封鎖命令②
やはり1話の区切りを考えると、どうしても1話4000文字以下になってしまう……。
ということで、これからは本編の合間にショートストーリーも追加し続けていこうと思います!
(……今日は帰れそうにないな)
そう判断し、ユウが踵を返そうとした――そのときだった。
「おい」
背後から声を掛けられ、ユウが振り返ると、先ほど門前にいた騎士の一人が立っていた。騎士はユウを一瞥すると、そのまま周囲の路地へ視線を向ける。
「この辺りの路地、詳しいか?」
「……少しなら」
「なら、ちょうどいい。これから外れのほうを見て回る。案内してくれ」
「俺が?」
「ああ。何か問題でもあるか?」
「……いえ」
断れば、かえって怪しまれるかもしれない。そう考えたユウは、余計なことを言わずに小さく頷いた。
「分かりました」
「助かる」
騎士は短く答えると、ユウの隣へ並んだ。
「じゃあ、案内を頼む」
「……はい」
騎士はそれだけ言うと歩き出した。重い鎧の音を石畳に響かせながら大通りを外れ、ユウも少し距離を空けて後ろをついていく。人通りが減るにつれて、建物の隙間から細い路地がいくつも伸びる区画へ入り、やがて騎士が分かれ道の前で足を止めて周囲を見回した。
「……こりゃ、思ったより入り組んでるな」
「この辺りは、昔の道をそのまま使ってるみたいです」
「だからこんなに曲がりくねってるのか」
「たぶん」
騎士が路地の奥へ目を向けると、窓を板で塞ぎ、入口の周りには雑草が伸びた古びた建物が見えた。
「こういう場所が多いと、探すほうも苦労するな」
「隠れる場所には困らなそうですね」
「だろ? だから人手を増やしてる」
騎士は苦笑しながら再び歩き出すと、ふと思い出したようにユウへ尋ねた。
「それにしても、お前はこの町の人間か?」
「いえ。昨日、初めて来ました」
「昨日? それで、この辺りが分かるのか?」
「昨日、少し歩いただけです。こういう細い道を歩くのには慣れているので」
「……なるほどな」
騎士は少し意外そうな顔をしたものの、それ以上は追及せずに前を向いた。しばらく無言で歩いたあと、騎士がふと思い出したように口を開く。
「しかし、まさかグレイハイムからここまで逃げてくるとはな」
「……エリシア・グレイロードですか?」
「ああ。知ってるのか?」
「昨日、酒場で名前を聞きました」
「そうか。なら話は早いな。昨日、この町に入ったって情報が入ったんだ」
「それで、これだけの騎士を?」
「アルデン家の命令だからな。戦争が終わったとはいえ、グレイロード家の生き残りを放っておくわけにもいかんらしい」
「……捕まえるんですか?」
「そのために探してる」
騎士は淡々と答えながら、細い路地の先へ目を向けた。
「一人で逃げてきたのか、誰かと一緒だったのかも分からん。途中で別れてる可能性もあるからな。本人だけじゃなく、匿ってる奴がいないかも調べてる」
「なるほど……」
「町の外へ出ようとする奴だけじゃない。妙な場所を出入りしてる奴や、身元の分からない奴にも目を光らせてる」
「それは……大変ですね」
「大変だよ。朝からずっとこれだからな」
騎士はうんざりしたように息を吐いた。
「できれば今日中に見つけたいところだ」
「見つからなかったら?」
「捜索が続くだけだ。俺たちも休めんし、町の連中にも迷惑をかける」
「……早く見つかるといいですね」
「まったくだ。こっちだって好きで町を封鎖してるわけじゃないからな」
騎士は肩をすくめ、再び路地の奥へ向かって歩き出した。
「だから、さっさと見つかってくれるのが一番なんだがな」
「……そうですね」
ユウはそれ以上口を挟まず、騎士の後ろを歩き続けた。
(思ったより大事になってるな)
ただの人探しだと思っていたが、町全体を巻き込むほどの騒ぎになっているらしい。しばらく無言で歩いていると、騎士がふと思い出したように振り返った。
「そういや、お前は昨日からこの町にいるんだったな」
「はい」
「何か変わったものを見なかったか? 怪しい奴でも、妙な荷物でもいい」
「……特には」
「本当に?」
「昨日は宿に戻って、そのまま休んでいたので」
「そうか」
騎士はユウを一度だけ見たものの、それ以上は追及せずに前へ向き直った。
「まあ、何か思い出したら教えてくれ」
「分かりました」
「それだけでも助かる」
そう言って、騎士は前方の分かれ道へ目を向けた。
「さて、次はあっちを見てみるか」
「……分かりました」
ユウも騎士の後に続き、さらに路地の奥へ進んでいった。
市場の喧騒は次第に遠ざかり、崩れかけた建物や汚れた石畳が目立つようになる。道端にはぼろ布をまとった住民や子どもたちが横たわっており、こちらを気にする余裕すらないのか、騎士が通り過ぎても身を動かそうとしなかった。
(……こんなところまで探すのか)
やがて数区画進んだところで、騎士が足を止めた。その視線の先には崩れた石壁があり、その奥には人一人が通れるほどの細い路地が続いている。
「……ここだな」
騎士は路地の奥を確認してから、ユウへ振り返った。
「俺は反対側から回る。お前はここから先を見てくれ」
「分かりました」
「何か見つけても、無理に追う必要はない。怪しいと思ったら、すぐに声を出せ」
「……はい」
騎士はそう言うと、別の路地へ向かって歩き出した。ユウはその背中を見送ってから、細い路地へ足を踏み入れる。
薄暗い路地を進むにつれて、周囲の音が少しずつ遠ざかっていく。建物の影が増え、昼間だというのに奥へ進むほど薄暗くなっていった。
そのとき、ユウの足がふと止まる。
(……いる)
姿は見えない。それでも《気配察知》には、路地の奥に潜む人の存在がはっきりと映っていた。
ユウが暗がりへ目を凝らしていると、やがて建物の陰から一人の女が姿を現した。泥に汚れた外套を身にまとい、顔には疲労が色濃く浮かんでいる。それでも、金色の髪と黒い瞳は隠しようもなかった。
(……まさか)
昨日から聞かされていた名前が、頭をよぎる。
(エリシア・グレイロード……)
女もユウの存在に気づいたらしく、警戒するように目を細めた。互いに言葉を交わすこともなく、しばし視線だけがぶつかる。
その直後、背後から重い足音が響いた。
「いたぞ!」
「逃がすな!」
複数の騎士が迫ってくる音に、女の表情が険しくなる。
「……本当に、しつこい連中ね」
吐き捨てるように呟くと、女は身を低くして地面を蹴った。そのままユウの横をすり抜け、路地の奥へ一気に駆け出していく。
「待て!」
騎士たちもすぐに剣を抜き、女の後を追った。
「先回りしろ! この先は道が分かれている!」
「分かった! 向こうへ回る!」
一人の騎士が脇道へ駆け込むと、残った騎士たちは逃げた女を追って狭い路地の奥へ走っていった。
怒号と足音が次第に遠ざかっていく中、女は路地の奥へ消える直前、ほんの一瞬だけユウを振り返った。
その視線にどんな意味があったのか、ユウには分からない。ただ、女の姿が見えなくなったあとも、ユウはしばらくその路地の奥を見つめたまま立ち尽くしていた。
やがて、追跡していた騎士の一人が戻ってきた。荒い息を整えながらユウの前で足を止めると、悔しそうに路地の奥へ視線を向ける。
「……見失った」
「……逃げられたんですか?」
「ああ。先回りした奴からも、まだ何の知らせもない」
騎士は苛立たしげに舌打ちすると、周囲を見回した。
「くそ……どこへ行きやがった」
そのまま少し考え込んだあと、騎士は再びユウへ目を向けた。
「お前、何か見なかったか?」
「……いえ。走っていったのを見ただけです」
「そうか」
騎士は短く答えると、もう一度路地の奥へ視線を向けた。
「……見つけたら、すぐ知らせろ」
「……分かりました」
「頼む」
騎士はそう言い残すと、仲間のいる方へ駆けていった。その背中を見送りながら、ユウは小さく息を吐き、先ほどの女――エリシア・グレイロードの姿を思い返す。
(……俺には関係ない)
戦争に敗れた貴族の令嬢が追われている。ただ、それだけの話だ。自分が首を突っ込んだところで何ができるわけでもないし、下手に関われば自分まで面倒に巻き込まれる。
(……余計なことに関わる必要はない)
そう考えたユウは、路地の奥へ一度だけ目を向けると、それ以上気にすることなく来た道を戻り始めた。
町は依然として封鎖され、騎士たちが慌ただしく行き交っていたが、住民たちは少しずつ普段の生活を取り戻し始めている。そんな様子を横目に、ユウはこれから向かうグレイウッド村へ思いを馳せた。
(……早く帰りたいな)
門が封鎖されている以上、今日中に町を出られる保証はない。それでも、これ以上足止めされることなく、できるだけ早く村へ戻りたかった。
ユウは最後に一度だけ騎士たちへ目を向けたが、すぐに視線を逸らすと、そのまま人の流れへ紛れて通りの奥へ歩き去っていった。
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■ショートストーリー 『消えてもらおうかっ!!』
騎士とともに路地を歩いていたユウは、しばらく無言でその後をついていた。すると、周囲を警戒していた騎士が、ふと思い出したように口を開く。
「しかし、まさかグレイハイムからここまで逃げてくるとはな」
「……誰がですか?」
「グレイロード家の令嬢だ。昨日、この町に入ったって情報がある。金髪に黒い目をした十代くらいの女らしい」
「……そうなんですか」
「ああ。誰かと合流したか、町の中で匿われてる可能性もある。だから本人だけじゃなく、怪しい奴がいないかも調べてるんだ」
「大変ですね」
「まったくだ。朝から探し回ってるうえに、町を封鎖したせいで商人からは文句を言われるし――」
そこまで話したところで、騎士の足が止まった。何かに気づいたように黙り込んだあと、ゆっくりとユウを振り返る。
「……お前」
「はい?」
「今の話、誰かに話したりしないよな?」
「しませんけど」
「そうか」
騎士は安心したように頷き、再び歩き始めた。
しかし、数歩進んだところで、また足を止める。
「……待て」
「?」
「俺、今……結構いろいろ喋ったよな?」
「そうですね」
「令嬢の特徴とか、匿われてる可能性とか、俺たちが何を調べてるかまで……」
「話してました」
「……なんで?」
「知りません」
騎士はその場でしばらく黙り込んだ。
「……まずいな」
「何がですか?」
カチャリ、と剣が抜かれる。
「……何をするつもりですか?」
「悪いが」
騎士は申し訳なさそうな顔で、ユウへ剣先を向けた。
「情報が漏れる前に、お前には消えてもらう」
「……あなたが勝手に話したんですよね?」
「……そうだな」
「俺、聞いてませんでしたよね?」
「……」
「じゃあ、剣をしまってください」
騎士は黙ったまま剣を構えていたが、ユウは小さく息を吐いた。
「それに、その話って別に秘密じゃないですよね」
「……あ?」
「グレイロード家の令嬢が逃げてることも、金髪で黒い目をしてることも、昨日から町の人たちが普通に話してました」
「…………」
「町を封鎖して騎士が大勢探してるんですから、隠してるようにも見えませんし」
騎士はしばらく黙り込んだあと、ゆっくりと剣を下ろした。
「……そうだったな」
「はい」
「危ないところだった」
「何がですか?」
「もう少しで、お前を消すところだった」
「俺は何もしてません」
「そうだな」
騎士は何事もなかったように剣を鞘へ収めると、そのまま再び歩き始めた。
ユウも少しだけ距離を取りながら、その後を追う。
(……この人、本当に大丈夫なのか?)
そんな疑問を抱きながら、ユウは仕方なく騎士の後をついていった。




