冒険者協会!!
ユウは人の流れに紛れながら、カルディアの町を歩いていた。
封鎖の影響で門の周辺には騎士や兵士が集まっているものの、町の中まで完全に止まっているわけではない。商人たちは店を開け、荷車も普段と変わらない様子で行き交っている。ただ、住民たちの間にはいつもより落ち着かない空気があり、すれ違う人々の会話からも、今回の騒ぎが町中で話題になっていることが伝わってきた。
「門のところ、まだ騎士がいるみたいだな」
「朝からずっとらしいぞ」
「何かあったのかねぇ」
「さあな。ただ、誰かを探してるって話は聞いたぞ」
「物騒な話だな……」
そんな会話を耳にしながらも、ユウは特に気に留めることなく歩き続けた。
昨日とは違う通りへ入り、人の流れに沿ってしばらく進んでいると、やがて通りの先に大きな石造りの建物が見えてきた。入口には剣と盾を組み合わせた紋章が掲げられ、その前を剣を腰に下げた者や、大きな荷物を背負った者たちが次々と出入りしている。
(……なんだ、ここ?)
武器を持った人間がこれだけ集まっているところを見ると、普通の店や宿ではなさそうだった。
(異世界でいう、冒険者ギルドみたいなもの……なのか?)
扉へ近づくと、朝だというのに中から大勢の話し声が聞こえてきた。酒や料理の匂いまで漂ってきて、どうやらここでは朝から酒を飲むのも珍しくないらしい。
「……朝っぱらから飲んでる奴もいるのか」
ユウは呆れながら中へ入り、受付へ向かおうとした。その途中、近くの席から聞こえてきた会話に足を止める。
「なあ、“沈黙のベネディクト”が来てるって話、聞いたか?」
「ベネディクト? あの銀級の?」
「ああ。昨日見たって奴がいたぞ」
「へえ……こんな町まで来るとはな」
「黒衣の修道女みたいな格好をした女だろ? 魔物討伐だけで銀級まで上がったっていう」
「そうそう。あいつ、戦った相手のスキルを使えなくするって噂があるんだよ」
「それ、かなり怖くないか?」
「だから“沈黙”なんだろ。スキルを封じられたら、冒険者なんて何もできなくなるからな」
「しかし、なんでまたカルディアに?」
「さあな。今回の封鎖と関係してるんじゃないかって話もある」
「騎士団が来てるだけでも面倒なのに、そこへベネディクトまで加わるのかよ……」
「できれば関わりたくねぇな」
「俺もだ」
そんな会話を背に、ユウは受付へ向かった。
受付には、肩まで伸びた茶色の髪を後ろでまとめた二十代半ばほどの女性が座っていた。周囲では冒険者たちが騒いでいるというのに、彼女は特に気にする様子もなく、手元の書類を整理している。
「すみません」
「はい。何かご用でしょうか?」
女性は顔を上げ、柔らかな笑顔を向けた。
「ここって……何をするところなんですか?」
「ここは冒険者協会です。冒険者の登録や依頼の受付、それから依頼を達成した際の報酬の受け渡しなどを行っています」
「冒険者……」
ユウは先ほどまで周囲にいた、剣や盾を身につけた者たちを思い浮かべる。
「魔物を倒したりする人たちですか?」
「それも仕事の一つですね。ほかにも護衛や薬草の採取、魔物の素材集めなど、個人では難しい仕事を依頼として引き受けています」
「なるほど……」
ユウは改めて協会の中を見渡した。剣を腰に差した者や大きな荷物を背負った者、受付で依頼書を眺めている者までいる。
(……ああいう人たちが、冒険者ってわけか)
先ほどまで聞いていた話とも合わせ、ここがどういう場所なのか少しずつ分かってきた。
「冒険者になるには、登録が必要なんですか?」
「はい。登録していただければ、冒険者証が発行されます」
「冒険者証?」
「身分証としても使えるものです。町への出入りや、身分を証明するときにも役立ちますよ」
その言葉に、ユウの目が少しだけ動いた。
「……身分証として使えるんですか?」
「はい。冒険者としてのランクや本人の情報も記録されていますので、一般的な身分証としても使えますよ」
「それなら……俺も登録できますか?」
ユウの言葉に、受付嬢は一瞬だけ目を瞬かせた。それから改めて、その小さな身体と幼い顔立ちへ視線を向ける。
「……えっと、申し訳ありません」
「?」
「冒険者登録は十五歳からなんです」
「十五歳……」
「はい。ですので、今の年齢では登録できません」
「……そうですか」
ユウは素直に頷いた。
(……簡単にはいかないか)
身分を証明できるものが手に入るなら、町を出るときにも役立つと思ったのだが、そう簡単にはいかないらしい。
「ちなみに、冒険者のランクってどうなってるんですか?」
「ランクですか?」
「さっき、銀級って話を聞いたので」
「ああ、なるほど」
受付嬢は頷くと、分かりやすいように指を折りながら説明する。
「冒険者のランクは、下から木級、銅級、鉄級、銀級、金級の五段階です」
「木、銅、鉄、銀、金……」
「はい。基本的には、ランクが上がるほど受けられる依頼の難易度も高くなります」
「じゃあ、銀級ってかなり上なんですか?」
「そうですね。銀級まで上がる冒険者は、それほど多くありません。腕の立つ冒険者でも、簡単に到達できるものではないですよ」
「なるほど……ありがとうございます。よく分かりました」
「いえ、お役に立てたならよかったです」
ユウは受付嬢へ軽く頭を下げ、その場を離れた。
(……銀級って、結構すごいんだな)
そう考えながら、ユウが協会の中をもう一度見渡した、そのときだった。
ヒュッ!
突然、何かが飛んでくる気配を感じ、ユウは反射的に身体を横へずらした。目の前を通り過ぎたそれは、くるくると回りながら床へ落ちる。
「……スプーン?」
足元に転がった銀色のスプーンを拾い上げた直後、協会の奥から豪快な笑い声が響いた。
「がはははは! クローム、また外したな!」
「うるせぇ! 今のは当たるはずだったんだよ!」
「俺を狙って投げたんだろ? なんであっちに飛んでくるんだよ!」
「ちょっと手元が狂っただけだ!」
「狂いすぎだろ!」
何事かと周囲の冒険者たちが笑う中、受付嬢が慌てて席を立った。
「クロームさん! 何やってるんですか!?」
「悪かったって」
「悪かったで済ませないでください。人に当たったらどうするんですか!」
「当たってねぇだろ」
「そういう問題じゃありません!」
受付嬢は呆れたようにため息をつき、さらに奥の冒険者たちへ目を向ける。
「それに、あなたたちも昼間から飲んでばかりいないで、少しは依頼を受けてください! ここは酒場じゃないんですよ!」
「今日は休みなんだよ」
「昨日も同じこと言ってましたよね?」
「……よく覚えてんな」
「毎日聞いてますからね!」
受付嬢の言葉に、周囲から笑い声が起こる。その中でクロームは気まずそうに頭を掻きながらユウのもとへ歩いてくると、床に落ちたスプーンを指差した。
「ほら、それ。返してくれ」
「ああ」
ユウがスプーンを渡すと、クロームは受け取りながらユウの姿を確認する。
「怪我はねぇか?」
「大丈夫です」
「そうか。ならよかった。悪かったな」
「次からは気をつけてくださいね!」
受付嬢がすかさず口を挟む。
「分かったって」
「本当ですか?」
「……たぶん」
「そこは『はい』でしょう!」
「はははっ、相変わらずだな、クローム!」
「うるせぇ!」
またしても協会に笑い声が響く。ユウはそんな様子を眺めながら、手に残ったスプーンの感触を思い返し、心の中で小さく息を吐いた。
(……冒険者って、みんなこんな感じなのか?)
少々騒がしい場所ではあったが、険悪な雰囲気というわけでもない。先ほど聞いた冒険者たちの話も含め、カルディアについて知るという意味では、それなりに面白い場所だった。
「ありがとうございました」
ユウは受付嬢へ軽く頭を下げてから、協会の出口へ向かう。
「はい。気をつけて帰ってくださいね」
背後から聞こえてくる冒険者たちの笑い声を聞きながら、ユウはそのまま冒険者協会を後にした。
外へ出ると、先ほどと変わらず大通りには多くの人が行き交い、商人たちの呼び声や荷馬車の音が絶えず響いている。
(……さて、どうするかな)
ユウは人の流れを眺めながら、次に向かう場所を考え始めた。
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■ショートストーリー 『年齢詐称』
「……身分証として使えるんですか?」
「はい。冒険者としてのランクや本人の情報も記録されていますので、一般的な身分証としても使えますよ」
「それなら……俺も登録できますか?」
ユウが尋ねると、受付嬢は一瞬だけ言葉を止め、改めてその姿を見つめた。小柄な身体に幼さの残る顔立ちで、どう見ても十五歳には見えない。
「……申し訳ありません。冒険者登録は十五歳からなんです」
「十五歳……」
「はい。ですので、今の年齢では登録できません」
「……俺、十五歳です」
「…………」
受付嬢はぱちぱちと瞬きをしたあと、ユウの顔をじっと見つめる。やがて困ったように口元へ手を当て、ふふっと小さく笑った。
「うそはいけませんよ」
「……嘘じゃないです。本当に十五歳です」
「はいはい。分かりました」
「…………」
どうやら、完全に子どもの冗談だと思われているらしい。
(……騙せないか)
ユウとしては嘘をついているつもりなどない。前世では二十一歳だったのだから、むしろ十五歳というのは控えめに言ったくらいだ。しかし、今の身体が八歳なのだから、見た目だけで判断されれば信じてもらえないのも無理はなかった。
(……いや、さすがにこの姿じゃ無理か)
前世のことまで説明したところで、余計に怪しまれるだけだろう。
「まあ、十五歳になったら改めて登録に来てくださいね」
「……分かりました」
結局、ユウは最後まで信じてもらえないまま受付を離れることになった。
(……次は、もう少しそれっぽく言わないとな)
釈然としない気持ちを抱えながら歩いていると、背後から受付嬢の声が聞こえてきた。
「……最近の子どもは、大人びてますね」
「…………」
ユウは何も聞かなかったことにして、そのまま協会の中を歩いていった。




