封鎖下の日常
いつもお読みいただきありがとうございます!
そして、リアクションやコメントもありがとうございます!
ちなみに、たまに(今後)投稿しているショートストーリーですが、本編とちゃんと関連のある内容なので、決して冗長ではない……と思っています。たぶん。
冒険者協会を出たユウは、特に行き先を決めることもなく、そのままカルディアの通りを歩いていた。
しばらく進むと、冒険者協会よりもさらに立派な大きな石造りの建物が目に入った。入口を出入りする商人たちも身なりが整っており、建物の前では数人の男たちが足を止めて話し込んでいる。
「戦争が終わったってのに、思ったほど景気は戻らねぇな」
「そりゃ、終わったばかりだからな。戦場向けに動いてた商売も、これから変わってくるだろ」
「武器や保存食なんかは、これから余るかもしれねぇな」
「戦争中は飛ぶように売れたんだがなぁ」
「終わったら終わったで、今度は在庫の心配か。商売も楽じゃねぇな」
男たちは苦笑を交わし、それぞれに肩をすくめる。
「まあ、しばらくは様子見だな。下手に動いて損するよりはマシだ」
「違いねぇ」
ユウは商人たちの横を通り過ぎ、そのまま人の流れに沿って歩いていく。鍛冶屋や道具屋、露店などを眺めながら進んでいると、行く先々で戦争やグレイロード家、騎士たちの話が耳に入ってきた。
(……どこへ行っても戦争の話ばっかりだな)
そんなことを考えながら歩いていると、通りの先に妙な人だかりができているのが見えた。何事かと近づいてみれば、人垣の向こうから男の怒鳴り声が響いてくる。
「しつこいぞ! 何度言えば分かる、帰ってくれ!」
人の隙間から覗いてみると、そこは小さな薬屋だった。店先では十歳ほどの少女が地面に膝をつき、薬屋の主人の服の裾を両手で掴んでいる。肩まで伸びた淡い栗色の髪は乱れ、何度も繕った跡のある薄茶色の服には泥や擦り傷が残っていた。
「お願いします……! お母さんに、薬をください……!」
「金はあるのか?」
「……ありません」
少女はいったん俯いたが、すぐに顔を上げた。
「でも、必ず払います! お母さんが元気になったら、私、働いてお金を貯めますから……!」
「その『必ず』で薬が仕入れられるなら、俺だっていくらでも売ってやるよ。ここは薬屋であって慈善院じゃないんだ」
「そんな……」
少女は涙をこぼしながら、主人の服を掴む手に力を込めた。
「お母さん、朝からずっと動けないんです……。このままだと、本当に……」
「だったら金を持ってこい。俺だって商売なんだ。金がないなら売れねぇよ」
「でも、私……お母さんしかいないんです……!」
少女の声が震える。
「お願いです……。一つだけでもいいから、薬をください……!」
「無理だって言ってるだろ!」
主人が怒鳴ると、少女の肩がびくりと震えた。それでも服の裾を離そうとはしない。
「まあ、店主の言ってることも分かるけどな」
「こういうのを一度相手にしたら、きりがないぞ」
「前にも似たようなことがあったらしいしな」
「……だからって、あんな小さい子を追い返すかね」
「じゃあ、お前が払ってやればいいだろ」
「いや、それは……」
「ほらな」
口では好き勝手に言うものの、誰も少女を助けようとはしなかった。何人かは気まずそうに目を逸らし、少女を見ないようにしている。
「お願いします……!」
少女は涙で濡れた顔を主人へ向けた。
「お母さんを……助けてください……」
「だから無理だって言ってるだろ。金がないなら帰れ!」
怒鳴り声に少女の肩が再び震える。それでも、少女はその場から動かなかった。
ユウは人垣の後ろからその様子を眺め、わずかに眉を寄せる。
(……面倒事だな)
関わったところで得があるわけでもなく、手持ちの金も限られている。本来なら、そのまま通り過ぎればいい。
それでも、なぜか足が動かなかった。
少女が何度も頭を下げる姿を見ていると、この身体に残る記憶がふと蘇る。食料を求めて頭を下げ続けていた、あの頃の村人たちの姿が目の前の少女と重なった。
(……だから、か)
ユウは小さく息を吐いた。頭では関わらないほうがいいと分かっている。それでも、どうしても放っておくことができなかった。
「その薬、いくらだ?」
「……え?」
少女だけでなく、周囲の野次馬たちまで一斉にユウへ視線を向ける。
ユウは人垣を抜けて少女の隣へ歩み寄ると、薬棚へ目を向けた。
「今、あの子が欲しがってる薬だ」
「ああ……これか。銀貨二枚だ」
「分かった」
ユウは布袋から銀貨を二枚取り出し、店主の前へ置いた。ちゃり、と乾いた音が響くと、それまで好き勝手に話していた野次馬たちも口を閉ざし、少女だけが銀貨とユウを交互に見つめている。
「これで足りるか?」
「ああ。ちょうどだ」
店主は銀貨を確かめると、薬棚から薬包を取り出して少女へ差し出した。
「ほら。持ってけ」
「……」
少女はすぐには手を伸ばさず、目の前の薬を信じられないように見つめていたが、やがて震える両手で受け取った。
「あ……」
薬を胸に抱きしめた途端、堪えていた涙が頬を伝う。
「ありがとうございます……! 本当に、ありがとうございます……!」
「気にするな。それより、早く帰れ。薬が必要なんだろ」
「……うん!」
少女は涙を拭いながら大きく頷き、薬包を落とさないよう両腕でしっかり抱きしめると、最後にもう一度深く頭を下げた。
「本当に、ありがとうございます!」
そのまま人混みを掻き分けて駆け出し、何度か転びそうになりながらも足を止めず、小さな背中はすぐに人波の向こうへ消えていった。
ユウはその姿をしばらく見送っていた。
「……あんな子のために銀貨二枚か。俺には真似できねぇな」
野次馬の一人が呟いたが、ユウは聞こえなかったことにして、そのまま店を出ようとする。
「おい」
背後から店主に呼び止められ、ユウは足を止めて振り返った。
「なんだ?」
「いや……今どき、お前みたいな奴も珍しいと思ってな」
先ほどまで険しい顔をしていた店主は、どこか呆れたような、それでいて感心したような表情を浮かべていた。
「……別に、大したことじゃない」
「銀貨二枚も出しておいて、それを言うかね」
「困ってたから払った。それだけだ」
「それが珍しいって言ってんだよ」
店主は苦笑しながら肩をすくめる。
「……損な性格してやがるな」
「別に、損したつもりはない」
そう答えると、ユウはそれ以上話すこともなく店を後にした。
人混みの中へ戻りながら、ユウは小さく息を吐く。銀貨二枚は決して安い出費ではない。それでも、不思議と後悔はなかった。
(……まあ、いいか)
そのまま通りを歩いていると、前方からにわかにざわめきが広がってきた。
(……今度はなんだ?)
ユウが顔を上げると、通りの向こうに人だかりができていた。何事かと足を止める者も多く、周囲の人々も騒ぎの方へと集まっている。
「誰か捕まったらしいぞ」
「……捕まった?」
ユウも足を止め、人々の隙間から様子を窺った。
(……また何かあったのか)
今のカルディアでは、些細な騒ぎでさえ騎士たちと無関係とは思えない。
人混みの向こうでは、数人の兵士が一人の中年男を取り囲み、その腕を掴んでいた。男は顔を青ざめさせ、必死に首を振っている。
「やめてくれ……! 本当に知らないんだ!」
「二日前、お前は若い女を馬車に乗せて、この町へ入ったな?」
「そ、それは……」
「金髪に黒い瞳。十代後半の女だ」
兵士が手元の書類へ目を落とす。
「エリシア・グレイロード。お前が乗せた女と特徴が一致している」
その名が出た瞬間、周囲からどよめきが起こり、人々の視線が一斉に男へ集まった。
「……その女をどこへやった?」
「だから知らねぇんだって! 俺は町の入口まで乗せただけだ!」
「本当に、それだけか?」
「ああ! 頼まれたから運んだだけだ。カルディアまで急いでくれって言われて、金貨三枚出すっていうから乗せただけだ!」
「相手が誰なのかなんて知らなかったんだ! ただの客だと思ってたんだよ!」
兵士は男の顔をしばらく見つめると、やがて掴んでいた腕を離した。
「……馬車はどこにある?」
「そ、外れの厩舎だ! まだそこに置いてある!」
「なら、案内しろ」
「分かった! 案内するから、もう勘弁してくれ!」
男は兵士に急かされるように歩き出し、そのまま通りの奥へ連れていかれた。
残された人々の間には再びざわめきが広がったものの、誰も兵士たちを追いかけようとはせず、しばらくすると皆それぞれ何事もなかったかのように散っていく。
ユウもその場を離れようとしたが、ふと昨日の光景が脳裏をよぎった。
(……あの馬車)
昨日、ユウが危うく轢かれそうになった馬車が、カルディアへ向かって凄まじい勢いで走り抜けていった。あのときは、ただ急いでいるだけだと思っていたが、今の話を聞けば、その理由にも心当たりがある。
(……エリシアが乗っていたのか)
ユウは兵士たちが消えていった通りの奥へ目を向けた。追手から逃げていたのなら、あれほど必死に馬車を走らせていたことにも納得がいく。
だが、それ以上考えるのはやめた。
(……まあ、いいか)
偶然、知ってしまっただけだ。エリシア・グレイロードがどこへ逃げたのか、その先でどうなるのかも、ユウには関係がない。
今のユウにとって重要なのは、封鎖が解けてグレイウッド村へ戻れるようになること。それだけだった。
ユウは通りの奥から視線を外し、再び歩き始める。商人たちの呼び声や人々の話し声が通りを満たし、町は何事もなかったかのように動いている。その中で、騎士や兵士たちの姿だけが相変わらず目についた。
(……それにしても、いつまで続くんだよ)
門を塞いでいる以上、すぐに解除されるとは思えない。かといって宿へ戻ったところで、やることがあるわけでもない。
(……もう少し、時間を潰すか)
そう考えたユウは、まだ見ていない通りへ足を向けた。
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■ショートストーリー 『御者、金貨三枚を守りたい』
カルディア郊外の厩舎。
兵士に連れられてきた御者は、馬車の前でおそるおそる振り返った。
「なあ……本当に、俺は捕まらないんだよな?」
「今のところはな」
御者を連行してきた騎士は、そう答えながら馬車の中を確認している。
「俺はただ、頼まれて運んだだけだぞ? 相手が誰かなんて知らなかったし、途中で何かしたわけでもない」
「それはさっきから何度も聞いている」
「だよな! じゃあ、俺は帰っていいんだよな!」
「馬車を調べ終わるまでは待て」
「……そうか」
御者は渋々頷いたが、すぐに何かを思い出したように顔を青ざめさせた。
(……いや、待て。あの女から渡された金貨三枚はどうなる?)
エリシアから受け取った報酬は、まだ御者の懐に入っている。
(まさか、あれも没収されたりしないよな?)
金貨三枚。
御者にとって、それは簡単には稼げない大金だった。今回の仕事を引き受けたのも、危険そうな客だとは思いながら、提示された報酬があまりにも魅力的だったからだ。
御者は懐へ手を伸ばしかけたが、目の前に騎士がいることを思い出し、慌てて手を止めた。
「……どうした?」
「い、いや。なんでもない」
「妙な動きをするな。何か隠しているのか?」
「違う! 違うぞ!」
御者は両手を振って否定する。
「俺は本当に何も知らない! あの女が逃亡犯だなんて、今初めて知ったんだ!」
「それは分かったと言っている」
「じゃあ、金貨三枚は……」
「金貨?」
「いや、なんでもない!」
御者は慌てて口をつぐんだ。騎士は怪訝そうに眉を寄せたものの、それ以上は追及せず、再び馬車の中へ視線を戻す。
(……危ねぇ。余計なことを言うところだった)
御者は胸を撫で下ろし、懐の金貨の感触を確かめた。
(これさえ無事なら、今回の仕事は大儲けだ。金貨三枚なんて、そうそう稼げる額じゃねぇ)
そのとき、騎士が馬車の中から声を上げた。
「おい。ここに血痕があるぞ」
「ひっ!?」
御者の肩が跳ねる。
「血痕って、どのくらいだ!?」
「少しだ。だが、確認は必要だな」
「そ、それは……たぶん、乗客が怪我してたんじゃねぇか?」
「なぜ分かる?」
「いや、分かるっていうか……そうだったらいいなと!」
騎士は呆れたように御者を見た。
「とにかく、馬車はしばらく預かる。お前も事情聴取が終わるまでは帰すわけにはいかん」
「……え?」
「聞こえなかったか?」
「いや、聞こえたけど……」
御者はゆっくりと騎士を見上げた。
「それって、今日中には帰れないってことか?」
「そうなるかもしれんな」
「……」
御者は懐の金貨三枚を握りしめた。
(……金貨が没収されなきゃ、それでいい)
金貨三枚もあれば、普通の宿に泊まって数日食べたところで、簡単になくなるような額ではない。宿代は一泊につき中銅貨六枚から八枚ほど。多少贅沢をしたところで、しばらくは余裕で暮らせる。
問題は、金貨が減ることではなかった。
(……このまま数日拘束されたら、仕事ができねぇ)
御者にとって、馬車を走らせられないことは、そのまま稼ぎを失うということだ。
(せっかく金貨三枚も稼いだのに、仕事まで休まされたらたまったもんじゃねぇ!)
「……なあ」
「なんだ?」
「事情聴取って、どれくらいかかる?」
「さあな。長ければ数日だ」
「数日!?」
御者の悲鳴が、厩舎中に響き渡った。
「俺はただ馬車を走らせただけだぞ! なんで仕事まで休まなきゃならねぇんだ!」
「事情聴取のためだ」
「金貨三枚もらったからって、何日も働かなくていいほど余裕があるわけじゃねぇんだぞ!」
「なら、さっさと質問に答えろ」
「それで早く帰してくれるのか!?」
「答え次第だな」
「……神様、どうか俺が余計なことを言いませんように!」
「今まさに余計なことを言っているぞ」
「えっ!?」
騎士は深いため息を吐き、御者へ向き直った。
「とにかく、金貨のことは後で考えろ。今は質問に答えろ」
「……はい」
御者は肩を落とし、懐の金貨をもう一度確認した。
(頼むから、没収だけはされませんように……)
金貨三枚。それを無事に持ち帰れれば、今回の仕事は間違いなく大儲けだった。だからこそ、騎士の質問に答えながら、懐の金貨が無事であることを何度も祈り続けた。
これを投稿直前にふと思ったんですが、王道展開なら、このあとユウが少女の家まで行って、お母さんを治療する流れだったのかもしれません。
……まあ、今回は銀貨二枚を渡して終わりです。
書き終わってから「これ、普通なら家まで行くやつでは?」と気づきました。




