カルディアの喧騒③
「はぁ……はぁ……やっと追いついた……!」
ようやく追いついたシルフィは、肩で息をしながら少年の姿を改めて見る。武器屋にいたときのぼろぼろの服は新しいものに変わっているが、疲れの残った顔や痩せた身体からは、まだ戦場帰りのような雰囲気が消えていない。
「……何か用?」
突然追いかけてきた少女を、ユウは怪訝そうに見つめた。
「えっと……さっき、武器屋にいたよね?」
「……いたけど」
「やっぱり!」
シルフィは嬉しそうに頷いたものの、いざ本人を前にすると、何から聞けばいいのか迷ったように口を閉じる。それでも気になる気持ちは抑えられず、ユウをじっと見つめた。
「私、シルフィ。あのお店のおじさんに用があって行ってたんだけど……ちょっと君のことが気になって」
「俺が?」
「うん。特に気になったのは、あの短剣かな」
シルフィはユウの腰へ視線を向ける。
「かなり使い込まれてたけど、元は結構いいものだったでしょ?」
「……そうなのか?」
「え?」
思わず聞き返したシルフィに、ユウは少し考えてから答える。
「拾ったものだからな。戦場で見つけただけだ」
「ああ……そういうことか」
シルフィは納得したように頷く。
「だから、あんなに傷んでたんだね」
「まあな」
「でも……」
シルフィはそこで言葉を切り、改めてユウの顔を見る。
「それだけじゃないんだよね」
「……?」
「君自身も、なんだか気になるんだ」
「俺が?」
「うん」
シルフィは少し照れたように笑う。
「商人って、そういうのを放っておけないんだよ」
「……商人?」
「そう。私、商人なの」
そう言って胸を張るシルフィを見て、ユウはわずかに首を傾げた。
「それで……俺に何を聞きたいんだ?」
「そうだなぁ……」
シルフィは少し考えてから、まず無難なところから尋ねる。
「これから、どうするの?」
「……分からない。特に行く当てもない」
「そうなの?」
「ああ。とりあえず、今日は宿を取ってある」
「なら、ひとまず安心だね」
シルフィはほっとしたように笑った。
「じゃあ、今から時間ある?」
「まあ……特に予定はないけど」
「それなら、ちょっと付き合ってよ」
「付き合う?」
「うん。お茶でも飲みながら、もう少し君の話を聞きたいなって」
あまりにも自然に誘われ、ユウは少し戸惑ったようにシルフィを見る。
「……なんで、そこまで俺のことが気になるんだ?」
シルフィはすぐには答えず、少しだけ考えるように視線を逸らした。
「うーん……」
やがて、いたずらっぽく笑う。
「気になるから、じゃ駄目?」
そう言って首を傾げるシルフィは、ユウより少し背が高い。それでも見下ろすような威圧感はなく、むしろ人懐っこい笑顔が妙に印象に残った。
ユウはしばらくその顔を見つめていたが、やがて小さく息を吐く。
(……本当に変な奴だな)
初対面の相手に、ここまで遠慮なく踏み込んでくる人間は珍しい。
「嫌なら断っていいよ。無理に付き合ってほしいわけじゃないから」
シルフィはそう言って、少しだけ笑った。
「ただ、せっかく会ったんだし……もう少し君と話してみたいんだ」
「……」
ユウは少し考えた。カルディアへ来たばかりで、街のことも人のことも何も分からない。商人だというこの少女から話を聞けるなら、情報を集めるという意味でも悪い話ではなかった。
「……分かった。少しだけなら」
「ほんと? やった!」
シルフィは嬉しそうに笑うと、さっそく歩き出した。
「じゃあ、こっち。私の知ってる店があるんだ。安くて美味しいし、話をするにも丁度いいよ」
「……さっき飯を食べたばかりなんだけど」
「あ、そうなんだ」
シルフィは足を止め、少し考える。
「じゃあ、お茶だけにしようか」
「それならいい」
「決まりね!」
満足そうに頷いたシルフィは、再び歩き始める。ユウもその後を追い、大通りから少し外れた細い路地へ入っていった。
「こっちこっち。ちょっと分かりにくいけど、静かで落ち着くんだよ」
「……本当に店なんてあるのか?」
「あるって。ほら、あそこ」
シルフィが指差した先、建物の隙間を抜けたところに、小さな木造の店が建っていた。簡素な看板には、小さく「小鳥亭」と書かれている。
「ここ?」
「そう。ここだよ」
シルフィが扉を開けると、控えめな鈴の音が店内に響いた。
「いらっしゃい……って、シルフィちゃんかい」
「こんばんは!」
「今日は一人かい?」
「ううん。友達と一緒」
そう言って、シルフィが振り返る。
「ね?」
「……友達?」
思わず聞き返したユウに、シルフィはきょとんと首を傾げた。
「違った?」
「いや……会ったばかりだろ」
「でも、今から一緒にお茶するんだから、もう友達でいいじゃん」
「……まあ、いいけど」
「じゃあ決まりね」
シルフィは嬉しそうに笑い、店の奥へ進んでいく。ユウもその後に続き、向かいの席へ腰を下ろした。
「何飲む? 分からなかったら、私と同じのでいいよ」
「ああ、それでいい」
「じゃあ、いつもの二つお願いします!」
注文を済ませると、シルフィは頬杖をつきながら向かいのユウを眺めた。
「……なに?」
「いや、武器屋にいたときとはずいぶん変わったなって。あのときは泥だらけだったのに、今はちゃんと新しい服を着てるから」
「買ったからな」
「そっか。……お金、どうしたの?」
「短剣を売った。銀貨二枚になったから、それで買った」
「ああ、やっぱり」
シルフィは納得したように頷くと、少し考えるようにユウを見る。
「でも、あの短剣なら、もう少し高くてもよかったと思うよ」
「……そうなのか?」
「うん。刃こぼれも歪みもひどかったけど、鋼そのものは悪くなかったし、元はかなり上等なものだったみたいだから」
「……」
(……もしかして、安く売りすぎたか?)
ユウは短剣を思い返したが、あのときは少しでも金が必要だった。今さら惜しんでも仕方がない。
「まあ、あの状態じゃ買い取り額が下がるのも仕方ないけどね」
「……詳しいんだな」
「商人だからね。武器の価値を見るくらいはできるよ」
シルフィが得意そうに胸を張ったところへ、注文していたベリーティーが運ばれてきた。
「お待たせしました。ベリーティー二つです」
「ありがとうございます」
ユウはカップを受け取り、ゆっくりと口をつけた。シルフィも一口飲んでから、改めてユウを見る。
「それで、どこから来たの?」
シルフィの何気ない問いかけに、ユウの手が止まった。
「……北のほうだ」
「北って、この辺りから見て?」
「ああ」
それ以上は答えずにいると、シルフィは少しだけユウの顔を見つめ、それからそれ以上の追及をやめた。
「……言いたくないなら、無理に聞かないよ」
「いや……戦場から逃げてきたから、正確な場所までは分からないんだ」
「そっか」
シルフィはそれだけ言って、再びカップへ口をつける。ユウも同じように紅茶を飲み、しばらく二人の間に静かな時間が流れた。
やがてシルフィがカップを置き、何気ない調子で口を開く。
「じゃあ、これからはどうするの?」
「一度、村に戻るつもりだ。今までいた場所に帰る」
「村に?」
「ああ。家族もいる」
「そっか」
シルフィは少し安心したように笑った。
「ちゃんと帰る場所があるんだね」
「まあな」
「じゃあ、カルディアには一時的に来ただけなんだ」
「そういうことになるな。村に戻ったあとのことは、まだ何も決めてないけど」
「なるほどね」
シルフィはカップの中身を眺めながら、少し考えるように黙った。
「……じゃあ、またカルディアに来ることはある?」
「必要なものがあれば来るかもしれない」
「そっか」
シルフィは嬉しそうに笑う。
「じゃあ、また会えるかもしれないんだ」
「ああ。まあ、そういうこともあるだろ」
「よかった」
「……そんなに会いたいのか?」
「だって、気になるんだもん」
シルフィは悪びれる様子もなく笑った。
「君がこれからどうなるのか、ちょっと見てみたいんだよね。商人の勘っていうのかな。うまく説明できないけど……君のこと、妙に気になるんだ」
「……やっぱり変な奴だな」
「また言った!」
シルフィは頬を膨らませたが、すぐに吹き出した。
「まあいいや。それより、またカルディアに来ることがあったら、私のところにも寄ってよ」
「お前のところ?」
「うん。私も商売してるから、この辺りにはよく来るんだ。必要なものがあったら相談してくれてもいいよ」
「何を売ってるんだ?」
「いろいろ。武器も扱うし、旅に必要なものを仕入れることもあるよ。まだ勉強中だけどね」
「なるほど」
「だから、次に来たら遠慮なく声をかけて。……まあ、私のこと覚えてたらだけど」
「……努力する」
「そこは普通に『覚えておく』でいいでしょ」
シルフィが呆れたように笑い、ユウも小さく息を吐いた。
「まあ、また会ったら、そのときは頼む」
「うん。楽しみにしてる」
「……気が早いな」
それから二人は、戦争とは関係のない他愛もない話をしばらく続けた。やがてカップの中身もなくなり、店を出る頃には、先ほどまで漂っていたぎこちなさもすっかり消えていた。
「明日には村へ帰るんだよね?」
「ああ」
「じゃあ、気をつけて帰ってね」
店を出ると、夜の冷たい風が二人の間を抜けていく。
「またカルディアに来たら、ちゃんと私を探してよ」
「分かった」
「絶対だからね?」
「……ああ」
シルフィは満足そうに笑った。
二人はそのまま夜の通りを並んで歩き、大通りまで戻ったところで足を止める。
「じゃあ、またね」
「ああ。またな」
「うん!」
シルフィが笑顔で手を振る。ユウも軽く手を上げて応えると、そのまま宿のある方向へ歩き出した。背後から聞こえていたシルフィの足音も、しばらくすると人混みの中へ紛れていく。
やがて見慣れた宿の灯りが見えてくると、ユウは肩の力を抜いた。
「……今日は疲れたな」
宿へ入ると、主人に軽く会釈をして階段を上がり、そのまま自分の部屋へ戻った。扉に鍵を掛け、簡単に身体を拭いてからベッドへ身を沈める。硬い寝台だったが、雨風を凌げる屋根があり、鍵の掛かる部屋で眠れる。それだけで、今のユウには十分だった。
(明日にはMPも戻る。体力も回復するし、グレイウッド村までの道も、今の俺なら問題なく辿り着けるはずだ)
あとは眠ればいい。
そう思って目を閉じると、昼間に聞いた戦争の話や、今日出会った少女とのやり取りが、ふと頭の中に浮かんだ。
(……そういや、あんなに誰かと話したのも久しぶりか)
戦場から逃げてきてからは、生き延びることだけで精一杯だった。誰かと落ち着いて話をする余裕などなく、何気ない会話を交わしたのも、ずいぶん久しぶりだった気がする。
(……まあ、悪くはなかったけどな)
そんなことを考えているうちに、遠くから聞こえていた町の喧騒も次第に遠のいていく。
ユウはそのまま、静かな眠りへと落ちていった。
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■とある武器屋の店主の記憶
「じゃあ、ちょっと行ってくる!」
「おいおい、剣を見るんじゃなかったのか?」
「すぐ戻ってくるから大丈夫!」
「いや、そういう問題じゃ――」
店主の制止も聞かず、シルフィは勢いよく店を飛び出していった。
店主はしばらく開いたままの扉を眺めていたが、やがて「……ったく。すぐ戻る、ねぇ」と小さく息を吐く。まあ、何だかんだ言ってもすぐに帰ってくるだろうと思いながら、店主は再び作業へ戻った。
◇
一時間後。
「……シルフィ、戻ってこねぇな」
店主は完成したショートソードを眺めながら店の入り口へ目を向け、客が入ってくるたびに一瞬だけ顔を上げるものの、そこにいるのは見知らぬ客ばかりだった。
「まあ……何か話でもしてんだろ」
そう自分に言い聞かせながら、店主はショートソードを棚へ戻した。
◇
さらに一時間後。
「……遅ぇな」
店主は腕を組みながら、店の奥に並べられたショートソードへ目を向けた。シルフィが「見せて見せて!」と飛びついてきた五本の剣だが、まだ一本しか見ていない。
「まさか、忘れてんじゃねぇだろうな……」
そう呟いた瞬間、店主の中に嫌な予感がよぎった。
◇
さらに一時間後。
「……忘れてやがるな、これ」
店主は、もう確信していた。
「すぐ戻るって言ってたよな?」
当然、返事はない。
「……俺の剣はどうするつもりだ」
もちろん、返事があるはずもない。
「ったく……」
深いため息を吐いた店主は、店の奥に並んだショートソードへ目を向ける。
「戻ってきたら、覚えてろよ」
◇
その頃。
「そうだ! ここのメニューに売ってるポポラプリンも美味しいんだよ! ユウ、いる?」
「……っ!!」
思わず、ユウの視線がメニューへ向く。
(甘いもの……!)
一瞬だけ心が大きく揺れたものの、メニューに書かれた値段を見て、すぐに冷静になった。
(……食べたいけど、たぶん高いよな。ここは遠慮しておこう)
ユウは小さく息を吐いた。
「……俺はいいよ」
「そっか」
シルフィは一度だけ頷いた。
「すみませーん! ポポラプリン一つ!」
「……え?」
ユウが思わずシルフィを見る。
「私が食べたいから頼んだだけだよ?」
「……そう」
納得できないまま、ユウは黙り込んだ。
シルフィはそんなユウを横目で見ながら、楽しそうに笑っていた。武器屋に五本のショートソードを置き去りにしたことなど、完全に忘れて。
こういうほのぼのとしたショートストーリーの方が、やっぱり受けがいいのだろうか……?




