カルディアの喧騒①
やっと……全話の改稿が終わりました……!
しかも、気づけば**1万文字以上増えてました……。**
というわけで、ここから投稿を再開します!
かなり読みやすくなった……はずなので、これで途中離脱率も少しは減ってくれればいいのですが……。
改稿した分、以前より楽しんでもらえたら嬉しいです!
カルディアの通りを歩きながら、ユウは宿屋を探していた。
周囲には宿屋や酒場、道具屋、鍛冶屋などが並び、荷物を抱えた商人や買い物帰りの客、仕事へ向かう職人たちが途切れることなく行き交っている。
(まずは休める場所……それから服だな)
今の自分の格好では、どこへ行っても目立つだろう。泥と血で汚れた服は見るからに酷く、肩や太腿の傷もまだ痛んでいる。
(治療もしてもらったほうがいいか……)
そう考えたものの、歩くことに支障はない。それに《自然治癒》のスキルもある。
(……今は後回しでいいか)
まずは宿を確保して、身体を休める。それから考えればいい。
そう決めて歩いていると、店の看板を眺めていたユウに、道端で荷物を整理していた商人らしい男が声をかけてきた。
「宿を探してるのか?」
「……はい」
「だったら、表通りはやめといたほうがいいぞ。さっきから宿の看板ばかり探してるだろ?」
「……そんなに分かりやすかったですか?」
「分かりやすいさ。あの辺りは商人向けの宿が多いからな。お前さんの格好を見りゃ、なるべく安い宿を探してるってのも分かる」
「……」
図星だった。
男は苦笑しながら、通りの奥を指差した。
「安く済ませたいなら、一本裏へ入ってみな。飯付きの宿もあるし、表通りよりずっと安いところが見つかるはずだ」
「ありがとうございます。助かります」
「なに、困ったときはお互い様だ」
男はそう言って荷物の整理へ戻り、ユウも軽く頭を下げて教えられた方向へ歩き出した。
(……こういう人もいるんだな)
門では散々警戒されたが、街へ入ってしまえば、全員が冷たいわけではないらしい。少しだけ気が楽になったところで、ユウは通りの先に見えた白い壁の大きな建物へ目を向けた。
「……あれは?」
建物の正面には大きな看板が掲げられ、その周囲には怪我をした人や、それを支える人たちの姿がある。
(……治療院か)
ユウは足を止め、自分の肩や太腿に巻かれた包帯へ目を落とした。
(ここで診てもらえば、傷も早く治るんだろうけど……)
治療院の中へ運ばれていく怪我人を眺めたあと、ユウは懐へ手を入れた。指先に触れた硬貨の感触を確かめながら、治療費にいくらかかるのかを考える。
(……今は使わないほうがいいな)
カルディアでどれだけ金が必要になるのか、まだ何も分かっていない。宿代や食事、それに着替えも必要だ。治療に使ってしまえば、いざというときに困るかもしれない。
(歩けるんだ。まだ大丈夫だろ)
そう判断したユウは治療院から視線を外し、教えられた裏通りへ向かって歩きながら、念のためもう一度懐の金を確かめる。
(宿代と飯代くらいなら……しばらくはたぶん足りる)
そんなことを考えていると、開け放たれた酒場の入口から、酒の匂いとともに男たちの話し声が聞こえてきた。
「なあ、聞いたか? 戦争、終わったらしいぞ」
「リーデル平原でやってたやつだろ? アルデン家との戦だ」
「ああ、それそれ。けどよ、そんな話より気になる噂があるんだ」
「噂?」
男が声を潜めると、周囲の笑い声がわずかに遠のいた。
「砕鉄のグラムが出たって話だ」
「おいおい、本当かよ?」
「俺だって最初は大げさな噂だと思ったさ。けど、別の酒場でも同じ話を聞いたんだ」
「マジか……」
「しかも、黒槍の戦姫までいたらしいぞ。火焔の魔導士も一緒だったって話だ」
「……おいおい。そこまで出てきたのかよ」
「そんな化け物みたいな連中が相手じゃ、勝てるわけねぇだろ」
「だよなぁ。そもそも、よく戦おうと思ったもんだ」
「まあ、戦争なんて始めた連中にしか分からんさ」
「それもそうだな」
男たちは酒を煽りながら、しばらく顔を見合わせる。
「……それにしても、グレイロード家もこれで終わりじゃねぇか?」
「だろうな。負けたとなりゃ、処刑か領地没収か……どっちにしたって無事じゃ済まねぇだろ」
「となると、こっちにも何か来るんじゃねぇか?」
「税が上がるとか、賠償金だとか?」
「やめてくれよ。ただでさえ毎日食うので精一杯なんだ」
「ほんとだよ。上の連中が勝手に戦って、最後に苦しくなるのはこっちなんだからな」
「……まあ、戦争が終わっただけマシだと思うしかねぇか」
「それで飯が安くなるならな」
「なるわけねぇだろ」
「だよなぁ……」
苦い顔で酒を煽る男たちの声を背に、ユウはそのまま通りを進んでいった。
(戦争が終わったという情報が、もうここまで……)
ユウは視線を上げ、宿の看板を探しながら通りを少し外れた。木造の建物が並ぶ一角に「宿屋」とだけ書かれた簡素な看板を見つけ、そのまま中へ入る。
油と古い木の匂いが混ざった重たい空気に包まれ、外の喧騒が嘘のように遠く感じられた。カウンターには中年の男が座っており、太い腕を組んだままユウへ視線を向けると、わずかに目を細める。
「……泊まりか?」
ユウは一瞬だけ間を置いてから頷いた。
「はい。一泊で」
男はカウンターの下から木札を取り出し、料金を告げる。
「一泊なら中銅貨六枚。飯付きなら七枚だ」
「……飯付きでお願いします」
「分かった。中銅貨七枚だ」
ユウは懐から中銅貨を七枚取り出してカウンターへ並べた。男はそれを一枚ずつ確認すると、代わりに木札を一枚差し出す。
「二階の突き当たりだ。飯は日が暮れる頃に出す」
「ありがとうございます」
木札を受け取ったユウに、男が続けて声をかける。
「それと、風呂はないからな。そこは期待するなよ」
「分かりました」
「あと、部屋の鍵はちゃんとかけとけ。安宿だからな。盗まれても責任は持てん」
「……気をつけます」
ユウは木札を受け取って軽く頭を下げ、そのまま階段へ向かった。男はすぐに別の客へ目を向け、淡々と仕事へ戻っていく。板張りの床が歩くたびに小さく軋み、階段を上るにつれて街の喧騒も次第に遠ざかっていった。
(……とりあえず、休めるな)
部屋は狭かったが、壁も床もあり、扉には鍵まで付いている。今のユウには、それだけで十分だった。ベッドへ荷物を置き、部屋をざっと見回してから、ようやく肩の力を抜く。
(……でも、この服はどうにかしないとな)
泥と血で汚れた服のままでは、街を歩くたびに目立ってしまう。新しい服が欲しいところだが、明日には村へ戻るつもりなので、あまり高いものを買うのももったいない。
(安い服くらい、どこかで買えるかな)
それに、さっき酒場で聞いた話も気になっていた。戦争が終わったという話もそうだが、グレイロード家がどうなったのかもよく分からない。
そう考えたユウは、部屋の鍵を握って階段を下り、まずは食堂へ向かった。
ーーーーー
宿の食堂は夜になるとさらに賑わい、酒の匂いや肉を焼く音に混じって、旅人や商人、傭兵らしき男たちの笑い声が絶えず響いていた。
ユウは端の席でスープを口に運び、温かい液体が喉を通るたび、少しずつ人の営みの中へ戻ってきたような感覚を覚える。
そんな中、隣の卓から酔った男たちの話し声が聞こえてきた。
「おい、聞いたか? “黒槍の戦姫”の話」
「アルデン公爵家の娘だろ? まだ二十そこそこだってのに、前線に出てたらしいな」
「ああ。それどころか、自分で部隊を指揮してたって話だぞ。森に潜んでた奇襲部隊を、一人で潰したなんて噂まである」
「一人で?」
「槍を一振りしただけで何人も吹っ飛ばしたとか」
「……それ、本当に人間か?」
「さあな。戦場の話なんて、尾ひれがつくもんだろ」
男たちは笑いながら酒をあおる。
「けどよ、強いだけじゃねぇらしいぞ。戦場の配置まであの女が決めてたって話だ」
「へえ。そりゃ“戦姫”なんて呼ばれるわけだ」
「で、そのアルデン家と三年近くやり合ってたのがグレイロード家だろ?」
「ああ。最初の頃は互角だったらしいけどな。途中から一気に押され始めた」
「“火焔の魔導士”が出てきてからだろ?」
「そうそう、ヴァルク・イグニスだ。本陣を丸ごと焼き払ったって話だぞ」
「本陣を?」
「火が一晩中消えなかったとか、森まで真っ赤に染まったとか……まあ、どこまで本当かは知らねぇけどな」
「でも、当主が死んだってのは本当なんだろ?」
「ああ。あの状況じゃ逃げる暇もなかったらしい」
「……そりゃ、グレイロード家も終わりだな」
さっきまで笑っていた男たちの顔から、少しだけ表情が消えた。
「奥方はどうなるんだ?」
「処刑じゃねぇか? 早けりゃ、すぐにでも執行されるって噂だ」
「厳しいな……」
「戦争に負けたんだ。仕方ねぇだろ」
「……まあな」
一人が酒を飲み干し、空になった杯を卓へ置く。
「そういや、息子のほうはどうしたんだ?」
「ああ、あのバカ息子か。戦が終わる前に屋敷の金をかき集めて、使用人まで置いて逃げたらしいぞ」
「うわ……最後まで自分だけかよ」
「まあ、あいつらしいっちゃ、あいつらしいな」
「判断だけは早かったってことか」
「褒めてねぇだろ、それ」
男たちから苦笑が漏れる。
「親父が本陣で死んだって聞いたら、そりゃ逃げたくもなるだろ」
「だからって使用人まで置いてくか?」
「そこはまあ……あいつだからな」
「納得すんなよ」
今度こそ、男たちは声を抑えて笑った。
「……で、娘のほうは?」
「娘?」
「エリシア・グレイロードだよ。騎士団にいたって話だろ?」
「ああ。かなり腕が立ったらしいぞ。中級騎士とも渡り合えるくらいだったとか」
「へえ。しかも、かなりの美人らしいな」
「お前、そこしか聞いてねぇだろ」
「いやいや、美人なんだろ? そりゃ気になるだろ」
男はニヤつきながら胸を張る。
「もし俺のところに来て、『助けてください』なんて言われたら、迷わず連れて逃げるぞ」
「どこへだよ?」
「そりゃヴァルガ帝国だ。遠くまで逃げて、誰にも見つからねぇところで二人で暮らすんだよ。……いやぁ、いいなぁ」
「……エリシア嬢、お前の顔を見た瞬間に『やっぱり結構です』って帰るんじゃねぇか?」
「ひでぇな!」
「俺でもそうするわ」
「お前まで!?」
男たちの間にどっと笑いが起こる。
「ったく、お前らは見る目がねぇな。俺みたいなイケてる男、そうそういないぞ?」
「その自信、どこから来るんだよ」
「顔だよ、顔!」
「じゃあ、まず鏡を見てこい」
「断る! 現実を見たら傷つくからな!」
「そこは見ろよ!」
再び笑い声が上がり、周囲の客まで呆れたように振り返る。
「……で、結局エリシア嬢はどうなったんだ?」
「さあな。逃げたって話もあるし、捕まったって話もある。噂なんてそんなもんだろ」
「まあな。生きてりゃ、そのうちどこかで見つかるだろ」
「だな」
男たちは再び酒をあおり、別の話題へ移ろうとした。
だが、先ほどエリシアの話をしていた男だけは、まだ納得していないらしい。
「……それにしても、美人だったんだろうなぁ」
「まだ言ってんのかよ」
「だってよぉ。そんな美人なら、一度くらい拝んでみたかったじゃねぇか」
「お前、エリシア嬢の話になると妙に食いつくな?」
「そりゃ美人なんだろ? 気になるだろ!」
「結局そこかよ!」
「美人は大事だろうが!」
「はいはい、分かった分かった」
「なんだ、その言い方は……喧嘩売ってんのか?」
男が立ち上がると、ガタッ、と椅子が大きく鳴った。
「……やるか?」
「上等だ!」
「お前ら、酒場で暴れるなよ!」
別の卓から飛んできた声に、二人は一瞬だけ動きを止める。
「……ちっ」
「……今日はこのくらいにしといてやる」
「お前、それ俺の台詞だろ!」
椅子が鳴り、酒場の一角がにわかに騒がしくなったが、周囲の客たちは慣れた様子で笑いながら酒を飲み続けている。しばらくすると、その騒ぎも店内の喧騒に紛れ、いつもの空気へ戻っていった。
ユウはそんな様子を横目に、黙ってスープを口へ運ぶ。味などほとんど意識に入らず、頭に残っているのは先ほどから聞こえてきた戦争とグレイロード家の話ばかりだった。
「グレイロード家が……崩れた」
ぽつりと呟き、ユウは先ほど聞いた話を頭の中で整理する。
(……当主が死んで、息子は逃げた。娘も行方が分からない……)
戦争が終わったというだけなら、まだ実感は湧かなかった。だが、こうして聞いた話を一つずつ思い返してみると、自分が知っていたグレイロード家は、もう残っていないように思えた。
(……本当に、終わったんだな)
ユウはしばらく黙ったまま、残ったスープをゆっくりと飲み干した。




