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ステータス

1,2,3,4話のセリフなど修正しました、よろしければ見返してみてください、よろしくお願いします

村の名前はグレイウッド村と変更しました、描写も変更しました、




影が地面を滑るように動いた。


それを“認識した”というよりも、体が先に反応していた。ユウは膝を折り、足場の悪い地面を蹴るというよりも、ほとんど崩れるような形で横へ跳ぶ。踏み込んだ足は泥にわずかに沈み、その抵抗を振り切るようにして無理やり体を引きはがす。


次の瞬間、さっきまで自分の頭があった場所を何かが一直線に抉り取った。


湿った土が弾け、細かな泥が霧のように舞い上がる。それが頬や首筋に当たり、ひやりとした感触を残したかと思うと、遅れて空気が裂けるような圧が横から叩きつけられる。視界がわずかに揺れ、耳の奥で鈍い音が響いた。


鼻の奥に入り込むのは腐葉土の湿った匂いとそれに混ざる鉄のような生臭さだった。


心臓が強く脈打つ。速い。速すぎる。呼吸が浅くなり、肺に空気がうまく入らない。


(速い……!)


顔を上げたときにはもうそこにいた。


さっきまで距離があったはずなのに、その感覚がまるで当てにならない。視界に映った瞬間にはすでに間合いの中に踏み込まれている。


犬に似ている――そう思ったのは一瞬だけだった。


毛はまばらでところどころ皮膚が露出している。痩せているはずなのに筋肉だけが妙に浮き上がり、皮膚の下で不自然に張り詰めているのが分かる。関節の動きには無駄がなく、生き物特有の“ため”や“迷い”が感じられない。ただ効率だけで動いているような不気味な滑らかさだった。


そして目。


暗がりの中でもそこだけがはっきりと光を返している。まるでこちらを測るように冷たく。


低い唸り声が喉の奥で震え、その振動が空気を通して腹の底にじわじわと伝わってくる。


「……グルル……」


耳で聞いているというより、内臓に直接響いてくるような不快な音だった。


(……一匹だけか?)


視線だけで周囲を探る。耳も澄ませる。


だが他の音はない。気配も感じない。


それでも安心できる要素は何一つなかった。


背後にはぬかるみがある。さっき踏み込んだときの感触が、まだ足の裏に残っている。あそこに全体重をかければ確実に足を取られる。


左右は木々が密集し、枝と根が絡み合っている。走ろうとしても、まともに足を運べる状態ではない。


逃げ道はない。距離も近い。


あの速度なら一歩で詰められる。


(……詰んでるか)


そう思った瞬間喉が勝手に鳴った。


「……来いよ……どうせ逃げ場なんてねぇんだろ……」


声はかすれていた。自分でも驚くほど頼りない声だった。


それでも言葉としてははっきりしていた。


「だったらここでやるしかねぇよな……! 逃げて終わるくらいなら……せめて一発くらいは入れてやる……!」


怖い。心臓はうるさいくらい鳴っているし足もわずかに震えている。


それでも――逃げ場がないならやるしかない。


そう思った瞬間――


「グルァッ!」


短く鋭い唸りが空気を裂いた。


同時に圧が消える。


(来る!)


ユウは反射的に体をひねる。ぬかるみに踏み込まないよう、無理やり足の位置を変えながら重心をずらす。


牙が頬のすぐ横を通り抜けた。


その直後、耳元で「ガチンッ」と硬質な音が弾ける。


噛み合った牙の音だった。


遅れて、喉の奥から漏れるような低い唸り。


「……グルゥ……ッ」


遅れて衝撃が来る。鼓膜の奥で鈍い音が鳴り、視界がわずかに揺れる。


着地した足が滑る。泥がぐにゃりと沈み、体勢が崩れかけた。


「っ……やべっ……!」


とっさに手をつき、そのまま泥を掴む。冷たく湿った土が指の間に入り込み、重さがまとわりつく。


そのまま振り向きざまに投げつけた。


べしゃり、と鈍い音が響く。


次の瞬間、苛立つような低い唸りが返ってきた。


「グルルル……ッ!」


当たったかどうかは分からない。だが、確かに一瞬動きが止まる。


そのわずかな隙を逃さずユウは転がるように距離を取る。背中に枝が当たり、硬い痛みが走るが気にしている余裕はない。


視界の端に折れた枝が見えた。


反射的に手を伸ばし、それを掴む。


軽い。乾いていて握るとわずかに軋む。頼りない感触だった。


それでも素手よりはましだ。


呼吸が荒い。喉が焼けるように痛い。腕もすでに重くなっている。


それでも振り上げる。


「……やるしか、ねぇだろ……!」


振り下ろす。


当たる。鈍い感触が腕に返る。骨に当たったような硬さが伝わってくる。


「くそ……っ、マジで速すぎるだろ……!」


一度では足りない。


もう一度。


さらにもう一度。


「グッ……ガァ……ッ」


それは悲鳴というより、怒りを押し殺したような音だった。


腕が悲鳴を上げる。握力が抜けそうになり枝が折れそうに軋む。


(っ……効いてんのか、これ……!?)


それでも止めない。止めたら終わると体が理解している。


獣が唸り、前足で押し返そうとする。


「グルァァッ!!」


その咆哮に近い音と同時に、重い圧が体にぶつかる。


そのとき――


ほんのわずかに、体の動きが変わった。


《スキル:格闘 を取得しました》


(……なんだよ、これ……)


強くなったわけじゃない。


でも、さっきまで無理やり振っていた腕が、少しだけ自然に動く。踏み込みすぎていた足が、ほんの少しだけ止まる。


どこに力を入れると踏ん張れるのか、ぼんやりと分かる。


(……いける……まだ動ける……!)


それだけだ。本当にそれだけ。


だが――その“少し”が、大きかった。


ユウは呼吸を整えながら、一歩踏み込む。


正面からぶつからない。押し返そうとしない。


獣の前足が動く方向に合わせて体を横へ流す。完全には避けきれず、肩に衝撃が走るがさっきのように崩れない。


足の位置をほんの少し変える。


(……いけるか……)


確信はない。だがさっきよりマシだ。


獣が体勢を立て直そうとした、その一瞬。


ほんのわずかな隙。


(今……!)


体重を乗せる。腕に力を集める。


枝を振り下ろす。


鈍い音がはっきりと響いた。


獣の動きが止まる。


さらにもう一撃。


今度こそ――完全に、動きが止まった。


「……はぁ……っ……はぁ……はぁ……っ……」


その場に崩れ落ちる。


膝が地面に沈む。泥が冷たくじわりと布を濡らす。


腕が震える。力が抜けて指先の感覚が鈍い。


「……まじかよ……生きてる……オレ……」


握っていた枝が手から滑り落ちる。


乾いた音がやけに遠く聞こえた。


全身が重い。中身だけ抜き取られたみたいに力が入らない。


それでも――胸の奥だけは、妙に静かだった。


(……終わった)


そう思った、その瞬間。


視界の奥がふっと歪む。


「……?」


獣の死体の上に、淡い光の文字が浮かんだ。


そこに何かが“現れる”というより、もともとそこにあったものが“見えるようになった”感覚だった。


――――――――


《モンスターの初回討伐を確認》


《ステータスが解放されます》


――――――――


「……は?」


息が止まる。


理解するより先に、視界が一段深くなる。


世界の奥に、薄い膜が一枚増えたような感覚。


そして――


《ステータス》


その文字と同時に空中に枠が展開された。


――――――――


【ステータス】


名前:ユウ

年齢:8歳


HP:12 / 30

MP:7 / 10


筋力:4

耐久:3

敏捷:5

知力:7


所持スキル


・採取 Lv1

→ 森林環境での素材・食料・薬草の識別能力。毒草と有用植物の判別も可能。


・格闘 Lv1(NEW)

→ 素手戦闘の基礎。押す・掴む・倒すなどの初歩的戦闘動作補助。


固有能力


・窮地適応

→ 生命の危機、または極度の環境ストレス下において、生存に必要なスキルを獲得する。


――――――――


「……なんだよ、これ……」


ユウは小さく息を吐いたあと、ゆっくりと口元を緩めた。


さっきまでの戦いが頭をよぎる。


死ぬかもしれないと思った瞬間。


体が勝手に動いたあの感覚。


「……さっきの動き……これのせいか……」


理解すると同時に、胸の奥にじわりと熱が広がる。


怖さはまだある。


でも、それ以上に“助かる手段がある”という事実の方が大きかった。


「……これさえあればもう、何もできないまま死ぬってことは……なくなるかもしれない」


その言葉は確認というよりも希望に近かった。


視線を上げる。


ステータスの文字は、静かにそこにある。


ごまかしでも幻でもなく、はっきりとした“力”として存在している。


ユウはゆっくりと手を握った。


まだ震えは残っている。


それでも、さっきよりずっと強く握れた。


(……いけるかもしれない)


その実感だけで、呼吸が少し楽になる。


ユウは小さく息を吐き、静かに立ち上がった。


この力があれば、もう何もできないまま終わることはない。


そう思えるだけで、目の前の世界がほんの少しだけ違って見えた。




家の扉を押し開けた瞬間、空気がはっきりと変わった。


外の森で感じていた張り詰めた冷たさとは違う、湿って重い空気が、肌にまとわりつくように絡みついてくる。火の気が弱いせいで室内は薄暗く、わずかな灯りが壁の汚れや歪んだ木の節を浮かび上がらせていた。息を吸うと、土と汗と、長く閉ざされた空気の匂いが混ざって喉に引っかかる。


さっきまで戦っていたはずなのに、別の意味で息苦しい。


「……ただいま」


声は思っていたよりもかすれていた。喉が乾いているのか、うまく音にならない。


その声に反応して、エナが振り向く。


そして、固まった。


視線が、ユウの顔から肩、腕、服の破れへとゆっくり落ちていく。どこからどう見ても無事ではない。その現実を理解するのに、一瞬だけ時間がかかったようだった。


「……ユウ……? ちょっと待って、その体……どうしたの……そんな傷だらけで……どこで何があったの……?」


声が少し遅れて出る。駆け寄ろうとして、途中で足が止まる。触れれば崩れてしまいそうで、どこに手を伸ばしていいのか分からない――そんな迷いが、そのまま動きに出ていた。


ユウは軽く息を吐き、無理やり腕を持ち上げる。


筋肉がきしむ。思っている以上に体は消耗していた。


「大丈夫……見た目よりは平気……ちょっと派手に転んだだけだから……」


「それより……これ……なんとか持ってきた……」


握っていた草を差し出す。


泥にまみれ、形も崩れかけている。ただの雑草にしか見えないそれを、エナは目を凝らすように見つめた。


「……これが薬草なの……? 本当に?」


「多分……さっき森で見つけた。正直絶対とは言えないけど……」


言いながら自分でも分かっていた。


「……でも、今のまま何もしないよりは、絶対いいと思う」


確信なんてない。ただ他に手がないだけだ。


一瞬だけエナの視線が揺れる。


だがすぐに、奥歯を噛みしめるように頷いた。


「……そうね……迷ってる時間なんてないものね……やるしかないわ……」


その言葉には迷いを無理やり押し込めた強さがあった。


ガルドも無言で近づき、草を一瞥する。


「それを使え。今は……それに賭けるしかない」


短い一言だったが、それで十分だった。


その瞬間、止まっていた時間が動き出す。


エナは手早く草をすり潰す。石の上で押し潰すたびに、じわりと青い汁がにじみ出る。わずかな水に混ぜると、苦く湿った匂いが部屋に広がった。


ルクは布の上に横たわったまま、ほとんど動かない。


呼吸は浅く、速い。額には汗が浮かび、頬は熱で赤いのに、唇は乾いて白くひび割れている。手に触れれば熱と冷たさが同時に伝わってくるような、ひどく不自然な状態だった。


エナはそっと体を起こし、腕で支える。


その動きは慎重で、どこか壊れ物を扱うようだった。


「ルク……聞こえる……? ねえ、母さんの声、分かる……?」


震える声。


「少しでいいから……これ飲んで……お願いだから……戻ってきて……」


それでも、手は止まらない。


ゆっくりと薬を口元へ運ぶ。


「……お願い……ほんの少しでいいから……」


少しずつ流し込む。


すぐには反応がない。


その時間がやけに長く感じられる。


誰も動かない。薪のはぜる音だけが、小さく部屋に響いている。


やがて――


「……っ」


かすかな動き。


喉が、ほんのわずかに上下する。


「……今……飲んだ……?」


エナの声が、祈るように落ちる。


もう一度ゆっくりと息が入る。


それまで浅く乱れていた呼吸がほんの少しだけ形を取り戻す。


一瞬なのか、数分なのか分からない。


ただ誰も目を逸らさなかった。


そして――


「……にーちゃん……」


かすれた声。


小さく弱い声だったが、確かにそこに“意識”が戻っていた。


エナの体が崩れるように揺れ、そのまま涙が落ちる。声にならないままただ肩が震えていた。


「よかった……ほんとに……よかった……」


ガルドは何も言わない。ただ握った拳に力が入り、指先が白くなる。


ユウはその場に座り込んだ。


力が抜ける。今まで張り詰めていたものが一気に切れる。


「……よかった」


それだけしか出てこなかった。


でも、それで十分だった。


夜になる頃にはルクの呼吸はだいぶ落ち着いていた。


完全ではない。それでもあのまま放っておけば確実に悪化していたであろう状態からは、明らかに戻ってきている。


部屋の空気も少しだけ変わっていた。


その中でガルドがゆっくりと口を開く。

部屋の空気がわずかに重くなる。薪の火が小さくはぜる音だけが、やけに耳に残っていた。


「……ユウ」


低い声だった。呼びかけというより、まず確認するような響き。


「……うん、なに?」


ユウは顔を上げる。疲れが抜けきらないまま、それでも視線だけは真っすぐだった。


ガルドは少しだけ間を置き、言葉を選ぶように続ける。


「森に入ったな、、奥の方まで行ったのか」


「……入った。昨日より奥に行ったと思う」


短い沈黙が落ちる。ガルドはすぐには返さない。視線を床に落とし、拳をゆっくり握りしめる。


「……そうか」


それだけ言うのに、少し時間がかかった。


「危ないのは分かってただろ?」


今度は少しだけ強い問いだった。責めているわけではない。ただ確認せずにはいられない声だった。


「分かってた」


ユウは即答した。迷いはなかった。


ガルドはわずかに目を細める。


「……それでも、行ったんだな」


その言葉にユウは一度だけ視線を落とす。それから短く息を吐いて言った。


「……行くしかなかったんだよ。ルクがあのままじゃどうにもならなかった……待ってるだけじゃダメだと思った」


少しだけ言葉を選ぶように続ける。


「……怖かったし……何回も戻ろうと思った。でも……戻ったらダメだと思った」


その言葉でまた沈黙が落ちる。


ガルドはゆっくりと息を吐いた。深く、重い息だった。


「……そうだな」


ぽつりと落ちる声には、否定も肯定も混ざっていた。


「俺は行かなかった」


視線を外したまま、続ける。


「危ないって理由をつけてな。お前が出ていくのを見てるだけで…何もできなかった」


拳がゆっくりと握られる。木の板がきしむほど強く。


「本当は分かってた。あのままじゃルクは持たないってな。それでも体が動かなかった」


その言葉は言い訳ではなかった。自分自身への確認のようだった。


ユウは何も言わない。ただ黙って聞いている。


しばらくして、ガルドが顔を上げる。目線がまっすぐユウを捉えた。


「……明日、俺も行く」


「……え?」


思わず声が漏れる。わずかに目が見開かれる。


「お前一人に行かせるつもりはない。……もう任せきりにはしない。危ないのは分かってる。でも、それでも行く。今度は逃げない」


ユウはしばらく黙っていた。


驚きというより、どこか納得したような顔だった。


「……最初から一緒に来てくれればよかったのに」


小さく笑う。


責めるような響きはない。ただ、少しだけ本音が混じっていた。


ガルドは短く息を吐く。


「……すまん」


それだけだった。


それ以上は言わない。


ただ、静かに頷いた。


それで十分だった。


会話はそこで途切れる。


外はすでに暗くなっていた。


風が壁の隙間を鳴らし、薪の火が小さくはぜる。


昼間のような張りつめた静けさではない。


どこか力の抜けた静けさだった。


誰かが動いたことで、この家の空気がほんの少し変わっていた。


明日がどうなるかは分からない。


それでも――


何もせずに終わるだけの明日じゃないと、今は思えた。

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