに笑うと、懐から財布を取り出した。
「じゃあ、それでお願い!」
「まったく……小さいのに、商売だけは一人前だな」
「小さいは余計!」
商人が苦笑すると、周囲からも笑い声がこぼれる。シルフィは気にした様子もなく代金を支払い、店員たちが商品を運び出していく様子を確認しながら、満足そうに頷いていた。
その様子を少し離れた場所から眺めていたユウは、ふと目を細める。
(……仕入れ、か)
昨日、シルフィが商人だと言っていたことを思い出す。こうして実際に交渉しているところを見ると、ただ店の手伝いをしているだけではなさそうだった。商品を選び、必要な数を確認し、そのうえで値段まできっちり詰めていく姿は、思っていた以上に手慣れている。
(……思ったより、しっかりしてるんだな)
得意げに胸を張るシルフィを見て、ユウは小さく息を吐いた。
(……元気なのは相変わらずか)
ふと周囲へ視線を向けると、少し離れた場所に二人の男が立っているのが目に入った。どちらも商人らしい服装をしているものの、店先で交渉するシルフィには加わらず、時折周囲へ視線を向けながら彼女の近くに控えている。
(……あの二人、昨日もいたな)
武器屋でシルフィと別れたときにも、少し離れた場所から彼女の様子を窺っていた男たちの姿を、ユウは思い出した。
(護衛か何かか?)
商人の娘なら護衛を連れていても不思議ではない。そう考えたユウは、それ以上気に留めることなく、その場を離れようとした。
だが、歩き出そうとしたそのとき、シルフィがこちらへ顔を向けた。
「あれ?」
視線が重なる。
「あっ、ユウ!」
シルフィがぱっと顔を輝かせ、こちらへ大きく手を振る。その声に周囲の人々まで振り返り、ユウへ視線が集まった。
(……見つかったか)
ユウは小さく息を吐き、こちらへ駆けてくるシルフィを待つことにした。
「久しぶり!」
「昨日会ったばかりだろ」
「そうだけど、昨日はほとんど話せなかったじゃん。こうして会えたんだから、久しぶりみたいなものでしょ?」
「その理屈はよく分からない」
「細かいことは気にしないの!」
シルフィは楽しそうに笑うと、先ほどまで交渉していた商人へ振り返った。
「じゃあ、商品を運ぶのはお願いね。私はちょっとこの子と話してくるから」
「ああ。話が終わったら、荷物を運ぶのも手伝ってくれよ」
「えー、私も?」
「お嬢ちゃんが値切った分、こっちも働いてもらわないとな」
「もう、分かったよ!」
商人にからかわれ、シルフィは頬を膨らませながらも、ユウの隣へ戻ってきた。
「それで、ユウはどうしてここにいるの? 村に帰るんじゃなかったっけ?」
「ああ。そのつもりだったんだが、町が封鎖されていてな。仕方なく、もう一晩泊まることになった」
「そっか。私も今日は仕入れが終わったら帰るつもりだったんだけど、騎士たちがあちこち調べてるせいで、商売もしづらくてさ」
「仕事は大丈夫なのか?」
「むしろ、こういうときだからこそ、できることはやっておきたいんだ。町が止まってる間に、片付けられることは片付けておかないとね」
そう言って、シルフィは先ほど交渉していた商品へ目を向けた。
「それに、さっきの交渉も結構うまくいったんだよ」
「そうみたいだな」
「どうだった? ちゃんと商人っぽかった?」
「……まあ、それなりに」
「本当? よかった!」
シルフィが嬉しそうに笑うと、商人が呆れたように肩をすくめた。
「まったく、お嬢ちゃんは知り合いの前だとずいぶん嬉しそうだな」
「もう、変なこと言わないでよ!」
「ははは、悪かった悪かった。ほら、話は終わったか? そろそろ荷物を運ぶぞ」
「あ、うん。分かった!」
シルフィは商人たちと一緒に荷物を運び始めた。ユウは邪魔にならないよう少し離れた場所で待ちながら、手際よく作業を進める彼女の姿を眺めていた。
やがて荷物をすべて運び終えると、シルフィは商人たちに軽く手を振り、再びユウのところへ戻ってきた。
「そうだ、ユウ。このあと時間ある?」
「まあ、暇だからな」
「じゃあ、今日こそ一緒にお昼食べようよ。昨日はお茶だけだったし、せっかくまた会えたんだから、今度はちゃんと食べよう!」
「昨日も似たようなことを言ってなかったか?」
「昨日は結局、食べられなかったでしょ? だから今日はちゃんと誘ってるの」
シルフィは悪びれた様子もなく笑った。
「……まあ、いいか」
「やった!」
嬉しそうに笑うと、シルフィはさっそく尋ねた。
「何か食べたいものある?」
「何でもいい」
「またそれ?」
「……駄目なのか?」
「駄目ってわけじゃないけど、『何でもいい』が一番困るんだよ」
シルフィは少し頬を膨らませた。
「うーん……じゃあ、私のおすすめの店にしよう。きっとユウも気に入るよ」
「ああ。それでいい」
「決まりね!」
話がまとまると、シルフィは満足そうに頷いた。
「じゃあ、仕事が終わったら迎えに行くね。ちゃんと待っててよ?」
「昼飯くらいなら待ってる」
「ふふっ。約束だからね!」
「ああ」
シルフィは満面の笑みを浮かべると、「じゃあ、また後でね」と言い残して再び商人たちのもとへ戻っていった。ユウもその場に長居する理由はなく、シルフィの姿を一度だけ振り返ってから、商人街の奥へ向かって歩き始める。
しばらく歩いていると、食料品や衣類を扱う店が並ぶ一角に、薬草や魔物の素材を扱う露店が目に入った。見慣れない植物や乾燥させた草がいくつも並んでいるのが気になり、ユウは足を止めて店先へ近づく。
(……薬草か)
並べられた植物を一つずつ眺めていると、見たことのないものも多い。何気なく目を向けていたそのとき、ユウの《採取》がかすかに反応した。
その瞬間、目の前の植物に関する情報が、まるで視界に浮かび上がるように頭の中へ流れ込んできた。
ーーー
【月影草】
・食用可:可(少量)
・栄養価:低い
・毒性:弱
・効果:軽度の鎮痛・止血
・副作用:過剰摂取で眠気や倦怠感を引き起こすことがある
・特性:月光を浴びることで薬効が強まり、葉脈が淡く青白く発光する
ーーー
(……月影草か)
名前だけでなく、薬としての効能や毒性、調合素材としての適性まで自然と頭に流れ込んでくる。ユウは改めて月影草を見つめると、懐からマリアさんにもらった薬の作成手帳を取り出し、ページをめくった。
すると、ちょうど月影草を使った薬の調合方法が記されている。
――――――――――
【簡易止血薬】
素材:月影草3枚、薬草水1瓶
調合:陰干しした月影草を刻み、薬草水と混ぜる。半日ほど寝かせれば完成。
効果:軽度の止血、痛みの緩和
備考:月光を浴びた月影草で薬効向上。保存期間7日。
――――――――――
(これなら、俺にも作れそうだな)
村へ帰ったあとに使えるかもしれないし、町に足止めされている今なら、試してみる時間もある。
「兄ちゃん、それが気になるのか?」
露店の主人に声をかけられ、ユウは手帳から顔を上げた。
「ああ。これ、月影草だろ?」
「お、よく知ってるな。薬草に興味があるのか?」
「知り合いの薬師に少し教えてもらったんだ」
「なるほどな。それで詳しいわけか」
主人は月影草を一束手に取ると、ユウへ見せるように軽く持ち上げた。
「こいつは傷薬にも使えるし、軽い痛み止めにもなる。町じゃよく使われる薬草だから、覚えておいて損はないぞ」
「そうなのか」
「ああ。薬師を目指すなら、まず覚えるような薬草だな」
ユウは一束を手に取り、葉や茎の状態を確かめる。
「一束、いくらだ?」
「銅貨五枚だ」
「銅貨五枚……普通の値段なのか?」
「まあな。月影草はそこまで珍しくない。採れる場所もそれなりにあるからな」
「そうか」
ユウは手帳に書かれている調合方法を思い返し、もう一度月影草を見る。
(……これなら試せそうだな)
「じゃあ、一束もらう」
「あいよ。銅貨五枚な」
ユウが代金を渡すと、主人は月影草を差し出した。
「毎度あり。うまく薬にできるといいな」
「ああ」
ユウは買った月影草を手帳と一緒に懐へしまい、店を離れた。昼前の通りは相変わらず人が多く、商人たちの呼び声や荷車が石畳を走る音が、あちこちから聞こえている。
(さて、次はどうするか)
特に行く当てもなく、ユウは人の流れに合わせるように通りを歩いていく。シルフィとの約束まではまだ時間がある。宿へ戻るには少し早いし、もう少し町を見て回ってから戻ればいいだろう。
そう考えながら歩いていると、突然、通りの向こうから切羽詰まった怒鳴り声が響いた。
「おい、危ない!」
何事かと顔を上げる。坂道の先から、荷物を山積みにした荷車が猛スピードで下ってきていた。片方の車輪が大きく歪み、御者が必死に手綱を引いているものの、荷車は止まる気配がない。
「避けろ!」
「道を空けろ!」
「危ねぇぞ!」
人々が一斉に道の端へ逃げていく。その騒ぎの先に目を向けると、荷車の進行方向には小さな少年が一人、取り残されていた。
「……お母さん?」
突然の騒ぎに何が起きているのか理解できていないのか、少年はその場から動けずにいる。
ユウは周囲を一瞬だけ見渡した。《危険察知》が迫る荷車を捉え、《脱出》が逃げ道を示す。右には逃げ遅れた人がおり、左には崩れかけた積み荷がある。少年を横へ引けば、かえって巻き込まれる可能性が高い。
(……あそこだ)
ユウは迷わず地面を蹴った。《加速》と《身体強化》を発動させ、一気に少年との距離を詰める。
「動くな!」
「え……?」
「今から助ける!」
少年の腕を掴んだ瞬間、荷車が目の前まで迫った。ユウは少年を抱きかかえるようにして横へ飛び込み、直後、二人のすぐ脇を荷車が凄まじい勢いで通り過ぎていく。
「うわぁっ!」
荷車はそのまま壁へ突っ込み、積み荷の木箱が一つ、大きく宙へ跳ね上がった。
(――まずい)
空中へ投げ出された木箱が、二人のいる場所へ落ちてくる。避けるにはもう遅い。ユウは咄嗟に少年を抱き込み、周囲から見えないよう意識を集中させた。
《シールド》
一瞬だけ、二人の周囲に薄い魔力の膜が展開される。
次の瞬間、木箱が地面へ叩きつけられ、砕けた木片が周囲へ一気に飛び散った。しかし、シールドに阻まれた破片が二人へ届くことはない。
魔力の膜はすぐに消え、通りには荷車が壁へ激突した音と、人々の悲鳴だけが残った。
(……見られてないな)
周囲を確認したユウは、少年をゆっくり立たせると、服についた埃を軽く払った。
`
「大丈夫か? 怪我はないか?」
「……ない」
「そうか。じゃあ、お母さんのところへ行け」
その言葉に応えるように、遠くから女性の声が響いた。
「――リオ!」
「お母さん!」
少年は母親の姿を見つけると、一目散に駆け出した。母親も少年を抱きしめ、無事を確かめるように何度も身体を撫でてから、慌ててユウのもとへ駆け寄ってくる。
「あなたが、この子を助けてくれたんですか?」
「はい」
「本当にありがとう……! この子に何かあったら、私……」
母親は言葉を詰まらせ、涙を拭いながら何度も頭を下げた。
「無事だったなら、それでいいです」
「でも、あなたも危なかったでしょう?」
「たまたま近くにいただけなので」
ユウが淡々と答えると、母親は改めてその姿を見つめた。小柄な身体に幼い顔立ち。その少年が、自分の息子をあの荷車から助け出したのだ。
「……こんなに小さいのに」
「目の前にいたので、助けただけです」
「それでも……ありがとう。本当にありがとう」
母親はもう一度深く頭を下げると、少年の手をしっかりと握った。
「ほら、リオ。帰りましょう」
「うん!」
少年は母親の手を握り返し、何度も振り返りながらその場を離れていった。
ユウは二人の姿を見送ったあと、周囲へ視線を向けた。通りにはまだ人が集まっており、荷車が壁へ激突した音や、事故について話す声があちこちから聞こえている。荷車の周りでは、商人や通行人たちが散らばった荷物を片付け始めていた。
(……もう、俺が手を出す必要はなさそうだな)
そう考えたユウは、人混みから少し離れるようにその場を抜けた。歩き出そうとしたところで、懐に入れていた月影草を思い出し、服の上から軽く押さえる。
(……潰れてないといいんだが)
念のため懐から取り出して確認すると、月影草は少し潰れていたものの、まだ使えそうだった。ユウは安堵し、手帳と一緒に懐へしまい直す。
(……これなら大丈夫か)
月影草の無事を確認したユウは、今度こそ事故現場を離れ、人通りの多い通りへ歩いていった。
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■おまけ 『ユウ、金貨三枚に震える』
(……金貨三枚って、三十万円くらいだろ……)
ユウは思わず、シルフィの顔をまじまじと見た。
「……どうかしたの?」
「いや……」
シルフィは不思議そうに首を傾げる。
「そんなに驚くことかな? 仕入れなんだから、これくらい普通だよ?」
(普通……?)
ユウは店先に並ぶ大量の商品と、先ほど支払われた金貨を交互に見た。
(いやいやいや。三十万円だぞ? 俺が村でどれほど働けば稼げると思ってるんだ……?)
しかも、それをシルフィは一切ためらうことなく即決していた。
「……シルフィ」
「なに?」
「金貨三枚って……結構な大金じゃないのか?」
「え? そうかな?」
シルフィは少し考えたあと、あっさりと答えた。
「まあ、安くはないけど。必要なものだからね」
(必要なものだからね、じゃない!)
ユウは心の中で叫んだ。
自分が昨日、銀貨二枚を握りしめて新しい服を買ったことを思い出す。
(俺の服、金貨三枚の約……何分の一だ?)
計算しようとして、途中でやめた。
悲しくなるだけだった。
(……商人って、怖いな)
ユウは改めて、目の前の少女を見つめる。
その視線に気づいたシルフィが、また首を傾げた。
「……だから、どうかしたの?」
「いや……」
ユウは小さく息を吐いた。
「……お金持ちなんだなと思って」
「えっ、急にどうしたの!?」
シルフィが驚いたように声を上げる。
その反応を見て、ユウはさらに確信した。
(……やっぱり、金持ちだ)
(; ・`д・´)「三十万円を……お茶代みたいな顔で……!」




