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カルディアの喧騒②

いつもリアクションありがとうございます!

読んでもらえてるんだなぁ……と実感できるので、本当に励みになっています。

 食事を終えると、ユウは席を立って食堂を出た。外へ出ると冷たい夜風が頬を撫で、先ほどまでの喧騒も、扉を閉めた途端に遠ざかっていく。


(……そういえば)


 歩きながら、ユウは布袋の中身を確かめた。宿代と食事代を払っても、まだいくらかの金は残っている。


 今すぐ困るほどではないが、帰るまでに何があるか分からない。できることなら、少しでも手持ちを増やしておきたい。


(……売れるものがあれば、売っておくか)


 そこで、ユウの頭に一つの品が浮かんだ。


(あれなら……)


 そう考えながら通りを見回すと、すぐ近くに武器屋の看板が目に入った。軒先には剣や槍、盾などが並び、開け放たれた店内からは、刃物を研ぐ音と油の匂いが漂っている。


 ユウは腰の短剣へ手をやり、少しだけ考えてから店へ入った。


 店の奥で剣を研いでいた大柄な男が顔を上げると、ユウの姿を上から下まで眺めた。泥と血で汚れた服に乾いた血の跡、細い身体、そして腰に差した短剣。その格好が気になったのか、男は手を止めて眉を上げる。


「……いらっしゃい、と言いたいところだが、坊主。何の用だ?」


 ユウは腰の短剣を抜き、そのまま店主へ差し出した。


「これ、買い取ってもらえますか?」


 店主は短剣を受け取ると、刃を光にかざしながら目を細めた。刃こぼれに歪み、それに手入れ不足も目立つ。指先で刃の状態を確かめ、柄や鍔まで一通り眺めてから、短剣を軽く振って重さを確かめた。


「酷ぇ使い方してんな。刃こぼれもあるし、少し歪んでやがる。手入れもろくにしてねぇな」


 そう言いながらも、店主は刃をじっくりと眺める。


「……だが、元は悪くねぇ。鋼もそれなりにいいもんだ」


 店主は短剣から顔を上げ、ユウを見る。


「どこで手に入れた?」


「戦場です」


「……そうか」


 店主はそれだけ言うと、それ以上は何も聞かなかった。短剣をもう一度眺め、しばらく考えたあと、カウンターへ置く。


「銀貨二枚。これでどうだ?」


 安いのか高いのか、ユウには判断できなかった。それでも、今の自分にとっては少しでも金が増えることのほうが重要だった。


「……分かりました」


「じゃあ、二枚な」


 店主が懐から銀貨を取り出そうとした、そのとき――。


「おじさーん! 頼んでたやつ、できたー?」


 勢いよく扉が開き、金色の髪と鮮やかな青い瞳を持つ少女が飛び込んできた。十代半ばほどの年頃だが、薄暗い店内でも目を引くほど整った顔立ちをしている。


「あぁ、シルフィか。前に頼まれてたショートソード五本なら、もう仕上がってるぞ」


「ほんと!? 見せて見せて!」


 少女――シルフィが店主のもとへ駆け寄る横で、ユウは差し出された銀貨を受け取った。


「……ありがとうございました」


「おう」


 短く礼を告げたユウは、そのまま店を出ていく。


 シルフィはそんな少年の背中を何気なく目で追った。血と泥に汚れた服に、傷の跡が残る身体。どう見ても普通の旅人には見えない。


「……おじさん」


「あん?」


「あの子、誰?」


「さぁな。戦場帰りじゃねぇか? 最近じゃ、村を潰されて流れてきたガキや、身寄りをなくして彷徨ってる奴も珍しくねぇからな。親を亡くしたか、家を失ったか……まあ、そんなところだろ」


「……そうなんだ」


 シルフィは小さく頷いたものの、店を出ていった少年の姿が妙に頭に残っていた。


「シルフィ、いつまでぼーっとしてんだ。ショートソードを見るんじゃなかったのか?」


「あっ、そうだった!」


 慌てて店主のもとへ駆け寄ると、店主は苦笑しながら店の奥から完成したショートソードを一本取り出した。


「ほら、まず一本目だ」


「おお……!」


 シルフィは嬉しそうに剣を受け取ったが、しばらく眺めたところでふと手が止まる。


(……なんだったんだろう、あの子)


 シルフィの固有能力《真価の眼》は、商品の価値を見抜くだけではない。ごく稀に、人や物に秘められた「これからの価値」を感じ取ることがある。そして今、その《真価の眼》が、先ほどの少年に対して妙な反応を示していた。


(……あの子、なんか変)


 少年が持っていた短剣も気になった。刃こぼれや歪みは酷かったものの、鋼そのものの質は悪くない。元はかなり上等な品だったのだろうし、銀貨二枚という値段も決して高くはない。


 だが、シルフィが気になっているのは短剣ではなかった。


(……あの子自身が、気になる)


 今の姿だけを見れば、血と泥にまみれた戦場帰りの少年にしか見えない。それなのに、《真価の眼》は妙に強く反応していた。


 何に反応しているのかは分からない。少年が何者なのかも、これからどうなるのかも見えない。ただ――このままでは終わらない。


 そんな漠然とした感覚だけが、シルフィの中に残っていた。


「シルフィ?」


「……ん?」


「聞いてんのか?」


 店主の声に、シルフィはようやく顔を上げた。


「あ、うん! 聞いてる聞いてる!」


「絶対聞いてねぇだろ」


「聞いてるってば!」


「さっきから剣より、あの坊主が出てった扉ばっか見てただろうが」


「……気のせいじゃない?」


「気のせいじゃねぇよ」


「まあまあ、細かいことはいいじゃん」


「よくねぇよ……」


 店主は呆れたように息を吐くと、それ以上は追及せず、シルフィの手元を指差した。


「で、どうだ? 気に入ったか?」


「うん! すごくいい!」


「そうかい。なら、次のも見せるぞ」


「お願い!」


 シルフィは嬉しそうに剣を眺めたものの、どうしても先ほどの少年のことが頭から離れなかった。《真価の眼》があれほど強く反応した相手は、今まで一度もいない。


 何に反応しているのかは分からない。それでも、商人としてあの感覚を無視する気にはなれなかった。


(……少しくらい、調べてみてもいいよね)


 そう思ったシルフィは、剣を鞘へ戻して店主を見る。


「……おじさん。さっきの子、どっちへ行ったか分かる?」


「ああ? さぁな。宿でも探してんじゃねぇか?」


「そっか……」


 シルフィは少し考えたあと、立ち上がった。


「じゃあ、ちょっと行ってくる!」


「おいおい、剣を見るんじゃなかったのか?」


「すぐ戻ってくるから大丈夫!」


「いや、そういう問題じゃ――」


 店主の制止を聞き流し、シルフィはそのまま店を飛び出していった。


「……ったく、何を考えてんだか」


 扉が閉まると、シルフィは通りへ出て人の流れを見回した。しかし、先ほどの少年の姿はどこにも見当たらない。


(……もう行っちゃったかな)


 それでも、ここで諦める気にはならなかった。


(……ちょっとだけ、探してみようかな)


 そう決めると、シルフィは少年が向かったと思われる方角へ歩き出した。


ーーーーー


 武器屋を出たユウは、受け取った銀貨を布袋へしまいながら通りを歩いていた。銀貨二枚が高いのか安いのかは分からないが、宿代の相場すら知らない今は、手持ちが増えたことを素直に喜ぶしかない。


(……それにしても、服はどうにかしたいな)


 血と泥で汚れ、ところどころ裂けた服では、歩いているだけでも目立ってしまう。せっかく街へ来たのだから、せめて人目を気にせず歩けるくらいの格好にはしておきたかった。


 そんなことを考えながら歩いていると、通りの先に小さな服屋が見えてきた。

 

 店先には庶民向けのシャツやズボンが並び、店内にも簡素な作りの服が所狭しと掛けられている。近所の住民らしい客も何人かいて、手に取った服を比べながら品定めをしていた。


(ここなら、そんなに高くなさそうだな)


 そう思って店へ入ると、奥で布を畳んでいた女が顔を上げた。そしてユウの姿を見るなり、わずかに目を見開く。


「……あー、悪いね。買い物ならいいんだけど、その格好で商品を触るのはちょっと待っておくれ」


 ユウは自分の服へ目を落とした。血と泥で汚れ、ところどころ裂けている。言われてみれば、確かにこのまま店の商品を触るのは気が引けた。


「服を買いたいんですが……」


「ああ、そりゃ構わないよ。ただ、そのままだと商品まで汚れちまうからね」


「……外で待っていればいいですか?」


「そうしてくれると助かるよ。サイズと予算を教えてくれれば、こっちで選んで持っていくから」


「分かりました。お願いします」


 ユウが店の外へ出ると、女はその姿を改めて眺め、服の大きさを見当をつけるように目を細めた。


「それで、予算はどれくらいだい?」


「できるだけ安いほうが助かります。旅で着るので、丈夫なら十分です」


「なるほどね。だったら、手頃なやつを見繕ってくるよ」


 女は店の奥へ引っ込むと、しばらくして簡素な衣服を何着か抱えて戻ってきた。


「ほら、この辺りならどうだい? 安物だけど生地はそれなりに丈夫だし、旅に着ていくなら十分だよ」


 ユウは並べられた服を見比べ、派手さのないシャツとズボンを選んだ。


「……これでお願いします」


「はいよ」


 ユウが代金を支払うと、女は受け取った金を確かめてから、選んだ服をユウへ渡した。


「ありがとうございます」


「なに、こっちも商売だからね」


 女はそう言ってから、ユウの格好を改めて眺めた。


「それにしても、よくそんな格好でここまで来たね。見たときは、どこかで大怪我でもしたのかと思ったよ」


「……少し、色々ありまして」


「そうかい。まあ、話したくないなら無理に聞くことでもないさ」


 女はそれ以上追及せず、軽く肩をすくめる。


「次に来るときは、もう少し綺麗な格好でおいで。今度は店の中でゆっくり選ばせてあげるよ」


「……気をつけます」


 女から服を受け取ると、ユウは小さく頭を下げ、そのまま店を出た。近くの人目につかない場所で着替えを済ませ、新しい服の裾を軽く引く。


(……少しは、まともに見えるか?)


 少なくとも、先ほどまでの姿よりはマシだろう。そう思いながら再び通りを歩いていると、少し先の酒場から男たちの話し声が聞こえてきた。


「なあ、グレイロード家の子どもたち、まだ逃げてるらしいぞ」


「二人ともか?」


「ああ。エリシア嬢も弟のほうも、まだ行方が分からねぇらしい」


「へぇ……まだ捕まってねぇのか」


「らしいな。兵が探し回ってるって話だが、戦場から逃げ切ったって噂もある」


「エリシア嬢なら、簡単には捕まらなそうだな」


「騎士団にいたくらいだからな。中級騎士とも渡り合えるほど強かったって話だぞ」


「それでも、あれだけの騎士に追われたら厳しいんじゃないか?」


「どうだろうな。あの人なら、どこかへ逃げ延びてそうな気もするが」


「まあ、見つかったらただじゃ済まねぇだろうな」


 通りの脇から聞こえてきた会話に、ユウはほんの少しだけ耳を傾けた。


 昨日から、町のあちこちでグレイロード家の話を耳にする。戦争が終わったばかりということもあり、その生き残りであるエリシアの行方は、多くの人間にとって格好の話題になっているらしい。


(……ずいぶん有名なんだな)


 中級騎士とも渡り合えるほどの実力があり、グレイロード家の令嬢でもある。ユウには詳しい事情までは分からないが、ただの貴族の娘ではないということだけは理解できた。


(……まあ、俺には関係ないか)


 そう考えたユウは、それ以上噂話を気にすることなく男たちの横を通り過ぎ、人の流れに紛れながら通りの先へ歩いていった。


ーーーー


 その頃、ユウが先ほどまで歩いていた通りを、一人の少女が息を切らしながら駆けていた。


「……はぁ、はぁ……!」


 武器屋を出てから、それほど時間は経っていない。まだ遠くへ行っているはずはないと考えながら、シルフィは人混みの中へ何度も視線を走らせる。


(どっちに行ったの……? まだそんなに遠くには行ってないよね?)


 そのとき、先ほどから微かに反応していた《真価の眼》が、突然強く反応した。


(……こっち?)


 シルフィは立ち止まることなく、その感覚に従って通りを進んだ。


「……絶対、何かある」


 人混みを縫うように進んでいくと、その向こうに見覚えのある背中が見える。


「あっ……いた!」


 間違いない。先ほど武器屋を出ていった少年だった。


「待ってー!」


 シルフィは声を上げながら追いかけたが、ユウは振り返ることなく歩き続けている。


(……聞こえてないの?)


「ちょっと、待ってってばー!」


 今度はさらに大きな声を上げ、シルフィは人混みをかき分けながら少年との距離を詰めた。


 そして、ようやくユウの隣まで追いつく。


「はぁ……はぁ……やっと追いついた……!」


「……?」


 そこで初めてユウが足を止め、隣に並んだ少女へ目を向けた。金色の髪に青い瞳――先ほど武器屋で見かけた少女だ。


「……何か用か?」


 突然追いかけてきた理由が分からず、ユウは不思議そうにシルフィを見つめた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


■ショートストーリー 武器屋にて


「ほら、注文してたショートソード五本だ」


「おおー!」


 店主がカウンターへ並べた五本のショートソードを見て、シルフィは目を輝かせると、さっそく一本を手に取った。


「わぁ……やっぱりいいね!」


 嬉しそうに握り心地を確かめたかと思うと、そのまま軽く振り始める。


「おい、店の中で振り回すなよ」


「大丈夫、大丈夫!」


 ぶん、ぶんっ。


「ほら、すごく振りやす――」


 ぶんっ!


「うおっ!?」


 振った剣が勢い余って店主の頭のすぐ横を通り過ぎ、壁に突き刺さった。


「…………」


「…………」


 しばらく沈黙が流れる。


「……えへへ」


 シルフィは頭をかきながら、照れくさそうに笑った。


「この剣、すごく振りやすいね」


「感想がそれかよ!!」


「だって本当に振りやすいんだもん」


「俺の頭を狙ったわけじゃねぇだろうな!?」


「違うよ!」


 シルフィは慌てて首を横に振る。


「ちょっと勢いがついただけ」


「それを危ねぇって言ってんだよ!」


「ごめんごめん」


 そう言いながらも、シルフィは壁に刺さったショートソードを見て、どこか嬉しそうに笑っている。


「でも、やっぱりいい剣だね」


「……はぁ。まあ、気に入ったならいいが」


「うん! 残りの四本も見ていい?」


「今度は振るなよ」


「分かってるって」


「その返事、一番信用できねぇんだよな……」


 店主がため息をつく横で、シルフィは楽しそうに残りのショートソードへ手を伸ばした。

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